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第7章

07-179 グーダミスの戦い

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「偵察機の報告では、北50キロの平原で白魔族が待ち構えている。
 時間を与えすぎた。
 白魔族はヒトの戦術を真似て、壕を掘って戦車をダックインさせている。
 擬装を施しているので、上空からでもわかりにくい。壕の数は戦車よりも多い。陣地を転換しながら、戦う気だ。
 戦車の数はわかっていないけど、壕の数は推定70。とすれば、戦車は50から60。
 タフな戦いになる」
 半田千早の説明は、その場の空気を重くした。

 半田千早たちは、峠とするにはかなり低い高台にいる。これから戦場となる平原を一望できはしないのだが、地形はある程度把握できる。
 西は湖、東は丘陵。湖岸と丘陵までの距離は最大30キロ。湖岸近くは湿地だが、少し離れると土は乾燥している。
 戦車戦を行うには、十分な広さだ。

 半田千早は、母親の言葉を思い出していた。
「ヒトの戦車とオークの戦車は、たぶん違うものじゃないかと思うんだよね。
 ヒトの戦車は塹壕線を突破するための兵器として生まれた。基本的には歩兵に随伴して、機関銃巣を破壊し、有刺鉄線を踏み潰し、塹壕を乗り越えて前進する。
 歩兵の突破口を開くために生まれた兵器。
 一方、オークの戦車はチャリオットの代用なんだと思う。チャリオットは古代の戦闘用馬車だけど、エジプトのものは1軸2輪、乗員2だった。ヒッタイト、アッシリア、中国は乗員3。古代の機動兵器ね。
 ヒトの戦車は第二次世界大戦になると、歩兵の直協支援という役割から機動戦用の兵器に変わっていく。
 オークの戦車は速度が遅いから、ヒトが戦車を作るようになると、機動戦では対抗できなくなった。そこで、移動砲台的な使い方に変化した。
 オークが2人乗り戦車に拘る理由だけど、チャリオットと関係があると思う。オークは機動戦を捨てていないことを忘れてはダメ」
 半田千早は、戦車の数で劣勢であることをよく理解していた。
 折りたたみのテーブルが置かれ、簡単な地図が広げられている。
「戦車は正面から、戦闘車は丘陵側を迂回して背後から。
 王冠湾の105ミリはここから砲撃」
 半田千早の方針にラダ・ムーが疑問を示す。
「105ミリでは、壕に入っている戦車を破壊できない。直撃させれば可能だが、偶然以外無理だ」
「戦闘車が側面に回り込むまで、牽制して欲しいんだ」
「ならば、煙幕弾をありったけ撃ち込んでやる」
「あるの?
 煙幕……」
「加奈子たちが持ってきてくれた。
 煙幕が途切れそうになったら、榴弾を撃つ」
「戦闘車は5輌ある。
 ラーデン砲なら白魔族の戦車を破壊できる」
 ラクシュミーにも案があった。
「我々は、湖岸から回り込もう。
 ウマなら進める」
 半田千早に異論はない。
「ラクシュミーたちは、RPGやカールグスタフを持つ兵を連れていって欲しい。
 対戦車ロケットや無反動砲を持っていたら、ラクシュミーたちと一緒に。
 敵の数は多い。戦車だけではここを突破できない」
 多くの隊員が頷く。

 湖水地域の小型艇と水陸両用トラックは、グーダミス平原よりもさらに北に向かい、白魔族の後退を阻止する作戦に出ていた。

 戦いは、自走105ミリ榴弾砲の攻撃準備射撃から始まった。たった2門では、それも榴弾砲としては小口径の105ミリでは、とても制圧はできないが、威嚇と煙幕弾による擬装にはなる。
 風は無風に近い。煙幕弾は、長時間着弾地点に留まる。2門の自走105ミリ榴弾砲は、間隔を開けて交互に発射する。
 同時に正面から戦車が迫っていく。
 湖岸に出ていたラクシュミー隊は、敵の側面に回り込んでいる。
 戦闘車部隊は、すでに丘陵側側面に達している。

