上 下
74 / 234
第3章

第七二話 防衛

しおりを挟む
 中央評議会議場と周辺は、東地区側に占拠されてはいなかった。
 正確には、いったん占拠されたが、セロの艦砲射撃を見て動揺し、この場所を去った。 街の中心でもあることから、議場に各地区の人々が集まっている。もちろん、ほとんどが武装しているし、議場には雑多ではあるが武器弾薬の備蓄がある。

 由加は反攻の拠点となりつつあった議場には向かわず、ノイリン北地区の街人七〇人ほどを束ねて、東地区が敷いた封鎖線を突破するつもりだった。
 由加の眼前には、東地区の街人が陣取るにわか作りのバリケードがある。道路に荷馬車や家具を並べただけのバリケードだが、事実上の封鎖線だ。
 銃撃と手榴弾攻撃で、簡単に突破できる程度の陣地だ。
 偵察を終えた由加は銃器店に戻る。北地区により近い銃器店に、全員を酒屋から移動させた。

 銃器店の狭い店内は、すし詰め状態だ。
 由加がイサイアスに告げる。ほぼ全員が聞き耳を立てている。七〇人もいるのに、衣擦れの音以外何も聞こえない。
「検問を突破することはできるけど、そのあとをどうするか、それが問題。
 北地区の情勢は正確にわかっていないし、ここにいる七〇人には銃を持つ年齢に達していない子供もいる。
 人食いとの戦いとは違うから……」
 イサイアスが応じる。
「戦い慣れした何人かで突破したら……」
 別の誰かがいう。
「バリケードを奪取しよう」
 女性の発言。
「北地区には戻らないの?」
 由加が答える。
「バリケードを奪取してしまえば、北地区に入ったセロを牽制できる。
 ここを司令部にして、状況を掌握し、状況の推移を見ながら反撃に移る」
 イサイアスが問う
「バリケードを奪取したあとは?」
「威力偵察を出して、セロには背後に我々がいることを教える。
 とりあえずは、それだけでも牽制になる。
 それと、セロの戦力の分析もできるでしょう」
 男性がいった。
「学校に子供が、農場に妻がいるんだ」
 由加が答える。
「それは、みんな同じ。
 私の子も学校にいる……。
 夫はどこかに行っちゃっているけど……」
 何人かから笑いが漏れた。
 由加が続ける。
「ここで頑張らないと、誰も助からない。セロは盗賊じゃなくて、私たちを殺すためにやって来たのだから……」
 イサイアスがいう。
「今日の先生は、ベルタさんだ。
 コマンダーがいれば、学校は何とか守り切ってくれるはず。
 そう信じよう」
 いまいる場所で戦う以外に何もできないことはわかっていても、誰もが家族を心配していた。由加も同じだった。

 銃器店のカウンターに背負い式の無線機が置かれ、通信が始まる。
 最初の送信は「こちらノイリン北地区総司令部……」で始まる。
 そして、各拠点の情報が集まり始める。
 アマリネが由加に報告する。
「ジェネラル、状況がわかってきました。
 学校は病院と合流し、いまのところ無傷です。ですが、南からフルギアが、南東からセロが迫っています。
 旧滑走路の高射砲陣地は飛行船を一隻撃墜しましたが、弾薬不足でこれ以上の対空戦闘は無理だと……。
 農場は管理棟に立て籠もっていて、酒蔵との合流はできていません。
 酒蔵の一部は、燃料工場と空港の防衛に向かったそうです。
 その空港ですが、まもなくセロの部隊と接触します。南からはフルギアの部隊が迫っています。高射砲が飛行船一隻を不時着させたようです」
「西地区の様子は?」
「まったく……」
「そう……。
 西地区との連絡を試みて……」
 アマリネはぎこちない敬礼をした。由加は微笑んだが、やや引きつっていた。

