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第8章
08-193 侵略
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ヒトは戦い慣れしている。特にセロ(手長族)とオーク(白魔族)との戦いは、苛烈を極めている。領地や利権を争っているのではなく、原初的な生存権をかけているのだから激しいのは当然だ。
そして、戦いの臭いをかぎ分ける能力は、極めて高かった。
キヌエティの乗員・乗客の全員が、不穏な空気を感じていた。
ラダ・ムーは9人を選んだ。
隊長=ラダ・ムー
通訳=カート・タイタン
通信=葉村正哉
先導=半田千早、キュッラ、半田健太
隊員=ガレリア・ズーム、アルベルティーナ、パウラ
車輌は軽装甲バギーと6輪装甲車だ。個人携帯火器だけでなく、7.62ミリ機関銃とRPG-7擲弾発射機を携行する。
出発の直前、アルベルティーナが半田千早に声をかける。
「偵察の画像を見た。
家は通りに沿って並んでいた。中心付近に広場があった。防壁や濠といった村を守るものがない。ならば、誰も襲わぬ、ということだ。
なのに、誰かに襲われた。
平和が壊されたのだ」
半田千早は、アルベルティーナの分析は正しいと思う。だが、もっと気になることがあった。
アルベルティーナは、半田健太に「お父上の訃報に接している。深くお悔やみを申し上げる」と声をかけた。
だが、千早には何もない。その理由はわかる。かつては、矛を交えている。理解しているだけに、心に引っかかりがあった。
「カートの話だと、盗賊はいるけど、旅人を襲う程度で、村を襲ったりはしないって。
部族間の争いはあるけど、大きな抗争になることは少ないらしい」
「平和だったのだな。
それが、乱された。
その原因を探らねば」
6輪装甲車は2輌ある。ドイツ製フクスとフィンランド製XA-180だ。フィンランド製のほうが車体が大きく、かつ軽い。つまり、装甲が薄い。
どちらもオリジナルのエンジンではないし、車内も改造されている。それでも、原型の特性は受け継いでいる。
ラダ・ムーは軽くて大きいフィンランド製を選んだ。
パウラは銃をどうするか悩んだ。今回の調査・探検では、自弁の銃器は禁止となっている。自弁できる武器は刃物だけ。
森林なら自動小銃が適している。
開けた草原なら射程の長い半自動小銃がいい。
小銃はカラシニコフ系しかない。主にノイリン製カラシニコフとドラグノフ。カラシニコフは7.62×39ミリ弾で、ドラグノフは7.62×51ミリ弾。
海岸からだと森林帯が多いように感じるが、偵察機の映像では草原と森林は相半ばする。
だが、村はすべて森林帯の中にあった。
戦闘があるとすれば……。
彼女の中で結論は出なかった。結局、大は小を兼ねるかもしれないので、ドラグノフを選ぶ。
半田千早は、無条件にRPK軽機関銃を選ぶ。彼女の考えは単純。戦いになったら、弾をばらまけばいい。
アルベルティーナは森が多いのだから、銃を使うにしても近接戦闘になると考えた。
拳銃は15発装填できるシグ・スーパーP226で、このオートマチックは気に入っている。それと、折りたたみ銃床のカラシニコフも使いやすい。
彼女は支給品に満足していた。
キュッラは新大陸に心ときめかせていたが、半田健太はビクついていた。昨夜は、ティラノササウルスみたいな巨大な二足歩行ドラゴンに追いかけられる夢を見た。
深夜に目を覚ますと、寝汗でシーツが湿っていた。寝言を言わなかったかと、それにもビクつく。
舟艇に4輪軽装甲バギーと6輪装甲車を搭載する作業は、船内で行った。
2艇に1輌ずつ載せ、入り江を出て100キロ東進し、浜辺にビーチングする。
ここからは、2輌9人の隊員だけの調査となる。
船上では、エキュレイユ2機が飛行甲板に上げられた。
もし、上陸隊に何かあれば、すぐに救援できるようにするためだ。
同時に、サファリの準備も進められている。予備として搭載されていた2機のサファリも組み立てが始まる。
正規パイロットは、ララとミエリキだが、井澤加奈子とアネリアが、突然「私も飛ぶ」と言い始めたからだ。
実際、偵察機は不足していた。
広域を偵察するには、2機では少なすぎた。だが、サファリの短距離離着陸性能と最大2000キロに達する航続距離は探検において、極めて有効であることは明かだ。
唯一、時速300キロに達しない最高速度には、パイロットたちに不満がある。
「ヘリ並みじゃ、嫌だよ」
これは、ミエリキの発言。
上陸隊2輌は、上陸後南に進むがすぐに険しい地形に出くわす。内陸に入ることができず、海岸線を南東方向に50キロ進む。
ルートを探しながら内陸に入り、北に方向を転じて、キヌエティが停泊する海岸から20キロ内陸にある村を目指す。
何者かに、村が襲撃されたことは明かだ。村の男たちが戦った形跡もある。男の多くが刃物を手に倒れている。
ククリに似たくの字形の片刃刀だが、ククリよりはかなり大きい。刃渡りが50センチくらいある。
襲撃は数日前らしい。
弓矢はあるが、銃器は見当たらない。
女性も戦ったようで、槍を手にしている死体がある。乳児、幼い子供、妊婦まで、容赦なく殺している。
ラダ・ムーは、車外に出ることを禁じた。未知の細菌やウイルスを心配したからだ。病死でないことは確かなのだが、遺体の腐敗が始まっているので、衛生上の問題を案じた。
