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第7章
07-189 空対空爆撃
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カナリア諸島沖航空戦がヒト属のアフリカ移住の成否を決める分水嶺になると、最初に気付いたのはドミヤート地区の城島由加だった。
ほぼ同時に区長であるデュランダルも気付いた。
デュランダルは、隣家である城島由加の自宅に駆け込んだ。
「ユカ、王冠湾が飛行機を派遣した。
数時間後には、カナリア諸島付近で迎撃戦が始まる。
が……、この戦いはいつもの小競り合いじゃない気がする。
運命を決める決戦かもしれない」
「区長、さっきフィーに電話したんだけど、彼女も同じことを言っていた。
出撃可能な全機を出したほうがいいって……。
私もそう思う」
「よし、出せる機は全部出す。
タザリンにも連絡する。
一緒に来てくれ」
城島由加は、預かっている何人かの子の顔を見る。
一番、年長の子が「おばちゃん、行っていいよ。私がご飯の支度するから」と。
ベルタはエプロンをしたまま家から出てきた。3人は飛行場に向かった。
飛行場では情報が錯綜している。
王冠湾の船がカナリア諸島の西方300キロ付近で強い誘導電波を発信していること。
クフラックの船が50隻以上の飛行船をレーダーで探知したとする無線を発し、それを傍受していた。
デュランダルが「出せる機を全部出そう」と言い、城島が「天下分け目の合戦になる」と継いだ。
フィー・ニュンだけが違った。
「無理よ。
洋上を2000キロも飛んで、戦場に行くなんて。
仮にできたとしても、燃料が足りない。空戦は無理。カナリア諸島を経由していたら、戦いに間に合わない」
ベルタが空を見る。
「王冠湾に任せるしかない?」
フィー・ニュンが頷く。
「王冠湾の飛行機が異常なほど長距離を飛べることは知っていたけど、こういうことなのね。
今回は王冠湾に花を持たせましょう」
結局、ドミヤートとタザリン両地区は、カナリア諸島への緊急増派を諦めた。
対空武装船ハンマーヘッドは、複数の25メートル級飛行船から猛攻撃を受けていた。
すでにロケット弾を撃ちつくし、105ミリ主砲と連装40ミリ機関砲、両舷にある手動操作の20ミリリボルバーカノンだけが奮戦している。
ハンマーヘッドは最大船速で機動しているが、この海域からは離れない。
金平彩華は感じていた。
「ハンマーヘッドが手長族を誘引している」
セロには、必死に戦うヒトに誘引される傾向がある。当初、航路上の邪魔者であるヒトの船を沈めようとしただけだったが、ハンマーヘッドが25メートル級飛行船3隻を大破させると、様相が一変する。
ハンマーヘッドを狩ろうと、マデイラ諸島のセロが躍起になり始めたのだ。
アゾレス諸島を発した大船団もこの海域を通過する。
ヒトを見たら殺したがるセロの特性から、この船団もハンマーヘッドを見逃したりはしない。
セロにヒト的合理性はない。
船形が小さく、機動性が高く、高速のハンマーヘッドを、緩慢な飛行船では捕捉できない。
至近弾は数十を数えるが、命中弾は1発もない。だが、一瞬でも気を抜けない操船は、限界に近付きつつあった。
砲弾、機関砲弾にも限りがある。無尽蔵ではない。
飛行船は飛行機と異なり、空中で静止したり、後進ができる。だが、船体が巨大なので、簡単には行き足が止まらない。
たった1隻のヒトの船を追いかけている飛行船同士がたびたび接触する様子が観察できた。
数隻が団子状態になることも。
ミエリキはくじらちゃんに、航空機搭載用のロケット弾を積み込んでいる。
機関銃弾も積み込んだが、到底足りる量ではない。ドミヤートとタザリン両地区に支援を要請したが、何も届いていない。
積載可能量の半分しか積めなかった。
ミエリキは泣き出したかった。
「援軍だ!」
船橋にいる1人の見張りが、大声を発する。
長宗が双眼鏡を覗く。
低空を高速で接近する編隊が見える。
土井将馬は、正面に見える25メートル級飛行船に狙いを定める。
「花山さん、装填して!」
花山が105ミリ榴弾を装填する。
「装填完了!」
土井は浮体に向けて発射する。だが、その直後、飛行船が爆弾を投下したことで数メートルだけ急上昇する。
砲弾はゴンドラの直下で爆発する。近接信管が反応したのだ。ゴンドラが真ん中から折れて、海上に落下していく。浮体だけとなった飛行船がフラフラと上昇していく。
着水している飛行船は3隻。対空武装船ハンマーヘッドが不時着水させていた。
王冠湾のターボマスタングは、新たな獲物に襲いかかる。アゾレス諸島を発した飛行船団がやって来たのだ。
先導機は任務を終えると、カナリア諸島に向かった。
そして、西300キロの洋上で空戦が始まっていることを知らせる無線を発する。
カナリア諸島では意見が割れた。いままでと同様に諸島の上空で防空すべきだ、とする意見と、洋上迎撃に参加すべきだ、との積極論だ。
結局、カナリア諸島の航空隊は動かなかった。
ドミヤートとタザリン両地区の計8機だけが、この迎撃戦に参加することとなった。
