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第3章

第七七話 外洋

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 大人たちは、ジブラルタルへの行程を空路と決めていた。
 だが、若年の指導者たちと一〇代の若者グループは海路に可能性を見いだそうとしていた。航空機の可能性を否定してはいないが、継続的な回収には海路のほうが合理的だし、実際、大人たちも回収物資の輸送は海路だと判断している。
 陸路でジブラルタルに向かうには、造山運動によって標高四〇〇〇メートル級の高峰が連なるかつてピレネーと呼ばれた大山脈を越えなければならない。
 だが、道がない。
 西に向かうルートがないのだ。徒歩ならともかく、車輌では無理だ。
 空路の場合、一四〇〇キロを往復できる機体はジブラルタルの双発双胴機しかない。
 だが、これを借りるにしても、燃料がない。ノイリンでのガソリンの生産量は非常に少ない。
 俺もだが、大人たちは海路は時間がかかりすぎるし、河川舟艇では沿岸であっても外洋を航行できないと決めつけていた。

 クラウスの長男クリストフから、シュネルボートS001艇によるピレネー以西の大西洋沿岸調査が提示されたとき、大人たちには反論の武器が何もなかった。
 小型のS001艇では「危険だ」という意見が大勢だったが、沿岸調査の必要性を否定する意見はない。

 竣工間近のS005艇の搭載エンジンは、V型12気筒ディーゼルのソ連製V‐46にターボチャージャーを取り付けて、九五〇馬力を発生する。
 ロワール川北岸奥地の街で発電用に使われていたが、水力発電機との交換で、二基を入手した。もともとは戦車のエンジンである。
 S005艇は、二基二軸で最大三三ノットを発揮できる。
 船型も大きく、全長三五メートル、全幅五・二メートル、吃水一・五メートルだ。
 艇体前部に二〇ミリ単装機関砲、操舵室やや後方の左右に単装一二・七ミリ重機関銃を装備する。艦橋に相当する操舵室は可能な限り艇体前方に寄せて、艇体後部は客室兼荷室になっている。人員だけならば、五〇人は乗せられる。

 クラウスは「S005ならばともかく、S001では航洋性が不足だ」と断じた。
 チェスラクが「ならば、そのS005ならばいいだろう」と主張すると、クリストフの表情が一瞬微妙に変わる。
 俺はそのわずかな変化を見逃さなかった。クリストフがS001艇での調査を主張した理由は、長期にわたって使用され、運用性、安定性など、不可視な部分がなく、信頼性が高いことを理由にしていた。
 だが、エンジンはガソリンで航続距離が短く、船型が小さいことから調査用物資や要員の乗艇に制限が多い。
 クリストフがS001艇の使用を主張する合理性はあるが、本格的な調査を行うには無理がある。
 だから、大人たちは必然的に最新型でペイロードの大きいS005艇の使用に言及したのだ。
 俺は、クリストフの罠にはまったことを悟った。大人たちは若者グループの主張を全面的に容認しない傾向がある。
 その反論には合理的な理由もあるし、屁理屈もある。
 クリストフは、大人の習性を利用したのだ。
 俺は、笑い出しそうになっている。しかし、笑ってしまったら、クリストフの芝居が無駄になる。
 全体会議における最重要議案がまとまらなくなる。

 クリストフの提案は、なし崩し的に修正され、最新のS005艇を派遣することに来まる。
 クリストフは、調査隊の人選まで済ませており、リストには珠月、ファタ、ルサリィの名前がある。
 S005艇の艇長には、クリストフ自身が名乗りを上げた。
 大人は人選の対案がなく、これはどうにか保留にした。
 大人側の完敗だ。

