上 下
1 / 1

ヤリチン勇者にさえ拒否された私は、婚約者を待つ

しおりを挟む
処女と契った分だけ、勇者は強くなっていく。

どこの好色親父が考え出した設定だ。
最初に聞いたとき、思わず突っ込んだ。
しかし、それが現実に起こっている。

魔王復活に、この世界の軍隊だけでは対抗できなくなっていた。
もう、後はじわじわと魔物に侵食されるのを待つしかないところまで来て、勇者が異世界から召喚されたのだ。
そして、冒頭の神託が下された。

世界中から処女が集められた。
成人を迎えた女性は、全ての人間が対象だ。
自分は違うと言い張っても、「国のためだ」と言われ、処女裁判にかけられる。
そして、処女の判定がされれば、勇者様へ捧げられるのだ。
――有り得ない。
恋人がいる人は、見つかる前に、結婚してしまえと、この国の未婚率が著しく減ったらしい。出生率は上がり、これはこれでいい効果があったという。
――やかましい。

私は、自分は違うと言い張ったのに、誰も信じてくれなかった。
私の見た目で、誰もが「有り得ない」と判断した。
そして、当然のように処女裁判にかけられた。
魔法陣に乗るだけだったのが幸いだ。
私の次に年齢が高いように見える女性が、ほっと息を吐いたのを横目で見た。

私は、それでも嫌だと、抵抗した。
魔王討伐に、婚約者が向かったのだ。数年前に行ったっきりで、戻ってきていない。だけど、死んだとも聞かされていない。
私には、愛する人がいる。その人に捧げられるべきものなのに。
何年も戦い続けている婚約者を裏切らせるのか。
「その婚約者だって、安心すると思いますよ?」
兵士が、私の全身を見て、ためらいながら言う。
私の見た目を嘲っているのだと分かった。
婚約者が、例え私のことを嫌だと言うとしても、今は、言ってないのだ。彼から捨てられるのなら、あきらめもつく。
だけど、何年も無事を祈り続けて、待ち続けていたのに!

私の必死の抵抗むなしく、勇者様の力になれる栄誉にあずかれるのだと、ずるずると引きずられていった。

広い大きなベッドだけがある豪華絢爛な部屋につれていかれた。
そこには、薄い羽織だけを纏った勇者様がいた。
兵に引きずられながらやってきた私を見て、彼は顔をゆがめた。

「あー……と、……次は、君、なのかな?」

ここまで、どんな女性にも拒否しなかった勇者様が、私を見た瞬間に困った顔をした。
その雰囲気に、私を捕まえていた兵士も、私の付き添いの侍女も固まった。
「さすがにここまでだと、俺も勃たないや」
言いにくそうに、だけどはっきりと言葉にされた。
兵士は、もう私の腕を捕まえてはいない。
私は、あまりの屈辱に一人走って逃げた。

嫌だと、言っていた!
彼以外、嫌だと!!
それなのに、無理矢理連れて行かれた挙句、同情と辱めを受けるだなんて。

私は、一人泣いた。

誰も近寄っては来なかった。


数百人の処女と契って、勇者は旅立った。
この世界唯一の処女だと、私は嘲笑われている。
遠い空を見て、早く、この戦いが終わることを願った。
もう、彼との未来を夢見ることはしない。こんな私では、迷惑をかけてしまう。
『可愛いよ』
遠い昔、彼は私にそう囁いてくれていた。
それはきっと、私の妄想だったのだ――。

一年かけて、勇者は魔王を滅ぼした。
勇者の凱旋。
その傍らにいるのは、婚約者だったレイ。
彼の姿を瞳に映すことができて、私は涙が止まらなかった。
良かった。生きていてくれた。
それだけで、私はいい。
この数年で、私は、どんどん醜くなっていった。
自分では、そんなに変わっているようには思えないけれど、侍女が私を視界に入れるのを嫌がるようになった。
「私は、そんなに変わってしまった?」
そう訊いても、目をそらして答えてくれることはなかった。
――それが、答えだ。

隣に立つ父を見て、私はこの場を去ることを告げる。
父――この国を背負う王である彼は、私を痛ましげに見て、小さく頷いた。
この世界唯一、勇者に受け入れられなかった醜い娘を、それでも愛してくれた父だ。
だが、この世界を救った救世主に、私を押し付けることはできないだろう。
『私が無事戻ってきたら、アディンセル王女と結婚させてください』
旅立つ前、レイはそう言って、婚約者となった。
あの時は、求めてくれていた。
だけど、数年のうちに、私は醜くなってしまった。
そっと踵を返した私に、叫ぶような声がかかる。

