上 下
7 / 30

7

しおりを挟む

 ――八年後


 今日は私の結婚式だ。お相手はユリウス・ロイガール公爵子息。宰相のご子息だ。
 私はこの三度目の人生、また臣籍降下する道を選んだ。しかし相手を変えた。二度目の人生では姉の婚約者に相応しいと思い選ぶことのなかったユリウス様に。彼はロイガール公爵家の嫡男だ。次の宰相になるのは彼だろうと言われているほどに優秀である。
 この三度目の人生も兄は二度目と同じ侯爵家に婿入りしていたので、私が侯爵家より格上の公爵家に嫁ぐのはどうかとも考えたが、前回はそれで何も成せぬまま死んでしまった。それでは意味がない。そう考えを改めユリウス様を婚約者にと選んだのだ。
 それに今回は姉より目立たないように気を付けた。前回も目立とうとなんて思ったことはないが無意識に姉の癇に触ることをしていた可能性もある。だから勉強も手を抜いたし着る服も地味な色を選ぶようにした。それにたまに姉とお茶をしたりと交流を増やし私がどれだけ臣籍降下を望んでいるかを何度も伝えてきた。そのおかげか姉とは前回よりもいい関係が築けたと思う。

 そして無事に結婚式当日を迎えることができた。

 だから今回は大丈夫、そう思っていたのに…



「私ユリウス・ロイガールはアンゼリーヌ・ド・ラスティアとの婚約を破棄する!」


 今日は結婚式当日、すでに私はウエディングドレス姿だ。会場には参列者もいて後は結婚式で誓いを交わすだけなのに、なぜか誓いを交わし合うはずのユリウス様から婚約破棄を言い渡されている。


「なぜ…?今日は私たちの結婚式なんですよ?」

「ああ、そんなことは分かっているさ。だがロイガール公爵家に犯罪者を迎え入れることはできないからな」

「は、犯罪者?私が?」


 私は誓って犯罪など犯していない。それに前回のこともあり自分の身の回りには気を付けてきたつもりだ。それなのになぜ…


「アンゼリーヌ第二皇女、いや大罪人アンゼリーヌ!自分の犯した罪を認めるんだ!」

「わ、私は何もしていないわ!」

「…まぁ罪を犯す人間が簡単に自分の罪を認めるわけないな。衛兵、こちらに!」


 ユリウス様に呼ばれやってきた衛兵は一人の女性と共にやってきた。私はその女性をよく知っている。


「ニコラ…?」


 その女性は私の専属侍女であるニコラだ。十三歳の時にケイトが亡くなりその後に私の専属となったのが彼女だ。


「侍女殿、話せますか?」

「は、はい。…私はアンゼリーヌ皇女様の専属侍女を務めておりますニコラと申します。前任の侍女がお亡くなりになってすぐに専属となりましたので五年ほどアンゼリーヌ皇女様の側におります。実は専属になってすぐの頃、アンゼリーヌ皇女様の部屋で見つけたものがあるのですが…」

「その見つけたものとはなんだ?」

「はい。…こちらです」


 ニコラはポケットからハンカチに包んだ何かを取り出した。そしてハンカチを取ると中から透明な液体の入った小瓶が出てきた。


「こちらの小瓶はアンゼリーヌ皇女様のドレッサーの引き出しの中にあった物です。私は侍女という仕事柄ドレッサーの引き出しをよく開けるのですが、この小瓶は引き出しの奥に布に包まれまるで隠されるように入っておりました」

「それで?」

「どうしても気になった私はアンゼリーヌ皇女様の目を盗んでそっと布の中身を確認したのです。そしたらこの小瓶が出てきました。小瓶には液体が入っていたので香油かなと思い蓋を開けて匂いを嗅いでみたのですが何も匂いがしませんでした。不思議に思ったのですがアンゼリーヌ皇女様に気づかれる前に戻さなければと急いで引き出しの中に戻しました。そしてその後はその小瓶の存在を忘れていたのですが…」

「何かあったと」

「はい…。しばらくしてからドレッサーの引き出しを開けると小瓶が奥から転がってきました。私は奥に戻した方がいいと思いその小瓶を手にとったのですが、中に入っている液体の量が減っていることに気がついたのです。引き出しに溢れてしまったのかと思ったのですが、蓋はしっかりと閉まっていましたし引き出しは濡れていませんでした。しかし間違いなく量が減っていたので気になった私は定期的に小瓶を確認するようになりました。…そして恐ろしいことに気づいてしまったのです。小瓶の中身が減るのは決まって皇帝陛下、皇后陛下、第一皇女殿下とのお茶をした日だったのです…!」


 会場内がざわめいた。
 謎の液体が皇族とのお茶の日に減っている、それだけでおそらく会場にいる者全員が一つの可能性を考えただろう。

 それは…毒だ。

 ちょうど今日の結婚式に父と母、そして姉が体調不良で欠席しているのだ。皇族からの出席者は第一側妃様のみ。そのことをみんなが不思議に思っていた。そこにこんな話が出れば誰もが私を疑うはずだ。