 学校に敵が迫っていることが、無線で各拠点に知らされる。WiFiはまだ生きているので、メールも送られる。
 遊兵となってしまっていた北地区の人々は、学校に向かう。旧滑走路の高射砲陣地からは学校に援軍を送れない。フルギア兵が迫っているからだ。
 この時点で、由加は学校と空港が決戦場になると判断した。
 由加は決断した。
 実力を持って、北地区への進路を塞ぐ東地区のバリケードを奪取することを。

 由加は不完全ながら、戦場を掌握していた。

 ベルタは、北地区北辺にある新居館が攻撃目標であることを、総司令部からの無線で知る。
 新居館には、教師役以外の大人はほとんど残っていなかった。病院からの移動者を含めても一〇人に達しない。重病・重傷者が四人、子供が八〇人。
 これを一〇人足らずの大人で守らなければならない。
 北進してくるセロは一〇〇、フルギアは三〇〇と見積もられている。
 とても守り切れるものではない。
 援軍が向かっているとの知らせがあるが、少人数での移動ではセロやフルギアに阻止されてしまう可能性があるし、敵を避けて迂回を続ければ到着はいつになるかわからない。
 あてにはできない。

 空港周辺の戦力は大きく、農場、燃料工場、車輌工場、酒蔵の戦力を合わせれば、セロとフルギアを包囲殲滅できる。
 敵の動きは、フィー・ニュンが上空から完全に把握しており、航空支援もあって、戦況は我々に有利だ。

 セロの目的は何か?
 セロ目的は、彼らの領土に巣くう害獣の駆除にある。
 害獣とはヒトだ。
 そのヒトの幼体が多数いる巣穴が眼前にある。ならば、それを潰せば、大きな成果となる。ゴキブリの駆除と同じだ。この世界にゴキブリはいないが……。

 新居館からあまり遠くない車庫では、金吾や金沢たちが六輌の装甲兵員輸送車の出撃準備を急いでいた。
 だが、総司令部からの「学校に集結せよ」という命令をどう受け取るか思案していた。 金沢が金吾にいう。
「俺たちは、戦車で学校に向かう。
 須崎は、セロを側面から攻撃してくれ」
「わかった。
 学校を、子供たちを頼む」
 議論をしている余裕はない。できることをする以外の対応策なんてない。
 金吾はBTR‐Dの無線で、総司令部に伝える。
「金沢指揮のM24軽戦車は学校に向かう。
 装甲車六輌は少数の歩兵とともに敵の東側面に回り込む」
 総司令部からの応答はなかったが、伝わったと判断した。

 総司令部は混乱の極にあった。
 たった一機の無線機ではさばききれない通信量なのだ。
 無線機の不足をメールで補完しているが、どうにもならない。
 早急な通信設備の増強が必要だった。そのためにも東地区のバリケードを奪取しなければならない。
 旧滑走路脇の車庫に、新型の通信車があるからだ。

 クラーラとイエレナは、旧滑走路脇の車庫に隠れていた。周囲はフルギア兵だらけで、もし見つかればどういう殺され方になるかはよく知っていた。
 車庫にはクルマ一輌が残っていたが、二人は動かし方を知らない。
 そのクルマには装甲が施されている。金沢たちが〝一トン半〟と呼ぶトラックだ。このクルマを動かせたら、フルギア兵を蹴散らせる。

 優菜は西地区から北地区に戻る途中で、抵抗の余裕なくフルギアの捕虜になっていた。
 そして、この先の運命を知っていた。
 フルギアの将校が指揮する部隊の捕虜になったことから、その場での暴行は免れていたが、そう遠くはないことは悟っていた。
 優菜が捕虜になる際、彼女と一緒にいた女の子二人は、優菜奪還のためにフルギアの斥候隊を追跡していた。
 二人を逃がすために、優菜は囮になってくれた。
 武器ならある。
 チェスラクが子供たちのために作ってくれた二二口径のボルトアクションのライフルだ。五・五六ミリNATO弾を発射する。反動が少なく、小型軽量で身長一五〇センチ以上、体重四〇キロ以上ならば扱える。
 そして、優菜の武器もある。囮になる前に優菜から預かっていた。優菜の武器は連射できるから、敵に隙があれば奪い返せると考えていた。

