忘却の王子と孤独な女

まるい丸

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本編

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「出ていいぞ」


 エイダンが牢屋の外を伺いアエラを手招きする。


 アエラが牢屋の外へと出ると見張りをしてたであろう兵士が床に伸びている。


「こいつ死んでるのか?」


 兵士を指差しエイダンに問いかける。


「いや、気絶させただけだ。あと10分もしたら起きちまう」



 エイダンはそう答え、急かすようにアエラの腰を抱き足早にその場を去ろうとする。


「いちいち触るな。支えられなくて1人で歩ける」  


「おー怖い怖い、相変わらず可愛げがねぇな」


 怒るとエイダンは腰からぱっと手を離しアエラをからかう。

 


 こんな調子のいい男と行動しないといけないなんて先が思いやられる。アエラは呆れたようにはぁとため息をついた。

 

(なにか忘れてる気がする)

 

「そうだ!」


「なんだよ!

俺達は今逃げようとしてるんだぞ」


 急に声をあげた彼女にエイダンは小声で咎める。



「ルイとケロも連れていきたい。」


「無茶言うな、すぐにここから出なきゃならない。」


「連れて行けないなら一緒に行かない」


 アエラは仁王立ちで腕を組み歩みを止めた。


「あーわかったよ。」


 彼女が言い出したら一歩もひかないのは昔の付き合いで知っていたためエイダンは渋々折れた。

 



「……でさ、彼女なんて言ったと思う?好きな人が出来ただってさ」


「うわーそりゃないぜ」


 見回りの兵士達がランプを片手に持ちながら世間話をしている。


 2人で草むらの中で息を潜め、兵士達が横を通り過ぎるのを静かに待つ。


「よし、行くぞ」


 兵士達が遠くに行ったのを確認してエイダンの合図で移動する。


「見えた。きっとあそこにいる」


 エイダンがルイやケロがいるであろう家畜小屋を指差す。


 音をたてないように静かに小屋に入る。藁の上にケロとルイは寄り添いあって寝ていた。



「良かった……」


 その姿を見て胸が熱くなり目の前がぼやける。目頭を押さえ、ルイとケロを起こす。


 2匹は驚いたように飛び起きアエラの匂いをかぐ。


「2人ともくすぐったいよ」


 2匹を撫でながら唇をほころばせる。


「アエラ急げ!誰か近づいてる。」




 エイダンが焦ったように言い、ケロとルイを連れ急いで城外へと行き近くにある森へ入った。


 ケロに跨り森の中へと進む。



 アエラ


誰かに呼び止められた気がしてふと城の方を見る。


(気のせいか__)


 罪人ではないが城の牢屋から逃げてきてしまった。彼の前にはもう2度と現れることはできない。そう思えば突き刺すような痛みが胸に走った。



(もういいんだ、あの時愛したハロンは消えてしまった)


 アエラは胸の痛みを振り払い、前へと進む。


「さよなら、ハロン」


 別れの言葉は森の音にかき消されていった。




 森の奥へと進むアエラの背中を追いかける。後ろ姿を見ながらエイダンは2人が出会った頃を思い出していた。




ーー

〈エイダン視点〉 


 エイダンは流れ者の傭兵だ。金になればどんな依頼でも引き受ける。今いる組織も金になるから留まっているにすぎなかった。

 

 強い信念もないエイダンは組織では浮いている存在だった。そんな組織で、もう1人エイダンのように周囲と浮いている人物がいた。それはアエラの父であるアトラスだった。

 

 彼女の父であるアトラスは組織の中でも特に武力に優れていた。彼がいるからこそ組織の目的を果たせると言われているほどだった。組織の中で尊敬され慕われているが、アトラスはそれを鼻にかけることなく黙々と自分の仕事をこなしていた。

 

