3大公の姫君

ちゃこ

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五章

開戦1

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~エリーゼside~


「何で私がこんな目に・・・っ」

 エリーゼはあの宴の事件以降拘束され、ずっと部屋に閉じ込められていた。
 本来だと牢獄行きなのだが、ローランから招かれたという事実があるため、真実が確定するまで個室にて監視付きで拘留となった。

 上手くいくと思っていたのに・・・。
 あの親子が手筈を整えてくれたと思っていた。
 一時的に疑われてもすぐに開放されるとあの親子は言っていた。
 それなのに。
 待てども待てども開放される事はなく、助けも来ない。

 ジオラルドたちが何度か面会を要求したらしいのだが、叶えられる事はなかった。
 衛兵に文句を言うたび、うっとおしがられ取り付く島もない対応になっていった。
 正直あのレスティアが死ねば清々すると思ったのだ。
 私を馬鹿にした姉。そして私のを奪った妹。
 絶対復讐してやろうと思った。
 姉の次は妹だったのに。

 あの姉妹をどうにか出来るのであれば自分の事は二の次になっていた。
 自分の保身よりどうにかあの姉妹に仕返しがしたかった。

「こんなのおかしいわよーーーーー」


 ガチャッ。


 そう呟いていた時に扉が開き誰かが入って来た。
 やっと助けが来たのだろうか?

「エリーゼ・モーガン。一緒に来てもらおう」

 衛兵が数人エリーゼの前まで来てそう告げた。

「何なの?やっと開放?おっそいわね!どれだけ時間をかけ・・」

「開放?何を言っている?貴様の罪状は明らかとなった。ローラン側へのカードだ。貴様は」

「は?何言ってるのよ・・」

「ローランへルベインは宣戦布告を行う。貴様はに身を置くローラン側の失態の証拠だ。皇太子たちは人質だな」

「なっ!?」

 それを聞いたエリーゼは驚愕した。

「どういう事よそれ!?何故私が・・」

 衛兵たちはそれ以上話す気が無いのか無言でエリーゼの腕を摑んだ。

「ちょっと!痛いわよっ!」

「大人しく付いて来い。貴様は我が国の最も大事な方に害を成したのだ。簡単に死ねると思わぬ事だ」

 問答無用で引っ立てようとする衛兵たちを青褪めた顔で見るエリーゼ。


 自分は何かとんでもない事を仕出かしてしまったのだと、今更ながらに気付く。


 やはり、あんな親子の言う事を信じるのではなかった。

「は、離しなさい!!ジオラルド様がこんな事きっと許さないわよっ」

「その皇太子たちとて今回の件には重要な証人だ。この件に関わりがないとも言えんだろう?」

「そ、そんな!ジオラルド様は関わっていないわ!」

「ほう?どうしてそう言い切れる?皇太子たちが貴様に命じたのかもしれないではないか。とにかく来い。貴様は既にお客様ではなく罪人だ」

「嫌よ!離してよ!!」

 エリーゼが抵抗したところで、男数人の力には適わない。暴れても、引っ掻いても衛兵たちは力尽くで部屋より出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「おい!説明をしろ!何故我等をこのような所に強制的に連行されなければならん!」

 ジオラルドたちも謁見室で同じように自由が利かない立場にされていた。

「こんな事をしてただで済むとでも・・・」
「そうだそうだ!我が国が許さないぞ!」

 取り巻きたちも納得がいかない様子で口々に文句を言う。

「ルベインはローランと戦争でもしたいのか?こんなこと我が父上が決して許さないぞ」

「ええ。その通りですわ」

 ジオラルドの言葉に入室して来たフォルカが答える。

「フォルカ!君まで何を言っているんだ!?」

 フォルカはジオラルドににっこり笑い返すと、その笑顔を見て勘違いしたのかホッとしたような表情をジオラルドは浮かべた。
 何を安心している、ジオラルド。

「今回の和平はローランがお姉さまを狙うつもりで結ばれたものだと我が国は理解してるわ」

「そんな!ありえない!何かの間違いだ!」

 実際のところ、ジオラルド自身は何も知らなかった。
 ただ単に父王から命じられて此方に留学に来ただけだったのだ。
 元々、この留学には自分ではなく弟王子が最初行く話になっていた。
 皇太子を他国に普通は出さない。
 それなのにそんな事になってしまったのは、王妃の言葉があったからだ。
 ローランの王妃はジオラルドの継母であった。ジオラルドの実母は先の王妃で幼少の頃身体を壊し帰らぬ人となっていたので、その後に後妻に入ったのが今の王妃だった。
 そして第二王子である弟は今の王妃の実子。