 クラーラとイエレナは、車庫の窓からフルギアの分隊を観察していた。
 両手を縛られて連行されていく少女がいる。 クラーラがいった。
「ユウナよ」
 イエレナは迷った。
「助けたいけど……」
 二人は銃を持っていなかった。
 クラーラが剣の柄を握る。
「剣で二人ずつ、四人は倒せる」
 イエレナが答える。
「残りの八人はどうするの?」
 クラーラはため息をつく。
「殺されるか、捕虜になるか。
 でも、ユウナは逃げられるかも」
「ユウナは逃げないよ。
 あの子は、勇敢だから……。
 三人とも殺される」
「じゃぁ、どうするの?」

 二人の問答とは関係なく、フルギアの斥候隊は二人が潜む車庫に兵四人を差し向けた。
内部を調べるためだ。

 優菜は脱出の機会をうかがっていたが、フルギアの将校は切れ者だった。そんな隙は一切見せない。
 フルギア兵も将校を恐れている。命令には服従している。

 フルギア兵四人が車庫に向かっていく。車庫には、金吾と金沢が協力して作り上げた無線通信車がある。
 フルギアの将校は兵に命じた。
「建物の中を調べろ。
 若い女がいたら捕らえろ。
 それ以外は殺せ。
 それから、火を付けろ」

 キャビンに装甲を施した自衛隊の一トン半トラックは、荷台に改造が施されている。荷台の無線室は、小銃弾程度には耐えられる防弾になっている。
 通信車に使っていたBMP‐80を代替する新型だ。
 貴重な車輌だ。壊されてしまったら、同じものを作ることは難しい。
 優菜は自分の命よりも、通信車を守りたいと考えた。
 極度のストレスにより、優菜の思考は異常性を帯び始めていた。

 クラーラとイエレナは、車庫のヒトが出入りするドアの鍵を内側から開けた。
 フルギア兵が容易に入り込めるように。鍵が解いていれば、この状況ならば内部に誰もいないと無意識に油断する。
 車庫内は暗く、フルギア兵はLEDライトなんて持っていない。
 ドアを開け、内部を覗く。内部の暗さに目が慣れたところで、四人が入ってきた。

 クラーラとイエレナは、車体の下に隠れている。
 車庫は四輌分の広さがあり、一輌だけの車庫内には隠れる場所などなかった。
 四人が分かれて車庫内を物色し始めると、クラーラとイエレナは車体の下から飛び出し、車庫から出て、ドアに外から鍵をかけた。
 二人の動きは一瞬だった。

 優菜を拘束している八人のフルギア兵が剣を抜き、四人が二人に近付く。
 奇襲であれば、二人で四人を倒せるかもしれない。しかし、この状況では真正面から戦っても勝ち目はない。
 それでもクラーラとイエレナは、降伏する意思はまったくなかった。
 剣を抜き、構える。そして、近付いてくるフルギア兵四人に立ち向かっていった。

 優菜を追跡していた二人の女の子は、意外な展開に戸惑っていた。
 だが、これが優菜救出の絶好の機会だと感じた。
 二人はボルトを引いて、薬室に装弾する。そして、狙撃を始める。
 由加やベルタから教わった通りに、敵の将校から狙う。
 二人が発射した弾丸は、将校の腹と腕に命中。
 フルギア兵は突然の銃撃に慌てるが、優菜を盾に後退しようとする。
 クラーラとイエレナは、優菜を助けるために斬り込んでいく。
 優菜を追っていた二人も姿を現し、次々と発射する。
 五・五六×四五ミリNATO弾は、実質的な有効射程は二〇〇メートルほど。威力が低いわけではなく、対人用としては十分な殺傷能力がある。身体に命中すると、体内で動き、断片化して広範囲に組織を傷つける。
 二人のうち一人は、優菜の銃を使った。すでに三人を倒した。二人は連射しながら、フルギア兵に近付いていく。
 二人はフルギア兵に対して、一切の恐れ、一切の同情を感じていない。彼らの所業を、優菜の追跡中に何度も目にしたからだ。