カナリア諸島の航空隊は、単発のスーパーツカノと双発双胴のブロンコという優れた機種を装備しているのに、島上空での防空戦にこだわった。
パイロットの生命を惜しんだからだ。
ロケット弾を撃ちつくしたターボマスタングが続々とカナリア諸島の飛行場に着陸する。
ロケット弾と燃料を補給すると、再度、離陸していく。
それに刺激されて、カラバッシュの戦闘機隊が出撃を表明。カラバッシュはクフラック主導の連邦に参加しているが、軍の指揮権は独立している。
カラバッシュの単発複座レシプロ戦闘機が離陸を開始する。
戦闘空域はヒトの飛行機とセロの飛行船で、混乱の極みにあった。
しかも、海上からも砲撃されている。
そして、ヒトは負けていなかった。カラバッシュの戦闘機が参戦すると、一気に形勢が変わる。
クフラックの救命艇が不時着水したターボコブラのパイロットを救助している。
その救命艇に向けて、爆弾が投下される。巨大な水柱が上がり、救命艇が木の葉のように揺れる。
投弾した飛行船にカラバッシュの戦闘機がロケット弾を撃ち込む。
土井機は、105ミリ砲弾を撃ち切っていた。だが、その戦果は大きく、25メートル級1隻を不時着水させ、1隻を操縦不能にしている。
さらに最大の250メートル級1隻のゴンドラを完全に破壊し、別の1隻の浮体に巨大な穴を開けていた。
3時間に及ぶ空中戦は、戦果をどう判断すべきか悩ませる。
セロには不時着水した浮体を回収する余裕があった。
ヒトはセロのカナリア諸島大空襲を阻止した。多数の飛行船を行動不能にもできた。目的を防いだだけでなく、打撃をも与えたのだ。
しかも、ヒト側は軽傷者が多数いるが、重傷者と戦死者はいない。
考えようによっては、ヒトの圧勝と言えた。
だが、セロの戦力を殲滅できたわけではない。
クフラックの指導者ジャンヌの怒りは、まさに“怒髪天を衝く”だ。
カナリア諸島航空隊の指揮官は、戦いに参加しなかった責任を戦闘機隊の指揮官に押し付けた。
だが、戦闘機隊だけでなく、攻撃隊も出撃していない。
航空隊の指揮官が独断で攻撃を認めなかったことは確実だった。
このゴタゴタを飛行場で各国のパイロットは見せつけられた。飛行隊指揮官は状況を把握できていなかったし、島の空を守る必要もあった。出撃を許可しない合理的理由はあった。
しかし、偵察機さえ出さなかった理由にはならない。
ジャンヌは「クフラックの恥だ!」と罵倒して、その場で指揮官職を解いた。
その夜、花山真弓はジャンヌから食事に招かれた。
「着ていく服がない」
花山真弓が断りを使者に伝えるが、使者は「戦着で結構だ」と受け付けない。仕方なく、花山は招きに応じることにする。
「王冠湾の戦女神殿。
お待たせした」
ジャンヌが着席を勧め、花山が従う。時間をおかず、ジャンヌが着席する。
ワインと前菜が運ばれ、メインディッシュは魚料理だった。
普段通りの質素な食事なのか、ご馳走なのかいまひとつわからないメニューだ。
食事中は世間話だけ。世間話で、ジャンヌが明確に反応した瞬間があった。
「パートナーはおられるのか?」
花山よりは明確に若いジャンヌのぶしつけな問いに、どう答えるか一瞬迷う。
「香野木恵一郎がパートナーだ」
香野木の名に驚いたのか、ジャンヌがフォークを皿に落とす。カチャッと音がする。
「不作法をした」
彼女の声がわずかだが震えていた。香野木を知っているようだ。彼を知っているというだけで、ただ者ではない。
「王冠湾は、今後もバンジェル島の支配下にであり続けるつもりか?」
ジャンヌの問いは、明確な意味がある。バンジェル島の政権が揺らいでいるからだ。
「王冠湾は、高度な自治を認められている。単純にバンジェル島の支配下にあるわけではない。
統治機構の改革は必要だろうが、それほど危機的でもない。自治体の緩やかな集合と考えればいい。
そのほうが、私たちには都合がいい」
「ハナヤマ殿、どんな都合か?」
「私たちの指導者、香野木はへそ曲がりでね。
誰の下にも付かない。かなり厄介な人物。
バンジェル島臨時政府は、私たちに優しくはなかった。クマンは親切だったけど……。
香野木はクマンの誘いを断って、何もない王冠湾を拠点に選んだ。理由は、臨時政府が私たちに無関心だったから。
クマンに取り込まれるよりも、独立独歩を選んだ。
困難を承知で……」
「コウノギ殿はへそが曲がっているのか?」
「とんでもなく曲がっている」
「噂では口から出任せを堂々と主張し、辻褄を合わせて真実にすると聞く」
「他者にすれば戯言にしか聞こえないだろうが、香野木には確信がある」
「……で、あろうな。
不可能と思えることをいくつも実現している。
黒魔族との講和。
その移住。
東方フルギア棄民の移住。
棄民のための西サハラ湖北岸開拓。
どれ1つとっても簡単ではない。
しかし、貴殿たちの指導者ではなかろう?」
「ジャンヌさん、香野木は私たちの指導者であることは間違いない。香野木が描く壮大な計画の中で、私たちは動いている。
井澤貞之や長宗元親も同じだ」
「イザワ殿、ナガムネ殿は、真の豪者(えらもの)。コウノギ殿の下に付くような人物ではあるまい」
「それは、2人に聞いてほしい。
だが、私たちの立場に上下はない。
全員が平等だ」
「平等?