 店番の俺を、クリストフが訪ねてきた。彼は以前から、俺たちが保有しているM14を欲しがっている。
 俺たちは、この世界にM14を四挺持ち込んだ。四挺とも曲銃床で、二挺は木製、二挺は樹脂製。四挺ともスコープの取り付けが可能だが、リューポルドM3スコープは二個。スコープ付きの樹脂銃床は斉木が、スコープ付きの木製銃床は俺を〝親父〟と呼ぶイサイアスが手に入れた。
 木製銃床は俺が愛用している。
 残り一挺の樹脂製銃床が欲しいと、クリストフが乞う。
 スコープは、ニコンM‐308が使える。このスコープは、北方低層平原においてイシャポール2A1小銃とともにまとまった数を入手している。
 このほか、ボルテックスやナイトフォースなどのライフル・スコープも保有している。
 いまから思えば、北方低層平原は宝の山だった。あの地で越冬しなければ、その後の運命が変わっていた可能性が高い。

 由加は独断で、クリストフにM14を無償で譲る条件を出していた。
 ピレネー山脈以西への探検において、チュールとマトーシュをメンバーから外すこと。

 どこまで過保護なんだ!

 この条件に対して、クリストフは渋っており、俺に相談を持ちかけてきたのだ。
 クリストフは、チュールとマトーシュの件について話し始めた。
「ハンダさん、チュールとマトーシュを外すのは、どうも……。
 ジェネラルは、どうして二人を外せと命じるのでしょうか?」
「チュールのママだからね。
 危ないことはさせたくないだけ。
 ただの過保護だよ」
「マトーシュは?」
「マトーシュはよくて、チュールがだめだと、チュールが傷つくからね」
「はぁ?」
「で、クリストフはどうしたいの?」
「チュールは、車輌の運転と整備については凄腕です。マトーシュは測量では天才だと思うんです。
 ですから、二人ともダメといわれると、結構……。
 計画自体、ボツかな、なんて……。
 実は、サイキ先生から、ベルトルドとハミルカルを外すようにって……」
「それは、二人が農場に必要だからだよ。
 純粋に。
 食糧生産の重要性はわかるよね」
「はい……」
「金吾や金沢さんは、参加するんだろう?」
「リストには入れましたが、お二人は忙しいから……。無理かなって。
 ハンダさんからジェネラルにチュールとマトーシュの派遣をお願いしてもらえませんか?」
「嫌だね。
 揉め事は嫌いだ」
「お願いします」
「ならば、志願者を募るんだ。
 食堂に張り紙でもすれば?
 参加の申し込み用紙と提出先を記しておけばいい。
 志願者の中から人選するんだ。
 チュールとマトーシュは、必ず志願すると思う」
「でも、二人を選んだら、M14が……」
 デュランダルがバックヤードから出てきた。手には、スプリングフィールド・アーモリーのM1Aが……。
 デュランダルがクリストフにいう。
「これで我慢しろ!」
「M14?」
 俺が答える。
「いや、M1Aだ。半自動だったが、セレクターをつけて自動小銃に改造した」
 デュランダルが補足する。
「サイトロンのスコープをつけてやる。
 これで十分だ。
 それと全自動は集弾率が低いから、あまり役にはたたないぞ。
 それはM14も同じだが……」
 クリストフのうれしそうな顔は、年齢相応に見えた。
 北地区評議会から仕入れた売り物であるM1Aとサイトロンのスコープの代金は、俺とデュランダルでワリカンにした。

 なお、自動と半自動の銃器は、北地区評議会から所持許可を得た北地区住民以外には販売できない。

 この日の夜、食堂に〝西域調査隊志願者募集〟の張り紙が掲示された。募集要項を記した参加申込書もある。
 由加は、恐ろしいほど機嫌が悪い。
 チュールとマトーシュが、参加申込書を読んでいるからだ。
 その怒りは、無体にも俺に向けられている。 だが、喧嘩を売ってはこない。
 理由は、これから四人の移住者の歓迎会があるからだ。

