1 / 30
1
しおりを挟む「っはぁ、はぁ…」
私は自分の胸に手を当てた。胸からは止め処なく血が流れ続けている。流れ続ける血は温かいのに身体は徐々に冷えていく。
(ああ、私はここで死ぬのね…)
死ぬのは初めてのはずなのに、もうすぐ自分の命が尽きようとしていることを本能的に理解した。
(国のために役に立ちたかった…)
私は何も成せずにこのまま死んでいく。
「ごふっ…!」
口からも血が溢れてきた。視界も少しずつ靄がかかっていく。
「はぁ、はぁ、っ…おとう、さま、お、かあさ、ま…」
両親のことを思い出す。こんなことになるならばきちんと顔を見て挨拶してくればよかった。
(…どうか先立つ不孝をお許しください。お父様とお母様の娘で幸せでした)
次第に耳も聞こえなくなってきた。終わりの時はもうすぐのようだ。
しかしそんな時に聞き慣れた声が聞こえた気がした。
『―――――ヌ様!――ゼリーヌ様っ!』
(この声は…クリス?)
けれど聞こえたのはこの一度きり。きっと幻聴だろう。
(気のせい、よね…。だってクリスがここにいるはずないもの)
クリスは国に置いてきた従者であり大切な友達だ。私が死んだらクリスは悲しんでくれるだろうか。
(クリスとずっと一緒にいたかった…)
…
……
とうとう何の感覚も感じなくなった。寒かったはずなのに今はもう何も感じない。
思い出すのはあの日のこと。
なぜ今さら思い出すのだろうか。
この道を選んだのは自分自身なのに。
(でも、もしも。もしもあの時違う道を選んでいたら……)
…ああ、ねむい。
ねむくて、ねむくてたまらない。
そして薄暗い森の中、私はそのまま眠るように静かに息を引き取った…
…
……
………
はずだったのに…
「これは、どういうこと…?」
私は確かにあの時死んだはず。それなのになぜか再び目を覚ましたのだ。
何も感覚を感じなくなったはずなのに、今は身体がポカポカ温かい。私は視線だけで周りを見渡す。
「ここは…、私の部屋?」
ここは間違いなく私が国を出る前まで使っていた部屋だ。ならば死んだと思ったのは勘違いで本当は助かったのだろうか。
(いいえ、間違いなく私は死んだわ。だって胸を剣で貫かれて…え?)
剣で貫かれた場所を確認しようと手を胸に当てると違和感を感じた。
(む、胸が無い?寝ているから?いえ、こんなにつるペタなはずは…)
私は十八歳だ。成長期も終わりそこそこ女性らしく育ったはず。それなのにあるはずのものがない。それに貫かれた場所を触っても痛くないし血で濡れた感触もない。念のため手に血が付いていないかを確認しようとして私は呆然とした。
「手が小さい…?」
私の目の前にある手はどこからどう見ても子どものような可愛らしい小さな手だ。間違っても成人を迎えた女性の手ではない。私は驚きからとっさに身体を起こした。
「え?」
胸を貫かれたはずなのに痛みなどないどころかむしろ身体が軽い。それに顔の両横から流れる髪が記憶よりも短かった。国を出た時には髪は腰の位置まであったはずなのに。
(い、一体どういうこと!?)
――コンコンコン、…ガチャ
「っ!」
この状況に激しく混乱していると突然ノックされ扉が開いた。一体誰がと身構えていると懐かしい声が聞こえてきた。
「アンゼリーヌ様、おはようございます。…あら、めずらしいですね」
「え…。ケ、ケイト?」
「はい。ケイトでございますよ。アンゼリーヌ様はまだお寝ぼけさんのようですね?うふふふ」
部屋へとやって来たのは私の専属侍女だったケイトだ。そう過去形だ。ケイトは私が十三歳の時に体調を崩しそのまま亡くなってしまった。それなのに今私の目の前にはケイトがいる。私は夢でも見ているのだろうか。
「さぁ、アンゼリーヌ様。今日はあなた様のお誕生日ですからね。とびきりおめかしいたしましょう」
「え?た、誕生日?」
「あら、やっぱりお寝ぼけさんなのかしら?そうですよ。今日はアンゼリーヌ様の十歳のお誕生日でございます」
ケイトはその後に続けて『おめでとうございます』と祝いの言葉を述べていたが私はそれどころではない。
軽い身体に膨らみのない胸、小さな手に短い髪の毛、そして十歳の誕生日。そこから考えられる一つの可能性。しかしそんなことはあり得ない。それならここは天国でただ私は昔の夢を見ているだけだと言われた方が納得できる。
「今日の生誕パーティーは盛大なものになるでしょうね。ああ、そうでした。アンゼリーヌ様、パーティーの前に国王陛下から大切なお話があるそうです。しっかりと準備いたしましょうね」
「!」
十歳の誕生日に国王陛下からの大切な話…
(もしかしてあの日なの?)
