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慰謝料よこせ
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――――しなかった。
「では、三年分の慰謝料をしっかりといただきますわ」
「シーラ!」
伯爵が声をあげるけれど、シーラは微笑みを消し去って「けっ」とでも言いそうな表情で立ち上がった。
「もう少し耐えてくれ!」
シーラの本性を知る伯爵が悲鳴のような声をあげて慌てるが、シーラは素知らぬ顔だ。
「…………え?」
王太子、王、宰相があげた、間の抜けた声が謁見の間に響き渡る。それに被るように「申し訳ありませんっ」伯爵の裏返った声もあがった。
「伯爵が謝る必要など無いわ。さっき言ったでしょう?私、もう伯爵令嬢ではないのよ」
父を伯爵と呼びながら、腰に手を当てて怒りの表情を見せる彼女に、先ほどまでの面影は跡形もない。
「結婚適齢期の女の三年間を何だと思っているのですか。はっきり言って、私の今後の人生灰色どころか真っ黒だわ」
腕を組んで、眉間にしわを寄せてシーラは王太子を睨み付ける
「この三年間、王太子妃になれると思って、他の有力な婿探しをしていません。いい奴ほど先に売れていくものなのに。今から探すとなると、私はすでに売れ残り」
わざとらしいほど大きなため息を吐いて、シーラは繰り返す。
「私が、売れ残りですよ!?」
有り得ない!と腕を広げる娘の横で、父親が「有り得ないのはお前だ」と腕を広げていた。
「しかも、王太子殿下の元婚約者候補という不名誉に不名誉を重ね塗りして、どんだけ分厚いんだよって状態になった令嬢の引き取り先なんてあると思います!?ないわ。あっても好色親父ですわ。」
必死で娘を隠そうとする伯爵のあごを、シーラは片手で抑えながら、「伯爵は静かにしてらして」と、言葉遣いだけは丁寧に言う。
伯爵が、あごを押さえる手を外そうと手を伸ばしてきた手を、シーラは握ってくるりと回して、あっという間に娘は父親を拘束した。
「おい、あんまりだ!」
「この三年間が無駄になるのでしたら、この先の生活が安定したものになるだけの金銭を要求します!」
護身術で父親を拘束して、さらに抗議する彼をまるっきり無視して慰謝料を要求するシーラに、上座の三人はあいた口がふさがらない。
伯爵は、娘に後ろ手に拘束されながらも、王たちに「申し訳ありません!」と謝っていた。
「それが、本性か」
王太子が目を見開いたまま、シーラに聞いた。
『本性』という表現が気に入らないながらも、王太子はシーラを批判しようと言う気ではないのは見ていてわかったので、シーラは堂々と頷いた。
「ええ。処世術ですわ」
何か問題でも?と言いそうなほどに堂々とした娘の足元で、腕の拘束を解かれた伯爵はおでこを床にこすりつけながら必死で謝っていた。
「騙そうと思っていたわけではないのです!気が付いたらこの状態で!」
結婚相手を探すときに、シーラは、しっかりと男性に好かれる女性を演じていた。わざわざ本性を見せる必要はない。
王太子相手だろうと同じことをしていただけの話だ。
伯爵が娘の社交界での評判を聞いたときには「ダレソレ?」な人物像になっていたのだ。
「こうなるから、わざわざ先に縁を切って差し上げたのに」
ふんと鼻を鳴らしながら、シーラは王太子に目を向けた。
とりあえず、一人で生きていかなければならないから、それができるだけの金銭はもらわなければならない。
「そう簡単に縁が切れるか!このバカ娘!」
怒鳴りつける伯爵を手で制して、王が声をかける。
「グラントリ、大丈夫だ。うすうす気が付いてはいた」
まあ、今まで何度となくともに食事やお茶は当然、政治のことなども語ってきたのだ。シーラがか弱いだけの深窓の令嬢だとは思っていなかったと言う。
「陛下あぁ」
その言葉に伯爵はむせび泣かんばかりに喜び、
「そなたは―――母親似だな」
「―――はい」
シーラは申し訳なさげに頭を下げた。
「自分を偽ってまで手に入れたいようなものか、王太子妃の座は」
シーラに問いかけているのか分からないような呟きが王太子から洩れた。
だけど、その問いが気に入らなかったシーラは、胸を張って答えた。
「当然ですわ。最高の富と権力が約束された場所ですもの」
伯爵がまた「お前の歯は素っ裸か!衣を着せろ!」と面白い突っ込みを入れていたが、シーラは無視をした。
その態度に、王太子は理解できないと言うように眉を寄せた。
「金は充分にあるだろう」
政治を担うことになる男の言葉に、シーラは怒りの表情を見せる。
「金はあってもあっても飛んでいくものです。ちょっと畑を整備しただけで赤字になるのです」
そのシーラの言葉に、宰相は「ほう」声をあげる。
伯爵領は広いが、畑だらけだ。道路の整備も何もなっちゃいない。
金はあればあるだけいいに決まっているではないか。
そして、金を作り出すために必要となる政策を実現する際に必要なのが権力だ。
ただし、権力によって無限にしようとすれば、物価が高騰しすぎて国民は瀕死の目に遭うだろう。
金は決して無限ではない。必要なところを見定めてそこに注ぎ込む。
それができると思うからこそ、シーラはこの場に立っているのだ。
金と権力が国を作る。