 クラーラとイエレナは予想外の援軍に驚きながらも、敵兵二人を刺し貫いている。さらに斬りかかろうとすると、フルギア兵は優菜を突き飛ばした。
 そして、生き残った三人のフルギア兵は走って逃げた。背後から銃弾が追いかけ、二人が倒れる。一人は逃げ切った。

 イエレナが優菜の戒めを切り、クラーラがいった。
「学校に行かなきゃ」
 優菜が答える。
「それよりも大事なことがある。
 この車庫の中に通信車があるはずなの」
 イエレナが尋ねる。
「鉄の箱を積んだトラックがある」
「それ!
 その通信車を由加さんのところに持っていけば、この戦いに勝てるの!」
 クラーラとイエレナは、顔を見合わせた。二人には、あのトラックが戦いの帰趨を決める切り札とはとても思えなかった。
 クラーラがいう。
「車庫の中にフルギア兵四人を閉じ込めた」
 優菜が銃を受け取る。
「ならば、その四人をどうにかしよう」

 クラーラが解錠しドアを開ける。
 フルギア兵は、ドアから離れて剣を抜き、並んで構えていた。
 優菜はフルギア兵の位置を確認し、車庫に飛び込むと剣の間合いまで迫り二発で倒す。他の二人はクラーラとイエレナが喉や胸を貫いた。

 我々のクルマは、入手するとキーが不要になるように改造している。必要なときに、誰でも動かせるように。これもドラキュロ対策の一つだ。

 優菜は車庫のシャッターを開けると、一トン半トラックのエンジンを始動し、車体を車庫の外に出した。
 そして、起倒式のアンテナを立てる。
 優菜たちはメールで、総司令部の所在を知っていた。総司令部を〝店〟と呼んでいるからだ。また、無線が必要なことも察していた。
「みんな、乗って!」
 イエレナが助手席に乗り込み、クラーラたちは後部の通信室に入った。

 イサイアスは由加の事前の命令に従わず、武器を持たず両手を挙げてバリケードに近付いていった。
 バリケードには、東地区の男たちが八人いる。
「止まれ、北のクソ野郎」
 銃口がイサイアスの胸を狙っている。
 バリケードまで一〇メートルで止まった。
「ここの指揮官と話したい!」
 東地区の男たちは笑った。
 その間に、イサイアスは三メートル接近した。
 そして、イサイアスに言葉を投げた。
「負け犬には、用はねぇよ」
 イサイアスが問う。
「負け犬?」
「負け犬だろうが?」
「セロの飛行船は八隻。二隻を撃墜し、一隻は不時着させた。
 残り五隻も無傷じゃない」
「……」
 東地区の男たちは、戦況をまったく知らなかった。
 イサイアスが続ける。
「フルギアも上陸したようだが、たかだか数百だ。
 今日中に押さえ込める。
 その後は、裏切り者の始末だ」
「裏切り者?」
「あぁ、ノイリンを裏切って、セロとフルギアに手を貸した裏切り者だ」
「セロは平和を求めてやって来た。
 それをお前たちは攻撃した」
「違う。
 セロが先に艦砲射撃を始めた。
 そして、逃げ遅れた人々を無差別に殺している。
 お前たちは、それに手を貸した」
「何をいっているんだ!
 セロとヒトは、友好を築くんだ。
 北と西は、その邪魔をしている」
「わかった。
 もうすぐ終わる。
 セロとフルギアを駆逐する」

 イサイアスは、彼が指揮する分隊に戻った。由加が彼に与えた任務は、バリケードを守備する東地区の部隊を実力によって〝制圧〟することだ。
 だが、イサイアスは説得できるかもしれないと考えた。
 その交渉の前提となるセロの脅威を東地区の部隊は受け入れていない。
 ならば、力尽くで制圧するしかない。

 イサイアスは分隊を二つに分け、一隊をバリケードの側面に向かわせる。
 武器は小銃しかなく、十分ではないが、それでも東地区の守備隊よりはいい。
 それに、イサイアスは由加から64式小銃を借りてきた。