村のメインストリートは死体が多くて走れないことから、村と森に挟まれた西側の細い道を進む。
西側は木々に覆われた山岳地帯で、ヒトが住む様子はない。
40キロ北の別の村を目指す。この村が最初に発見した村だった。女の子は、この村から入り江奥の海岸までやって来たと推測している。村は入り江のエリアにはあるが、沿岸ではない。海まで10キロ以上ある。
半田千早は、やりきれない思いでいる。村の南端、道の真ん中に、幼い少女が倒れている。
彼女は何度もウマに踏まれている。同じような死体は、過去にも見たことがある。
キュッラが「痛かったね」と呟く。
涙声だが、明確な怒りが混ざっている。
ラダ・ムーから無線で指示が入る。
「防疫に注意して、調査する。
ただし、死体には絶対に触るな。
車輌は路外に出て、村の北で待機。
半田は調査に参加」
半田千早は、マスクを付けて車外に出る。
軽機関銃を抱えた完全装備だ。
6輪装甲車からも3人が降りる。
体格で誰だかわかる。
ラダ・ムー、カート・タイタン、アルベルティーナだ。
アルベルティーナは、ヨランダによると“血飛沫の姫”と呼ばれているそうだ。義父で愛人のブリッドモア辺境伯には、何度も暗殺者が送られている。
暗殺の首謀者は、息子であるカリーだ。ブリッドモア辺境伯領とヴィルヘルム選帝侯領を実質的に支配するカリーは、虜囚の身でありながら半田隼人の後援を得て隠然とした力を見せる父親をどうにかしたかった。
そこで、手っ取り早く殺そうとした。
夫が送った義父への暗殺者は、ことごとくアルベルティーナが仕留めたそうだ。その勘のよさと、圧倒的な強さから“血飛沫の姫”と呼ばれるようになった。
「ひどいな。
私でも、こんな惨い殺し方はしない」
カート・タイタンがアルベルティーナを見る。2人に面識はなく、生活拠点は極度に遠く、互いに噂を聞くような接点もない。
だが、この美形に関して、船の中で聞いた噂は信じがたいものだった。
「フォーク1本で、6人の刺客を殺した」とか「テーブルナイフで首を斬り落とした」など信じがたいものだった。
確かに女性としては大柄だが、ガレリア・ズームのような巨体ではない。
湖水地域のヒトは彼女を「血飛沫の姫」と呼ぶ。
カート・タイタンは、彼女と言葉を交わしたとき「おまえは無敵と聞いたが……」と半笑いで尋ねたが、意外にも「女と戦って負けたことがある。相手はハンダの娘だ」と答えた。
これにも驚く。精霊族が“賢者”の称号を与える小柄な女性が、それほどの腕とは思えない。
だが、フルギアは別の見方をしていた。
「魍魎族を短剣1本で倒した男がいる。
剣聖デュランダル。
その剣聖の弟子と聞いた。ハンダは凄腕と考えたほうがいい」
もう1人気になる女性がいる。
4人の護衛とともに乗船したパウラだ。元王女と聞いて、ただの道楽娘だと思っていたが、乗船しているヴルマンの学者から「クマンの稲妻」という渾名があると聞いた。
キヌエティに乗船している誰も彼もが、とんでもない化け物なのかもしれない、とカート・タイタンは感じ始めていた。
アルベルティーナの隣りに半田千早が立つ。
「広場まで行ってきた。
3人が磔になっていた。
男性老人、10歳くらいの男の子、そして出産間近の妊婦」
「ふん、3人を磔にして、4人を殺したか。効率がいいな」
千早はアルベルティーナ独特の言い回しを無視する。
「どう見る?」
「食料は?」
「穀物蔵は空だった」
「食料を奪ったのは事のついで。
目的は村民の皆殺しだろう」
「磔にした理由は?」
「遊んだのだ。
弱いものをいたぶる趣味があるのだろう。
男の盛りを過ぎた老人、身体ができていない子供、どう足掻いても抵抗できない妊婦。
特に弱いものを選んだ。
だが、ただ弱いだけではなかろう。
3人とも心は強かった。抵抗する心は折れていなかった。だから、残虐な殺し方をしたんだ。
見せしめとして」
凄惨な殺害現場を見た誰の心も重かった。埋葬してあげたいが、村民は数百人もいる。無理なことだった。
下車した4人は、村の北端まで歩き、さらに北に向かい、小川の畔で化学防護服の洗浄を受けた。
半田千早は軽装甲バギーの後部座席に座り、運転をキュッラに任せる。
航空偵察では、次の村はもっと凄惨なはずだ。
道はU字にカーブしていて、進路は北上から南下に変わる。
道は未舗装で狭いが、走りにくくはない。山間に入り、周囲の森がさらに深くなる。
航空偵察では村は発見できたが、道らしいものは確認できなかった。故意か否かはわからないが、森が道を覆い隠しているのだ。
キュッラは前方の視界が唐突に開けたことに驚く。そして、村の北端が見える。
キュッラは軽装甲バギーを路上に止め、その真横に6輪装甲車が停止する。
テシレアは恐怖で息が荒くなっていた。彼女の家は代々、村の産品を輸送する仕事を担っていた。
旅の往路、荷馬車が襲われ、父と兄が死に、郎党の多くも討たれた。
彼女と数人だけが逃げ延びて、村に戻ってきた。だが、村民はいなかった。集会場が焼け落ちていて、黒焦げの死体が数え切れないほどあった。
村には生き残りがいて、他のルテニ族の村に向かったが、そこも襲われていた。他の村にも生き残りがいて、この村に集まっていた。
ルテニ族は2000人以上いたはずだが、いまは30人に満たない。
南から蹄の音が聞こえる。騎馬の大軍だ。
「何でもいい!
武器を集めるんだ!
盾を持て!