「アディンセル!」

喜びが混じった声で呼ばれて、私の足が止まる。
背中でその声を聞いて、私は再び涙を流す。
振り返ることはできない。
愛する人に、たった数年でこんなに醜くなるなんてと幻滅されたくない。
私は震える足を叱咤して、声を振り切るように歩き出す。
「アディンセル!?」
私を呼ぶ救世主の声を、周囲は異様なものと捉えた。
美しい若者が、醜い女の名を、喜色を含んだ声で呼び続けるのだ。
「レイ・コンドルド……。よいのだ。お前は、もっと……お前が望む女性との婚姻を叶えよう」
父の言葉が胸に刺さる。
私が耐えられずに駆けだそうとした手を、走ってきたレイが捕まえた。
「どういうことです!?戻ってきたら、王女との結婚を認めてくださるということだったではないですか!」
レイに腕を掴まれて、無理だと分かっているのに、甘い想いに胸が震える。
父が言葉を発する前に、勇者が驚いた声をあげた。
「レイ!?お前、ずっと会いたがっていた婚約者って、まさか……それか!?」
あの日、私を地の底にまで突き落とした声。
彼から拒否されたことで、私は外には出られない立場になった。
誰も彼も、私を見て眉を顰める。
ああ、あれが世界のためだとしても受け入れてもらえなかった娘なのか、と……

部屋から出て、この場に立っているのも、一年ぶりなのだ。
ただ、レイを一目見たかった。
「それ……とは、なんだ?お前、二、三度死ぬか?」
「一度じゃねーの!?」
レイが私を引き寄せる。
彼を見たいのに、振り返ることはできない。
こんな醜い私を見られたくない。
「アディンセル?どうしてこちらを見てくれない?…………まさか、他に好きな人が?」
レイが低い声を発した途端、ぞわり、と全身に悪寒が走った。
「い、いいえ!私は、レイ様だけをお慕いしております!」
言わなければならないと、本能に導かれるまま、叫んだ。
そして、振り返った先には、甘くとろけるような微笑みを浮かべたレイが私を見ていた。
「そうだよね?よかった。アディンセル。会いたかったよ」
私を正面から見たというのに、彼の顔には嫌悪感が全くなかった。
最近では、父でさえ私を見るのを辛そうにするというのに。
「レイ……様?」
「ん?」
呼びかけると、嬉しくてたまらないというように、さらに私を引き寄せ、頬に口づけを落とす。
その様子を見た勇者が、「うえっ」と声をあげた。
「お前……マジで?その醜いのに、よくできるな」
勇者の言葉に、私は顔を俯かせる。
何度も言われた言葉が、何度言われても、私の心を傷つける。
「は?アディンセルが醜い?何を言って……」

「ああ!忘れていた!ごっめんね、王女サマ!」

レイの言葉に被るように叫んだのは、レイと共に戦いに赴いていた魔法使いアンラン。
「いやあ、レイが戦っている間に他の男作られちゃったりしたら、戻ってきた時、レイの方が魔王になっちゃうだろうと思って、魔法かけてたんだよね!」
真っ黒のローブを羽織って、見た目はすごく陰気なのに、陽気に話す魔法使いは右手を掲げる。
「時間が経てば経つほど、周囲の人間が不快に思う姿に見えるようにしてたんだ。こんなに時間かかると思わなくって」
魔法使いの右手がゆっくりと振られている。
私には全く何のことか分からない。
魔法使いは何かしているようだが、私には何の変化もない。
レイを見上げるが、彼も首を傾げている。
「時間が経ってレイのこと忘れても、周りに寄ってくる男がいなきゃ、待ってるしかないよね!と思ってさ!」
「……男避けってことか?」
レイが首を傾げて問えば、魔法使いは誤魔化すように笑って頷いた。
「まあ、そんな感じ!」
そういえば、僕が死んでたら、この魔法解けなかったよね~なんて、呑気に笑っている。
私はふと、周囲の様子に気が付いた。
周囲の、私が見える範囲、全員が私を見ていた。
目を丸くして、頬を染めて、口に手を当てて。