この国を愛するからこそ、無能な者に王妃という立場を渡すつもりはなかった。
「では、三年分の慰謝料をしっかりといただきますわ」
「シーラ!」
伯爵が声をあげるけれど、シーラは微笑みを消し去って「けっ」とでも言いそうな表情で立ち上がった。
「もう少し耐えてくれ!」
シーラの本性を知る伯爵が悲鳴のような声をあげて慌てるが、シーラは素知らぬ顔だ。
「…………え?」
王太子、王、宰相があげた、間の抜けた声が謁見の間に響き渡る。それに被るように「申し訳ありませんっ」伯爵の裏返った声もあがった。
「伯爵が謝る必要など無いわ。さっき言ったでしょう?私、もう伯爵令嬢ではないのよ」
父を伯爵と呼びながら、腰に手を当てて怒りの表情を見せる彼女に、先ほどまでの面影は跡形もない。
「結婚適齢期の女の三年間を何だと思っているのですか。はっきり言って、私の今後の人生灰色どころか真っ黒だわ」
腕を組んで、眉間にしわを寄せてシーラは王太子を睨み付ける
「この三年間、王太子妃になれると思って、他の有力な婿探しをしていません。いい奴ほど先に売れていくものなのに。今から探すとなると、私はすでに売れ残り」
わざとらしいほど大きなため息を吐いて、シーラは繰り返す。
「私が、売れ残りですよ!?」
有り得ない!と腕を広げる娘の横で、父親が「有り得ないのはお前だ」と腕を広げていた。
「しかも、王太子殿下の元婚約者候補という不名誉に不名誉を重ね塗りして、どんだけ分厚いんだよって状態になった令嬢の引き取り先なんてあると思います!?ないわ。あっても好色親父ですわ。」
必死で娘を隠そうとする伯爵のあごを、シーラは片手で抑えながら、「伯爵は静かにしてらして」と、言葉遣いだけは丁寧に言う。
伯爵が、あごを押さえる手を外そうと手を伸ばしてきた手を、シーラは握ってくるりと回して、あっという間に娘は父親を拘束した。
「おい、あんまりだ!」
「この三年間が無駄になるのでしたら、この先の生活が安定したものになるだけの金銭を要求します!」
護身術で父親を拘束して、さらに抗議する彼をまるっきり無視して慰謝料を要求するシーラに、上座の三人はあいた口がふさがらない。
伯爵は、娘に後ろ手に拘束されながらも、王たちに「申し訳ありません!」と謝っていた。
「それが、本性か」
王太子が目を見開いたまま、シーラに聞いた。
『本性』という表現が気に入らないながらも、王太子はシーラを批判しようと言う気ではないのは見ていてわかったので、シーラは堂々と頷いた。
「ええ。処世術ですわ」
何か問題でも?と言いそうなほどに堂々とした娘の足元で、腕の拘束を解かれた伯爵はおでこを床にこすりつけながら必死で謝っていた。
「騙そうと思っていたわけではないのです!気が付いたらこの状態で!」
結婚相手を探すときに、シーラは、しっかりと男性に好かれる女性を演じていた。わざわざ本性を見せる必要はない。
王太子相手だろうと同じことをしていただけの話だ。
伯爵が娘の社交界での評判を聞いたときには「ダレソレ?」な人物像になっていたのだ。
「こうなるから、わざわざ先に縁を切って差し上げたのに」
ふんと鼻を鳴らしながら、シーラは王太子に目を向けた。
とりあえず、一人で生きていかなければならないから、それができるだけの金銭はもらわなければならない。
「そう簡単に縁が切れるか!このバカ娘!」
怒鳴りつける伯爵を手で制して、王が声をかける。
「グラントリ、大丈夫だ。うすうす気が付いてはいた」
まあ、今まで何度となくともに食事やお茶は当然、政治のことなども語ってきたのだ。シーラがか弱いだけの深窓の令嬢だとは思っていなかったと言う。
「陛下あぁ」
その言葉に伯爵はむせび泣かんばかりに喜び、
「そなたは―――母親似だな」
「―――はい」
シーラは申し訳なさげに頭を下げた。
「自分を偽ってまで手に入れたいようなものか、王太子妃の座は」
シーラに問いかけているのか分からないような呟きが王太子から洩れた。
だけど、その問いが気に入らなかったシーラは、胸を張って答えた。
「当然ですわ。最高の富と権力が約束された場所ですもの」
伯爵がまた「お前の歯は素っ裸か!衣を着せろ!」と面白い突っ込みを入れていたが、シーラは無視をした。
その態度に、王太子は理解できないと言うように眉を寄せた。
「金は充分にあるだろう」
政治を担うことになる男の言葉に、シーラは怒りの表情を見せる。
「金はあってもあっても飛んでいくものです。ちょっと畑を整備しただけで赤字になるのです」
そのシーラの言葉に、宰相は「ほう」声をあげる。
伯爵領は広いが、畑だらけだ。道路の整備も何もなっちゃいない。
金はあればあるだけいいに決まっているではないか。
そして、金を作り出すために必要となる政策を実現する際に必要なのが権力だ。
ただし、権力によって無限にしようとすれば、物価が高騰しすぎて国民は瀕死の目に遭うだろう。
金は決して無限ではない。必要なところを見定めてそこに注ぎ込む。
それができると思うからこそ、シーラはこの場に立っているのだ。
金と権力が国を作る。
この国を愛するからこそ、無能な者に王妃という立場を渡すつもりはなかった。
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