盾の壁!」
最年少は10歳、最年長は15歳。
運が味方し、敏捷で機転の利く子供だけが、大虐殺を生き延びた。
騎馬隊の姿は見えないのに、恐怖から後退る。気付けば、村の北端まで下がってしまった。
半田千早は、後席ルーフのハッチを開け、MG3のコッキングレバーを引いていた。
彼女に背を向ける丸い盾を持つ30人の“戦士”たち。剣を持つものは半分。斧や農具、ただの棒きれもいる。木製の盾だけは、全員が持つ。弓はわずか。
ラダ・ムーは「総員警戒」と命じると、野太刀を持って車外に出た。
ガレリア・ズーム、カート・タイタン、アルベルティーナが続く。
半田千早も刀を手に後部ハッチから車外に出る。
すかさず、半田健太が車載機関銃手を交代する。
30人の少年少女は、まだ距離があるためか、背後の異変に気付かない。
南から侵入した騎馬隊は、村の通りに並んだ3層の盾の壁を蹴散らし、北端に向かってくる。
1騎が壁を突き破る際、女の子の髪をつかんで引きずる。その騎兵の腕に男の子がしがみつく。
誰が見ても勇敢な行為だ。
騎馬隊の軍装は立派で、皮と金属でできた胸甲を着けている。冑も金属製。
軽装騎兵だ。
武器は剣と槍。
少女の髪をつかんで引きずる騎兵が剣を抜く。しがみつく男の子を刺す構えだ。
6輪装甲車のルーフに上がっていたパウラは、交戦法規の遵守を誓っていた。
ただ、彼女の判断では、眼前の騎馬は兵ではなく賊だ。村を襲う盗賊だ。ならば、現段階で交戦法規はクリアしている。
ドラグノフを構え、撃つ。
女の子の髪をつかんでいた騎兵の右腕が肘から吹き飛ぶ。
パウラの発射と同時に、車外に出ていた5人が動く。
ラダ・ムーは刃渡り120センチの野太刀を抜くと、先頭のウマの左前足を薙いだ。片足が切断され、ウマが倒れる。
ガレリア・ズームの一撃は、ウマの頸椎を断つ。首は切断できないが、ウマは瞬時に絶命。
カート・タイタンの長剣は、真正面からウマの胸を貫き、心臓を貫通する。
血飛沫姫アルベルティーナは、切迫の気合いとともに1騎の右手首を切断。
半田千早は1騎の右脚太股を、鞘を払うと同時に斬っていた。
30騎の騎馬隊は、一瞬で6騎を失う。
驚いているのは、騎馬隊だけではない。30人の子供たちも恐怖している。
テシレアは知っていた。
しばらく姿を見せなかったが、北のヒトが戻ってきたのだ。冑で耳が隠れているが、彼らは“無動耳族”だ。
ガレリア・ズームは、親切にもパウラが吹き飛ばした剣を握ったままの右腕を本人に返してやった。
声を出して笑いながら!
鞍に置かれた自分の腕を見た騎兵は、恐怖とも憎しみとも判断できない目で、ガレリア・ズームを見ていた。
アルベルティーナは、彼女が切り落とした腕が握る剣を拾い上げる。それを値踏みするように見て「ふん」と鼻を鳴らす。
それを無価値な棒きれのように投げ捨てた。
騎馬隊の指揮官らしき男は、無言だった。負傷者とウマを失った兵を回収すると、すぐに踵を返した。
少し開けた空き地に30人の少年少女と、2輌の装甲車が残された。
少女が大声で問う。
「北のヒトか!」
カート・タイタンが答える。
「そうだ!」
「商いに戻ってきたのか!」
「そうだ!
シルクを買い付けに来た!」
少女がうな垂れる。
「もう、シルクはないよ」
テシレアは、カート・タイタンを見ている。彼だけが、言葉を解するからだ。
だが、彼女も無動耳族の言葉を解する。彼女は無動耳族との商談ために、幼い頃から父や兄とともにシルクの輸送に携わってきた。
「ここにいる30人がルテニ族の生き残りだ。
私は、シルクを高く買ってくれる北のヒトと交易するために、幼い頃から言葉を覚えさせられた。
だけど、ここ数年、北のヒトは来なかった。
シルクを織る部族は多い。
シルクの多くは、南に輸出される。だけど、北のヒトが来たときは別。北のヒトは、とても高く買い取ってくれる。
最高の織物は北のヒトに渡される。
だけど、北のヒトは来なかった……」
半田千早が答える。
「北では、たいへんなことが起きていたんだ。住めなくなってしまい、南に移住していた」
「住めなくなった?
どうして?」
「北にはヒトを食うヒトに似た恐ろしい生き物がいる。
それが、大河を渡って侵入してきたんだ」
「その生き物は知っている。
この海の対岸にもたくさんいる。
恐ろしい生き物だ。私たちは、グールと呼んでいる。
海が私たちを守っている」
「あなたたちを襲ったのは?」
「ティターンだ。
ティターンは南の部族で、巨大な石の建物を造る。そのために奴隷が必要で、奴隷狩りをする。
北辺の部族はシルクを紡ぐので、奴隷にするよりは織子として使うことにしたんだ。
剣を突き付けて、買い叩けばいいのだから。
それに何千キロも離れたこの北辺の地に、軍隊を送り込むにはたくさんの軍費がいるだろうし……。
虐げられはしたけれど、奴隷にされたり、殺されはしなかった」
「いつから変わったの?」
「ティターンの軍隊がやって来てから。
だけど、ティターンが軍を送り込んできた理由は、はっきりしている。
北辺の諸部族がシルクを北のヒトに売り始めたからだ。北のヒトは、シルクを高値で買ってくれる。私たちはシルクの糸を紡ぎ、布を織って、北のヒトがやって来るのを待つようになった。
ティターンには売らなくなった。
それが気に入らないと、軍隊を送ってきたんだ。そして、なぜか北のヒトは突然来なくなった」
半田千早はテシレアの説明と、村の虐殺が結びつかない。シルクの生産が止まれば、侵略者にとっても不利益なはずだ。
そんな疑問をラダ・ムーが吹き飛ばす。
「ここにいては危険だ。
移動しないと」
テシレアが拒否する。
「ここは私たちの村、ここは私たちの土地。
どこにも行かない!」
アルベルティーナが口を挟む。
「それはよい考えじゃ。
我らも足手まといなそなたらを抱えたくはない。
まぁ、私なら父母兄弟の仇を討たぬ前に死ぬ選択はしないが……」
テシレアが気色ばむ。
「何てひどいことを!」
「では、生きることじゃ。
恥をさらし、すべてを失っても、生命があれば巻き返す機会はある。
その覚悟がないものは死ねばよい!」
ラダ・ムーがため息をつく。
「荷馬車があった。
それを牽引していこう」
荷馬車に最年少の男の子が真っ先に乗る。
勇気ある行動だ。そして、彼に全員が続く。
葉村正哉の通信は長かった。現地のヒト科動物と接触し、戦闘になったのだ。説明は簡単ではない。
ラダ・ムーがキヌエティからの命令を伝える。
「北に川がある。高速艇が河口を見つけ、20キロ遡上した。
我々が渡った例の川だ。
そこまで戻る。
ダック2輌と装甲車が加わる。
ダックには、その子たちが乗る。ここで見捨てたら、殺されるだけだからね」
ラダ・ムーに視線が突き刺さる。
「その先だが、300キロ西進して、西岸に出る」
順当な判断だが、テシレアが反対する。
「道は1本だけ。
その道を進めば、ティターンの軍営がある。その軍営は突破できない」
カート・タイタンがラダ・ムーに尋ねる。
「確か、現地住民の依頼があれば、手助けできるんだよな」
ラダ・ムーがカート・タイタンをにらむ。
「あの子が言うには、姉と母親が掠われたそうだ。父親は殺された。
姉と母親を助けて欲しいそうだ」
テシレアが断固否定する。
「そんなことは無理だ!