 これだけ聞けば、大体想像が付くだろう。
 弟に関しては身体が弱いだのなんだのと色々な理由を付けて阻止させ、皇太子にも見聞を広めさせてはという一言で他の貴族たちが追従してしまったので父王も反論が不可能であったのだ。
 ローランも様々なお家事情があった。

 そしてフォルカたちの調べで今回の件を企てた黒幕たちも判明していた。

 ローランの王妃とその実家の公爵家。

 それが真相であった。

 筋書きはこうだ。


 まず、皇太子たちをルベインへ送り出し、ルベインの協力者にレスティアの暗殺を仕掛けさせる。そして国家間の問題へ発展させたら必ず皇太子たちへの咎が向かうだろう。皇太子一派の仕業に見せかけて問題を大きくさせた罪を背負わせる為に起こした事であった。
 その際に皇太子たちが極刑に処されるか、もしくは強制送還の後に皇太子の地位を剥奪。末路は何でも良かった。どちらにせよそれによって皇太子は皇太子でいられなくなり、彼女の息子が皇太子の地位に上れる。
 そんな筋書きであった。
 あまつさえ、道中で皇太子の暗殺も行いそれをルベインへ罪を擦り付ける心積もりであった。

 そんな事は全く知らないジオラルドは二国間の掌で踊る哀れな道化である。


 もちろんジオラルドの立場は調査でルベイン側は把握していた。
 ただ、陰謀に巻き込まれただけ。

 しかし、皇太子としては失格なのだ。
 ジオラルド自身は特別馬鹿ではないが、優秀でもなかった。
 そこを周りがフォローするように父王の配慮もあり人員が配置されていたというのに皆同じ様に貴族の悪習に染まり傑物にはなれなかった。
 それが、皇太子たちの罪だ。
 ローランの王とて自分が優秀ではない事くらい分かっていた。
 単なる父親としての愛情だ。
 しかも留学が止められなかった時点でジオラルドを切り捨てたも同然だった。
 その事実に気付くのは一体いつになるか。


「間違い?本当に?ジオラルド殿下はご自身のお国が一体何を企んでいるのかご存知ない?」

「た、企んでなど…」

「証拠もあるのよ。いいわ、入りなさい」

 フォルカの言葉にガチャリと音を立てて、数人の衛兵に拘束された研究員が連れて来られた。

「なっ!?何故拘束しているんだ!?」

 その姿に驚愕するジオラルドたち。

「この者たちから押収したルベインの情報よ。これは我が国の逆賊から渡された賄賂と一緒に保管され、ローランとヘルゼンへと渡されていたのよ。どう?何か言い訳出来るかしら」

