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    翌朝、孤児院の前に馬車がやってきた。

 私を見送りに先生も出てきてくれているが子ども達はまだ夢の中だ。

 昨日は泣きわめく子ども達をなだめるのに一苦労したが、オルガはみんなに慕われていることに嬉しくなった。

 ただ本物のオルガではないことは申し訳なく思ったが、オルガの記憶を持つ私で勘弁してくれるとありがたい。

 そんなことを考えていると馬車からルシウスさんが降りてきた。


「おはよう。よく眠れたかい?」

「おはようございます。はい」  

「それならよかった。では時間があまり無いから早速出発しよう」

「っ!分かりました。…先生、みんなのことお願いね。あと…またここに来てもいい?」

「オルガは大切な家族よ。いつでも遊びにいらっしゃい。みんなで待っているわ」

「ありがとう…。じゃあ、行ってきます!」


 そうして私は王都に向けて旅立ったのだった。





 孤児院を出発して三日目の昼過ぎ、ようやくバーマイヤ公爵家のタウンハウスに到着した。

 どうやら私の体調を気遣ってくれたようで予定より少し遅くなってしまったようだ。

 夜は宿屋で寝ることができたので身体の疲れはないが精神的な疲れがひどい。

 馬車の中にはルシウスさんと私の二人きりではなく、ルシウスさんの従者と侍女も乗っていた。

 知らない人と長時間一緒に過ごす気疲れもあったが、それ以上にルシウスさんからされた話が衝撃すぎて精神的なダメージが大きかった。

 その話とは私がこの国の王太子の婚約者になる可能性があるというものだった。

 反射的に「嫌です!」と言ってしまった私は悪くないと思う。


(だって王太子って次の国王ってことでしょ?そんな人の婚約者になっちゃったら平穏な暮らしがさらに遠のく!)


 しかも現在王太子には婚約者がいるそうで、その婚約者というのがルシウスさんの妹さんなのだそうだ。


(いや、そもそも婚約者がいるのになんでそんな話が出てるの!どう考えたって聖魔力が目当てじゃん。そんな人と結婚なんて絶対嫌っ!)


「まだ完全には決まってはいないと思うけどいずれはそうなる可能性が高いんだ。妹は幼い頃に王命で無理矢理婚約させられたのに、もう妹のことなどどうでもいいんだろう。それだけ王家が聖魔力を欲しているのさ。ただ王家にも体裁があるから今すぐ婚約することにはならないと思うよ。…でもオルガさんは王妃になりたいとは思わないの?」

「絶対になりたくない!私はただ平凡で穏やかな暮らしができれば満足なんです。そんなものになりたいなんてこれっぽっちも思わない!」

「っ!ふはははっ!」

「な、何か変なこと言っちゃいました!?」

「ははっ、いや、昔妹がオルガさんと同じことを言っていたことを思い出してしまってね」

「そうなんですか?」

「あぁ。妹とオルガさんは気が合うかもしれないな。良ければ妹と仲良くしてやってくれ」

「は、はい!私なんかでよければ!」

「ありがとう。でもオルガさん、"私なんか"なんて言うのはよくないよ」

「き、気をつけます…」

「よし、偉いぞ」


 そう言ってルシウスさんは私の頭を撫でてくれた。

 突然頭を撫でられて驚いたけど嫌だなとは思わずなんだか胸の奥がくすぐったくなった。


「わっ!…えへへっ、ありがとうございます」

「っ!…笑ってる方がいいな」

「?どうかしました?」

「いや、なんでもないよ。さぁそろそろ着くよ」


 タウンハウスに着いた後は急いで制服の採寸をしてもらった。

 入学まであと一日とちょっとしかないのに間に合うのだろうかと心配したのだがそんな心配は不要だったようで、次の日には制服が出来上がってきた。

 そしてルシウスさんが妹さんを紹介してくれた。


「紹介するよ。私の妹、エリザベートだ」

「初めまして、エリザベート・バーマイヤです」

「は、初めまして!オルガ・ミストリアです!」


 エリザベートさんはシルバーブロンドに紫の瞳のすんごい美少女でした。

 ルシウスさんもかなりのイケメンなので二人並ぶと眩しすぎて直視できないくらいだ。


「エリザベートも明日から学園に入学するんだ。学園で分からないことがあればエリザベートに聞くといいよ」

「分かりました。エリザベートさん、よろしくね」

「ええ、こちらこそよろしくお願いします。それと私のことはエリザと呼んでくださいな」

「え、いいの?じゃあ私のこともオルガって呼んでほしいな!…って、こんな言葉遣いじゃ失礼だったよね!?」


 前世の記憶があるから敬語で話そうと思えば話せるが、今までのオルガは敬語なんて使ってなかったから無理に使わなくてもいいかなと思っていた。

 でもさすがに貴族相手に失礼だったかもしれないと今さら気づいたのだ。


「分かったわ。オルガって呼ばせてもらうわね。うーん、私はオルガらしくていいと思うわよ?まぁ相手によっては気をつけた方がいいけれど私やお兄様にはそのままで大丈夫よ」