 ハウェルはアシュカナン軍を退役し、クラーラを頼ってノイリンにやってきた。そして、新居館近くに小さな戸建ての割り当てを得た。
 仕事はクラウスが熱心に誘ったが、妻子といたいという彼の希望と、デュランダルの強い推挙があって、俺たちの中古銃販売に決まった。
 齢五〇に近いハウェルの子は幼いと聞いていたが、五歳の男の子と二歳の女の子だ。
 そして、彼の妻は、彼の子供かと思うほど若い。確実に二〇代前半だ。
 ハウェルが家族を紹介し、彼の妻は蛮族の言葉でたどたどしい挨拶をした。
 そして、歓迎会という名の飲み会が始まる。ハウェルの妻は当初、所在無げな雰囲気だったが、家が近くの珠月やルサリィと親しげに話を始める。
 男の子は、ケンちゃんと遊び始める。
 ハウェルは、妻と子を優しい目で見ている。

 宴もたけなわとなった頃、クリストフが〝西域調査隊志願者募集〟の説明を始める。

「西域調査隊は、総員七〇、上陸隊五〇で編制します。船はS005号艇一隻ですが、複数回を予定しています。
 航空偵察によれば、ピレネー以西には獣道程度の道を除くと、車輌が通行できるような道路はないと思われます。
 馬車が通るような道がないので、ヒト、精霊族、鬼神族は住んでいないと推測しています。
 ですが、文明の痕跡があります。
 ネルビオン川と同じ地形上の位置に川があります。太古の時代、ネルビオン川の河口から二〇キロにビルバオという街がありました。さらにその下流、河口から一〇キロにバラカルドがありました。
 河口付近には、世界遺産の運搬橋ビスカヤ橋がありました。
 ビルバオとバラカルドに巨大なピラミッド型の神殿があります。
 石造です。私たちは、ビルバオのピラミッドを月の神殿、バラカルドは太陽の神殿と呼んでいます。
 太陽の神殿の周囲には、石造の建物が少しですがあります。
 冒険心旺盛な皆さんの参加を希望します」
 デュランダルが質問する。
「上空から見ただけなんだろう?」
 クリストフが答える。
「ネルビオン川については、着水し、地上からも調べています。
 長時間ではありませんが……」
 ウィルが問う。
「水上機は一機しかないんだろう?」
 サビーナが答える。
「ハンダさんにクフラックのDHC‐3オッターを買い取る交渉をお願いしているけれど……」
 そんなことが簡単にできるわけがない。俺はオーラを消し、沈黙を貫く。
 だが……。
 いくつもの顔が、老若男女の瞳が俺を見つめる。
 何もいわないわけにはいかない。
「双発のプカラ攻撃機の譲渡交渉は、まとまっている。
 だが、単発輸送機のオッターは、売るつもりはない、とにべもない返事だ。
 双発のツインオッターも売る気はないそうだ。
 どちらも、PT6ターボプロップを搭載しているから、エンジンが壊れても西地区製がポン付けできる。
 手放す可能性は低いんだ」
 全員のがっかりした眼が痛い。
 金沢が発言。
「グラマンG‐21グースの売り込みがあった。
 鬼神族の故買屋から……。
 実機を見たけど、左の外翼がなく、胴体は折れていた」
 フィー・ニュンが未確認機の存在を示唆。
「飛行機の情報なんだけど、双発機が黒魔族の領域にあるらしい」
 相馬が「場所は?」と尋ねると、カロロが「在処なら知っている」と答える。
 ケレネスがいう。
「我々が住んでいた街の隣街にある。
 いまでは、黒魔族のテリトリーに組み込まれている。
 ファタが赤ん坊だった頃、草原に降りたんだ。
 初めて飛行機を見て、驚いたよ。
 四人乗っていたが、その街に住み着いたんだ。
 いい人たちだったよ。
 だけど、街が人食いに襲われたときに、死んだと思う。
 たぶん……。
 俺は、行きたくない」
 カロロが情報を追加する。
「若い頃、好奇心からその飛行機を見せてもらったんだ。
 持ち主にね。
 燃料がなくて飛べないそうだが、どこも壊れてはいないといっていた。
 翼が折りたためるんだ。翼を折りたたんで、古い穀物倉庫跡に保管してある。
 その街の連中は、風の精霊の加護を受けた機械だとして、大事にしていたんだ。
 族長の許可がいるけど、俺は行ってもいいぞ」
 ケレネスがカロロにいう。
「行けば、辛いぞ」
「わかっている」
 金吾が発言。
「アイランダーを水上機にはできないの?」 片倉が答える。
「どこであろうと滑走路を造っちゃえば?
 それじゃダメなの?」
 全員が片倉を見る。
 斉木がいった。
「決まりだね。
 片倉案で……」