「な、何だって…」

 正に絶句という表現が近かった。
 さすがに証拠を見せ付けられ、何も言葉が出て来ない。
 自分は何も知らされていなかったでは片付けられなかった。

「そして、エリーゼ・モーガンを使ってのお姉様の毒殺。喧嘩を売って来たのはそちらじゃないですか?戦争になっても致し方ないですよ」

「ちょっと!離してよ!痛い!」

 話の途中で新たに連れて来られたのはエリーゼだった。

「何なのよ!私はジオラルド様の婚約者よ!こんな事をしてローランが黙ってないわよ!!」

 エリーゼの中では既にジオラルドの婚約者らしいが、ローランは未だに認めていない。
 問い合わせても知らぬと返されていた。
 つまり、虚言だ。


 ジオラルド自身もエリーゼに対して恋心自体は消え失せていた。
 拘束された時に言った言葉は、無体な事をされないように発言しただけだ。

「あんた!あんたがこんな事させてるのね!?ふざけんじゃないわよ!」

 入った部屋にフォルカがいるのを見つけ、フォルカに向かって言い放った。

「ふざけてなどおりませんわ。お姉様に毒を盛っておきながらよくそんな事が言えますわね」

「はぁ!?私は何もしてないわ!私だってあのお酒を飲んだじゃない!」

「オルコット公爵親子」

 エリーゼの言い訳に、ため息を吐いたフォルカはそう言い放った。

「!?」

「その二人と密会して何やら楽しいお話しをなさっていた事。知らないとでも?」

「な、なんでそれを…」

 エリーゼは自分が自白したようなものなのにそれにも気が付かず呆然とした。
 ジオラルドがそれを聞いて顔を強張らせる。

「楽しいお話はもっと慎重になさるべきだわ。どこに耳があるかわからないのですからね」

 にっこりと笑うフォルカ。

「と、いうわけでエリーゼは大罪人として扱います。自分が仕出かした事の大きさを味わうといいです」

「エリーゼ…本当なのか…?」

 フォルカとてエリーゼがした事に対して猛烈に怒っていた。怒るというより殺意だ。
 まぁ、フォルカが何もしなくてもエリーゼは破滅する。

「証拠や、証人は既に押さえてますわ。言い訳は出来ません」

「な、私は何も知らないわっ」

「先ほど自白に近い事を仰っていたけど、もはや貴女の証言など必要ないの」

 エリーゼが自白しようとしなくとも関係無かった。
 こちらには全て証拠も揃えており、言い逃れは難しい段階だった。

「そんな…エリーゼが…何故だ…」

 ジオラルドも二の句が告げられない。
 信じられない。と、ジオラルドの表情は表していた。

「ジオラルド殿下」

「…何だ」

「ジオラルド殿下には二つの選択肢があります」

 エリーゼはなおも喚いているが、完全にスルーだ。
 ジオラルドとてもはや庇える領域ではない。

「このまま行きますと、ルベインはローランへ戦線布告する事になります。それは明日にも行われる予定です」

「そんな…」

 事態の深刻さにジオラルドも何度目かになる顔を青褪めさせる。むしろ白に近い。
 そうなると自分たちの立場は一体どうなる。

「そうなれば、今我が国にいるローランの者は皆拘束されます。そしてジオラルド殿下は良い人質として扱われるでしょう。交渉材料として」

「な!フォルカ殿!それはあまりに無礼だぞ!」

 フォルカの言葉に取り巻きが声を上げる。
 取り巻きも今回の件はローランの王妃に切り捨てられた立場だ。
 筆頭公爵と言えどもそれは彼らだけではない。
 第二王子の政敵になりそうな者らを選別し送り込まれた。
 王妃にとっては駒がいくら死のうとも関係ない。
 全ては我が子の為に。

 まぁ、それが破滅を選んでしまったのだがローランは自分たちが優位に立っていると勘違いしていた。

「ローランが逆に我が国と同じ事をされたらどうなのです。それでも無礼だなんだと言うのですか」

「そ、それは…」

「ロイ、もういい」

「殿下!」

 悲痛な声を上げたロイに対しジオラルドは冷静に制した。
 学院にいる時は現実を見ていないような浮付いた印象だったが、さすがに事態を重く受け止めたようだ。
 ローランなら罪人をその場で切り捨ててもおかしくないと我に返ったのだろう。

「それで、フォルカ。私の選べる選択肢は二つあると言ったな。それは何だい」

 今初めて地に足を付けて会話しているような感覚になる。

「はい。このままですと、殿下の義母上様の策略により殿下は殺されるか身分を剥奪されるでしょう」

 その言葉にジオラルドはため息を吐いた。

「今回の黒幕は義母上だと言うのか」

「そのようですよ。第二王子を王位に就けるには殿下は邪魔ですから」

「なるほど。疎まれていたが、そこまでとは」

 さぞ自分は扱い易い、頭の足りない道化だったのだろう。
 今更ながら自分の馬鹿さ加減に嫌気が差す。
 皇太子のくせに蚊帳の外で利用されただけだ。

 そう自嘲した。

「それで?私はどうすれば良い」

 ジオラルドの素直さにフォルカは目を一瞬見開いたが次の瞬間には微笑んだ。

「まず、一つ。このまま私たちの言葉を跳ね除けて自滅する。こちらはジオラルド殿下の御身の安全は運次第でしょう。極刑になるか引き渡しにるか。しかし、引き渡しの道中、王妃一派による刺客に襲われる確率が高いですね」

「…もう一つは?」

「二つ目は全てを理解し、こちらの思惑に乗って下さい。自国に帰れば暗殺。しかし、拘束されているとはいえルベインに身を置く方が命の保証は出来ます。多少殿下にもして頂きますが悪いようにはしません」