「!よかったぁ。えへへっ、ありがとう!」

「っ!…かわいい」

「ん?エリザ何か言った?」

「い、いいえ?気のせいよ」

「そっか。じゃあこれからよろしくね!」


 エリザとの挨拶も終わってから思ったのだが、もしも私がヒロインだとしたらエリザは悪役令嬢になるのかもしれない。

 でもここがどこの世界かなんて全然分からないし気にしないことにした。





 そうしてやってきた学園の入学式当日。

 真新しい制服に身を包み、ルシウスさんに見送られながらエリザと一緒に馬車に乗り学園ヘ向かった。

 エリザと会話をしているとあっという間に学園に着いてしまった。

 足元に気をつけながら馬車から降りて顔を上げると目の前にはとても立派な門があった。






 晴れ渡る青空の下、今私はとてつもなく立派な門の前に立っている。

 平民の、しかも孤児の私には分不相応な場所だ。

 それに先ほどから同じ制服を着た人達が私をチラチラと見ていて居心地が悪い。

 私はこっそりと溜め息を吐いた。



 頑張ると決めたものの現実を目の当たりにして一気に憂鬱な気持ちになってしまった。


「オルガどうしたの?」

「エリザ、私ここでやっていけるかな……っ!ご、ごめん!なんでもないから気にしないで!へへっ…」


 つい弱音を吐いてしまったがこんなことをエリザに言っても困らせてしまうだけだと気づき、なんでもないと誤魔化したがエリザには通用しなかった。


「オルガが不安になるのは当然のことよ。つい数日前までとは全く違う環境なんだもの。不安なことを不安って言えないとさらに不安になると思うの。だから誤魔化したりしなくてもいいのよ」

「…エリザやルシウスさんはどうして私に親切にしてくれるの?平民で孤児の私とは住む世界が違うのに…」


 不安を誤魔化さなくていいと言われた私は、ルシウスさんと出会ってからずっと不安に思っていたことを聞いた。


(親切にしたり優しくしたりするのはやっぱり私が聖魔力を持ってるからなのかな…)


「聖魔力の持ち主だから優しくしてくれているのではと思ってしまうのは当然よね。…私は嘘を吐くのがあまり好きじゃないから正直に言うわ。確かに聖魔力を持っているからというのは大きいわ」

「っ!」

「でもねそれだけではないわ。知ってる?オルガがいた孤児院があるのはバーマイヤ公爵家の領地なのよ。だからオルガはバーマイヤ公爵領の領民なの。それでね父がいつも言っているの、『領民こそが宝だ』ってね。私もお兄様もそんな父を尊敬しているわ。だってその通りなんだもの。私達が豊かな暮らしができているのはみんなのおかげだし、それなら私達はみんなに何かを還さないといけない。まだ十分に還せてはいないけれど、みんなの気持ちに寄り添うことなら今の私にでもできると思ったの。…そしてオルガと出会ったわ。まだ出会って間もないけれど、聖魔力を抜きにしてもオルガのことが大切よ。オルガも大切な人には親切にしたり優しくしたりするでしょう?」


 そう言われてミストリア孤児院はバーマイヤ公爵領にあるということを初めて知った。


(…そういえば先生が言ってた。生活に困ることがないのは領主様のおかげだから感謝の気持ちを忘れないでねって。その領主様がエリザのお父さんだったんだ。確かに贅沢はできなかったけど孤児院での暮しが辛いって思ったことはなかったな…)


「…うん、大切な人には優しくしたい」

「そうでしょう?だから私はオルガにそうするの。それにね…」

「…それに?」

「それにオルガがとっても可愛いんだもの。昨日初めて会ったときから仲良くなりたいって思っていたし、なんだかオルガを見ていると甘やかしたくなるのよ」

「え、ええっ!?」

「ダメ…かしら?」


(すんごい美少女から上目遣いでお願いされているっ!これはダメなんて言えるわけない!)


「…ダメじゃない、よ?」

「ふふっ、それならよかったわ!さぁおしゃべりはここまでにして中に入りましょう」

「うん!」


 私はエリザに背中を押してもらい立派な門の中へと足を踏み入れた。

 正直不安なことはまだたくさんあるがエリザやルシウスさんが味方でいてくれることはとても心強い。

 もしも彼らがこの聖魔力を必要とするのであればできる限り力になってあげたいと思った。



 聖魔力に目覚めてからわずか七日目の今日、私の新しい生活がこうして始まったのだった。
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