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7 夫
しおりを挟む私の名前はカイル・メルトハイン。年齢は現在二十一歳で、二十歳の時に父から爵位を受け継ぎ公爵家当主となった。
二十歳で当主となるのは異例で、余程の事情がない限りは二十代後半から三十代半ばごろに当主となるのが普通だ。当主になるには様々な経験を積む必要があるので、そのくらいの年齢になるのが当たり前なのだが、父が存命であるにも関わらず私は二十歳で公爵家当主となった。周囲の者は私がとても優秀だから若くして爵位を継ぐことができたと思っているようだが、実際は違う。二十歳で爵位を継ぐことができるだけの能力があることは否定しないが、本当の理由はただ父が早く引退したがったから。当主だと長期間家を空けることができない。だから母と旅行に行きたい父はさっさと私に爵位を継がせたのだが、周囲には旅行に行きたいからという理由は当然伏せてある。
その結果私は『弱冠二十歳で爵位を継ぐほどの優秀な人物』と認識されるようになってしまったのだ。
しかし爵位を継いで当主になったものの、私には大きな問題が一つあった。その問題とは私に婚約者がいないことだ。
我が家は公爵家ということもあり、今までも婚約の申し込みはたくさんあったがすべて断ってもらっていた。その理由は私が女性が苦手であるということと、両親が恋愛結婚なので息子の私にも恋愛結婚を望んでいたからだ。女性が苦手な私と恋愛結婚を望む両親。私は誰かを好きになることなく気づけば二十歳を迎え、父はもう待ちきれないと私に婚約者がいないまま爵位を押し付けてきたのだ。さすがにそれには母も父に怒ったようで、私に婚約者ができるまでは旅行には行かないと約束させていたが。
そんな私が当主となって一年が経った頃。
気晴らしにと出掛けた王立図書館で、本棚の陰から出てきた女性とぶつかってしまう。それが彼女との出会いだった。
「わっ」
「きゃっ!」
「おっと….。大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございます」
「っ!」
ぶつかって倒れそうになる彼女を支えながら声をかけると、顔を上げた彼女の美しさに私は思わず息を飲んだ。艶やかなミルクティー色の髪に透き通った水色の瞳。私も整った容姿をしているとよく言われてきたが、彼女はそんな私よりも遥かに美しかった。そんな彼女に見惚れていると彼女が目の辺りを気にしだした。
「あ、眼鏡…」
「…眼鏡?」
「は、はい。いつも掛けているのですが、ぶつかった時に落ちてしまったようで…」
そう言って彼女は辺りをキョロキョロ見回しているが、普段から眼鏡を掛けているという割には視力が悪そうな様子ではない。それなのにどうして眼鏡を掛けているのだろうかと気になった。
「あっ、あなたの足元に…」
どうやら私の足元に落ちていたので、私は眼鏡を拾い彼女へと手渡した。
「どうぞ」
「ありがとうございます。えっと、ぶつかってしまって申し訳ございませんでした」
「い、いえ。本を探すのに気を取られていたのが悪いので気にしないでください」
「本をお探しなのですか?もしよろしければお詫びにお手伝いさせていただけませんか?」
「いや、あなたに迷惑を掛けるわけには…」
「迷惑だなんて!私ここにはよく来ているので結構詳しいんです。それにあなたがどんな本を探しているのか気になって…。ダメですか?」
「っ!…じゃあお願いしようかな」
「はい!」
彼女は相当図書館に通っているようで、あっという間に目当ての本を探し出してくれた。短い時間であったが、彼女は本がとても好きだということが表情や言葉から伝わってきた。初めは私に近づくために言い出したことなのではと少からず疑った自分が恥ずかしい。
気づけば私は本のことを楽しそうに語りながら、コロコロと表情を変える彼女から目が離せなくなっていた。そして彼女と別れた後も彼女の笑顔が忘れられずにいると、マルクから何かあったのかと指摘されたのだ。自分ではまったく気がつかなかったが、どうやらいつもと様子が違っていたらしい。ちょうど私も自分の感情を持て余していたところだったので、図書館での出来事をマルクに話すと彼から「一目惚れなのでは?」と言われたのだ。その言葉に私は衝撃を受けた。女性が苦手な私が一目惚れするなど信じられなかったが、気がつけばいつも彼女のことを考えてしまう。どうやら私は彼女に一目惚れしてしまったのだ。
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