「命の保証は本当にあるのか」

「それは私を信じて頂くしかありません。信じる信じないかすら殿下ご自身の責任ですから」

 そう言ってフォルカは笑う。
 ジオラルドもここに来てようやく少し笑った。

「あ、そういえば。ギルバート様」

 ふと思い出したようにフォルカはギルバート・ロンベルに声を掛けた。
 掛けられた本人もいきなりでびっくりしている。

「貴方の父上ですけど、民衆を率いて革命を起こそうとしているわ。貴方がここに送り込まれ、息子を破滅に導いた事に大層お怒りとか。ルインデ公爵や、他貴方方のご実家も王家から離反。一緒にいるらしいわ」

 その言葉に皆声を詰まらせる。

「貴方たちも覚悟をお決めなさい。このまま祖国に帰れたとしても、もう以前の貴方たちが知っている国ではないわ」

 それを聞いて、取り巻きたちは皆頷いた。

「フォルカ。私たちを救ってルベインには何の益があるんだ?」

 ジオラルドが疑問をぶつけて来る。
 ジオラルドから見てメリットなどないように思えるからだ。
 そんな言葉にもフォルカは当然と言わんばかりに笑った。

「正直ローランの貴族たちは揃いも揃って馬鹿ばかり。救う価値もないと思ってましたわ」

「ぐっ…」

「今日の話も聞く耳を持たなければ、ローランと共に運命を共にして頂こうかと思ってましたが、少しは矜持があって良かったです」

「手酷い言葉だね。否定は出来ないよ」

「ふふ。しかし、自覚して活路を見出す殿下たちになら手を貸す事もしましょう。ただし」

「ただし?」

「言っておきますが、益が無ければ救いません。そして、殿下は今までのように皇太子ではいられなくなると思いますわ。それでもよろしい?」

 フォルカの不敵な様子に参ったというようにジオラルドは手を挙げた。

「このままでも私は死ぬんだろう?だったら王妃に復讐してから死ぬさ」

 決意にフォルカは優しげに手を取る。
 初めて会った時は馬鹿王子そのものだった。
 しかし、今の彼は少しくらい手助けしてやってもいいかなくらいには思った。

「して、ルベインは我が国をどうするつもりなんだ?」





「そんなの決まってるわ。我が国に併合よ」








ーーーーーーーーーーーーーーーーー






「国王様!大変です!!」

 許可もそこそこに雪崩れ込むように兵士が入って来た。


「何だ!騒々しいぞ!!」


「何事だ!」


「そ、それが…それが!ルベイン軍が国境に集結!戦線布告と共に侵攻して来ました!国境の砦は一瞬で陥落!私も命からがらここに…!!」


 その言葉に会議室から悲鳴が漏れた。


「何だと!!?虚言を申すな!!」


「嘘ではありません!!王宮の武装解除と共に王妃様の引き渡しを要求しています!!」


 兵士は血だらけの姿でなおも叫ぶ。
 王はガタンと椅子から立ち上がりワナワナと震えた。

「王子は…!ルベインにいるジオラルドはどうした!無事なのだろうな!?」

「それはわかりません…!しかし、王妃と引き換えに引き渡しても良いと言っていました!」


「どういう事だ!何故王妃を向こうが引き渡せなどと…」

「これを…」

 兵士は血で汚れたヨレヨレになった文を出す。

「……!!」



 そこには。


 レスティア暗殺事件。
 ルベインの貴族と繋がり、ローランとヘルゼンへ情報を流した事実。
 ジオラルドたちは拘束され、沙汰を待っている事などが書かれていた。



「…王妃を…王妃を呼んで参れっっ直ぐにだ!!!それと真偽を確認するまで、我が国に招いたアラン・カーライルの身柄も拘束せよ!!」



「そ、それがあの学生は昨日外泊を伝えてから姿が見えません!!」

 その言葉に蒼白になる王。

「何だと!?」


 先手を打たれていた。


「しかし、まだ国内にはいる筈だ!何としても探せ!」


「はっ」




 ローランは破滅に進んでいる事すら気が付かない。
 ローランの貴族も複数が王家から離反している事、民衆を扇動して潜伏している事をまだ知らなかった。
 アランもそこで匿われている。




 崩壊の足音はすぐ近くで聴こえていた。










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