たぶん、掠われた女たちは軍営に連れていかれた!
チクショウ!
どうにもできない!」
ラダ・ムーは少し考える。
「現地武装勢力との接触は避け、西岸へのルートを探す。
この道は交易路のようだが、テシレアの話では西側で封鎖されているという。
迂回路を探しながら、西へ向かう」
20キロの引き返しは、一切問題なかった。
それよりも、水陸両用トラックと装甲車が到着するまでの2日か3日を川の畔での待機は誰もが危険だと感じた。
ラダ・ムーは、川に沿った別の道を10キロほど北に向かった。そこで川を渡り、林間の空き地にキャンプを設営する。
「キャンプの周囲に人感センサーを設置した」
葉村正哉の説明にラダ・ムーが頷く。
半田千早は葉村正哉が何者か、知りたかった。既知の情報は、年上の女性と付き合っていることくらいだ。
キャンプでは、アルベルティーナの刀が話題になっていた。どう見てもダマスカス鋼だからだ。
それが、夕食時に話題となる。北のヒトの会話は、テシレアが他の子供たちに通訳する。
カート・タイタンが噂になっているアルベルティーナの刀について尋ねる。
「あんたの腰のものは、まさかとは思うがダマスカス鋼か?」
アルベルティーナがニヒルに笑う。
「本物のはずなかろう。
私も探したが、見つからなかった。
まぁ、まがい物ではあるが、まがい物と侮れぬほどの業物だ。
ハンダと刃を交えても負けぬ」
アルベルティーナは、鞘ごとカート・タイタンに渡す。
払った鞘から出た刀身は、木目のような模様がある。ダマスカス鋼の特徴だが、ダマスカス鋼とは言い切れない。
美しい刀身だ。
半田千早は、葉村正哉に話を振る。
「葉村さんの刀は、穴が空いている。
どんな意味があるの?」
葉村正哉は、こともなげに答えた。
「これかい。
バイクのディスクブレークを叩いて延ばして、グラインダーで削って、作ったんだ。
自分で」
確かに、言われてみれば、ディスクブレーキの面影が残っている。
ガレリア・ズームが焚き火を明かりとして、刀身を検分する。
「悪くない刀だ」
刃渡りは50センチほどと短いが、銃とともに持ち歩ける。刀身が長いと、銃か剣かを選ばなくてはならなくなる。
200万年後の世界は、200万年前の18世紀後半から19世紀後半の軍事組織の装備に近い。
長銃と長刀・長剣を併用するからだ。これは、ドラキュロと関係がある。
ドラキュロのクラスターは通常10体程度。1体に2発とすれば、長銃に15発前後、拳銃に6発以上あれば制圧できる。
全弾撃ちつくせば、リロードの余裕はない。最後は刀剣を抜いて、四肢を振るって戦う。
だから、長刀・長剣は必要なのだ。
レバーアクションの14連発ライフル、6連発のリボルバー、50センチから80センチの刀剣が標準的な旅のお供だ。
最初の夜は刀談義で終わった。
そして、無事に二晩目を迎える。
この夜、焚き火を囲んでいると、12歳くらいの女の子が泣いた。
「お母さんに会いたい」
カート・タイタンが、そう通訳する。
襲撃時の様子を見ていた14歳くらいの男の子がいる。彼は魚を捕らえる罠を調べに行っていて、難を逃れた。だが、草むらの中から一部始終を見てしまった。
誰彼なく殺され、特に男の殺害は徹底していた。草むらにいる少年に気付いた老人が、「絶対に姿を見せるな」と言ってその場を離れる。少年を助けるために、重傷を負いながら、石を手にティターンの兵に殴りかかっていったそうだ。
そして、ごく少数の女性だけが連れ去られた。
その目的は、理解している。
アルベルティーナが本質を突く。
「我らが、この争いに介入すれば、ティターンにとって、我らは侵略者だ。
侵略者となる覚悟はあるか、否か。
何をするにしても覚悟が問われる。救世主は救世主たり得たことはない。常に侵略者だった。
物事は、一面だけ見ても仕方ない」
半田千早は、アルベルティーナの言葉を是とした。
「その通りだね。
だけど、ひどいことをするヤツがいて、ひどいことをされる誰かがいるなら、少なくとも助ける努力はしないと。
侵略かどうかは、そのあと考えればいい」
アルベルティーナの“侵略”とは、領土の割譲や略奪だけを言っているのではない。関われば、文化的な接点ができる。そして、文化は破壊されやすい。
彼女は、そのことを言っている。
半田千早も同感だが、いまは苦しんでいる誰かがいるなら助けたかった。
そして、戦いの臭いをかぎ分ける能力は、極めて高かった。
キヌエティの乗員・乗客の全員が、不穏な空気を感じていた。
ラダ・ムーは9人を選んだ。
隊長=ラダ・ムー
通訳=カート・タイタン
通信=葉村正哉
先導=半田千早、キュッラ、半田健太
隊員=ガレリア・ズーム、アルベルティーナ、パウラ
車輌は軽装甲バギーと6輪装甲車だ。個人携帯火器だけでなく、7.62ミリ機関銃とRPG-7擲弾発射機を携行する。
出発の直前、アルベルティーナが半田千早に声をかける。