 俺には、かつてスペインのバラカルドという街があった場所に、ジブラルタルの物資を輸送するための前進基地を設営する計画があった。
 俺も太陽の神殿を見ている。

 ケンちゃんがハウェルの男の子に自慢にしているブリキの自動車を見せている。
 二人で仲良く遊んでいる。

 その姿をアイロス・オドランが穏やかに見つめながら発言。
「ジブラルタルのC‐119ですけど、二機買っていただけませんか?」
 イアンが発言。
「燃料がないよ。
 ライトR‐3385は大飯喰らいだ」
 アイロス・オドランが返答。
「それなんですけど、西地区の連中にトラックと一緒に持ち帰ったターボプロップを見せたんですよ。
 修理可能だそうです。
 見積もりももらってあります」
 彼がウルリカに見積もりを見せる。
 ウルリカの目が見開く。かなりの金額なのだろう。見積もりが回覧される。
 アイロス・オドランが話を続ける。
「回収してきたターボプロップ四基は同型で、GE製CT64‐820でした。
 二三三六キロワット、三一三二軸馬力を発揮します。
 これが四基。
 ボックスカーに積めるんです。
 エンジンをレシプロからターボプロップに換装したら、使えるでしょ」
 フィー・ニュンが賛成する。最近知ったのだが、フィー・ニュンはアイロス・オドランと一緒に住んでいるそうだ。彼女は、三人家族になった。
 ウルリカが下を向きながら自信なげに答える。
「私が、交渉してみましょう。
 ジブラルタルのヒトたちと」
 日々の生活の厄介ごとは、ウルリカが引き受けてくれる。

 全員、酔いが覚めかけている。
 蛮族系のヒトたちが楽器を奏で始め、再び大酒飲みの集団となる。
 宴は、明け方まで続いた。

 翌朝、ベランダで茶を飲んでいた。
 デュランダルが向かいに座る。
「ハンダ、コーカレイとバラカルドはどうする?」
「どうするって?」
「子供たちだけとはいかないぞ」
「あぁ、まぁ、そうだけど」
「チェスラク、クラウス、ケレネス、サイキ、ソウマ、カタクラ……。
 誰もノイリンを長期間離れられない。
 離れていいのは、おまえと俺だけだ」
 確かにその通りだ。
「ハンダはコーカレイ、俺はバラカルドに行く。
 コーカレイは、半永久的にノイリンの重要な域外領土になると思う。
 バラカルドは維持できるかどうか……」
「一点、反対していいか?」
「何だ?」
「コーカレイはデュランダルがいい。あんたは、フルギア人の尊敬を集めているからね。
 バラカルドには俺が行く。
 山脈の向こう側を調べたいんだ」
「承知した。
 だが、いままで以上に飛行機やヘリコプターが必要になるぞ」
「船もね」
「そうだな。
 問題山積だな」

 偵察と回収の可能性を調べるために、二機のMi‐8が離陸する。
 一機には航空班が乗り、もう一機には他の班が乗る。
 俺、デュランダル、金沢(車輌班)、カロロ(交易班)、ハウェルの五人。
 ハウェルは、ヘリコプター初体験だ。デュランダルの薦めで、ベレッタBM59半自動小銃を携帯している。