あり得ぬ」
「だが、事実だ」
「……」
「バンジェル島は、今後大きくかわっていく。変えるのは香野木だ」
「どう変わる?」
「それは、香野木しか知らない」
「……。
ハナヤマ殿、いい話をいただいた。
今後ともよしなに」
王冠湾が主導したカナリア諸島沖航空戦の出来事は、瞬く間にヒト属社会に広まった。
王冠湾という地名だけでも、ヒト属に知られることは重要なことだった。それが、交易の成果につながるからだ。
カナリア諸島沖航空戦から全機・全船が帰還すると、王冠湾ではアゾレス諸島攻略戦の準備が始まる。
アゾレス諸島を落とさないと、西アフリカの危機が続くからだ。また、アゾレス諸島を落とせば、マデイラ諸島は孤立し、自動的に無力化する。アゾレス諸島の陥落によって、北東大西洋をヒトの勢力圏に組み込める。
しかし、カナリア諸島からアゾレス諸島まで1300キロ以上ある。ヒトは、爆装した状態で往復できる航空機を保有していない。
王冠湾が入手したハボックは計算上、爆弾1トンを積んで3300キロ飛行できる。しかし、3機すべてを改造投入しても爆弾3トンにしかならない。
3トンでは、飛行船の係留・整備施設の破壊は無理だ。
少数機で攻撃するならば、反復攻撃しかない。少数機での隔日攻撃では、嫌がらせにしかならない。
それは、王冠湾の首脳部の共通した見解だった。
この時期、王冠湾は製造系の整理・統合・分割を行った。
王冠湾製造会社を頂点とし、造船部、航空部、車輌部、造機部、造兵部の5部門となった。
正確ではないが、持ち株会社と事業会社との関係に似ている。
王冠湾製造会社のトップは井澤貞之で、造船部は長宗元親、航空部は土井将馬、車輌部は加賀谷真梨、造機部は畠野史子、造兵部は奥宮要介が担った。
この6人に花山真弓を加えた7人が、王冠湾の将来を決める非公式会議のメンバーだった。
この7人は、秘密会議を日曜の朝に開催している。
「畠野さん、どう?」
土井の問いに畠野は身を固くした。
「信頼性と実用性は確保できた。
でも、当初計画していたエンジンジェットとは異なるかな。
アフターバーナー付きダクテッドファンといった感じ。
自動車用ガソリンエンジンでファンを駆動し、このファンが遠心式圧縮機の役目をして、圧縮した空気を燃焼室に送り込む。
ガソリンエンジンは巡航で1分間に6000回転で、タービンは10倍速の6万回転になる。ジェットエンジンとしては十分な回転数じゃないから、ファンの推力を合算しなければならない。
ターボファンに似ているけど、構造はずっと簡単。
その燃焼室に燃料を噴射して、点火すればジェットエンジンになるわけだけど、推力の半分はファンが生み出している。燃焼ガスの噴射による推力は、計画ほど得られなかった。
推力は300キロほどで、計画通りなんだけど……」
花山が心配顔で尋ねる。
「予定通り、1トンの弾頭は積めるの?」
土井が答える。
「大丈夫。仕組みはどうあれ、推力が計画通りなら、1トンの弾頭を積めるよ」
井澤貞之が腕を組む。
「船から撃つか、飛行機から落とすか」
長宗が持論を展開。
「いまのところ飛行機は数が限られる。
貨物船に発射機を備えて、島まで300キロまで接近して撃つ。
発射後は、空から誘導する」
今日は金平彩華が参加していた。
「手動指令照準線一致誘導方式は、完成している。私たちの準備は整っている」
土井が「機体なら50機が完成している」と告げ、奥宮が「弾頭も50発用意したよ」と。
畠野は「香野木さんが4気筒のガソリンエンジンを80基送ってくれたから、1週間あれば10基は造れるよ」と、全員に目を向ける。
井澤が「香野木さんの判断次第だね」と最終判断を避けると、全員がため息をつく。
土井が製造した自力飛行誘導弾は、簡単な構造の固定翼機だった。全体は上下に機体のようなものがあり、下部機体と上部機体の間に主翼がある。上部機体は円筒形で全長の半分ほど。高さを減じるために単純な矩形の双垂直尾翼が下部機体に付いている。
土井は「日本初のミサイル、イ号乙型誘導弾を大型化した」と説明するが、その名を誰も知らなかった。
誘導弾は地上・船上発射すると、高度300メートルまで上昇し、300キロから500キロ飛行して目標に突入する。
貨物船の甲板に長大な火薬式カタパルトを装備して、短時間に10発の誘導弾を発射する。航空機1機で10発を誘導できる。
つまり、1隻と1機で10トンの爆弾を敵地上空まで運べるわけだ。
誘導機にはハボックを使う。ハボックの後部座席から目標上空まで誘導する。目標への最終誘導は、機首部の座席から。
王冠湾は、この攻撃に際してカナリア諸島のクフラック政府に協力を求めたが、あっさりと拒否されてしまった。
理由は「当面の脅威は去った」だが、王冠湾の所業に遺恨があることは明白だった。
敵地攻撃は、放棄しなくてはならなかった。
結城光二が「空対空では使えないの?」と。
畠野が「空対空で使うには、もっと速度が必要だから、ターボジェットに換装しないと」と。畠野は、200万年後に持ち込んだP2Jネプチューンの補助エンジンである軸流1段タービン8段圧縮のJ3-IHI-7Cならば製造可能と判断していた。
しかし、開発には相応の時間がかかる。
そこで、固体ロケットを使うことに決まる。推力800キロの火薬式ロケットモーターを機体内後部に4基、機体外にブースターとして4基を取り付ける。
投下後、0.5秒で安全装置が外れ、1.5秒後にブースターに点火。水平飛行で時速600キロまで加速してブースターを投棄、以後、順次機体内の主ロケットモーターに点火していく。
最終的には降下滑空しながら目標に突入する。最終的には時速800キロに達する。動力による飛行は60キロ。射程距離は投下高度によって異なる。
誘導弾の開発は紆余曲折があったが、最大の原因はどう運用するかにあった。
敵基地攻撃から空対空へと用途が変わり、それに伴って弾頭威力にも変化があった。対地攻撃なら1トンの弾頭が必要だが、飛行船が目標ならその半分でも十分な効果がある。
