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出会い
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昼休憩の学食は戦争だ。
生徒たちもそうだが、厨房で働く側も、いかに迅速に正確に食事が提供できるか。スタッフの腕にかかっている。
「ノエル!食器持ってこい!」
「はいっ!」
ノエルは、持っていた定食を生徒に手渡すと、すぐに身を翻して食器棚へ向かう。
返却された食器を少し洗わないと足りなくなるかもしない。
ちらりと返却口を見て考える。
「おい。まだか?」
カウンターの外から声がかかる。
「少々お待ちください!」
食器を料理長の傍に運んでから、跳ぶようにしてカウンターに戻る。
できあがっている料理をトレーに並べて、待っている学生の手元を確認する。
豚肉のソテーのチケットが握られていることを確認して、メインの皿をトレーに乗せる。
これだけ急いでいても、長い列ができてしまっている。
――そもそも、品数が多すぎるのが問題なのだ。
ランチメニューは、そんなに種類はない。毎日三種類のメインと、どれも同じ付け合わせがつく。
ご飯、スープ、サラダに加えて、五種類の小鉢。トレーの中はお皿でいっぱいだ。
忙しすぎるから品数を減らして、メインの量を増やしてはどうかと提案すれば
「これでも品数は少ない方なのに!」
信じられないと言われた。
こっちの方が信じられない。
この学園に通う生徒は、全員が貴族だ。
貴族は毎食、フォークとナイフを何本も使い分け、大きな皿に少しの料理をのせて食べるらしい。それに比べれば、このランチのなんて質素なことかと。
料理長は、もっと手をかけてやりたいと嘆く。
しかし、ノエルに言わせれば、『甘えんな』だ。
朝夕は家での食事だから好きにすればいい。
だが、学校に来てまでそれをやってもらえると思うなと叱り飛ばしてもいいのではないだろうか。
まあ、雇われの身のノエルが言えることでもない。
ノエルは、平民だ。
しかも母子家庭で、平民の中でも貧しい方の部類に入る。
このカウンターの向こうにいる生徒たちと同じで、本当ならば学校に通っている年齢だ。今度の卒業生と同じ、十八歳。だが、ノエルには学ぶお金も、時間もない。
だけど、数カ月前、この学食の求人があることを知り、即座に応募した。
しかも担当者がノエルの年齢を知り、時間外ならば、授業に参加しても構わないというのだ。
この学校は、ここ数年、試験的に平民の受け入れをしている。平民と交流を持ち、高い能力を持つ人間をすくい上げるという制度。
実に高尚で有難いことだ。平民は能力が低いけれど、私たちは交流を持って差し上げようと心の広いどなたかが言い始めたことらしい。しかも、その低い能力の平民たちの中から、少しくらいは出来がいいのがいれば、その人間は使ってやろうという恩着せがましい制度までくっついている。
平民の中に、そんな余分な時間を持てる人間はほぼいない。
平民が通っている通常の学校もあるし、わざわざ貴族と一緒に蔑まれながら勉強をする必要はない。そもそも、勉強は何か目標に向けて学ぶものだ。なぜこの学校は全てまんべんなく学んでいくのか。必要のない知識だってあるだろうに。本当に時間が有り余っている人間のやることは意味が分からない。
だから、平民の入学を推進して入って来るのは貴族とのつながりが欲しい大商人の子息のみ。
本来の目的とは異なる状況に、担当者は頭を悩ませていたという。そこに、ノエルといういい材料が現れた。
ノエルを働かせながら、授業も受けさせて、一石二鳥と言うことだろうか。