 カロロが住んでいた街は、ライン川を越えた東方にあった。ライン川以東に住む蛮族は、東方蛮族と呼ばれるが、住地の多くはライン川東岸からそれほど離れてはいない。
 その街は、二〇〇万年前はハイデルベルクと呼ばれていた地域にあった。
 カロロは自分が生まれ育った街の上空を飛行することを拒んだ。
「あの街だ。
 直行してくれ」
 ヘリの爆音もあるが、カロロが発するインカムの声は消え入りそうだった。

 ヘリは草原に降りた。
 遠方にカロロの街が見える。
 小高い丘の上にある目標の街まで、二〇〇メートルある。
 ヘリの警護に正副パイロットとドアガンのガンナーを各機に残したが、フィー・ニュンはついてきた。

 その街には、教会のような宗教施設があった。キリスト教系ではあるようだが、十字架はあるがキリストやマリアの像はない。十字架の他にスワスチカ(逆卍)もある。
 カロロによればやや変化した精霊信仰の別派だったそうで、宗派の違いから街を違えていたが、周囲の街々と交流がなかったわけでも、友好的でなかったわけでもない。
 布教も一切行わなかったそうだ。

 小さな街だ。
 濠はなく、城壁だけでドラキュロから守られている。
 街の中に死体はなく、血糊の痕跡も消えかけている。

 カロロの案内で、教会裏手の穀物倉庫に向かう。
 巨大な木製の観音開きの扉は閉まっていたが、施錠されてはいなかった。

 扉を全開にすると、主翼を折りたたんだ双発機が機首を扉に向けて格納されている。
 金沢がいう。
「驚いたな。
 こんな珍しい機体が二〇〇万年後にあるなんて……。
 グラマンC‐1トレーダー艦上輸送機です。ペイロードは一六〇〇キロ、乗客なら九人乗れます」
 デュランダルが問う。
「エンジンは?」
「レシプロですよ」
「それは、がっかりだな」
「PT6に換装しちゃえばいいんですよ。
 エンブラエルがターボプロップ化して、ブラジル海軍が運用していたはずです」
 俺が金沢に問う。
「どうやって運び出す?」
「ウクライナのトラックを使いましょう。
 自重は八・五トン。現在状態で一〇トンはないでしょう。
 トラックが牽引していた大型トレーラーならば載せられますから、分解せずに運びましょう」
 俺が決する。
「トラックを呼ぼう。
 一番調子のいいクルマを選んで、トレーラーを牽かせる。
 シミターとセイバーを護衛に付ける。
 六人が残り、他はすぐに戻る。
 どう?」

 俺は同意を得た。

 トラックは、ウィルが準備してくれていた。荷台には幌が張られ、作業の志願者五〇人が空港に集まっている。

 艦上輸送機がある街にはデュランダルたちが残り、ドラキュロが集まり始めている。
 厳しい数日になる。

 空港事務室の椅子に座っていた。俺は疲れていた。
 だが、休ませてはもらえない。
 クリストフが尋ねてきた。そして設計図を見せる。
「大型の輸送船です。
 トラックのエンジンを二基使わせてください」
「俺の一存では決められないよ。
 何事もね。
 だけど、口添えはするよ」
「ありがとうございます」

 入れ違いでアイロス・オドランが来た。
 また、設計図だ。
「大昔、ビッカース・ウェリントンという爆撃機があったのですが、その機体は、セロの飛行船と同じ、大圏構造でした。
 それで、思い付いたんです。
 機体を薄い軽合金を素材に大圏構造で作り、主翼は鋼管の桁に木と布で作ります。
 一九三〇年代の構造ですが、結構いい飛行機が作れますよ。
 製造に手間がかかりますが、高度な素材技術は必要ありません。
 開発の許可をいただけませんか?」
「俺の一存では決められないよ。
 何事もね。
 だけど、口添えはするよ」
「ありがとうございます」