この朝の秘密会議は珍しく紛糾した。
口火を切ったのは土井将馬だった。
「大西洋上でセロの飛行船を撃破するなら、500キロの弾頭が必要。
500キロ弾頭のロケット弾を懸吊できる飛行機がない。そして、長距離飛行できる有翼誘導弾は不要。
つまり、いまの反撃計画は白紙に戻したほうがいい」
エンジンを担当する畠野史子が怒る。
「いままでの努力は無駄ってこと!」
奥宮要介が答える。
「そういうことになるね……。
国際情勢ってヤツに負けたんだよ。
クフラックは、王冠湾の介入をあからさまに嫌っている。
で、土井さん、対案は?」
花山真弓が土井を見る。
「あるよ。
飛行船の巡航高度は500から1000メートル。高度3000メートルくらいからの降下爆撃を行えば、命中精度が高くなり、500キロ爆弾なら外皮を突き破ることもできる。
外皮を突き破った直後に爆発すれば、浮体の骨格を残して、外皮全部を吹き飛ばせる。
骨格が無事でも、大西洋の海底に沈めてしまえば、引き上げは無理だ。
問題は、500キロ爆弾を搭載した状態で長距離が飛べて、降下爆撃ができる飛行機がないことだね」
井澤貞之が土井をにらむ。
「その回答もあるんだろ?」
土井がため息をつく。
「とりあえずはハボックを使う。
ハボックなら、できるよ。
だけど、もう少し軽快な双発機のほうがいいね」
奥宮要介は土井案に賛成する。
「爆風で外皮を吹き飛ばすという案は、いいと思う。極限まで風圧を高めた爆弾が造れるか、検討してみるよ」
花山が、この計画が妥協案であることを確認する。
「アゾレス諸島を攻撃できないから、仕方なく洋上索敵攻撃に変更することは、ここにいる全員が理解していないと……」
南島王冠湾勢力は、バンジェル島本島暫定政府からは事実上無視されていた。
当初から「住んでもいいが、支援はしない。何も要求するな」と宣言されている。
この言葉に反応したのが香野木恵一郎で、彼は「ならば、好き勝手にさせてもらう」と宣言し、当時の臨時政府はそれを了承した。
クマン政府は王冠湾勢力に好意的で、それは現在も変わらない。
大西洋上での索敵攻撃の案を示すと、作戦に必要な燃料の提供と洋上監視船に必要な要員の派遣を申し出てくれた。
セロの飛行船を監視するレーダーピケット船は4隻の予定で、その燃料の確保は容易ではないので、クマンの支援は大いに助かった。
セロの飛行船は、武装船と輸送船に大別される。輸送船も武装しているが、爆弾ではなく、空対空ロケット砲だ。
このロケット砲は、飛行船同士の近接空戦ならば一定の命中率がある。しかし、敏捷なヒトの飛行機にはまったくの無力。命中することがあったとしても、偶然でしかない。
この飛行船同士の砲撃戦用兵器は、武装船にも搭載されており、セロの空対空兵器は他にはない。
だから、セロの飛行船を攻撃すること自体は難しくない。
だが、落ちないのだ。簡単に落ちないのではなく、撃墜はほぼ不可能。過去に数例しかない。損傷を与えても、浮体を回収されたら、早晩、戦力復帰されてしまう。
それを回避するためには、浮体の回収を不可能にすること。
大西洋の真ん中で、海没させれば、セロに回収する術はない。
レーダーピケット船は、西ユーラシアから北と西アフリカへの移住の際に大量建造された量産型70メートル級輸送船を使った。
船にもよるが、20ノットから25ノットの航海速力があるからだ。
自衛用として、船橋が船尾寄りにあるので、広い甲板に105ミリ砲塔と連装40ミリ機関砲塔を装備する。
飛行船に500キロ爆弾を命中させるための、戦術機動は確立できていなかった。
考えられるのは、飛行船の後方から浅い降下角度で接近して投弾、もう1つは真横から接近して、浮体側面に向けて投射する方法。
土井将馬は、当面は前者を用いることにした。
探知距離はともかく、250メートル級ならばレーダーの性能範囲内ならば見逃すことはない。
輸送飛行船は、洋上では浮体両横に装着した帆で帆走する。この帆を左右別々に閉じたり開いたりすることで、操船を行う。
その動きは緩慢で、攻撃の練習台には最適だった。
レーダーピケット船からの「飛行船発見」の一報を受けて、土井が離陸する。後部座席には、戦果確認のために花山真弓が乗る。
「花山さん、輸送飛行船だ。
最初の獲物としては最適だ」
「土井さん、武装しているから気を付けて」
土井は予定通りに輸送飛行船の後方やや上空から、相対速度差250キロで近付き、500キロ爆弾を距離100メートルで投下する。
重量物をリリースしたハボックの機体が浮き上がる。その力を利用して、飛行船から離れる。
爆弾は、奥宮要介が設計した通り、外皮を突き破って、浮体内部で爆発。
浮体外皮が風船が破裂するように吹き飛んだ。
浮揚ガスを詰めた内嚢の多くも破裂している。骨格と半分以下まで減った内嚢だけとなった飛行船が、ゆっくりと降下していく。
そのまま着水。内嚢の破裂が続く。
海面下に没していく。
花山は、その様子を映像に記録する。
花山と土井は、クマン政府庁舎の会議室にいた。
政府高官との会談のはずだが、会議室には現国家元首と前国家元首がすでに着座していた。
2人の緊張が一気に高まる。
現国家元首が「おかけになってください。私とパウラ様はここにはいないことになっています。空気と思い、気になさらずに」と言って笑った。
高官は少し遅れて入室するが、彼も現国家元首と前国家元首を認めてギョッとしている。
映像は15分ほどに編集されていた。
「次官、いかがでしょう?
私たちは、この攻撃は効果ありと判断しています」
「ハナヤマ大尉、確かに素晴らしい戦果だ。
一撃で撃墜するとは……。
だけど、飛行機は何機あるのです?
1機ですか?
2機ですか?」
「3機です。
75ミリ砲を積んで攻撃してみたり、ガンシップを計画したり、いろいろ検討しましたが、この攻撃方法が最も効果的かと……」
「ハナヤマ大尉……、3機では補給を阻止できません。
それに、カラバッシュはもう王冠湾に飛行機を売らないのでしょう?