 白魔族は、ヒトにとっては意外な行動に出た。壕に籠もっていれば、車体をさらすことはないし、巧妙に擬装されているから、敵の所在をはっきりとつかんでいるわけではない。壕の在処はおおよそはわかっているが、擬装された壕があることも承知していた。
 壕に入っている限り、安全なのだ。
 だが、白魔族は動いた。
 煙幕が途切れてくると、壕を出て、左右側面、正面とに戦力を分けて攻勢を開始した。

 井澤加奈子は、戦闘車として半田千早が指揮する丘陵側の側面攻撃に参加したが、他車とは異なり航空機用20ミリ機関砲では威力不足でないかと感じていた。
 白魔族は非装甲の車輌を使わないし、歩兵もいない。2人乗り戦車しか使わず、この戦線にはリベット構造のルノーは確認されていない。すべて、鋳造車体で装甲が厚いオチキスだ。
 ストライカーの軽合金装甲は、ロシア製14.5ミリ機関銃の直撃に耐えられるが、それ以上の大口径砲に対しては限定的な効果しかない。
 短砲身低初速であっても、37ミリ砲は危険な存在だ。
 ララは装甲の薄い側面や後面なら破壊できると言うが、足手まといになることに不安を感じていた。

 半田千早は、母親から渡されたSIG SAUER P226の薬室に9ミリパラベラム弾があることを確認する。表面をマットに加工したオールステンレス製だ。
 こういった銃は滅多に手に入らないが、銃器商である彼らなら時折出物を見つける。特別な銃は修理して高額で、さらに特別な銃は彼らが使った。
 例えば、マーニのスタームルガー・ブラックホーク、チュールのコルト・パイソンなどは、入手後売らなかった。

 ラダ・ムーは、戦場を俯瞰してはいない。だが、おおよその状況はつかんでいる。ラクシュミーは湖岸側から回り込んだし、半田千早たちは丘陵側側面よりやや北に出ていた。彼女たちは敵の背後をとった。

 地形の関係から白魔族の戦車の速度は、決定的な不利ではなかった。だが、21口径37ミリ砲の対戦車戦闘における有効射程は短かった。初速が秒速370メートル程度では、遠距離を移動する目標に命中させることは至難だ。
 そして、正面から突っ込んでくるヒトの戦車の装甲は至近距離でも撃ち抜けない。

 装甲に不安がある半田千早たち戦闘車隊は、地形を利用して車体を隠しながら、白魔族の戦車に接近していく。
 ラーデン砲は、砲口口径30ミリ、砲身長81.3口径(8440ミリ)、砲口初速は秒速1000メートルを超える。3発クリップを2個まで装填でき、3点バーストで2回発射できる。装弾は手動で、作動に外部動力を必要としない。
 過去の実績でも、白魔族の戦車を破壊している。
 紆余曲折を経て、対空と対地ではボフォース40ミリ機関砲、車輌搭載用としては装甲貫徹力の強いラーデン砲が多用されるようになった。
 ストライカーが搭載するポンティアックM39リボルバーカノンは200万年後では珍しい機関砲だが、弾薬はよく使われている20×102ミリ弾だ。APDS弾を使用すると200メートルの距離で45ミリの装甲を撃ち抜けた。
 問題もあった。装弾ジャムが起こった場合、車外に出ないと強制排莢できないのだ。だから、加賀谷真梨は奥宮要介の指導で連装にした。連装であれば、1銃が作動不良となっても、もう1銃でどうにかできる。

 ほぼ無風であったことから、煙幕は拡散せずに長時間地上に留まった。
 そして、白魔族の戦車は煙幕を突っ切って突進してくる。その姿は見たものを恐怖に陥れる、鋼の魔獣そのものだった。