「偵察の画像を見た。
家は通りに沿って並んでいた。中心付近に広場があった。防壁や濠といった村を守るものがない。ならば、誰も襲わぬ、ということだ。
なのに、誰かに襲われた。
平和が壊されたのだ」
半田千早は、アルベルティーナの分析は正しいと思う。だが、もっと気になることがあった。
アルベルティーナは、半田健太に「お父上の訃報に接している。深くお悔やみを申し上げる」と声をかけた。
だが、千早には何もない。その理由はわかる。かつては、矛を交えている。理解しているだけに、心に引っかかりがあった。
「カートの話だと、盗賊はいるけど、旅人を襲う程度で、村を襲ったりはしないって。
部族間の争いはあるけど、大きな抗争になることは少ないらしい」
「平和だったのだな。
それが、乱された。
その原因を探らねば」
6輪装甲車は2輌ある。ドイツ製フクスとフィンランド製XA-180だ。フィンランド製のほうが車体が大きく、かつ軽い。つまり、装甲が薄い。
どちらもオリジナルのエンジンではないし、車内も改造されている。それでも、原型の特性は受け継いでいる。
ラダ・ムーは軽くて大きいフィンランド製を選んだ。
パウラは銃をどうするか悩んだ。今回の調査・探検では、自弁の銃器は禁止となっている。自弁できる武器は刃物だけ。
森林なら自動小銃が適している。
開けた草原なら射程の長い半自動小銃がいい。
小銃はカラシニコフ系しかない。主にノイリン製カラシニコフとドラグノフ。カラシニコフは7.62×39ミリ弾で、ドラグノフは7.62×51ミリ弾。
海岸からだと森林帯が多いように感じるが、偵察機の映像では草原と森林は相半ばする。
だが、村はすべて森林帯の中にあった。
戦闘があるとすれば……。
彼女の中で結論は出なかった。結局、大は小を兼ねるかもしれないので、ドラグノフを選ぶ。
半田千早は、無条件にRPK軽機関銃を選ぶ。彼女の考えは単純。戦いになったら、弾をばらまけばいい。
アルベルティーナは森が多いのだから、銃を使うにしても近接戦闘になると考えた。
拳銃は15発装填できるシグ・スーパーP226で、このオートマチックは気に入っている。それと、折りたたみ銃床のカラシニコフも使いやすい。
彼女は支給品に満足していた。
キュッラは新大陸に心ときめかせていたが、半田健太はビクついていた。昨夜は、ティラノササウルスみたいな巨大な二足歩行ドラゴンに追いかけられる夢を見た。
深夜に目を覚ますと、寝汗でシーツが湿っていた。寝言を言わなかったかと、それにもビクつく。
舟艇に4輪軽装甲バギーと6輪装甲車を搭載する作業は、船内で行った。
2艇に1輌ずつ載せ、入り江を出て100キロ東進し、浜辺にビーチングする。
ここからは、2輌9人の隊員だけの調査となる。
船上では、エキュレイユ2機が飛行甲板に上げられた。
もし、上陸隊に何かあれば、すぐに救援できるようにするためだ。
同時に、サファリの準備も進められている。予備として搭載されていた2機のサファリも組み立てが始まる。
正規パイロットは、ララとミエリキだが、井澤加奈子とアネリアが、突然「私も飛ぶ」と言い始めたからだ。
実際、偵察機は不足していた。
広域を偵察するには、2機では少なすぎた。だが、サファリの短距離離着陸性能と最大2000キロに達する航続距離は探検において、極めて有効であることは明かだ。
唯一、時速300キロに達しない最高速度には、パイロットたちに不満がある。
「ヘリ並みじゃ、嫌だよ」
これは、ミエリキの発言。
上陸隊2輌は、上陸後南に進むがすぐに険しい地形に出くわす。内陸に入ることができず、海岸線を南東方向に50キロ進む。
ルートを探しながら内陸に入り、北に方向を転じて、キヌエティが停泊する海岸から20キロ内陸にある村を目指す。
何者かに、村が襲撃されたことは明かだ。村の男たちが戦った形跡もある。男の多くが刃物を手に倒れている。
ククリに似たくの字形の片刃刀だが、ククリよりはかなり大きい。刃渡りが50センチくらいある。
襲撃は数日前らしい。
弓矢はあるが、銃器は見当たらない。
女性も戦ったようで、槍を手にしている死体がある。乳児、幼い子供、妊婦まで、容赦なく殺している。
ラダ・ムーは、車外に出ることを禁じた。未知の細菌やウイルスを心配したからだ。病死でないことは確かなのだが、遺体の腐敗が始まっているので、衛生上の問題を案じた。
村のメインストリートは死体が多くて走れないことから、村と森に挟まれた西側の細い道を進む。
西側は木々に覆われた山岳地帯で、ヒトが住む様子はない。
40キロ北の別の村を目指す。この村が最初に発見した村だった。女の子は、この村から入り江奥の海岸までやって来たと推測している。村は入り江のエリアにはあるが、沿岸ではない。海まで10キロ以上ある。
半田千早は、やりきれない思いでいる。村の南端、道の真ん中に、幼い少女が倒れている。