クフラック連邦の一員なのですから」
高官が深く息を吐く。
土井が答える。
「次官、土井と申します」
「ドイ殿、存じています。噂では、翼の精霊に守護されているとか……」
土井が1枚のプリントを見せる。CADからCGを起こしたものだ。
「その飛行機は小型の戦闘爆撃機です。
双発複座で全長11.5メートル、全幅15.6メートル、航続距離2500キロ、固定武装は20ミリ機関砲2門、胴体下に500キロ爆弾1発を懸吊できます。
この飛行機を作ります」
「いつまでに……?」
「3カ月以内に試作機を完成させます。
ですが、私たちだけではできません。
貴国の協力が不可欠です」
高官が少し考える。
「我がクマンにも空軍が必要です。
それと、航空機産業も……。
協力いただけますか?」
花山が答える。
「私たちの指導者、香野木恵一郎から命じられています。
貴国からのご要求は、可能なことはすべて了解しろ、と」
土井が引き継ぐ。
「お約束します。
すでに、航空機パイロットと整備要員の受け入れは行っています。規模を拡大しましょう」
防衛長官が頷く。
「この議事録は残しません。
他国、他勢力への刺激が強いので……。
ですが、相互に約定は守ると誓ってください」
花山が回答する。
「約束は必ず守ります」
ほぼ同時に区長であるデュランダルも気付いた。
デュランダルは、隣家である城島由加の自宅に駆け込んだ。
「ユカ、王冠湾が飛行機を派遣した。
数時間後には、カナリア諸島付近で迎撃戦が始まる。
が……、この戦いはいつもの小競り合いじゃない気がする。
運命を決める決戦かもしれない」
「区長、さっきフィーに電話したんだけど、彼女も同じことを言っていた。
出撃可能な全機を出したほうがいいって……。
私もそう思う」
「よし、出せる機は全部出す。
タザリンにも連絡する。
一緒に来てくれ」
城島由加は、預かっている何人かの子の顔を見る。
一番、年長の子が「おばちゃん、行っていいよ。私がご飯の支度するから」と。
ベルタはエプロンをしたまま家から出てきた。3人は飛行場に向かった。
飛行場では情報が錯綜している。
王冠湾の船がカナリア諸島の西方300キロ付近で強い誘導電波を発信していること。
クフラックの船が50隻以上の飛行船をレーダーで探知したとする無線を発し、それを傍受していた。
デュランダルが「出せる機を全部出そう」と言い、城島が「天下分け目の合戦になる」と継いだ。
フィー・ニュンだけが違った。
「無理よ。
洋上を2000キロも飛んで、戦場に行くなんて。
仮にできたとしても、燃料が足りない。空戦は無理。カナリア諸島を経由していたら、戦いに間に合わない」
ベルタが空を見る。
「王冠湾に任せるしかない?」
フィー・ニュンが頷く。
「王冠湾の飛行機が異常なほど長距離を飛べることは知っていたけど、こういうことなのね。
今回は王冠湾に花を持たせましょう」
結局、ドミヤートとタザリン両地区は、カナリア諸島への緊急増派を諦めた。
対空武装船ハンマーヘッドは、複数の25メートル級飛行船から猛攻撃を受けていた。
すでにロケット弾を撃ちつくし、105ミリ主砲と連装40ミリ機関砲、両舷にある手動操作の20ミリリボルバーカノンだけが奮戦している。
ハンマーヘッドは最大船速で機動しているが、この海域からは離れない。
金平彩華は感じていた。
「ハンマーヘッドが手長族を誘引している」
セロには、必死に戦うヒトに誘引される傾向がある。当初、航路上の邪魔者であるヒトの船を沈めようとしただけだったが、ハンマーヘッドが25メートル級飛行船3隻を大破させると、様相が一変する。
ハンマーヘッドを狩ろうと、マデイラ諸島のセロが躍起になり始めたのだ。
アゾレス諸島を発した大船団もこの海域を通過する。
ヒトを見たら殺したがるセロの特性から、この船団もハンマーヘッドを見逃したりはしない。
セロにヒト的合理性はない。
船形が小さく、機動性が高く、高速のハンマーヘッドを、緩慢な飛行船では捕捉できない。
至近弾は数十を数えるが、命中弾は1発もない。だが、一瞬でも気を抜けない操船は、限界に近付きつつあった。
砲弾、機関砲弾にも限りがある。無尽蔵ではない。
飛行船は飛行機と異なり、空中で静止したり、後進ができる。だが、船体が巨大なので、簡単には行き足が止まらない。
たった1隻のヒトの船を追いかけている飛行船同士がたびたび接触する様子が観察できた。
数隻が団子状態になることも。
ミエリキはくじらちゃんに、航空機搭載用のロケット弾を積み込んでいる。
機関銃弾も積み込んだが、到底足りる量ではない。ドミヤートとタザリン両地区に支援を要請したが、何も届いていない。
積載可能量の半分しか積めなかった。
ミエリキは泣き出したかった。
「援軍だ!」
船橋にいる1人の見張りが、大声を発する。
長宗が双眼鏡を覗く。
低空を高速で接近する編隊が見える。
土井将馬は、正面に見える25メートル級飛行船に狙いを定める。
「花山さん、装填して!」
花山が105ミリ榴弾を装填する。
「装填完了!」
土井は浮体に向けて発射する。だが、その直後、飛行船が爆弾を投下したことで数メートルだけ急上昇する。
砲弾はゴンドラの直下で爆発する。近接信管が反応したのだ。ゴンドラが真ん中から折れて、海上に落下していく。浮体だけとなった飛行船がフラフラと上昇していく。
着水している飛行船は3隻。対空武装船ハンマーヘッドが不時着水させていた。
王冠湾のターボマスタングは、新たな獲物に襲いかかる。アゾレス諸島を発した飛行船団がやって来たのだ。
先導機は任務を終えると、カナリア諸島に向かった。