 ラクシュミーたち乗馬歩兵と水陸両用トラックは、ウマと車輌を降りて、接近戦を企図していた。
 RPG-7対戦車擲弾発射器は4基ある。ロケットは、水陸両用トラックにふんだんに積んできた。
 RPG-7で数輌を破壊し、混乱に乗じて接近し、火炎瓶攻撃を仕掛ける算段だ。それと、選抜射手には7.62ミリ徹甲弾が渡されている。視察口に命中すれば、スリットをくぐり抜けて車内に飛び込むかもしれない。
 少なくとも乗員1人は傷つけられる。砲が撃てなくなるか、戦車が動けなくなる。
 煙幕と砲煙とで視界が悪く、白魔族の戦車は路面が見えないのか、点在する湿地にはまり込む。
 すると、ラクシュミーたちは身を起こして至近距離からの火炎瓶攻撃を決行する。
 近距離の目標には、RPG-7が対戦車敵弾を発射する。
 壮絶な鋼と肉の戦いを行っていた。
 RPG-7やカールグスタフが白魔族の戦車に対して、150メートル以内ならば命中率と威力の両方とも十分なことは知られていた。
 そして、情報通り、対戦車榴弾は効果を発揮していた。
 戦闘が終わる頃には、戦術が生まれていた。RPG-7で戦車を破壊し、火炎瓶の投擲でとどめを刺す。

 真正面からの戦車戦は、ヒト側の圧勝だった。60口径75ミリ砲の威力は絶大で、白魔族の戦車の正面装甲を遠距離から撃ち抜き、白魔族の戦車の主砲では至近でもヒトの戦車の装甲を貫通できなかった。
 側面か背後に回り込めば、白魔族にもわずかな勝機はあったが、そもそもヒトの戦車への接近すら困難だった。

 ヒトの戦闘車と白魔族の戦車との戦いは、白魔族が巧妙に機動すれば、ヒトと互角の戦闘ができた。
 戦闘車の軽合金装甲では、白魔族の戦車の主砲弾をはじき返せない。接近戦にもつれ込まれたら、ヒトの戦闘車は苦戦し、甚大な被害が出た可能性がある。
 だが、白魔族の戦車は、遠距離から発砲して位置を暴露してしまい、地形を利用して車体を隠すこともせず、真正面から機動戦を挑んできた。
 それならば、射程の長いラーデン砲でアウトレンジできる。ヒトの戦闘車は自然の窪地に車体を隠し、砲塔だけを地上に出すハルダウンの姿勢で、各個に撃破していった。

 ラダ・ムーは、感慨深かった。彼が知っている戦いでは、オーク1体を殺すのに、仲間100の生命が必要だった。白魔族の強さは圧倒的で、近寄ることさえままならなかった。
 だが、今日は違った。オークを近寄らせず、遠距離攻撃で始末した。1輌だけは弾幕をかいくぐり、接近して乾坤一擲の砲弾を半田千早が乗る戦闘車に発射しようとしたが、井澤加奈子たちのストライカーが20ミリ機関砲を連射して行く足を止めた。
 燃える戦車の砲塔から砲手が飛び出し、半田千早も砲塔から飛び降りて、拳銃でオークを仕留めた。

 ヒト側の圧勝だった。

 白魔族の戦車隊は、15輌ほどが北に向かった。半田千早たちは、動ける車輌だけで、白魔族を追撃。
 退路を断っていた水上突撃隊と白魔族戦車隊が遭遇して、激しい戦いとなった。
 その背後から、ヒトの戦車と戦闘車が襲いかかり、全滅させる。

 半田千早の眼前を、戦車やトラックが北に進む。チュニジアに向かっている。
 ジブラルタルの対岸、白魔族の要衝セウタ要塞を迂回した西から攻める部隊に呼応して、彼らは南から攻める。
 東からは、精霊族と鬼神族、ヒトの義勇兵部隊がチュニジアに向かっている。

 今度こそ、チュニジアを落とす。
 誰もがそう決意している。暖かくなる前に落とさないと、住む場所がないのだ。白魔族も必死だろうが、ヒトの運命がかかっているのだから、遮二無二に攻めるしかない。

