Eランクの薬師

グラン

生還

クリストを目で追うと、彼は大きな猿に首を掴まれて運ばれていた。

「何……っ!?やめろ、放せっ！」

クリストが大声で叫んでいるが、何の効力もない。
気が付くと、周りは大きな猿でいっぱいだった。
グランは剣を構える。リアムとジャイルもそれぞれの武器を。
「猿の分際で」
グランが飛びかかると、猿はのらりくらりと逃げていく。
大したことのない相手だ。逃げることしかできない。
クリストを助けなければ。
グランがそう思って見回すと、クリストが大きな岩の上に座らされていた。
「クリスト！今行く」
叫んで岩によじ登ると……それは、クリストのマントを着た木だった。
「なんだ……これは」
呆然とつぶやいたとき、横から殴られて、吹っ飛んだ。
思わず剣を取り落してしまった。
剣を拾おうと起き上がる前に、両腕をそれぞれの猿に捕まえられる。
「何……!?待て、どうする気だ……！嫌だ、放せ！いやだあああ！」
グランは必死に叫ぶが、二匹の猿は、グランの腕を掴んだまま意気揚々と駆ける。
向こうの方でリアムとジャイルの叫び声も聞こえた。
遠くに、目を見開いて立つリズが見えた。
「リズ……!リズ、助けろ！おい、どうにかしてくれ！」
グランは必死で叫んだ。
グランに声をかけられたら、見つかってしまうと言うように、一瞬憎々しげに睨み付けられた。
そして、リズは、さっと身をを翻して逃げた。
「待て……！ふざけるな、一人で逃げるなんて……！」
グランは声がかれるまで叫んだが、リズはもう見えなくなっていた。

猿に連れて来られた場所は、竪穴の深い穴だった。
両腕を掴まれ引きずられたグランの足はもうボロボロだった。
グランたちは、ぽいぽいと穴の中に放り込まれた。

彼らは知らなかったが、ここは山猿の食糧庫だ。

腐るのを防ぐため、彼らはここでエサを飼う。そうして、貯蔵したエサを食べながら冬を越すのだ。
「な、なんだここはっ……!?なんで俺が、こんなっ……！」
山猿は、基本的にえさは生きていればいい。
生きてさえいれば腐らないので、長期保存ができる。
そういう習性を持っている。
だから、捕まえてきたいろいろな食料は一緒に入れておく。
蛇や小動物やその他色々なものだ。共食いを防ぐために肉食のものは入れないが、とにかく目についた生き物は何でもかんでも入れている。
そして、時々食べられそうな虫や葉っぱや木の実を入れてやる。
「ひっ……や、やめてくれ、出してくれ。こんなところで眠れない」
人間は一生懸命叫んでいる。他の動物は静かなのに、本当にやかましい。
しかし、人間の肉は柔らかくて、脂身が多く美味だ。
経験上、この竪穴の中で人間が長く生きてくれることがないことは知っていた。
だから、早めに食べないといけないと猿たちは思う。

山猿の雌たちは、狩りに雄が出ている間、そんなエサたちの面倒も見る。
一人の若い雌は、早く食べたいと思いながら、この間捕まえてきたばかり人間を見ていた。
おいしそう。白くて柔らかそうだ。
時々、この食糧庫の中からエサを取り出して食べるが、まだ人間を食べる時期ではないらしい。
ああ、早く食べたい。
彼女が見ていると、金色の毛をした人間が、ふと上を見上げた。
その瞬間、体の自由が奪われる。
「そう。そうだ。俺を見ろ。なあ、俺のことが好きだろう？」
山猿の女は、早く食べたいと思うばかりに、グランの魅了にかかる。
山猿は、グランを引き上げた。
「あいつらもだ。この穴に入っている人間、全部引き上げろ」
あふれてくる食欲を我慢しながら、雌は人間を全て穴から出した。
目の前の人間は、なんておいしそうなんだろう。
かじってみたいが、少しかじるだけで人間は死んでしまう。
そうなったら、雄に怒られてしまう。
彼女はよだれを垂らしながらグランを見つめた。
「君は……僕のことを愛するんだよ。ほら、僕のことが愛おしくて仕方ないだろう？」
彼女は、何か話しかけてくる人間をじっと見る。
じっとみていると……食欲以外のものが湧き上がってきた。
「いいぞ。なあ、僕を逃がしてくれない、かっ……!?」
それは、性欲だった。
この人間は、猿と同じ形をしている。
山猿は、人間相手に欲情してしまったのだ。
「ちがっ……！待て、やめろ、やめろっ！」
人間が叫ぶが、一度欲情してしまった獣は止まらない。
「クリスト、ジャイル、リアムっ……！こいつを引き離してくれえ！」
グランは泣き叫ぶが、何の道具も持たない彼らは、何もできなかった。
ただ、時が過ぎるのを待つだけだった。

一週間後。
彼らは、生きていた。
グランに惚れた山猿の雌によって、逃がされた。
その間、グランはずっと山猿に魅了をかけ続けなければならなかった。
魅了が切れるときは、食べられるとき。
グランは、山猿の巣から遠くまで運ばせて、彼女に谷底に落ちるように命じた。
グランの魅了は、直接「死ね」でない限り、言うことを聞かせられる。
「グラン……運ぶ」
「ああ」
グランの体はボロボロで、魅了の術だけが生きていた。

クリストたちは三人で動けないグランを運んで山を下りることができたのだった。