 バリケードの守備隊は、二方向から銃撃されると四人が負傷し、その場から動けなくなった。
 数分後には降伏していた。
 だが、彼らは自分たちが〝正義〟だと確信している様子だった。
 指揮官らしい脚を負傷した男がイサイアスにいう。
「酒屋のイサイアスだったな?
 お前たちは間違っている」
「あぁ、間違っているさ。
 武器は全部没収する。
 そして、あんたたちを解放する。
 議場には連れて行けない。
 たどり着くまでに、あんたたちは殺されてしまうからな」
「どうしてだ?」
「あんたたちがしでかしたことに、誰もが頭にきているからだ」
「……」
「早く行け!」
 八人は東地区の方向に向かって歩いて行く。

 イサイアスはこのバリケードを、血を流さずに手に入れたかった。
 それは無理だったが、死者は出さなかった。 彼はバリケードを撤去せず、強化してセロとフルギアの中央地区侵入を防ごうと考えた。

 突然、眼前に一トン半トラックが現れる。

 優菜が運転している。
「ユウナ!」
「通信車、持ってきたよ」
「おぉ、ユカさんのところに行け。
 店にいる。
 店が臨時の総司令部だ!」

 北地区と中央地区の交通が再開すると、孤立していた北地区の街人が中央地区に続々と集まってくる。
 促成の部隊を編制し、反攻の準備をしていく。
 中央地区にいる東地区以外の街人と、東地区の街人との間で、小規模な銃撃戦が複数の場所で発生し、断続的に続いている。
 東地区の街人はセロとの融和を説きながら、本来同士であるはずのノイリンの街人とは戦闘するという矛盾に陥っていた。

 無線通信の全面確立によって、総司令部は北地区の状況を正確に把握し、反撃するための一歩とした。
 そして、最も危機的状況にある施設は、新居館であり、ここには学校の生徒と診療所から非難してきた人々が立て籠もっている。
 防衛のための戦力は少なく、近くに有力な部隊が展開していないという、危険な状況である。
 由加は学校を救うためならば、いかなる犠牲をも払う覚悟を決めていた。こういうときの由加は危険だ。優しいお母さんではなく、冷徹非情なヒトに変わる。悪魔とか、妖怪とか、そんなレベルじゃない。
 一切の感情を捨てた、機械的合理性を追求した作戦を立案し、一切の迷いなく実行する。
 そして、由加が立案した作戦は完全なる包囲殲滅であった。由加が隠し持つ牙と爪は、東地区の街人にも容赦なく向けられた。

 クラウスの輸送隊護衛では、浮航できるAVGPクーガーとEE‐11ウルツが主用されている。特別な改造を施されていないクーガーは七六・二ミリ砲搭載、ウルツは二〇ミリ機関砲装備の砲塔を搭載する改造がされている。
 このほかに、九〇ミリ砲を搭載するEE‐9カスカベルが二輌あるが、この装輪戦車は浮航ができないので、道路が整備されている地域での任務に使われている。
 ノイリンが空襲されたとき、クーガーとウルツは全車が任務中で不在だったが、カスカベルと七六・二ミリ長砲身砲を搭載する八輪装輪戦車ルーイカットは、北地区に残っていた。
 この三輌は、旧滑走路南端に不時着した一五〇メートル級揚陸飛行船に集中砲火を浴びせ、完全に破壊した。
 当面の目標を始末した三輌は、総司令部の呼びかけに応じて、中央地区に向かう。

 北地区には、これ以外にも砲を装備した装甲車が残っていた。
 入手したカスカベルは四輌で、四輌のパーツを使って、二輌を再生している。
 残りのパーツにも使用可能なものがあり、コッカリルの九〇ミリ低圧砲二門、砲塔一基、エンジン二基(デトロイトディーゼル製6V‐53N六気筒V型液冷ディーゼル、自然吸気で二一二馬力)、サスペンションからハッチや座席に至るまで、再利用可能なものはすべて回収してある。
 砲塔と九〇ミリ砲は、真の冬の間にBTR‐80の操縦席直後に搭載して、高威力の榴弾が発射できる火力支援車に改造してあった。
 このデカ物もノイリンに残っている。