「嘘だろ!?見たことも無いほど美少女じゃねーか!」

勇者が叫んで、私を凝視してくる。
その視線が怖くて、レイに縋り付く。
「お前……輪廻転生の輪に入れないほど滅ぼすぞ?」
レイが、片手を私に回しながら、スラリと剣を抜いた。
「どうやって!?俺は勇者だぞ!殺せると思って……ひえっ」
よくわからなかったけれど、勇者が後方に大きく飛びずさった。
「魔王にはお前の、妙な力が必要だったが、対人間なら、俺の方が強い」
「そうですね!そうでしたね!!」 
勇者は、ちょっと離れたところまで走っていった。

レイが、改めて私を見下ろして微笑む。
そうして、美しい動作で跪くと、片手を私に伸ばした。
「アディンセル。ようやく戻ってきた。私と結婚してください」
私は嬉しくて声が出せなくて、何度も頷きながら、彼の手を取った。

この世界唯一の乙女は、世界を救った第二位の功労者に賜られたのだった。










「魔法使いアンラン……。追って沙汰を申し付ける」
「そうかなと思いました!」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(11件)

やす
2021.12.03 やす

この作品も面白かったー(*´ω`*)ありがとうございます。「そうかなと思いました!」で吹き出してしまいました。が、王女様の心の傷を思うとフクザツ…。その後甘やかされるところを読みたい気も。

解除
のま
2021.09.11 のま

オチめちゃくちゃわらいました!

解除
Kodoc戦士
2021.08.16 Kodoc戦士

え....好き♡笑
短編なんてもったいないと思うほど好きなお話でした(*´ω`*)

解除

あなたにおすすめの小説

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

亡くなった夫の不義の子だと言われた子どもを引き取ったら亡くなった婚約者の子どもでした~この子は私が育てます。私は貴方を愛してるわ~

しましまにゃんこ
恋愛
ある日アルカナ公爵家に薄汚い身なりをした一人の娘が連れてこられた。娘の名前はライザ。夫であり、亡きアルカナ公爵の隠し子だと言う。娘の体には明らかに虐待された跡があった。けばけばしく着飾った男爵夫妻は、公爵家の血筋である証拠として、家宝のサファイヤの首飾りを差し出す。ライザはそのサファイヤを受け取ると、公爵令嬢を虐待した罪と、家宝のサファイヤを奪った罪で夫婦を屋敷から追い出すのだった。 ローズはライザに提案する。「私の娘にならない?」若く美しい未亡人のローズと、虐待されて育った娘ライザ。それから二人の奇妙な同居生活が始まる。しかし、ライザの出生にはある大きな秘密が隠されていて。闇属性と光属性を持つライザの本当の両親とは?ローズがライザを引き取って育てる真意とは? 虐げられて育った娘が本当の家族の愛を知り、幸せになるハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 素敵な表紙イラストは、みこと。様から頂きました。(「悪役令嬢ですが、幸せになってみせますわ!10」「とばり姫は夜に微笑む」コミカライズ大好評発売中!)

側近女性は迷わない

中田カナ
恋愛
第二王子殿下の側近の中でただ1人の女性である私は、思いがけず自分の陰口を耳にしてしまった。 ※ 小説家になろう、カクヨムでも掲載しています

結婚の始まりに終わりのことを告げられたので2年目から諦める努力をしたら何故か上手くいった!?〜不幸な約束は破られるためにある〜

yumemidori
恋愛
一目見た時から想い続けてやっと結婚できると思えば3年後には離婚しましょうと告げられ、結婚の日から1年間だけ頑張るクロエ。 振り向いてくれないノアを諦める努力をしようとすると…? クロエ視点→結婚1年目まで ノア視点→結婚2年目から まだ未定ですがもしかしたら、おまけが追加されればR指定つくかもしれないです。ご了承下さいませ

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

二度目の恋

豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。 王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。 満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。 ※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

拝啓 私のことが大嫌いな旦那様。あなたがほんとうに愛する私の双子の姉との仲を取り持ちますので、もう私とは離縁してください

ぽんた
恋愛
ミカは、夫を心から愛している。しかし、夫はミカを嫌っている。そして、彼のほんとうに愛する人はミカの双子の姉。彼女は、夫のしあわせを願っている。それゆえ、彼女は誓う。夫に離縁してもらい、夫がほんとうに愛している双子の姉と結婚してしあわせになってもらいたい、と。そして、ついにその機会がやってきた。 ※ハッピーエンド確約。タイトル通りです。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。