 7姉妹のうち、7女は南の境界を、6女は北の境界を固く守り、立て籠もる。
 7女と6女は、他の5姉妹とは明らかに異なっていた。守備兵が貴尊市民ではないのだ。徴兵されたのか、志願したのか定かではないが、労働市民と思われる華美でない灰色の軍服を着た守備兵がいる。
 そして、派手な軍服の貴尊市民がいない。指揮官も労働市民らしい。
 Nキャンプを発した各部隊は、7女と6女を迂回するルートを使った。
 だが、7女と6女が攻勢または妨害をする可能性もあったことから、監視は怠らなかった。緊張した場面は何度もあったが、互いに自制したためか、衝突はなかった。

 スパルタカスは、アルテミスの統治をラクシュミーに、ヘスティアはガレリア・ズームに任せた。3女と4女にも統治官を派遣した。これは一時的な処置で、軍政は治安維持が目的だとされた。
 彼自身は、Nキャンプ対岸の建設途上の街に戻る。

 半田千早は草原に寝転んでいる。ラダ・ムーは野太刀を抱えて足を投げ出し、自走105ミリ榴弾砲の転輪にもたれかかっている。
 誰もが疲れていた。弾痕の跡が残る車輌も多い。負傷者もいる。
 彼らの眼前をチュニジアに向かう部隊が通過していく。
 半田千早は状況の転換が早すぎて、現在の情勢が把握できていない。
 しかし、それはどうでもいい。
 白魔族との戦いに生き残ったことを満足している。
 誰かの声が聞こえる。
「あのおじさんの長い刀、本物か?」
 ラダ・ムーの野太刀のことだ。刀身の長さ120センチ、柄の長さ40センチ、鞘を含めると170センチもある。
 本物だとしても、特別大柄な鬼神族であっても簡単に扱えるものではない。
 別の声。
「本物だ。
 見たんだ。
 あの大物を抜いて、横一閃、化け物の首をはねた」
「怪力だな」
「あぁ、怪物じみてる」

 ラダ・ムーは、通過していく戦車の砲塔から、敬礼を受けていた。答礼すべきなのだろうが、疲れていて、軽く右手を挙げただけだった。
 王冠湾からのN作戦参加者は、全員が住地への帰還命令が入っていた。
 セロ(手長族)との戦いに備えるためだ。

 夕食後、王冠湾の集会所には住民の多くが集まっている。ヒト、小柄な精霊族、褐色の精霊族、ヒトと精霊族の混血。顔ぶれは多彩。
 加賀谷真梨の説明が始まる。
「集まってくださり、ありがとう。
 まだ、オークとの戦いが続いていますが、その隙を突くようにセロの動きが活発になっているそうです。
 私たちは、セロの攻撃を防ぐための十分な装備がありません。
 今夜は、これから、その相談をします。仕事で疲れていると思うし、お子さんもいるからたいへんでしょうけど、どうか最後まで参加してください。
 N作戦の運用実績から、30トン級の主力戦車よりは20トン級の軽戦車のほうが機動力を発揮できることがわかっています。
 アフリカの大西洋岸は湿地が多いので……。
 幸運なことに200万年前由来の装甲車輌を2輌入手できました。
 FV432トロージャン装甲兵員輸送車とFV433アボット自走105ミリ榴弾砲です。どちらも、修理には多くの労力が必要ですが、可動状態に復元できます。
 これで、自走105ミリ榴弾砲は5輌になりました。
 問題は、空からの攻撃です。
 75ミリ、105ミリ、127ミリがあります。
 127ミリはコンクリートで固めた固定砲架で、運用されます。セロの大型飛行船に対抗するために造られたそうです。
 私たちは、それほどたくさんの対空砲を購入することができません。予算には限りがありますから。
 そこで、自走化した高射砲を用意することにしました。自走高射砲ならば、迅速に展開できます。
 ですが、問題があります。やや多い75ミリにするか、若干少ない105ミリにするかの選択です。
 車輌は新開発になります。全長6メートル、全幅3メートル。エンジンとトランスミッションを車体前方に配置します。エンジンは横置きで、車体後部の戦闘室をできるだけ広くします。サスペンションは、ドミヤート地区が製造している横置きコイルスプリングによる2輪連動式を採用します。部品の供給が受けやすいので。転輪は6個で、第1と第6はコイルスプリングによる独立懸架です。
 履帯も既存の車輌から流用します。
 高射砲は俯角10度から仰角90度。方向射界は360度。最大射高9000メートル、最大射程1万3000メートル。俯仰旋回は油圧で動作します。
 装輪も考えましたが、装軌のほうが現実的です。
 75ミリの場合は20輌、105ミリなら15輌が必要だと、花山さんから聞いています。
 105ミリの場合は砲弾の装填補助装置が必要になるので、開発に要する期間が長くなります」
 誰かが叫ぶ。
「なら、75ミリだ!」
「そうだ!」
「そうだ!」
 声の態勢は、75ミリを支持している。
「75ミリに反対は?」
 場が静まる。
 この瞬間、自走75ミリ高射砲の開発が決まった。