 北地区管理区域全域に分散しているが、相当数の装砲車輌が残っている。
 集結に成功すれば、強力な機甲戦力として期待できる。
 そして、由加は装甲車輌を召集するための手段、無線通信車を手に入れている。

 金沢は学校を守るため、由加の命令には従わずハミルカルとともに北に向かっている。

 ノイリンの全貌はいまだによくわからない。濠の幅は二〇メートル。外周は約二二・五キロ。濠の内側面積は約二〇平方キロ。直径は約七キロ。
 ☆の出っ張りは五つだが、ノイリンの調査に熱心な東南地区によれば、☆の出っ張りは一八〇度回転して、もう一対あった。この☆の直径はやや大きく、石垣の高さがやや低い。
 つまり、☆の出っ張りは一〇あった。うち三つが発掘され、東南地区と西南地区は、そこを新たな居住区にしている。この土砂に埋もれていた☆の外周にも濠があり、この濠の一部を一時期〝外濠〟と誤認していた。
 二つの☆の出っ張りは、ロワール川の氾濫で、流された可能性が高い。北地区の東側と西側にあるはずの、☆の出っ張りは発見されていない。実際、北地区西側と西地区東側は、ロワール川に面している。あるとしても川の中だ。
 ノイリンの原形は、五つ☆が二つ重なった、東京都板橋区とほぼ同じ面積の三〇平方キロある星形要塞だったようだ。

 第二次世界大戦後期に開発されたM24チャーフィー軽戦車は、真の冬の二年間で本格的な大改造を受けていた。
 我々が北方低層平原において入手した時点で、かなり無理な改造が施されていて、車体の重量バランスが悪かった。
 小手先の改修を何度か行ったが、改善にはほど遠かった。
 この旧式軽戦車の抜本的改造は、金沢一人が固執していた。由加やベルタは重要視しておらず、俺を含めて多くは興味がなかった。
 だが、金沢は「もし、M41DKが現れたら……」と主張し続けた。
 そして、個人的なプロジェクトとして、M24の大改造を始めたのだ。
 このM24の最大の特徴は、後輪駆動に改められている点だ。
 本来のM24は、車体前部に操向機構、車体後部にエンジンという前輪駆動だ。
 これを、二一世紀の戦車の常識であるエンジン、トランスミッション、操向機構をパッケージにして車体後部に搭載する方式を模していた。
 そのため、車体前部から重量物がなくなり、極端なテールヘビーになってしまった。
 金沢は、重量バランスの改善、主砲の威力強化、正面装甲の増大の三点に絞った改造を行った。
 エンジンは、カスカベルから移植。自然吸気二一二馬力を、ターボチャージで三二〇馬力に強化した。操向は入手時点で、ハイドロマチック自動変速機からクロスドライブに変更されていたので、これをそのまま継承した。
 主砲は、チェスラクがルーイカットの六二口径七六・二ミリ砲をリバースエンジニアリングによって開発した高射砲を戦車砲に改修して換装。
 レーザー測遠機と暗視装置も追加する。
 車体正面から操向機構がなくなったことから、点検ハッチが不要になり、大きな穴を塞ぐと同時に装甲を五〇ミリに倍増する。車体正面下部にも、二五ミリの増加装甲を取り付ける。
 重量は、四・五トン増えて二三トンになった。
 外見はM24のままだが、内容はまったく異なる戦車に変貌している。