ノエルとしても、学校には行きたかった。
時間外ならば……という条件のもと、ノエルは受けたい授業を選択し、受講する。
中でも、外国の話を聞く外交の授業や、社会の仕組みを学ぶ政治経済の授業は、平民の学校にはないもので、非常に興味深い。
汗を拭う暇もないほどの忙しい時間が終わると、あっという間に食堂に人がいなくなる。
次の授業が始まるのだ。
「調理長!一限だけ受けてきてもいいですか」
次は、算術の授業があるのだ。
これは、買い物などの日常生活で騙されないようにきちんとできた方がいい。……けど、ノエルの苦手科目だった。
「おお。行ってこい」
本当ならば、この後は片付けでまだまだ大忙しのはずだ。
それでも、ノエルが授業を選んで調べていることが分かると、『学べるなら学んでおけ』と、快く行かせてくれる。
「終わったら、野菜むいとけよ」
「……はい」
無条件ではないところが泣かせる。
「ノエルくん、お昼ご飯は?」
エプロンを取って、鞄の準備をしていると、仕事仲間のおばちゃんが声をかけてくれた。
彼女はサニー。料理長が来るより前からここに勤めている古参の女性だ。
男性の敬称で呼ばれたが、ノエルは、正真正銘、女だ。
特に頑張って男の格好をしているとか、隠してここに就職しているとかではない。ただ、女性にしては髪が短く、年齢からしたら体が少々平坦なだけだ。名前が男女どちらでもあり得る名前だったことも災いした。
貴族様の名前は、とにかく、美しい発音で、女性は女性らしい名前ばかりだ。
ノエルは、見た目とその名前のせいで男の子だと思われてしまったようだ。
履歴書を見れば、女だとしっかりと書いているのだが、見てわかるのに、わざわざ性別を確認しようとする人がいない。ノエルが間違われていることに気が付いたのは、サニーがノエルを『くん』づけで呼んだからだ。
最初に呼ばれた時に訂正すればよかったのだが、自分は女だとそのまま伝えていいものかどうか迷った。
――結果、未だに勘違いされたままだ。別に困っていないので、このままでもいいかなともう放っているような状態だ。
「食べてたら間に合わないんで、抜きます」
さすがに、あの忙しい時間に賄いを食べさせてくれとは言えない。
午後一で受けたい授業がある時はお昼を抜く覚悟だ。
「まあ、駄目よ!成長期の男の子が!残っているものを容器に入れていきなさい」
ノエルは驚いて料理長を見ると、どうやら聞こえていないふりをしてくれるようだ。
彼は、自分の料理と料理の味が混ざることを非常に嫌う。同じ容器にいろいろ入れるなんて、本当だったらとんでもないことだろう。
「ありがとうございます!」
ノエルは満面の笑みで容器を受け取って、早速パンを切り開いた。
前からやってみたかったのだ。
ノエルは味が混ざろうが何だろうが、結局口の中に入ってしまえば混ざるのだから、関係ないと思っている。それどころか、意外とおいしいのではないか?とまで思う。
パンに、あらゆる具材を挟み込んで、くるくるっと油紙で巻いてから容器に入れた。
料理長は見ていないが、サニーは目を丸くしていた。
ノエルは舌をチロッと出して、内緒にして欲しいとジェスチャーで示してから厨房から出た。
さあ、急がないと授業が始まってしまう。
授業が終わって、ノエルは学園内の中庭のベンチに座る。
休み時間は終わっているので人はいない。空き時間があるならば、本来であれば授業に出て欲しいところであろうが、次は歴史だった。全く興味が無い。
ノエルはいそいそと、貰って来たお昼ご飯を開く。
わくわくと色々な料理が挟まったパンを両手でつかんで口に頬張る。
もうとっくに冷めてしまっているけれど、やっぱりだ。ものすごくおいしい。やってみて良かった!
はぐはぐとパンをほおばっていると、ふと視線を感じた。
彼は、ノエルが座るベンチの目の前に立って、じっと彼女の手元を見つめていた。
――どうせ、なんて下品なんだとでも思っているのだろう。
彼の表情は、ノエルを蔑むようなものではなかったが、この学校の中でも特にいい身なりの人間にじっと見られて、他の理由が思いつくはずもない。
ノエルは、彼を食堂で見たことが無かった。
キラキラと陽光を反射して輝く金髪に、透き通った湖のような色の瞳。座った状態で上から見下ろされると反射的に謝りたくなるほどの威圧感を与えてくる体躯。
その体を包むのは、最上級のスーツだ。ノエルには、布の良し悪しなど分からないが、皺の一つ一つまで計算されたかのように彼の体にぴったりと沿う服は、絶対にオーダーメイドだ。
こんな人が食堂に来ていたら、絶対に記憶に残っているはずだ。
「それは……おいしいのか?」
生徒たちもそうだが、厨房で働く側も、いかに迅速に正確に食事が提供できるか。スタッフの腕にかかっている。
「ノエル!食器持ってこい!」
「はいっ!」
ノエルは、持っていた定食を生徒に手渡すと、すぐに身を翻して食器棚へ向かう。
返却された食器を少し洗わないと足りなくなるかもしない。
ちらりと返却口を見て考える。
「おい。まだか?」
カウンターの外から声がかかる。
「少々お待ちください!」
食器を料理長の傍に運んでから、跳ぶようにしてカウンターに戻る。
できあがっている料理をトレーに並べて、待っている学生の手元を確認する。
豚肉のソテーのチケットが握られていることを確認して、メインの皿をトレーに乗せる。
これだけ急いでいても、長い列ができてしまっている。
――そもそも、品数が多すぎるのが問題なのだ。
ランチメニューは、そんなに種類はない。毎日三種類のメインと、どれも同じ付け合わせがつく。
ご飯、スープ、サラダに加えて、五種類の小鉢。トレーの中はお皿でいっぱいだ。
忙しすぎるから品数を減らして、メインの量を増やしてはどうかと提案すれば
「これでも品数は少ない方なのに!」
信じられないと言われた。
こっちの方が信じられない。
この学園に通う生徒は、全員が貴族だ。
貴族は毎食、フォークとナイフを何本も使い分け、大きな皿に少しの料理をのせて食べるらしい。それに比べれば、このランチのなんて質素なことかと。
料理長は、もっと手をかけてやりたいと嘆く。
しかし、ノエルに言わせれば、『甘えんな』だ。
朝夕は家での食事だから好きにすればいい。
だが、学校に来てまでそれをやってもらえると思うなと叱り飛ばしてもいいのではないだろうか。
まあ、雇われの身のノエルが言えることでもない。
ノエルは、平民だ。
しかも母子家庭で、平民の中でも貧しい方の部類に入る。
このカウンターの向こうにいる生徒たちと同じで、本当ならば学校に通っている年齢だ。今度の卒業生と同じ、十八歳。だが、ノエルには学ぶお金も、時間もない。
だけど、数カ月前、この学食の求人があることを知り、即座に応募した。
しかも担当者がノエルの年齢を知り、時間外ならば、授業に参加しても構わないというのだ。
この学校は、ここ数年、試験的に平民の受け入れをしている。平民と交流を持ち、高い能力を持つ人間をすくい上げるという制度。
実に高尚で有難いことだ。平民は能力が低いけれど、私たちは交流を持って差し上げようと心の広いどなたかが言い始めたことらしい。しかも、その低い能力の平民たちの中から、少しくらいは出来がいいのがいれば、その人間は使ってやろうという恩着せがましい制度までくっついている。
平民の中に、そんな余分な時間を持てる人間はほぼいない。
平民が通っている通常の学校もあるし、わざわざ貴族と一緒に蔑まれながら勉強をする必要はない。そもそも、勉強は何か目標に向けて学ぶものだ。なぜこの学校は全てまんべんなく学んでいくのか。必要のない知識だってあるだろうに。本当に時間が有り余っている人間のやることは意味が分からない。
だから、平民の入学を推進して入って来るのは貴族とのつながりが欲しい大商人の子息のみ。
本来の目的とは異なる状況に、担当者は頭を悩ませていたという。そこに、ノエルといういい材料が現れた。
ノエルを働かせながら、授業も受けさせて、一石二鳥と言うことだろうか。
ノエルとしても、学校には行きたかった。
時間外ならば……という条件のもと、ノエルは受けたい授業を選択し、受講する。
中でも、外国の話を聞く外交の授業や、社会の仕組みを学ぶ政治経済の授業は、平民の学校にはないもので、非常に興味深い。
汗を拭う暇もないほどの忙しい時間が終わると、あっという間に食堂に人がいなくなる。
次の授業が始まるのだ。
「調理長!一限だけ受けてきてもいいですか」
次は、算術の授業があるのだ。
これは、買い物などの日常生活で騙されないようにきちんとできた方がいい。……けど、ノエルの苦手科目だった。
「おお。行ってこい」
本当ならば、この後は片付けでまだまだ大忙しのはずだ。
それでも、ノエルが授業を選んで調べていることが分かると、『学べるなら学んでおけ』と、快く行かせてくれる。
「終わったら、野菜むいとけよ」
「……はい」
無条件ではないところが泣かせる。
「ノエルくん、お昼ご飯は?」
エプロンを取って、鞄の準備をしていると、仕事仲間のおばちゃんが声をかけてくれた。
彼女はサニー。料理長が来るより前からここに勤めている古参の女性だ。
男性の敬称で呼ばれたが、ノエルは、正真正銘、女だ。
特に頑張って男の格好をしているとか、隠してここに就職しているとかではない。ただ、女性にしては髪が短く、年齢からしたら体が少々平坦なだけだ。名前が男女どちらでもあり得る名前だったことも災いした。
貴族様の名前は、とにかく、美しい発音で、女性は女性らしい名前ばかりだ。
ノエルは、見た目とその名前のせいで男の子だと思われてしまったようだ。
履歴書を見れば、女だとしっかりと書いているのだが、見てわかるのに、わざわざ性別を確認しようとする人がいない。ノエルが間違われていることに気が付いたのは、サニーがノエルを『くん』づけで呼んだからだ。
最初に呼ばれた時に訂正すればよかったのだが、自分は女だとそのまま伝えていいものかどうか迷った。
――結果、未だに勘違いされたままだ。別に困っていないので、このままでもいいかなともう放っているような状態だ。
「食べてたら間に合わないんで、抜きます」
さすがに、あの忙しい時間に賄いを食べさせてくれとは言えない。
午後一で受けたい授業がある時はお昼を抜く覚悟だ。
「まあ、駄目よ!成長期の男の子が!残っているものを容器に入れていきなさい」
ノエルは驚いて料理長を見ると、どうやら聞こえていないふりをしてくれるようだ。
彼は、自分の料理と料理の味が混ざることを非常に嫌う。同じ容器にいろいろ入れるなんて、本当だったらとんでもないことだろう。
「ありがとうございます!」
ノエルは満面の笑みで容器を受け取って、早速パンを切り開いた。
前からやってみたかったのだ。
ノエルは味が混ざろうが何だろうが、結局口の中に入ってしまえば混ざるのだから、関係ないと思っている。それどころか、意外とおいしいのではないか?とまで思う。
パンに、あらゆる具材を挟み込んで、くるくるっと油紙で巻いてから容器に入れた。
料理長は見ていないが、サニーは目を丸くしていた。
ノエルは舌をチロッと出して、内緒にして欲しいとジェスチャーで示してから厨房から出た。
さあ、急がないと授業が始まってしまう。
授業が終わって、ノエルは学園内の中庭のベンチに座る。
休み時間は終わっているので人はいない。空き時間があるならば、本来であれば授業に出て欲しいところであろうが、次は歴史だった。全く興味が無い。
ノエルはいそいそと、貰って来たお昼ご飯を開く。
わくわくと色々な料理が挟まったパンを両手でつかんで口に頬張る。
もうとっくに冷めてしまっているけれど、やっぱりだ。ものすごくおいしい。やってみて良かった!
はぐはぐとパンをほおばっていると、ふと視線を感じた。
彼は、ノエルが座るベンチの目の前に立って、じっと彼女の手元を見つめていた。
――どうせ、なんて下品なんだとでも思っているのだろう。
彼の表情は、ノエルを蔑むようなものではなかったが、この学校の中でも特にいい身なりの人間にじっと見られて、他の理由が思いつくはずもない。
ノエルは、彼を食堂で見たことが無かった。
キラキラと陽光を反射して輝く金髪に、透き通った湖のような色の瞳。座った状態で上から見下ろされると反射的に謝りたくなるほどの威圧感を与えてくる体躯。
その体を包むのは、最上級のスーツだ。ノエルには、布の良し悪しなど分からないが、皺の一つ一つまで計算されたかのように彼の体にぴったりと沿う服は、絶対にオーダーメイドだ。
こんな人が食堂に来ていたら、絶対に記憶に残っているはずだ。
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