 花山真弓は、2輌のセンチュリオンを200万年前に置いてきたことを心底から後悔していた。
 集会後、4人の元自衛官と加賀谷真梨が共有スペースになっている食堂に集まった。
 奥宮要介が「この世界のヒトは、戦い慣れしています。戦術とか戦略とか、誰に教えられたわけではないのだろうけど、必要なことは知っているわけで……」と言うと、全員が首肯する。
 来栖早希は、この過酷な世界を正確に理解していた。
「ヒトは食物連鎖の頂点にいない……。
 脊椎動物の基準から大きく逸脱した不思議な生物がいるわけでしょ。ヒト食い、噛みつき、ドラキュロ、いろいろな呼ばれ方をしているけど、はっきり言って私には妖怪のほうが理解できる。
 オークにギガス、ギガスが進化したトーカ、そしてヒトからはかなり離れたニンゲンモドキのセロ。
 そのセロだけど、近縁種はヒヒやマカク。サルがたった200万年で、あそこまで急速に進化するなんてあり得ない。
 ヒトはガウゼの法則に曝されている……。
 セロとの競争排除則に敗れたら、滅びるしかない。ヒトはゴキブリのようにセロに殺される……」
 花山真弓がポツリと。
「戦車が必要。
 だけど……」
 奥宮要介に案があった。
「ムーさんからの報告では、105ミリ榴弾砲でオークの戦車は吹っ飛んだとか。
 105SPの砲は30口径ですが、FV433は37口径です。この砲を造れないですか?」
 畠野史子が奥宮要介を見る。
「ロイヤルオードナンスをコピーするの?」
 奥宮が答える。
「できれば……。
 戦車砲としても、榴弾砲としても使えるし……」
 花山真弓が下を向いたまま話しかける。
「真梨さん、自走75ミリ高射砲の車体に150ミリ級の榴弾砲は積める?」
「あの骨董品みたいな榴弾砲のこと?」
「そう。
 見かけは悪いけど、砲弾の威力は相当なものだし……」
 奥宮要介は花山真弓のその案にかねてから反対だった。
「だけど、大口径であっても、砲身長12.6口径、有効射程6000メートル以下の低性能ですよ。榴弾砲としては、無意味でしょ」
 花山真弓が珍しく口籠もる。
「榴弾砲としてではなくて……。
 鹵獲されているセロの直射用連装ロケット砲を見たんだけど、あれで撃たれたら大きな被害が出ちゃう。
 アウトレンジできればいいのだけど、それにあの砲が使えないかなって……。
 2トンもあるから牽引したくないし、射程が短いし、砲弾の運搬にも手間がかかるし……。で、中古の価格は安い。
 逆に砲架以上なら1トン弱。車輌に積めるかなって」
 奥宮要介が考える。
「自走150ミリ歩兵砲、ですかね。
 だけど、砲塔に載せるには砲の改造に手間がかかるし、閉鎖機は段隔螺式で、砲弾と薬嚢が分離しているから速射性に劣るし……。
 それでいて、近接戦闘を考慮しなければならないから、ある程度の装甲がいるし……」
 加賀谷真梨は、そこまで聞いて車輌のスケッチができあがっていた。
「安上がりにいきましょう。
 車体は自走高射砲と同じ。
 砲は格安の中古の150ミリ榴弾砲。
 砲塔は造らずに、砲を車体にケースメイトで搭載する。