そして、西300キロの洋上で空戦が始まっていることを知らせる無線を発する。
カナリア諸島では意見が割れた。いままでと同様に諸島の上空で防空すべきだ、とする意見と、洋上迎撃に参加すべきだ、との積極論だ。
結局、カナリア諸島の航空隊は動かなかった。
ドミヤートとタザリン両地区の計8機だけが、この迎撃戦に参加することとなった。
カナリア諸島の航空隊は、単発のスーパーツカノと双発双胴のブロンコという優れた機種を装備しているのに、島上空での防空戦にこだわった。
パイロットの生命を惜しんだからだ。
ロケット弾を撃ちつくしたターボマスタングが続々とカナリア諸島の飛行場に着陸する。
ロケット弾と燃料を補給すると、再度、離陸していく。
それに刺激されて、カラバッシュの戦闘機隊が出撃を表明。カラバッシュはクフラック主導の連邦に参加しているが、軍の指揮権は独立している。
カラバッシュの単発複座レシプロ戦闘機が離陸を開始する。
戦闘空域はヒトの飛行機とセロの飛行船で、混乱の極みにあった。
しかも、海上からも砲撃されている。
そして、ヒトは負けていなかった。カラバッシュの戦闘機が参戦すると、一気に形勢が変わる。
クフラックの救命艇が不時着水したターボコブラのパイロットを救助している。
その救命艇に向けて、爆弾が投下される。巨大な水柱が上がり、救命艇が木の葉のように揺れる。
投弾した飛行船にカラバッシュの戦闘機がロケット弾を撃ち込む。
土井機は、105ミリ砲弾を撃ち切っていた。だが、その戦果は大きく、25メートル級1隻を不時着水させ、1隻を操縦不能にしている。
さらに最大の250メートル級1隻のゴンドラを完全に破壊し、別の1隻の浮体に巨大な穴を開けていた。
3時間に及ぶ空中戦は、戦果をどう判断すべきか悩ませる。
セロには不時着水した浮体を回収する余裕があった。
ヒトはセロのカナリア諸島大空襲を阻止した。多数の飛行船を行動不能にもできた。目的を防いだだけでなく、打撃をも与えたのだ。
しかも、ヒト側は軽傷者が多数いるが、重傷者と戦死者はいない。
考えようによっては、ヒトの圧勝と言えた。
だが、セロの戦力を殲滅できたわけではない。
クフラックの指導者ジャンヌの怒りは、まさに“怒髪天を衝く”だ。
カナリア諸島航空隊の指揮官は、戦いに参加しなかった責任を戦闘機隊の指揮官に押し付けた。
だが、戦闘機隊だけでなく、攻撃隊も出撃していない。
航空隊の指揮官が独断で攻撃を認めなかったことは確実だった。
このゴタゴタを飛行場で各国のパイロットは見せつけられた。飛行隊指揮官は状況を把握できていなかったし、島の空を守る必要もあった。出撃を許可しない合理的理由はあった。
しかし、偵察機さえ出さなかった理由にはならない。
ジャンヌは「クフラックの恥だ!」と罵倒して、その場で指揮官職を解いた。
その夜、花山真弓はジャンヌから食事に招かれた。
「着ていく服がない」
花山真弓が断りを使者に伝えるが、使者は「戦着で結構だ」と受け付けない。仕方なく、花山は招きに応じることにする。
「王冠湾の戦女神殿。
お待たせした」
ジャンヌが着席を勧め、花山が従う。時間をおかず、ジャンヌが着席する。
ワインと前菜が運ばれ、メインディッシュは魚料理だった。
普段通りの質素な食事なのか、ご馳走なのかいまひとつわからないメニューだ。
食事中は世間話だけ。世間話で、ジャンヌが明確に反応した瞬間があった。
「パートナーはおられるのか?」
花山よりは明確に若いジャンヌのぶしつけな問いに、どう答えるか一瞬迷う。
「香野木恵一郎がパートナーだ」
香野木の名に驚いたのか、ジャンヌがフォークを皿に落とす。カチャッと音がする。
「不作法をした」
彼女の声がわずかだが震えていた。香野木を知っているようだ。彼を知っているというだけで、ただ者ではない。
「王冠湾は、今後もバンジェル島の支配下にであり続けるつもりか?」
ジャンヌの問いは、明確な意味がある。バンジェル島の政権が揺らいでいるからだ。
「王冠湾は、高度な自治を認められている。単純にバンジェル島の支配下にあるわけではない。
統治機構の改革は必要だろうが、それほど危機的でもない。自治体の緩やかな集合と考えればいい。
そのほうが、私たちには都合がいい」
「ハナヤマ殿、どんな都合か?」
「私たちの指導者、香野木はへそ曲がりでね。
誰の下にも付かない。かなり厄介な人物。
バンジェル島臨時政府は、私たちに優しくはなかった。クマンは親切だったけど……。
香野木はクマンの誘いを断って、何もない王冠湾を拠点に選んだ。理由は、臨時政府が私たちに無関心だったから。
クマンに取り込まれるよりも、独立独歩を選んだ。
困難を承知で……」
「コウノギ殿はへそが曲がっているのか?」
「とんでもなく曲がっている」
「噂では口から出任せを堂々と主張し、辻褄を合わせて真実にすると聞く」
「他者にすれば戯言にしか聞こえないだろうが、香野木には確信がある」
「……で、あろうな。
不可能と思えることをいくつも実現している。
黒魔族との講和。
その移住。
東方フルギア棄民の移住。
棄民のための西サハラ湖北岸開拓。
どれ1つとっても簡単ではない。
しかし、貴殿たちの指導者ではなかろう?」
「ジャンヌさん、香野木は私たちの指導者であることは間違いない。香野木が描く壮大な計画の中で、私たちは動いている。
井澤貞之や長宗元親も同じだ」
「イザワ殿、ナガムネ殿は、真の豪者(えらもの)。コウノギ殿の下に付くような人物ではあるまい」
「それは、2人に聞いてほしい。
だが、私たちの立場に上下はない。
全員が平等だ」
「平等?