 俺は最近、壊れたテープレコーダーのようにリピートすることが多くなった。

 この世界において、陸路五五〇キロの移動は冒険・探検と同義だ。
 それでも、ドラキュロのライン川渡河阻止作戦以来、ライン川へのルートは確立していた。湿地、森、丘陵を避け、曲がりくねってはいるが、走りやすい自然の道が生まれている。

 グラマンC‐1トレーダーは、トレーラーに載せられた。機体後部がトレーラーからはみ出している。
 ソルダートのクレーンが早速役立った。
 ライン川周辺は、草原化している。灌木が点在する草原で、風景としてはタンザニアのセレンゲティ平原のようだ。
 地面の陥没に気をつけていれば、走行は困難が少ない。
 我々はライン川に沿って、一〇〇キロ南下する。
 そして、ライン川東岸に進出している支援隊によって準備されている、筏を使って渡河する。
 支援隊はソーヌ川東岸にも進出している。同型の筏を使って渡河する。
 各支援隊は、筏を分解・回収して、ノイリンに撤収する。
 輸送隊は独自に行動し、支援隊を待たずにノイリンへと向かう。

 主翼を展張したC‐1トレーダー輸送機が格納庫前に駐機している。
 C‐1トレーダーは、機体左側に大きなドアがあるが、貨物機としては使い勝手がよくない。
 しかし、それでも貨物機として役立つ。
 アイロス・オドランは、最優先作業としてC‐1トレーダーのターボプロップ化に着手している。

 そして、水上機不足の問題は、未解決のままだった。

 メルクが「話がしたい」と俺を店に訪ねてきた。
 すでに閉店している。彼は、閉店時間を選んでいた。
「ハンダさん、水上機ならばあります」
「ジブラルタルに?」
「えぇ。
 正確には、水上機型がある上翼機です。それとフロート。
 航続距離だけならば、二機はここまで飛んでこれますが、整備中だったので、残置したんです」
「それを回収しろと?」
「はい。
 ジブラルタルは岬の西岸に街があります。市街の全長は二キロですが、居住に使っている建物は二棟しかありません。
 格納庫も同じです。地下格納庫しか使っていないんです。
 ですから、手際さえよければ、飛行機はすぐに回収できます」
「エンジンは?」
「レシプロです」
「飛行機は何機?」
「九人乗り、六人乗りと四人乗りが各一機。
 四人乗りは陸上機状態ですが、フロートがあります」
「ジブラルタルに燃料は?」
「航空燃料は、ほとんど残っていません。
 補給が止まっていて……。
 車輌用は、山脈の東麓から買っていたんです。
 皆さんが鬼神族と呼んでいる擬人から……」
「擬人?」
「えぇ、私たちはヒトとは違うヒトに似た生き物を、擬人と呼んでいました。
 この呼び方は、もうしません」
「そのほうがいい。
 彼らはヒトとは異なる生物だ。
 ヒトの偽物じゃない」
「そうですね。
 二機は燃料半載で、ノイリンにたどり着けます」
「もう一機は?」
「満載にしても、航続距離が足りません」
「四人乗り?」
「えぇ」
「どうやって回収するの?」
「アイランダーで向かいます。
 機外燃料タンクを使えば、飛べます」
「アイランダーの帰りの燃料は?」
「ドラム缶を積んでいくしか……」
「三機目も回収して欲しい」
「それは無理です」
「ビスケー湾まで飛べませんか?」
「ギリギリですね。
 海岸で補給するのですか?」
「いいえ、バラカルドで。
 どちらにしても、バラカルドに橋頭堡を築かないと。
 すべてはそれからです」

 俺はコーカレイの必要性は十分に感じていたが、長期間の維持が不可能なバラカルドは、無意味ではないかと自問していた。
 単なる俺自身の好奇心から、ピレネー以西を調べたいのではないかと……。
 しかし、飛行機の回収となれば、別だ。
 バラカルドは明確に必要だ。

 翌日、氷点下まで下がった。
 厳冬期に入る。
 春まで、東には行けない。
 だが、海には行ける。
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