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3 妻

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「すぅ、はぁ…。落ち着いて、落ち着くのよ私…」


 興奮のあまり叫んでしまったが、ここは落ち着いて状況を整理しなければと大きく深呼吸をした。

 まずこの結婚はメルトハイン公爵家側からの申し込みだ。しかし婚約期間はほぼなかったし、結婚式は驚くほど簡素なものだった。そして初夜の拒否。初夜をしないということは、私との間に子は不要と言っているのと同義だ。それに旦那様の私への態度は私を妻として認めていないからだと言われれば納得できるが、それならばなぜ私と結婚したのか。その理由が何かあるはずだ。


 (私を選んだ理由はなに?私のような平凡な娘を娶っても何の利益もな……あっ!)


 私はふと似たような展開の小説を読んだことを思い出した。たしかその小説は、貴族である男性と平民である女性との恋愛を描いたものだった。



 ――男性と女性はお互いに愛し合っていたが、身分差で結婚を許されなかった。男性は家を継ぐ身で必ず結婚して後継ぎを儲けなければならなかったが、女性を心から愛していたため他の女性との結婚を受け入れられずにいた。そんな時に女性が自分の子を身籠る。しかし今の状況のまま生まれてしまえば、愛する女性との子に何も残してあげることができない。どうすればいいかと考えた男性が思いついたのが、お飾りの妻を娶ることだった。生まれた子をお飾りの妻との間に生まれた嫡子として育て、後継ぎとしたのだ。そして愛する女性を乳母として側に置き、家族幸せに暮らしましたとさ――



 (男性と女性とその子どもは幸せに暮らしたかもしれないけど、お飾りの妻は幸せだったのかしら?)


 私がこの小説を読んだ時に抱いた感想だ。お飾りの妻については詳しく描写されていなかったので、お飾りの妻が幸せだったのかどうかは想像するしかない。だけど普通に考えれば幸せなはずはない。普通は、だ。


 (とりあえず今はお飾りの妻が幸せだったかは置いておくとして…。今の私を小説のお飾りの妻に置き換えてみると、疑問に思っていたことにも説明がつくわ)


 しがない伯爵家の、平凡な娘である私に結婚を申し込んだのは、お飾りの妻にするのに都合がよかったから。

 婚約から結婚までの期間が短かったのは、お飾りの妻が一刻も早く必要だったから。

 旦那様の私への態度は、愛する女性と結ばれることができなかった八つ当たりから。

 そして初夜を拒否したのは、愛する女性がすでに旦那様の子を身籠っているから。

 これならすべてに説明がつくのだ。


 (旦那様は、私をお飾りの妻にするんだわ)


 まだ旦那様からら言われていないが間違いない。


「…ふふ。旦那様は優しい人なのね」


 おそらく旦那様はいつ私に『お飾りの妻になれ』と言おうか悩んでいるに違いない。旦那様は公爵様だ。そして私は平凡な伯爵令嬢。命令されれば断ることなどできないのに、未だにそうしないのは旦那様がお優しいからだろう。しかし愛する女性が身籠っているのならあまり時間はない。子が生まれる前にどうにかしなければならない問題なのだから。


「お飾りの妻…」


 お飾りの妻ならば白い結婚になるだろう。白い結婚は女性として魅力がないと言われているのに等しいが、正直まだ司書を諦めきれていないので私にとっても都合がいい。それに白い結婚を三年続ければ、離婚することができる。
 貴族男性の二度目以降の結婚はハードルが下がるので、相手が平民でも受け入れられやすい。もしかしたら旦那様は愛する女性と結婚できるかもしれない。逆に離婚した女性は次の結婚は選択肢が狭まってしまうが、私は元々働くつもりでいたので、職さえ見つかれば独り身でも生きていけると思う。

 先ほど旦那様が女主人としての仕事はしなくていいと言っていた。お飾りの妻には女主人としての権力などないはずだし、子を生まない私は屋敷にいてもいなくてもいい存在だろう。重要なのは私と結婚したという事実のみ。実際に旦那様からも自由に過ごしていいと言われている。


「あら。よくよく考えればお飾りの妻もいいかもしれないわね」
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