あり得ぬ」
「だが、事実だ」
「……」
「バンジェル島は、今後大きくかわっていく。変えるのは香野木だ」
「どう変わる?」
「それは、香野木しか知らない」
「……。
ハナヤマ殿、いい話をいただいた。
今後ともよしなに」
王冠湾が主導したカナリア諸島沖航空戦の出来事は、瞬く間にヒト属社会に広まった。
王冠湾という地名だけでも、ヒト属に知られることは重要なことだった。それが、交易の成果につながるからだ。
カナリア諸島沖航空戦から全機・全船が帰還すると、王冠湾ではアゾレス諸島攻略戦の準備が始まる。
アゾレス諸島を落とさないと、西アフリカの危機が続くからだ。また、アゾレス諸島を落とせば、マデイラ諸島は孤立し、自動的に無力化する。アゾレス諸島の陥落によって、北東大西洋をヒトの勢力圏に組み込める。
しかし、カナリア諸島からアゾレス諸島まで1300キロ以上ある。ヒトは、爆装した状態で往復できる航空機を保有していない。
王冠湾が入手したハボックは計算上、爆弾1トンを積んで3300キロ飛行できる。しかし、3機すべてを改造投入しても爆弾3トンにしかならない。
3トンでは、飛行船の係留・整備施設の破壊は無理だ。
少数機で攻撃するならば、反復攻撃しかない。少数機での隔日攻撃では、嫌がらせにしかならない。
それは、王冠湾の首脳部の共通した見解だった。
この時期、王冠湾は製造系の整理・統合・分割を行った。
王冠湾製造会社を頂点とし、造船部、航空部、車輌部、造機部、造兵部の5部門となった。
正確ではないが、持ち株会社と事業会社との関係に似ている。
王冠湾製造会社のトップは井澤貞之で、造船部は長宗元親、航空部は土井将馬、車輌部は加賀谷真梨、造機部は畠野史子、造兵部は奥宮要介が担った。
この6人に花山真弓を加えた7人が、王冠湾の将来を決める非公式会議のメンバーだった。
この7人は、秘密会議を日曜の朝に開催している。
「畠野さん、どう?」
土井の問いに畠野は身を固くした。
「信頼性と実用性は確保できた。
でも、当初計画していたエンジンジェットとは異なるかな。
アフターバーナー付きダクテッドファンといった感じ。
自動車用ガソリンエンジンでファンを駆動し、このファンが遠心式圧縮機の役目をして、圧縮した空気を燃焼室に送り込む。
ガソリンエンジンは巡航で1分間に6000回転で、タービンは10倍速の6万回転になる。ジェットエンジンとしては十分な回転数じゃないから、ファンの推力を合算しなければならない。
ターボファンに似ているけど、構造はずっと簡単。
その燃焼室に燃料を噴射して、点火すればジェットエンジンになるわけだけど、推力の半分はファンが生み出している。燃焼ガスの噴射による推力は、計画ほど得られなかった。
推力は300キロほどで、計画通りなんだけど……」
花山が心配顔で尋ねる。
「予定通り、1トンの弾頭は積めるの?」
土井が答える。
「大丈夫。仕組みはどうあれ、推力が計画通りなら、1トンの弾頭を積めるよ」
井澤貞之が腕を組む。
「船から撃つか、飛行機から落とすか」
長宗が持論を展開。
「いまのところ飛行機は数が限られる。
貨物船に発射機を備えて、島まで300キロまで接近して撃つ。
発射後は、空から誘導する」
今日は金平彩華が参加していた。
「手動指令照準線一致誘導方式は、完成している。私たちの準備は整っている」
土井が「機体なら50機が完成している」と告げ、奥宮が「弾頭も50発用意したよ」と。
畠野は「香野木さんが4気筒のガソリンエンジンを80基送ってくれたから、1週間あれば10基は造れるよ」と、全員に目を向ける。
井澤が「香野木さんの判断次第だね」と最終判断を避けると、全員がため息をつく。
土井が製造した自力飛行誘導弾は、簡単な構造の固定翼機だった。全体は上下に機体のようなものがあり、下部機体と上部機体の間に主翼がある。上部機体は円筒形で全長の半分ほど。高さを減じるために単純な矩形の双垂直尾翼が下部機体に付いている。
土井は「日本初のミサイル、イ号乙型誘導弾を大型化した」と説明するが、その名を誰も知らなかった。
誘導弾は地上・船上発射すると、高度300メートルまで上昇し、300キロから500キロ飛行して目標に突入する。
貨物船の甲板に長大な火薬式カタパルトを装備して、短時間に10発の誘導弾を発射する。航空機1機で10発を誘導できる。
つまり、1隻と1機で10トンの爆弾を敵地上空まで運べるわけだ。
誘導機にはハボックを使う。ハボックの後部座席から目標上空まで誘導する。目標への最終誘導は、機首部の座席から。
王冠湾は、この攻撃に際してカナリア諸島のクフラック政府に協力を求めたが、あっさりと拒否されてしまった。
理由は「当面の脅威は去った」だが、王冠湾の所業に遺恨があることは明白だった。
敵地攻撃は、放棄しなくてはならなかった。
結城光二が「空対空では使えないの?」と。
畠野が「空対空で使うには、もっと速度が必要だから、ターボジェットに換装しないと」と。畠野は、200万年後に持ち込んだP2Jネプチューンの補助エンジンである軸流1段タービン8段圧縮のJ3-IHI-7Cならば製造可能と判断していた。
しかし、開発には相応の時間がかかる。
そこで、固体ロケットを使うことに決まる。推力800キロの火薬式ロケットモーターを機体内後部に4基、機体外にブースターとして4基を取り付ける。
投下後、0.5秒で安全装置が外れ、1.5秒後にブースターに点火。水平飛行で時速600キロまで加速してブースターを投棄、以後、順次機体内の主ロケットモーターに点火していく。
最終的には降下滑空しながら目標に突入する。最終的には時速800キロに達する。動力による飛行は60キロ。射程距離は投下高度によって異なる。
誘導弾の開発は紆余曲折があったが、最大の原因はどう運用するかにあった。
敵基地攻撃から空対空へと用途が変わり、それに伴って弾頭威力にも変化があった。対地攻撃なら1トンの弾頭が必要だが、飛行船が目標ならその半分でも十分な効果がある。
この朝の秘密会議は珍しく紛糾した。
口火を切ったのは土井将馬だった。
「大西洋上でセロの飛行船を撃破するなら、500キロの弾頭が必要。
500キロ弾頭のロケット弾を懸吊できる飛行機がない。そして、長距離飛行できる有翼誘導弾は不要。
つまり、いまの反撃計画は白紙に戻したほうがいい」
エンジンを担当する畠野史子が怒る。
「いままでの努力は無駄ってこと!」
奥宮要介が答える。
「そういうことになるね……。
国際情勢ってヤツに負けたんだよ。
クフラックは、王冠湾の介入をあからさまに嫌っている。
で、土井さん、対案は?」
花山真弓が土井を見る。
「あるよ。
飛行船の巡航高度は500から1000メートル。高度3000メートルくらいからの降下爆撃を行えば、命中精度が高くなり、500キロ爆弾なら外皮を突き破ることもできる。
外皮を突き破った直後に爆発すれば、浮体の骨格を残して、外皮全部を吹き飛ばせる。
骨格が無事でも、大西洋の海底に沈めてしまえば、引き上げは無理だ。
問題は、500キロ爆弾を搭載した状態で長距離が飛べて、降下爆撃ができる飛行機がないことだね」
井澤貞之が土井をにらむ。
「その回答もあるんだろ?」
土井がため息をつく。
「とりあえずはハボックを使う。
ハボックなら、できるよ。
だけど、もう少し軽快な双発機のほうがいいね」
奥宮要介は土井案に賛成する。
「爆風で外皮を吹き飛ばすという案は、いいと思う。極限まで風圧を高めた爆弾が造れるか、検討してみるよ」
花山が、この計画が妥協案であることを確認する。
「アゾレス諸島を攻撃できないから、仕方なく洋上索敵攻撃に変更することは、ここにいる全員が理解していないと……」
南島王冠湾勢力は、バンジェル島本島暫定政府からは事実上無視されていた。
当初から「住んでもいいが、支援はしない。何も要求するな」と宣言されている。
この言葉に反応したのが香野木恵一郎で、彼は「ならば、好き勝手にさせてもらう」と宣言し、当時の臨時政府はそれを了承した。
クマン政府は王冠湾勢力に好意的で、それは現在も変わらない。
大西洋上での索敵攻撃の案を示すと、作戦に必要な燃料の提供と洋上監視船に必要な要員の派遣を申し出てくれた。
セロの飛行船を監視するレーダーピケット船は4隻の予定で、その燃料の確保は容易ではないので、クマンの支援は大いに助かった。
セロの飛行船は、武装船と輸送船に大別される。輸送船も武装しているが、爆弾ではなく、空対空ロケット砲だ。
このロケット砲は、飛行船同士の近接空戦ならば一定の命中率がある。しかし、敏捷なヒトの飛行機にはまったくの無力。命中することがあったとしても、偶然でしかない。
この飛行船同士の砲撃戦用兵器は、武装船にも搭載されており、セロの空対空兵器は他にはない。
だから、セロの飛行船を攻撃すること自体は難しくない。
だが、落ちないのだ。簡単に落ちないのではなく、撃墜はほぼ不可能。過去に数例しかない。損傷を与えても、浮体を回収されたら、早晩、戦力復帰されてしまう。
それを回避するためには、浮体の回収を不可能にすること。
大西洋の真ん中で、海没させれば、セロに回収する術はない。
レーダーピケット船は、西ユーラシアから北と西アフリカへの移住の際に大量建造された量産型70メートル級輸送船を使った。
船にもよるが、20ノットから25ノットの航海速力があるからだ。
自衛用として、船橋が船尾寄りにあるので、広い甲板に105ミリ砲塔と連装40ミリ機関砲塔を装備する。
飛行船に500キロ爆弾を命中させるための、戦術機動は確立できていなかった。
考えられるのは、飛行船の後方から浅い降下角度で接近して投弾、もう1つは真横から接近して、浮体側面に向けて投射する方法。
土井将馬は、当面は前者を用いることにした。
探知距離はともかく、250メートル級ならばレーダーの性能範囲内ならば見逃すことはない。
輸送飛行船は、洋上では浮体両横に装着した帆で帆走する。この帆を左右別々に閉じたり開いたりすることで、操船を行う。
その動きは緩慢で、攻撃の練習台には最適だった。
レーダーピケット船からの「飛行船発見」の一報を受けて、土井が離陸する。後部座席には、戦果確認のために花山真弓が乗る。
「花山さん、輸送飛行船だ。
最初の獲物としては最適だ」
「土井さん、武装しているから気を付けて」
土井は予定通りに輸送飛行船の後方やや上空から、相対速度差250キロで近付き、500キロ爆弾を距離100メートルで投下する。
重量物をリリースしたハボックの機体が浮き上がる。その力を利用して、飛行船から離れる。
爆弾は、奥宮要介が設計した通り、外皮を突き破って、浮体内部で爆発。
浮体外皮が風船が破裂するように吹き飛んだ。
浮揚ガスを詰めた内嚢の多くも破裂している。骨格と半分以下まで減った内嚢だけとなった飛行船が、ゆっくりと降下していく。
そのまま着水。内嚢の破裂が続く。
海面下に没していく。
花山は、その様子を映像に記録する。
花山と土井は、クマン政府庁舎の会議室にいた。
政府高官との会談のはずだが、会議室には現国家元首と前国家元首がすでに着座していた。
2人の緊張が一気に高まる。
現国家元首が「おかけになってください。私とパウラ様はここにはいないことになっています。空気と思い、気になさらずに」と言って笑った。
高官は少し遅れて入室するが、彼も現国家元首と前国家元首を認めてギョッとしている。
映像は15分ほどに編集されていた。
「次官、いかがでしょう?
私たちは、この攻撃は効果ありと判断しています」
「ハナヤマ大尉、確かに素晴らしい戦果だ。
一撃で撃墜するとは……。
だけど、飛行機は何機あるのです?
1機ですか?
2機ですか?」
「3機です。
75ミリ砲を積んで攻撃してみたり、ガンシップを計画したり、いろいろ検討しましたが、この攻撃方法が最も効果的かと……」
「ハナヤマ大尉……、3機では補給を阻止できません。
それに、カラバッシュはもう王冠湾に飛行機を売らないのでしょう?
クフラック連邦の一員なのですから」
高官が深く息を吐く。
土井が答える。
「次官、土井と申します」
「ドイ殿、存じています。噂では、翼の精霊に守護されているとか……」
土井が1枚のプリントを見せる。CADからCGを起こしたものだ。
「その飛行機は小型の戦闘爆撃機です。
双発複座で全長11.5メートル、全幅15.6メートル、航続距離2500キロ、固定武装は20ミリ機関砲2門、胴体下に500キロ爆弾1発を懸吊できます。
この飛行機を作ります」
「いつまでに……?」
「3カ月以内に試作機を完成させます。
ですが、私たちだけではできません。
貴国の協力が不可欠です」
高官が少し考える。
「我がクマンにも空軍が必要です。
それと、航空機産業も……。
協力いただけますか?」
花山が答える。
「私たちの指導者、香野木恵一郎から命じられています。
貴国からのご要求は、可能なことはすべて了解しろ、と」
土井が引き継ぐ。
「お約束します。
すでに、航空機パイロットと整備要員の受け入れは行っています。規模を拡大しましょう」
防衛長官が頷く。
「この議事録は残しません。
他国、他勢力への刺激が強いので……。
ですが、相互に約定は守ると誓ってください」
花山が回答する。
「約束は必ず守ります」
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