私は死ぬ間際にこの日を思い出していた。違う道を選んでいればと思ったところまでは覚えている。そして今、十歳の誕生日の夢を見ている。
(死んでまでこの日を夢に見るなんてきっと私は後悔しているのね)
私は十歳の誕生日に一つの道を選んだ。その結果があれだ。きっと心のどこかで後悔している自分がいるのだろう。国のために一番役に立てると思い選んだ道であったが、何一つ役に立つことなく終わってしまった。
これはきっと夢だ。それならば違う道を選んでもいいのではないか。
(これは私の後悔が見せてくれている夢。夢ならば違う道を選んでみてもいいわよね?)
他の道を選んでもこの国の役に立てる道があったはずだ。それならばその道を選んでみよう。だってこれは夢なのだから。
64
お気に入りに追加
401
あなたにおすすめの小説
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
贄の令嬢はループする
みん
恋愛
エヴェリーナ=ハウンゼントには、第二王子の婚約者が居たが、その第二王子と隣国の第一王女が恋仲になり、婚約破棄されてしまう。その上、黒色の竜の贄にされてしまい、命尽きた──と思ったら、第二王子と婚約を結ぶ前の時に戻っていた。
『正しい路に────』と言う言葉と共に、贄とならないように人生をやり直そうとするが───。
「そろそろ……キレて良いかなぁ?」
ループする人生に、プチッとキレたエヴェリーナは、ループから抜け出せるのか?
❋相変わらずのゆるふわ設定なので、軽い気持ちで読んでいただけると幸いです。
❋独自の設定があります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
❋他視点のお話もあります。
❋更新時間は決めていませんが、基本は1日1話更新です。
❋なろう様にも投稿しています。
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
殿下をくださいな、お姉さま~欲しがり過ぎた妹に、姉が最後に贈ったのは死の呪いだった~
和泉鷹央
恋愛
忌み子と呼ばれ、幼い頃から実家のなかに閉じ込められたいた少女――コンラッド伯爵の長女オリビア。
彼女は生まれながらにして、ある呪いを受け継いだ魔女だった。
本当ならば死ぬまで屋敷から出ることを許されないオリビアだったが、欲深い国王はその呪いを利用して更に国を豊かにしようと考え、第四王子との婚約を命じる。
この頃からだ。
姉のオリビアに婚約者が出来た頃から、妹のサンドラの様子がおかしくなった。
あれが欲しい、これが欲しいとわがままを言い出したのだ。
それまではとても物わかりのよい子だったのに。
半年後――。
オリビアと婚約者、王太子ジョシュアの結婚式が間近に迫ったある日。
サンドラは呆れたことに、王太子が欲しいと言い出した。
オリビアの我慢はとうとう限界に達してしまい……
最後はハッピーエンドです。
別の投稿サイトでも掲載しています。
妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~
岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。
本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。
別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい!
そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。
公爵令嬢エイプリルは嘘がお嫌い〜断罪を告げてきた王太子様の嘘を暴いて差し上げましょう〜
星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」
「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」
公爵令嬢エイプリル・カコセクナイトは、新年度の初日に行われたパーティーで婚約者のフェナス王太子から断罪を言い渡される。迫り来る魔女裁判に恐怖で震えているのかと思われていたエイプリルだったが、フェナス王太子こそが嘘をついているとパーティー会場で告発し始めた。
* エイプリルフールを題材にした作品です。更新期間は2023年04月01日・02日の二日間を予定しております。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる