上 下
20 / 21

呑んでも飲まれるな2

しおりを挟む
 伯爵家同士の政略と考えられがちだが、オリヴィアとグレイは恋愛結婚だ。
 ここまで辿り着くのにも様々な苦労があった。
 政略とかは全く関係ないところでだ。どっちかというと、両家の結婚は政略と考えてもいいくらいに、両家共に望まれた結婚であっただろう。

 グレイは、「自分がごつくて、格好いい男ではないから」と、しきりに自分を卑下する。
 付き合い始めた後も、「オリヴィアにはもっと格好いい男がいるのではないか」とか、「向こうの方がお似合いだ」とか、見た目に似合わない卑屈っぷりだった。
 夜会に参加しているときに、たまたま他の男性からオリヴィアが話しかけられている姿を見て、あっさりと踵を返したグレイにリオは足が出そうになった。
 「何それ、ウザい!」思わず呟いてしまったリオに、「そんな言葉どこで覚えてきた!」とアレクシオの方が慌てていた。
 「オレ以外見ないでくれ、オレの瞳はいつも君を見ているのに。って言ってきなさい」
 「この場でですか!?無理です!」
 真っ赤になって首を振るグレイをリオは眉をひそめて見た。
 この体つきは好みだが、性格がよくないと、リオは思う。
 リオは口をとがらせてアレクシオを見上げると、小首をかしげてみる。
その仕草に、片眉をあげたアレクシオは少し考えて……
 「命令だ。行け」
 グレイに命令を下した。
 アレクシオが命令を下すその姿に、リオはひそかに感動しながら悶えていた。
 グレイは真っ赤になったり青くなったりと、せわしなく顔色を変えていたが、無表情なアレクシオが命令を取り消すことは無いと理解したのか、頭を下げてオリヴィアの元へ向かった。
 (やはり、長官はさすがだ)
 そう思いながら、リオは満足げにグレイの背中を見送っていると……、
 「オレ以外見ないでくれ、オレの瞳はいつも君を見ているのに」
 アレクシオがと息を耳に吹き入れる気かと思うほど近くでそう囁いてきた。
 「な、なななな……!?」
 リオが真っ赤になって振り仰ぐと、不機嫌な旦那様がいた。
 「いい加減、飽きた。そろそろ俺だけを見ないか?」
 「―――――っ!」
 リオは音にならない悲鳴をあげた。
 思わず鼻を押さえて、鼻血が出ていないことを確認した。
 アレクシオは、真っ赤になったリオを満足げに見下ろして、ふっと優しく微笑んだ。
 「リオ、もういいだろう。おいで?」

 (あの時のアレクシオ様の甘い声は何度思い出しても腰が砕けそうだわ)
 アレクシオの甘く潤んだ瞳を思い出して、リオはほうっとため息を吐いた。
 (……なんのことを考えていたっけ)
 そう思って、目の前にいるオリヴィアを見て思い出す。
 この二人が結婚まで行きつくとは。実は、リオは途中であきらめかけていた。
 だって、めんどうくさいのだ。
 主にグレンが。
 ぐじぐじぐじぐじと!
 それなのに、オリヴィア曰く、
「あなたを見ると、私は自信が持てなくなってしまう。あなたに縋り付いてしまう情けない男と成り果ててしまうのです」
 という言葉は、「美しい」と褒められている言葉であるというのだ。
 ―――どうして?
 さらに、オリヴィアもまた、見た目に似合わないしつこさで「グレイ様はすてきです」と言い続けていた。
 この二人の子の性格がなければ、結婚まで行きつかなかっただろうなとリオは思う。
 大体、二人が愛を確かめ合ったという言葉が、リオには理解できずにいる。

 (まあ、当人同士が理解できているならそれでいいのだけれど)

 リオはそんなことを考えながら、ふとオリヴィアが手に持っている物に目を向けた。
「オリヴィア、今飲んでいるのはなあに?」
オリヴィアの手には、足の付いた三角形の小さなグラスが握られていた。
薄いブルーの中に、キラキラと虹色に光を反射しながら丸い何かが沈んでいる。
「カクテルです。ソーダの中に、お酒をゼリーで固めて沈めてあるのです」
周りを見渡すと、どの令嬢も似たような飲み物を持っていた。
お酒か。少しリオはがっかりした。
お酒を外で飲むことはアレクシオに禁止されているのだ。
しかし、「お飲みになりませんか?」と、わざわざオリヴィアが給仕に合図をしてまで目の前に差し出してくれた。
(……断ったら失礼ではないか?うん、きっとそうだと思う)
差し出してくれたのは、オリヴィアと同じもの。ブルーがキラキラと小さなグラスの中で踊る。
オリヴィアはさっきから普通に飲んでいるし、周りの令嬢たちもおいしそうにしている。
しかも、小さなグラスに少量しか入っていない。
この一杯くらいいいのではないだろうかとリオは思った。

 アレクシオが少し離れた場所で、グレンと話していることを確認して、リオがグラスを受け取った。
 こうして、間近に見れば、さらに綺麗だ。
 ソーダの中で、ゆらゆらとゼリーが揺れながら溶けていっているようだ。
 その美しさに感動しながら、リオは少し口に含んだ。
以前アレクシオの寝酒を勝手に飲んだ時のようになってしまったらすぐにやめようと思って。
しかし―――、
「おいしい!」
口に含んだ途端、シュワっと炭酸がはじけ、柑橘系の香りがした。
しかも、ゼリーの食感がとてもいい。つるんと口の中を滑っていって、喉を冷やしていく。
リオに褒められて、主催者であるオリヴィアは誇らしげだった。
(これなら、前に飲んだときみたいなくらっとする感覚もないし、平気そう)
 そう思って、リオはゼリーのぷるぷるした食感を楽しんだ。

しかし、お酒を飲みなれないリオは知らなかった。
小さなグラスに入っているお酒は、アルコールが強いということを。
 柑橘系系のさわやかさと甘さも、炭酸のすっきりした飲み口も、全てがアルコールを感じさせなくする。
 さらにゼリーに包まれていることから、最初に感じたアルコール度数と、最後のアルコール度数では大きく変わってしまうこと。
 勧められた酒は、非常にたちの悪い部類の酒だったといえる。
 けれど、酒を飲みなれた令嬢たちは、平気で口にするし、自分の限界を知っていた。

 誤算は、リオの限界値は知らなかったことだけ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約破棄目当てで行きずりの人と一晩過ごしたら、何故か隣で婚約者が眠ってた……

木野ダック
恋愛
メティシアは婚約者ーー第二王子・ユリウスの女たらし振りに頭を悩ませていた。舞踏会では自分を差し置いて他の令嬢とばかり踊っているし、彼の隣に女性がいなかったことがない。メティシアが話し掛けようとしたって、ユリウスは平等にとメティシアを後回しにするのである。メティシアは暫くの間、耐えていた。例え、他の男と関わるなと理不尽な言い付けをされたとしても我慢をしていた。けれど、ユリウスが楽しそうに踊り狂う中飛ばしてきたウインクにより、メティシアの堪忍袋の緒が切れた。もう無理!そうだ、婚約破棄しよう!とはいえ相手は王族だ。そう簡単には婚約破棄できまい。ならばーー貞操を捨ててやろう!そんなわけで、メティシアはユリウスとの婚約破棄目当てに仮面舞踏会へ、行きずりの相手と一晩を共にするのであった。けど、あれ?なんで貴方が隣にいるの⁉︎

悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません

青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく そしてなぜかヒロインも姿を消していく ほとんどエッチシーンばかりになるかも?

処理中です...