 M24がゆっくりと北に向かっている。学校まで一・五キロだ。
 北進を初めてすぐにセロの一個小隊規模の部隊と遭遇。
 セロの小隊は、M24に銃撃を始め、一部の兵は抜刀して斬りかかってきた。
 M24には金沢とハミルカルしか乗っていない。金沢が操縦し、ハミルカルが砲塔に乗っているが、彼は砲の操作はできないし、同軸機関銃を発射したこともなかった。
 同軸機関銃は七・六二×五一ミリNATO弾仕様のM1919だ。
 オリジナルのM24には、車体正面にもM1919が搭載されているが、この車体は入手した時点でリングマウントを含めて撤去されていた。
 だから、車載の機関銃は同軸と、砲塔上の一二・七ミリNSV重機関銃しかない。
 ハミルカルは、金沢から即席の講習を受けた通りに砲塔を旋回させながら、M1919を発射する。
 対戦車兵器を持たない生身の兵士が、戦車を見て逃げ出さないなど考えられない。
 しかし、セロは戦車を知らず、歩兵に対する完璧な防御と絶対的な破壊力を、自身の生命を代価として学びながら死んでいった。
 数分で、セロの小隊が全滅する。
 ヒトが数人、家々、建物の影、そして地下室から出て、戦車の周りに集まってくる。
 戦車の周囲を警戒しながら、歩行の速度で北に進む。

 金吾は、二〇ミリ機関砲搭載の装軌式装甲車六輌を指揮している。
 まだ敵とは接触していない。由加からは「その場に留まれ」と命じられた。
 それにしたがっていたが、戦いを可能な限り避ける彼には珍しく一刻も早くセロとの接触を望んでいた。
 心の中で「皆殺しにしてやる!」と叫んでいる自分に嫌悪を感じるとともに、間違いなくそうするだろう未来を感じていた。
 金吾は、BTR‐Dの砲塔上からジッと前方を見詰めている。
 六輌の装軌装甲車は、車庫から出て横一列に並んでいる。砲身は東を向いている。一〇数メートル西は濠だ。
 珠月がストーマーの砲塔から金吾に話しかける。
「ねぇ!
 どうするの?」
「由加さんの指示に従うよ!」
「学校が危ないらしいよ!」
「金沢さんが行った!」
「金沢さんだけで、どうにかなると思う!」
「ならないだろうね!」
「じゃぁ、どうするの!」
「由加さんの命令を待つ!」
「待つだけ!」
「あぁ、待つだけだ!」
「それで!」
「ぶちのめしてやる」
 金吾は小声でいった。
 珠月は、金吾の由加の指示を待つだけの態度に苛立っていた。
 だが、最後の一言は聞こえなかったにもかかわらず、意図はわかった。
 金吾は容赦しない。
 珠月は、一瞬で苛立つ心が恐怖に変わった。

 セロはフルギアを介して、東地区から北地区の重要施設や住居・倉庫の配置を正確に知っていた。
 その中枢は〝新居館〟と呼ばれていて、昼間は非常に多くの〝ヒトの幼体〟が収容されている。
 ここを襲撃し、幼体を駆除すればヒトの繁殖に大打撃を与えられる。
 セロは純粋にヒトの駆除を目的として、新居館にある学校を目指していた。

 金沢はセロとの接触を避けつつ、学校を目指し、孤立していた街人一〇人ほどとともに新居館正面に達していた。
 セロとの接触を避けてはいたが、エンジン音と履帯が発する走行音は、十分なほどセロを引きつけていた。
 M24軽戦車がセロを引き連れて新居館までやってきたように、学校に立て籠もる人々には見えた。

 オリジナルのM24は、信地旋回(左右どちらかの履帯を停止させて、一方を回転させて行う旋回)はできるが、超信地旋回(左右両方の履帯を逆回転させて、車体の中心軸を中心に行う旋回)はできない。
 このことは、北方低層平原以来のメンバーはよく知っていた。

 金沢は、新居館正面入口前にM24を停車させると、超信地旋回で車体を南に向ける。そこには、セロの大群が迫っていた。
 金沢がハミルカルに伝える。
「ここを動く気はない。
 生命を惜しむなら、学校に行け」
 ハミルカルは異常に口内が乾いていたが、発した言葉は滑らかだった。
「ぼくもここを動きません。
 学校を守ります」

 ベルタは、M24が超信地旋回する様子を見ていた。
 その事実は、この旧式戦車が見かけとは異なり、一定の近代化改修に成功していることを示している。
 そして、旧式だろうと戦車は戦車だ、と心の中が共鳴している。
 戦車が連れてきた一〇数人の大人たちも頼もしい。彼らは無条件にベルタの指揮下に入った。