「私は不安になって小瓶から中身を少しだけ取り出し信頼できる方に調べてもらいました。そしたらやはりこの液体は毒物だったのです!…ただ私一人で抱えるには重すぎる内容でしたのでどうしたらいいかと途方にくれていた時に、ロイガール公爵子息様がお声を掛けてくださったのです」

「ここからは私が話そう。様子のおかしい侍女殿を見つけた私が話を聞くと、アンゼリーヌが毒物を使用した可能性があると言うのだ。私は信じられない思いだったがもしこれが本当なら国を揺るがす大事件だ。だから私の方で内密に調べてきた。そして時間はかかったがこの女は間違いなく皇帝陛下、皇后陛下、第一皇女殿下に毒を盛ったことが分かったのだ!」



 ―――ザワザワ


 会場内が再びざわめく。
 この流れはよくない。このままではしてもいない罪で私は捕まってしまう。ニコラとユリウス様が言ったことは全部デタラメなのに。


「わ、私はそんなことしてないわ!その小瓶だって知らない!そもそも私は皇帝の座を望んでいないのよ?それなら三人に毒を盛る理由がないわ!」

「はっ!そう言って本当は皇帝の座を狙っていたんだろう?全員が死んでいなくなれば臣籍降下したとはいっても元皇族であるお前に皇帝の座が回ってくるからな。それに貴族や民からの同情を得ることですんなり皇帝の座に就くつもりなんだろう?この毒は少しずつ身体に蓄積していき徐々に衰弱させていく、無味無臭の恐ろしい毒だ。純情なふりしてこんなにも恐ろしい女だったとは思わなかった。こんな女と結婚なんてあり得ない。一刻も早く牢に捕らえなければな!衛兵!この女を連れていけ!」

「「はっ!」」

「は、離して!私は本当に何も知らないの!ユリウス様、話を聞いて…!クリス、助けてっ…!」

「さっさと連れていけ!」


 クリスは黒髪の自分が会場にいるとせっかくの結婚式の雰囲気が悪くなるからとこの場にいなかった。
 そうして私はあっという間に牢へと入れられた。ようやく国の役に立てると喜んだ結婚式の日に、花嫁という幸せの象徴から皇族殺しの大罪人とされてしまったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

贄の令嬢はループする

みん
恋愛
エヴェリーナ=ハウンゼントには、第二王子の婚約者が居たが、その第二王子と隣国の第一王女が恋仲になり、婚約破棄されてしまう。その上、黒色の竜の贄にされてしまい、命尽きた──と思ったら、第二王子と婚約を結ぶ前の時に戻っていた。 『正しい路に────』と言う言葉と共に、贄とならないように人生をやり直そうとするが───。 「そろそろ……キレて良いかなぁ?」 ループする人生に、プチッとキレたエヴェリーナは、ループから抜け出せるのか? ❋相変わらずのゆるふわ設定なので、軽い気持ちで読んでいただけると幸いです。 ❋独自の設定があります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。 ❋他視点のお話もあります。 ❋更新時間は決めていませんが、基本は1日1話更新です。 ❋なろう様にも投稿しています。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

殿下をくださいな、お姉さま~欲しがり過ぎた妹に、姉が最後に贈ったのは死の呪いだった~

和泉鷹央
恋愛
 忌み子と呼ばれ、幼い頃から実家のなかに閉じ込められたいた少女――コンラッド伯爵の長女オリビア。  彼女は生まれながらにして、ある呪いを受け継いだ魔女だった。  本当ならば死ぬまで屋敷から出ることを許されないオリビアだったが、欲深い国王はその呪いを利用して更に国を豊かにしようと考え、第四王子との婚約を命じる。    この頃からだ。  姉のオリビアに婚約者が出来た頃から、妹のサンドラの様子がおかしくなった。  あれが欲しい、これが欲しいとわがままを言い出したのだ。  それまではとても物わかりのよい子だったのに。  半年後――。  オリビアと婚約者、王太子ジョシュアの結婚式が間近に迫ったある日。  サンドラは呆れたことに、王太子が欲しいと言い出した。  オリビアの我慢はとうとう限界に達してしまい……  最後はハッピーエンドです。  別の投稿サイトでも掲載しています。

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

公爵令嬢エイプリルは嘘がお嫌い〜断罪を告げてきた王太子様の嘘を暴いて差し上げましょう〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」 「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」  公爵令嬢エイプリル・カコセクナイトは、新年度の初日に行われたパーティーで婚約者のフェナス王太子から断罪を言い渡される。迫り来る魔女裁判に恐怖で震えているのかと思われていたエイプリルだったが、フェナス王太子こそが嘘をついているとパーティー会場で告発し始めた。 * エイプリルフールを題材にした作品です。更新期間は2023年04月01日・02日の二日間を予定しております。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

処理中です...