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エリクの手紙

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辺境地への盗賊討伐。

城から見下ろす広場には、一個師団が整列しており、まるで戦争でも始めるかのようだ。
隣国には、この規模が辺境に向かって進軍するけれど、隣国に行くわけではないときちんと連絡を入れている。
そうでないと、この行軍に驚いた隣国から進軍されたら、本当に戦争になってしまう。
この出征の隊長となる王太子、ディートリヒがきらびやかな軍服で現れる。
傍らには、王太子妃が控えている。
ディートリヒは、クロードを見て首をかしげる。
「――奥方は?」
急いで結婚式を挙げてしまったので、王太子はクロードの式に出席していない。
王族が来ると、それだけで時間がかかるので、遠慮してもらったのだ。
それで、ディートリヒは、クロードの妻を見るのを楽しみにしていたようだ。
「ああ……、少々体調を崩しまして」
クロードは、気まずげに視線を逸らす。
体調を崩させたのはクロードだ。メイシ―を一人にして旅立ちたくないという独占欲で抱きつぶした。……止まらなくなったというのもあるが。
ぐったりと寝ていたメイシ―を思い出して、多大な罪悪感を思い出す。
「それは大変だ。出征など出て大丈夫か」
「ああ、大丈夫です。そんな、大したことではないのです」
クロードがそばにいなければ、体力は徐々に回復するだろう。回復と同時に、体力作りもして欲しいなと思っている。
ディートリヒが心配げに眉間にしわを寄るのを、首を振って心配ないと言っておいた。
あんな状態を王太子に心配されたら、メイシ―が悲鳴を上げるかもしれない。
クロードが一歩下がると、ディートリヒが前に立ち、周囲を見渡す。
「民を苦しめる盗賊を討伐するため、出立する。そして忘れるな!お前たちも、私の民である!誰一人として欠けずに戻ってくることをここに誓おう!!」
ディートリヒが剣を掲げ、兵たちが歓声を上げた。
派手な見た目――もとい、見目麗しいディートリヒは、昔から民衆の人気が高い。
兵たちの士気も十分なようだ。
王太子妃がそっと寄り添って、ディートリヒの頬にキスを贈る。
「ご武運を」
また別の歓声が沸き上がる。少し沸き立ちすぎだが、自国の王太子夫妻が民に人気なのはいいことなので、まあいいかと肩をすくめる。
メイシ―からキスで見送られるのもよかったな~と考えて、己の自分勝手さにそれを打ち消す。
置いてきたのは自分のなのに、すでに会いたくなっている。
一つため息をこぼして、先に出立の準備をするために馬へ向かった。

そのクロードの後姿を、幾人もの人が心配げに見送っていたことに、本人は全く気が付いていなかった。


一週間ごとに、供給の物資が届く。
思った以上に大所帯になっているため、物資も多い。行く先々の領主から物資が届けられ、その中に手紙などの私信が入っている。
軍の動きを逐一、一般民衆にまで知らせるわけにはいかないので、家族や恋人からの手紙は一旦、城の近衛の詰め所に集められる。そこから、領主の屋敷に届けられ、物資とともに運ばれてくるのだ。
そんな、一番最初の物資の中に、メイシ―からの手紙があった。

読んで――……膝から崩れ落ちた。

か……かわ、かわっ、かわいいが、すぎるっ……!
寂しかったとか、見送りたかったなど、文句のように書いているが、クロードのことを想ってのことだ。最大限の愛情表現だとしか受け止められない。
しかも、帰ってきてから文句をたくさん言いたいらしい。だから必ず帰ってきて欲しいと。
甘え下手かっ。かわいいなっ。
は~~、もう帰りたい。こんだけ兵士がいれば、自分いなくても大丈夫ではないだろうか。
一週間だけしか見ていないが、ディートリヒは慕われているし、統率力もある。
わざわざ自分が付いている必要がない。
つまり、帰りたい。
メイシ―からの手紙は大切にきれいに折りたたんで胸元に入れておく。
肌身離さず持っていることに決めた。
感動しながら、エリクからも来ていた手紙を開く。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

奥方様の様子を報告いたします。
閣下が出立された日、起き上がれもしなかったことを大変恥ずかしがっておられたそうです。朝の支度は、侍女たちだけで終わらせて、その日はお会いできませんでした。
次の日、私のところまで足を運んでいただきまして、当主である旦那様をお見送りさえできずに申し訳ないと謝ってくださいました。もちろん、奥様が起き上がれなかったのは閣下のせいなので、その謝罪は必要ないとお伝えはしました。しかし、ずいぶん気に病んでおいででした。最低の独善性欲大魔神のためまで心を割くことのできる奥様は女神の様です。
それから、閣下がいない間の執務を、できるところはすると、お仕事をされていました。
後先考えない馬鹿者のために奥様が働く必要はないと思うのですが、させてほしいとお願いまでされてしまいました。もう帰ってこなくていいです。
そして、奥様、目元がめっちゃ赤かったです。
あれは夜中に泣きましたね。公爵家の侍女に任せてもあれだったら、夜中だけじゃなくて、昨日はずっと泣いていたかもしれません。
とにかく、お見送りができなかったことで、ご自分を責めていらっしゃいます。
数人の貴族から、夫を見送りもしないなんて非常識だと苦言をいただきました。
(別紙、リストを添付します)
それをお聞きになったようで、アルランディアン公爵家に迷惑をかけてしまったと随分落ち込んでいらっしゃいます。再度、使用人たちへ肩身の狭い思いをさせて申し訳ないと謝罪がございました。
私に言わせれば、重要な仕事がある日の前日に盛って、その仕事をさせてくれなかった奴なんて切り捨てればいいと思っています。
奥様は、夫が不在の状態で、しかも悪評が立っている自分が社交をするべきでないと、ずっと執務をされています。
閣下が望んだほぼ軟禁状態を、不在でもかなえられておりますが、どうですか。嬉しいですか。そうですか。縁を切らせていただきます。
本当に、捨てて実家に帰ってもいいかと思って進言しておきます。
(奥方が帰られるのなら、私も猿を捨ててついていこうかと思っています)

エリク

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「うわああああっ」
「どうしたっ!?クロード!」
読み終わって、思わず叫んでしまったら、ディートリヒが慌てて駆けつけてくれた。
甥が優しいが、今はそれに返事をする余裕もない。
たった一週間の留守で、エリクから随分長い報告が来たと思ったら、ほぼ悪口だった。
明らかにクロードよりもメイシ―の味方になっている。
だが、それもクロードがやったことを考えたら仕方がないことだ。
ずっと感じていた罪悪感がひどくなる。
自分のことばかりで、体面を考えていなかった。周りから攻められて、それは、心細かっただろう。
エリクからの手紙を握りつぶしながら、どうにかすぐにでも帰りたい衝動を抑える。
ただでさえ帰りたかったのに、帰らなければならない理由までできた。
長引けば、本気で実家に帰ることを勧めていそうだ。
クロードは、改めて超特急で任務を終わらせることを誓った。

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