 新居館の正面に戦車が陣取ったことから、セロは東に迂回して、学校のある新居館東側一階に迫ってきた。
 西側にも回り込めるのだが、それはしない。明らかに東側を狙っている。
 新居館の南側は、建物を建てておらず、開けている。五〇メートル以上、遮蔽物がない。もともと遮蔽物のない正面からの攻撃は難しいのだが、戦車の存在によって、ほぼ不可能となっている。
 セロは正面から一個小隊規模の突撃を敢行したが、主砲の同軸機関銃と砲塔上のNSV重機関銃によって数秒で全滅している。
 セロは目的達成のためには犠牲をいとわないが、同時に目的達成のためならばどんなことでもする。
 法王庁がヒトを駆除せよと命じた以上、ヒトを駆除するために隠れる必要があれば、迷わずそうする。
 セロは建物の陰に身を隠し、姿を見せない。

 ベルタは、何人かを二階に上げて、狙撃を命じた。
 それに、由加が臨時の総司令部を設置したことも無線とメールで知っていた。
 数時間粘れば、由加の反撃が始まる。
 ベルタは、その数時間をどうやってひねり出すかを考えている。何もしなければ、戦車があったとしてもそう長くは持たない。

 ベルトルドはたまの休日だった。年長の仲間も一緒だ。
 学校が終わったら、年少の子供たちを連れて、釣りに行く約束をしている。
 だが、セロの侵攻によって、せっかくの休日は台無しになってしまった。
 自分を除く年長の仲間は、北地区内郭から脱出させて、農場の管理棟に向かわせた。武器も持たせた。
 彼は、学校に残る年少の仲間を守るために、物陰に潜んでいる。
 武器は拳銃と火炎放射器。タンクの強度を増し高圧力化を可能にしたので、射程は一・五倍の一五〇メートルに達する。
 火炎放射器だけで、ドラキュロからも、ヒトからも仲間を守ってきた。セロに対しても一歩たりとも退く意思はなかった。

 片倉は一三歳になったばかりの建築志望の二人の女の子と、新居館西側の建機用車庫に隠れていた。
 この一帯にはフルギア兵が進出し始めていて、身動きが取れない。
 フルギア兵は車庫を開けようとするが、厳重に施錠されていて、内部には入れない。
 それでどうにか助かっているが、長くは保ちそうにない。
 どうしたらいいのか、必死で考えていた。

 北地区は分断されていた。
 そして個々に生き残る術を考えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

異世界で農業を -異世界編-

半道海豚
SF
地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。 そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

ビットフレンド~気狂いAIさん

WTF
SF
ある日パソコンを立ち上げると青色のツインテールが気怠そうにオペレーディングソフトを立ち上げていた シナリオ版との若干の違いがあります。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ある事実を隠した能力者

Nori
SF
ある特殊能力を得た主人公はほぼ全ての事ができる。 主人公はヒロインと出会って能力を成長させていく物語です。 主人公は過去に最強を求めて…

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

警視庁生活安全部ゲーターズ安全対策課

帽子屋
SF
近未来。世界は新たな局面を迎えていた。生まれてくる子供に遺伝子操作を行うことが認められ始め、生まれながらにして親がオーダーするギフトを受け取った子供たちは、人類の新たなステージ、その扉を開くヒトとしてゲーターズ(GATERS=GiftedAndTalented-ers)と呼ばれた。ゲーターズの登場は世界を大きく変化させ、希望ある未来へ導く存在とされた。 そんなご大層なWiki的内容だったとしても、現実は甘くない。ゲーターズが一般的となった今も、その巨石を飲み込んだ世界の渦はいまだ落ち着くことはなく、警視庁生活安全部に新設されたゲーターズ安全対策課へ移動となった野生司は、組むことになった捜査員ロクに翻弄され、世の中の渦に右往左往しながら任務を遂行すべく奮闘する。

処理中です...