彼女は何度もウマに踏まれている。同じような死体は、過去にも見たことがある。
キュッラが「痛かったね」と呟く。
涙声だが、明確な怒りが混ざっている。
ラダ・ムーから無線で指示が入る。
「防疫に注意して、調査する。
ただし、死体には絶対に触るな。
車輌は路外に出て、村の北で待機。
半田は調査に参加」
半田千早は、マスクを付けて車外に出る。
軽機関銃を抱えた完全装備だ。
6輪装甲車からも3人が降りる。
体格で誰だかわかる。
ラダ・ムー、カート・タイタン、アルベルティーナだ。
アルベルティーナは、ヨランダによると“血飛沫の姫”と呼ばれているそうだ。義父で愛人のブリッドモア辺境伯には、何度も暗殺者が送られている。
暗殺の首謀者は、息子であるカリーだ。ブリッドモア辺境伯領とヴィルヘルム選帝侯領を実質的に支配するカリーは、虜囚の身でありながら半田隼人の後援を得て隠然とした力を見せる父親をどうにかしたかった。
そこで、手っ取り早く殺そうとした。
夫が送った義父への暗殺者は、ことごとくアルベルティーナが仕留めたそうだ。その勘のよさと、圧倒的な強さから“血飛沫の姫”と呼ばれるようになった。
「ひどいな。
私でも、こんな惨い殺し方はしない」
カート・タイタンがアルベルティーナを見る。2人に面識はなく、生活拠点は極度に遠く、互いに噂を聞くような接点もない。
だが、この美形に関して、船の中で聞いた噂は信じがたいものだった。
「フォーク1本で、6人の刺客を殺した」とか「テーブルナイフで首を斬り落とした」など信じがたいものだった。
確かに女性としては大柄だが、ガレリア・ズームのような巨体ではない。
湖水地域のヒトは彼女を「血飛沫の姫」と呼ぶ。
カート・タイタンは、彼女と言葉を交わしたとき「おまえは無敵と聞いたが……」と半笑いで尋ねたが、意外にも「女と戦って負けたことがある。相手はハンダの娘だ」と答えた。
これにも驚く。精霊族が“賢者”の称号を与える小柄な女性が、それほどの腕とは思えない。
だが、フルギアは別の見方をしていた。
「魍魎族を短剣1本で倒した男がいる。
剣聖デュランダル。
その剣聖の弟子と聞いた。ハンダは凄腕と考えたほうがいい」
もう1人気になる女性がいる。
4人の護衛とともに乗船したパウラだ。元王女と聞いて、ただの道楽娘だと思っていたが、乗船しているヴルマンの学者から「クマンの稲妻」という渾名があると聞いた。
キヌエティに乗船している誰も彼もが、とんでもない化け物なのかもしれない、とカート・タイタンは感じ始めていた。
アルベルティーナの隣りに半田千早が立つ。
「広場まで行ってきた。
3人が磔になっていた。
男性老人、10歳くらいの男の子、そして出産間近の妊婦」
「ふん、3人を磔にして、4人を殺したか。効率がいいな」
千早はアルベルティーナ独特の言い回しを無視する。
「どう見る?」
「食料は?」
「穀物蔵は空だった」
「食料を奪ったのは事のついで。
目的は村民の皆殺しだろう」
「磔にした理由は?」
「遊んだのだ。
弱いものをいたぶる趣味があるのだろう。
男の盛りを過ぎた老人、身体ができていない子供、どう足掻いても抵抗できない妊婦。
特に弱いものを選んだ。
だが、ただ弱いだけではなかろう。
3人とも心は強かった。抵抗する心は折れていなかった。だから、残虐な殺し方をしたんだ。
見せしめとして」
凄惨な殺害現場を見た誰の心も重かった。埋葬してあげたいが、村民は数百人もいる。無理なことだった。
下車した4人は、村の北端まで歩き、さらに北に向かい、小川の畔で化学防護服の洗浄を受けた。
半田千早は軽装甲バギーの後部座席に座り、運転をキュッラに任せる。
航空偵察では、次の村はもっと凄惨なはずだ。
道はU字にカーブしていて、進路は北上から南下に変わる。
道は未舗装で狭いが、走りにくくはない。山間に入り、周囲の森がさらに深くなる。
航空偵察では村は発見できたが、道らしいものは確認できなかった。故意か否かはわからないが、森が道を覆い隠しているのだ。
キュッラは前方の視界が唐突に開けたことに驚く。そして、村の北端が見える。
キュッラは軽装甲バギーを路上に止め、その真横に6輪装甲車が停止する。
テシレアは恐怖で息が荒くなっていた。彼女の家は代々、村の産品を輸送する仕事を担っていた。
旅の往路、荷馬車が襲われ、父と兄が死に、郎党の多くも討たれた。
彼女と数人だけが逃げ延びて、村に戻ってきた。だが、村民はいなかった。集会場が焼け落ちていて、黒焦げの死体が数え切れないほどあった。
村には生き残りがいて、他のルテニ族の村に向かったが、そこも襲われていた。他の村にも生き残りがいて、この村に集まっていた。
ルテニ族は2000人以上いたはずだが、いまは30人に満たない。
南から蹄の音が聞こえる。騎馬の大軍だ。
「何でもいい!
武器を集めるんだ!
盾を持て!
