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ずっと好きだった
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「好き・・・好きなの。ずっと好きだった」
すみれは、泣きながら直樹に縋っていた。
ああ、こんなに素直になれたらどんなにいいだろう。
頭の片隅で、これは夢で、実際にすみれがこんなことを直樹に言えないことは分かっている。
「すみれ……本当に?」
ぽろぽろと涙を流すすみれの顔を覗き込んで、直樹は戸惑ったように訊き返す。
すみれは、何もまとっていない腕を伸ばして離れたくないというように強く抱き付いた。
「本当。大好きなの。直樹っ……!」
「すみれっ……!」
ああ、今日はなんて夢見がいいんだろう。
直樹が抱きしめ返してくれて、「オレもだっ!」なんて、叫んでいる。
現実にはあり得ない直樹の反応にすみれは笑った。
笑うすみれを不思議そうに見ながら、直樹はそっとすみれの頬に手を添える。そして、ゆっくりと彼の顔が近づいてきて―――
目が覚める。
定番よね。
小越すみれは見慣れた天井を見上げながら、ため息を吐いた。
昨夜は飲みすぎてしまった。キャミソールとショーツ一枚の姿で寝ていたことを認識して、すみれはもう一度ため息を吐いた。
―――泊まる気はなかったのに。
どんなにあられもない格好をしても、彼が私に対してその気になることは無い。
そんなむなしい思いに囚われる朝を、もう迎えたくは無かった。
すみれが彼を好きで好きでどうしようもなくても、彼は男性しか愛せない人だから。
だから、何が起こっても、今日で終わり。
すみれは、部屋の隅に置いた自分のバッグを見た。
いつもより少し大きめのバッグには、ここに泊まるたびに増えていった荷物だ。歯ブラシや化粧水や着替え。それらを昨日のうちにすべて詰め込んだ。彼に気が付かれないように。
すぐに帰ることができる格好に着替えて、すみれは寝室のドアを開けた。
「おはよう」
そこには、いつ見ても整った顔立ちの宇都宮直樹がコーヒーを片手に新聞を読んでいた。
「ああ……おはよ」
チラリとすみれを見て、また新聞に視線を戻す彼は、不機嫌そうだ。
たらりと冷や汗を流す。
すみれは酒癖が悪い。
自分でもわかっているのだが、何かあると、限界点を突破して飲んでしまって、記憶をなくす。
昨日も、もうこの部屋に来るのは最後にしようと思っていたから、泣かないためにたくさん飲んだ。
何かやらかしてしまったのかもしれない。
「あ~~……っと、ごめん。またなんかした?」
「……やっぱり、覚えてないんだよな」
眉間にしわを寄せてすみれを睨み付けてくる直樹は、今までにないほどに不機嫌だ。
いつもなら『まあ、いつものことだよ』と呆れ交じりにため息を吐いて許してくれるのに、今日は許せないようなことが起こったようだ。
「あ…は、はは。ごめん。また埋め合わせはそのうちにするから」
そう言いながら、すみれは玄関の方に移動する。
長居する気はない。
もう、彼と二人きりで話すことはこれでおしまいにする。
玄関まで辿り着いて、「じゃ!」と手を挙げて出て行こうとしていたのに、すみれのその様子に気がついて直樹が不思議そうな顔をする。
「お前、その状態で帰るのか?風呂入っていけよ」
いつもなら、結構急いでいてもシャワーだけを借りていたけれど、バスグッズはすでにすみれの鞄の中だ。
「ああ、今日はちょっと急ぐから」
これから家に帰って号泣する予定だ。
「その状態で電車乗る気か?気が付いてないみたいだけど、すげえ酒臭いぞ?」
「………」
好きな人からのその言葉って、ダメージ半端ない。
臭い?臭いの?