 周りの人間と深く関わろうとせず戦以外ではいつも1人で行動していた。周りに仲間がいてもいつも彼の目には深い悲しみと怒りが滲んでいた。


 エイダンはそんな彼と偶々任務が同じになることがあった。任務が終わり焚き火を囲んでいる時、緊張の糸が切れたのか珍しく自分の事を話した。


「ここに来るまでは妻と娘の3人で暮らしていた。しかし妻が亡くなり娘1人を森へ残しこの組織に合流した」


 アトラスに娘の年齢を聞けば今は16になっている年だと答えた。


 エイダンはなぜ血の繋がった娘を置いてまでと問いかけた。


 男は目を伏せ言った。


「娘には申し訳ない事をしているとわかっている。けれど、どうしても俺の体が心が妻を長年苦しめた奴らを許せないんだ。怒りで体が飲み込まれてしまうんだ」


 アトラスは歯をぎりと食いしばり、怒りを抑えるように血管が浮き上がるほど手を握りしめていた。

 

(最愛の娘を捨ててでも果たしたい事か…)

 

 組織にいる人間はみな復讐を果たすために活動してる。そんな組織の人間の中でも彼が特に強い怒りを持っている気がした。


(怒りが体を飲み込むね……俺にはよくわからないが。)


 アトラスの怒りに共感するより、エイダンは会ったこともない娘に同情した。母を亡くし父も出ていったそんな孤独な少女がひどく不憫だと思った。どんな子か気になった。


 アトラスはそれ以来家族の話をすることはなかったが、エイダンは彼の娘がどんな子かよく空想するようになっていた。見たことも会ったこともないの娘が気になっていた。

 彼女に近づいたのは初めは興味本位だった。


 それから1年後アトラスは任務のためある港町へよく行っていた。

 買付が終わりいつもの様に酒場へ行こうと足を進めていた。すると彼の横を黒い髪をした女が横切る。


(黒髪なんて珍しいな。アトラスぐらいしか見たことねぇ)


 アトラス……

 

 一瞬様々な記憶が彼の頭を駆け巡った。町の住民とは違う見慣れない服装、若い女、黒髪。


(もしかして!)


 居ても立っても居られず、急いで彼女の後を追い声をかけた。最初は明らかにエイダンを警戒していたが、少しずつ距離を詰めようやく心を開いてもらえた。


 様々な組織を渡り歩くエイダンは女との付き合いは長続きせず、その場限りのことが多かった。しかし、アエラとの関係は不思議と長く続いた。


 初めは好奇心から近づいたが、仲が深まれば深まるほど彼女の虜になっていった。人慣れしてなくて一見冷たく見えるが、心を許した者には深い情を持って接する温かい心の持ち主であるアエラを大切に思うようになっていた。

 

 しかしそんな日々は長く続かない。港町での任務が終わりを迎えようとしていた。


 中々別れを言い出せなかった。彼女を連れて何処までも行きたい何度そう思ったことか。けれどエイダンの人生には敵が多すぎる。巻き込むわけにはいかなかった。




「エイダンまさか森の女に惚れてるの?」

 

 

 夜の町でひっかけた女がエイダンに寄りかかり媚びた声で聞く


「まさか、遊びさ」


 視界の端でアエラが苦痛に顔を歪め走り去っていくのが見えた。



(一生恨めばいい。共に生きることが出来ないならせめて俺を忘れないでほしい。それがたとえ憎しみであっても)


 アエラにはそれから徹底的に避けられてしまった。そろそろ町を出ないといけない時期に来ていた。エイダンは酷い振り方をしたのに身勝手にも彼女を一目見たいと思っていた。


 最終日彼女がよく行く何でも屋に行く。しかし結局アエラには会えなかった。そこで人の良い店主に伝言を頼む。


「もう一度会えたら、どんな奴らが来てもお前を守り手に入れる。」


 エイダンは身を翻し外の世界へと旅立った。




 隣で寝息をたてる彼女に視線を向ける。まさかまた出会うとは思わなかった。アエラはあの伝言を聞いてないかもしれない。しかし彼女が望んでなくても、あの時のように諦めるつもりはエイダンには毛頭なかった



「……ヘイスにガブリエルか」


 低くこもった声で王子達の名前を呟いた。

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