盾の壁!」
最年少は10歳、最年長は15歳。
運が味方し、敏捷で機転の利く子供だけが、大虐殺を生き延びた。
騎馬隊の姿は見えないのに、恐怖から後退る。気付けば、村の北端まで下がってしまった。
半田千早は、後席ルーフのハッチを開け、MG3のコッキングレバーを引いていた。
彼女に背を向ける丸い盾を持つ30人の“戦士”たち。剣を持つものは半分。斧や農具、ただの棒きれもいる。木製の盾だけは、全員が持つ。弓はわずか。
ラダ・ムーは「総員警戒」と命じると、野太刀を持って車外に出た。
ガレリア・ズーム、カート・タイタン、アルベルティーナが続く。
半田千早も刀を手に後部ハッチから車外に出る。
すかさず、半田健太が車載機関銃手を交代する。
30人の少年少女は、まだ距離があるためか、背後の異変に気付かない。
南から侵入した騎馬隊は、村の通りに並んだ3層の盾の壁を蹴散らし、北端に向かってくる。
1騎が壁を突き破る際、女の子の髪をつかんで引きずる。その騎兵の腕に男の子がしがみつく。
誰が見ても勇敢な行為だ。
騎馬隊の軍装は立派で、皮と金属でできた胸甲を着けている。冑も金属製。
軽装騎兵だ。
武器は剣と槍。
少女の髪をつかんで引きずる騎兵が剣を抜く。しがみつく男の子を刺す構えだ。
6輪装甲車のルーフに上がっていたパウラは、交戦法規の遵守を誓っていた。
ただ、彼女の判断では、眼前の騎馬は兵ではなく賊だ。村を襲う盗賊だ。ならば、現段階で交戦法規はクリアしている。
ドラグノフを構え、撃つ。
女の子の髪をつかんでいた騎兵の右腕が肘から吹き飛ぶ。
パウラの発射と同時に、車外に出ていた5人が動く。
ラダ・ムーは刃渡り120センチの野太刀を抜くと、先頭のウマの左前足を薙いだ。片足が切断され、ウマが倒れる。
ガレリア・ズームの一撃は、ウマの頸椎を断つ。首は切断できないが、ウマは瞬時に絶命。
カート・タイタンの長剣は、真正面からウマの胸を貫き、心臓を貫通する。
血飛沫姫アルベルティーナは、切迫の気合いとともに1騎の右手首を切断。
半田千早は1騎の右脚太股を、鞘を払うと同時に斬っていた。
30騎の騎馬隊は、一瞬で6騎を失う。
驚いているのは、騎馬隊だけではない。30人の子供たちも恐怖している。
テシレアは知っていた。
しばらく姿を見せなかったが、北のヒトが戻ってきたのだ。冑で耳が隠れているが、彼らは“無動耳族”だ。
ガレリア・ズームは、親切にもパウラが吹き飛ばした剣を握ったままの右腕を本人に返してやった。
声を出して笑いながら!
鞍に置かれた自分の腕を見た騎兵は、恐怖とも憎しみとも判断できない目で、ガレリア・ズームを見ていた。
アルベルティーナは、彼女が切り落とした腕が握る剣を拾い上げる。それを値踏みするように見て「ふん」と鼻を鳴らす。
それを無価値な棒きれのように投げ捨てた。
騎馬隊の指揮官らしき男は、無言だった。負傷者とウマを失った兵を回収すると、すぐに踵を返した。
少し開けた空き地に30人の少年少女と、2輌の装甲車が残された。
少女が大声で問う。
「北のヒトか!」
カート・タイタンが答える。
「そうだ!」
「商いに戻ってきたのか!」
「そうだ!
シルクを買い付けに来た!」
少女がうな垂れる。
「もう、シルクはないよ」
テシレアは、カート・タイタンを見ている。彼だけが、言葉を解するからだ。
だが、彼女も無動耳族の言葉を解する。彼女は無動耳族との商談ために、幼い頃から父や兄とともにシルクの輸送に携わってきた。
「ここにいる30人がルテニ族の生き残りだ。
私は、シルクを高く買ってくれる北のヒトと交易するために、幼い頃から言葉を覚えさせられた。
だけど、ここ数年、北のヒトは来なかった。
シルクを織る部族は多い。
シルクの多くは、南に輸出される。だけど、北のヒトが来たときは別。北のヒトは、とても高く買い取ってくれる。
最高の織物は北のヒトに渡される。
だけど、北のヒトは来なかった……」
半田千早が答える。
「北では、たいへんなことが起きていたんだ。住めなくなってしまい、南に移住していた」
「住めなくなった?
どうして?」
「北にはヒトを食うヒトに似た恐ろしい生き物がいる。
それが、大河を渡って侵入してきたんだ」
「その生き物は知っている。
この海の対岸にもたくさんいる。
恐ろしい生き物だ。私たちは、グールと呼んでいる。
海が私たちを守っている」
「あなたたちを襲ったのは?」
「ティターンだ。
ティターンは南の部族で、巨大な石の建物を造る。そのために奴隷が必要で、奴隷狩りをする。
北辺の部族はシルクを紡ぐので、奴隷にするよりは織子として使うことにしたんだ。
剣を突き付けて、買い叩けばいいのだから。
それに何千キロも離れたこの北辺の地に、軍隊を送り込むにはたくさんの軍費がいるだろうし……。
虐げられはしたけれど、奴隷にされたり、殺されはしなかった」
「いつから変わったの?」
「ティターンの軍隊がやって来てから。
だけど、ティターンが軍を送り込んできた理由は、はっきりしている。
北辺の諸部族がシルクを北のヒトに売り始めたからだ。北のヒトは、シルクを高値で買ってくれる。私たちはシルクの糸を紡ぎ、布を織って、北のヒトがやって来るのを待つようになった。
ティターンには売らなくなった。
それが気に入らないと、軍隊を送ってきたんだ。そして、なぜか北のヒトは突然来なくなった」
半田千早はテシレアの説明と、村の虐殺が結びつかない。シルクの生産が止まれば、侵略者にとっても不利益なはずだ。
そんな疑問をラダ・ムーが吹き飛ばす。
「ここにいては危険だ。
移動しないと」
テシレアが拒否する。
「ここは私たちの村、ここは私たちの土地。
どこにも行かない!」
アルベルティーナが口を挟む。
「それはよい考えじゃ。
我らも足手まといなそなたらを抱えたくはない。
まぁ、私なら父母兄弟の仇を討たぬ前に死ぬ選択はしないが……」
テシレアが気色ばむ。
「何てひどいことを!」
「では、生きることじゃ。
恥をさらし、すべてを失っても、生命があれば巻き返す機会はある。
その覚悟がないものは死ねばよい!」
ラダ・ムーがため息をつく。
「荷馬車があった。
それを牽引していこう」
荷馬車に最年少の男の子が真っ先に乗る。
勇気ある行動だ。そして、彼に全員が続く。
葉村正哉の通信は長かった。現地のヒト科動物と接触し、戦闘になったのだ。説明は簡単ではない。
ラダ・ムーがキヌエティからの命令を伝える。
「北に川がある。高速艇が河口を見つけ、20キロ遡上した。
我々が渡った例の川だ。
そこまで戻る。
ダック2輌と装甲車が加わる。
ダックには、その子たちが乗る。ここで見捨てたら、殺されるだけだからね」
ラダ・ムーに視線が突き刺さる。
「その先だが、300キロ西進して、西岸に出る」
順当な判断だが、テシレアが反対する。
「道は1本だけ。
その道を進めば、ティターンの軍営がある。その軍営は突破できない」
カート・タイタンがラダ・ムーに尋ねる。
「確か、現地住民の依頼があれば、手助けできるんだよな」
ラダ・ムーがカート・タイタンをにらむ。
「あの子が言うには、姉と母親が掠われたそうだ。父親は殺された。
姉と母親を助けて欲しいそうだ」
テシレアが断固否定する。
「そんなことは無理だ!