自分の腕を持ち上げて匂いを嗅いで見るけれど、いまいちよく分からない。自分の匂いは気が付きにくいというが、自分の感じでは酒は残っていないような気がするのに。
「シャワーだけでも浴びれば?何、着替えないの?」
そう言って、直樹が立ち上がろうとするのを慌てて止めた。
「いや!大丈夫だから。あるある!」
私の着替え置き場を見られたら終わりだ。昨日まではパジャマ代わりのTシャツまで入っていたのに、今はすっからかんなのだ。
何でと聞かれて、面と向かって泣かずに説明できる気がしない。
これからは、付かず離れずの友人関係を続けていくのだから、すみれの気持ちに気が付かれない方がいい。
「じゃ、いってくれば?」
直樹があごで浴室へと促す。
ここでさらに拒否するのは、不自然だと思って、すみれは頷いた。
「そっかあ。じゃあ、借りようかな」
ぎこちない笑い声をあげて、すみれは浴室へ向かった。
荷物を全て持って。
「置いて行けよ」と言われたらどうしようとびくびくしながら浴室へ向かうけれど、直樹はすでに興味がないように新聞に視線を落としていた。
ほっと安心して、でも少しの寂しさも感じる。
異性が自分の部屋でシャワーを浴びるということに、何も感じない人であることは、ずっと前から知っているのに。
すみれは、泣きながら直樹に縋っていた。
ああ、こんなに素直になれたらどんなにいいだろう。
頭の片隅で、これは夢で、実際にすみれがこんなことを直樹に言えないことは分かっている。
「すみれ……本当に?」
ぽろぽろと涙を流すすみれの顔を覗き込んで、直樹は戸惑ったように訊き返す。
すみれは、何もまとっていない腕を伸ばして離れたくないというように強く抱き付いた。
「本当。大好きなの。直樹っ……!」
「すみれっ……!」
ああ、今日はなんて夢見がいいんだろう。
直樹が抱きしめ返してくれて、「オレもだっ!」なんて、叫んでいる。
現実にはあり得ない直樹の反応にすみれは笑った。
笑うすみれを不思議そうに見ながら、直樹はそっとすみれの頬に手を添える。そして、ゆっくりと彼の顔が近づいてきて―――
目が覚める。
定番よね。
小越すみれは見慣れた天井を見上げながら、ため息を吐いた。
昨夜は飲みすぎてしまった。キャミソールとショーツ一枚の姿で寝ていたことを認識して、すみれはもう一度ため息を吐いた。
―――泊まる気はなかったのに。
どんなにあられもない格好をしても、彼が私に対してその気になることは無い。
そんなむなしい思いに囚われる朝を、もう迎えたくは無かった。
すみれが彼を好きで好きでどうしようもなくても、彼は男性しか愛せない人だから。
だから、何が起こっても、今日で終わり。
すみれは、部屋の隅に置いた自分のバッグを見た。
いつもより少し大きめのバッグには、ここに泊まるたびに増えていった荷物だ。歯ブラシや化粧水や着替え。それらを昨日のうちにすべて詰め込んだ。彼に気が付かれないように。
すぐに帰ることができる格好に着替えて、すみれは寝室のドアを開けた。
「おはよう」
そこには、いつ見ても整った顔立ちの宇都宮直樹がコーヒーを片手に新聞を読んでいた。
「ああ……おはよ」
チラリとすみれを見て、また新聞に視線を戻す彼は、不機嫌そうだ。
たらりと冷や汗を流す。
すみれは酒癖が悪い。
自分でもわかっているのだが、何かあると、限界点を突破して飲んでしまって、記憶をなくす。
昨日も、もうこの部屋に来るのは最後にしようと思っていたから、泣かないためにたくさん飲んだ。
何かやらかしてしまったのかもしれない。
「あ~~……っと、ごめん。またなんかした?」
「……やっぱり、覚えてないんだよな」
眉間にしわを寄せてすみれを睨み付けてくる直樹は、今までにないほどに不機嫌だ。
いつもなら『まあ、いつものことだよ』と呆れ交じりにため息を吐いて許してくれるのに、今日は許せないようなことが起こったようだ。
「あ…は、はは。ごめん。また埋め合わせはそのうちにするから」
そう言いながら、すみれは玄関の方に移動する。
長居する気はない。
もう、彼と二人きりで話すことはこれでおしまいにする。
玄関まで辿り着いて、「じゃ!」と手を挙げて出て行こうとしていたのに、すみれのその様子に気がついて直樹が不思議そうな顔をする。
「お前、その状態で帰るのか?風呂入っていけよ」
いつもなら、結構急いでいてもシャワーだけを借りていたけれど、バスグッズはすでにすみれの鞄の中だ。
「ああ、今日はちょっと急ぐから」
これから家に帰って号泣する予定だ。
「その状態で電車乗る気か?気が付いてないみたいだけど、すげえ酒臭いぞ?」
「………」
好きな人からのその言葉って、ダメージ半端ない。
臭い?臭いの?
自分の腕を持ち上げて匂いを嗅いで見るけれど、いまいちよく分からない。自分の匂いは気が付きにくいというが、自分の感じでは酒は残っていないような気がするのに。
「シャワーだけでも浴びれば?何、着替えないの?」
そう言って、直樹が立ち上がろうとするのを慌てて止めた。
「いや!大丈夫だから。あるある!」
私の着替え置き場を見られたら終わりだ。昨日まではパジャマ代わりのTシャツまで入っていたのに、今はすっからかんなのだ。
何でと聞かれて、面と向かって泣かずに説明できる気がしない。
これからは、付かず離れずの友人関係を続けていくのだから、すみれの気持ちに気が付かれない方がいい。
「じゃ、いってくれば?」
直樹があごで浴室へと促す。
ここでさらに拒否するのは、不自然だと思って、すみれは頷いた。
「そっかあ。じゃあ、借りようかな」
ぎこちない笑い声をあげて、すみれは浴室へ向かった。
荷物を全て持って。
「置いて行けよ」と言われたらどうしようとびくびくしながら浴室へ向かうけれど、直樹はすでに興味がないように新聞に視線を落としていた。
ほっと安心して、でも少しの寂しさも感じる。
異性が自分の部屋でシャワーを浴びるということに、何も感じない人であることは、ずっと前から知っているのに。
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