たぶん、掠われた女たちは軍営に連れていかれた!
チクショウ!
どうにもできない!」
ラダ・ムーは少し考える。
「現地武装勢力との接触は避け、西岸へのルートを探す。
この道は交易路のようだが、テシレアの話では西側で封鎖されているという。
迂回路を探しながら、西へ向かう」
20キロの引き返しは、一切問題なかった。
それよりも、水陸両用トラックと装甲車が到着するまでの2日か3日を川の畔での待機は誰もが危険だと感じた。
ラダ・ムーは、川に沿った別の道を10キロほど北に向かった。そこで川を渡り、林間の空き地にキャンプを設営する。
「キャンプの周囲に人感センサーを設置した」
葉村正哉の説明にラダ・ムーが頷く。
半田千早は葉村正哉が何者か、知りたかった。既知の情報は、年上の女性と付き合っていることくらいだ。
キャンプでは、アルベルティーナの刀が話題になっていた。どう見てもダマスカス鋼だからだ。
それが、夕食時に話題となる。北のヒトの会話は、テシレアが他の子供たちに通訳する。
カート・タイタンが噂になっているアルベルティーナの刀について尋ねる。
「あんたの腰のものは、まさかとは思うがダマスカス鋼か?」
アルベルティーナがニヒルに笑う。
「本物のはずなかろう。
私も探したが、見つからなかった。
まぁ、まがい物ではあるが、まがい物と侮れぬほどの業物だ。
ハンダと刃を交えても負けぬ」
アルベルティーナは、鞘ごとカート・タイタンに渡す。
払った鞘から出た刀身は、木目のような模様がある。ダマスカス鋼の特徴だが、ダマスカス鋼とは言い切れない。
美しい刀身だ。
半田千早は、葉村正哉に話を振る。
「葉村さんの刀は、穴が空いている。
どんな意味があるの?」
葉村正哉は、こともなげに答えた。
「これかい。
バイクのディスクブレークを叩いて延ばして、グラインダーで削って、作ったんだ。
自分で」
確かに、言われてみれば、ディスクブレーキの面影が残っている。
ガレリア・ズームが焚き火を明かりとして、刀身を検分する。
「悪くない刀だ」
刃渡りは50センチほどと短いが、銃とともに持ち歩ける。刀身が長いと、銃か剣かを選ばなくてはならなくなる。
200万年後の世界は、200万年前の18世紀後半から19世紀後半の軍事組織の装備に近い。
長銃と長刀・長剣を併用するからだ。これは、ドラキュロと関係がある。
ドラキュロのクラスターは通常10体程度。1体に2発とすれば、長銃に15発前後、拳銃に6発以上あれば制圧できる。
全弾撃ちつくせば、リロードの余裕はない。最後は刀剣を抜いて、四肢を振るって戦う。
だから、長刀・長剣は必要なのだ。
レバーアクションの14連発ライフル、6連発のリボルバー、50センチから80センチの刀剣が標準的な旅のお供だ。
最初の夜は刀談義で終わった。
そして、無事に二晩目を迎える。
この夜、焚き火を囲んでいると、12歳くらいの女の子が泣いた。
「お母さんに会いたい」
カート・タイタンが、そう通訳する。
襲撃時の様子を見ていた14歳くらいの男の子がいる。彼は魚を捕らえる罠を調べに行っていて、難を逃れた。だが、草むらの中から一部始終を見てしまった。
誰彼なく殺され、特に男の殺害は徹底していた。草むらにいる少年に気付いた老人が、「絶対に姿を見せるな」と言ってその場を離れる。少年を助けるために、重傷を負いながら、石を手にティターンの兵に殴りかかっていったそうだ。
そして、ごく少数の女性だけが連れ去られた。
その目的は、理解している。
アルベルティーナが本質を突く。
「我らが、この争いに介入すれば、ティターンにとって、我らは侵略者だ。
侵略者となる覚悟はあるか、否か。
何をするにしても覚悟が問われる。救世主は救世主たり得たことはない。常に侵略者だった。
物事は、一面だけ見ても仕方ない」
半田千早は、アルベルティーナの言葉を是とした。
「その通りだね。
だけど、ひどいことをするヤツがいて、ひどいことをされる誰かがいるなら、少なくとも助ける努力はしないと。
侵略かどうかは、そのあと考えればいい」
アルベルティーナの“侵略”とは、領土の割譲や略奪だけを言っているのではない。関われば、文化的な接点ができる。そして、文化は破壊されやすい。
彼女は、そのことを言っている。
半田千早も同感だが、いまは苦しんでいる誰かがいるなら助けたかった。
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