 砲はできるだけ改造せず、砲架以上を車体に直接載せて、防盾の代わりにボールマウントを造る。
 これで、上下左右15度くらいの射界は確保できると思う。戦闘室は近接戦闘を考慮して、完全密閉。
 どう?」
 奥宮要介が別案を提示する。
「自走105ミリ高射砲が否決されたのは痛いですね。
 75ミリは中古は出ないし、新品は引く手あまたで、入手は困難。
 一方、不人気の105ミリは中古の売り物が多く、値段も安い……。
 初期の高射砲なので砲身長は4200ミリ。40口径しかないけど、最大射高は1万メートルを超えるし、最大射程は1万6000メートルもある。
 悪い砲ではないんですよ。ただ、人力での砲弾装填に無理があるだけで……。なにしろ、片手で105ミリ砲弾を垂直に押し上げて装弾しなければならないわけで、結果、発射速度が極端に遅くなってしまい……。
 で、この高射砲を榴弾砲代わりに同じ車輌に搭載できないかなって?」
 加賀谷真梨が即答する。
「できるよ。
 これから、戦車の需要が急増する。
 セロとの戦いが迫っているから。
 私たちもそうだけど、王冠湾に集まってきたヒトは、総じて立場が弱い。弱い立場の私たちには、誰も優先的に武器を売ってはくれない。
 戦車も飛行機も買えない。
 お金があっても、ね。
 自分たちで何とかするしかない」
 花山真弓が結論する。
「売りに出ている装甲車輌は、直せそうなら買う。
 歩兵砲なんて古い言い方だけど、自走150ミリ歩兵砲を造る。
 自走105ミリ榴弾砲も。ロイヤルオードナンスをコピーしている時間的余裕がないし……。
 だから、代用に自走105ミリ高射砲を造る。できるだけ多く。
 飛行機は、あるものを大事に……」
 加賀谷真梨が重大な情報を出す。
「土井さんから。
 オートジャイロに使えそうな航空機用レシプロエンジンは入手困難だって。
 でも、ドミヤート地区がアリソンのターボプロップを売ってくれる。
 これを使って、4人乗りクラスの大型を作れそうだとか。
 そのアリソンなんだけど……。
 このガスタービンエンジンで発電して、モーターでウオータージェットを動かす高速艇を長宗さんが計画中。
 70口径長40ミリ機関砲1門を艇首に装備できるとか。
 小型船用の高速ディーゼルがないから、ガスタービンにしようとなったわけだけど、30メートル高速客船よりは、このほうが需要あるかなって……。
 試作艇がもうすぐ完成するはず」

 加賀谷真梨を中心とする車輌の修理事業は順調だった。だが、水陸両用トラックの製造・販売は、日を追って悪化していく。ヒトはセロとの戦いに備えて、武器・弾薬の購入や製造に予算の大半を使うようになったからだ。

 ヒトはオークよりもセロを恐れている。オーク(白魔族、創造主)は、ヒトを食料とし、支配しようとはするが、殲滅しようとは考えていない。
 セロは、ヒトとニッチ(生態的地位)が完全に重複することから、ガウゼの法則(競争排除則)が働いている。そのため、セロが滅びヒトが生き残るか、ヒトが滅びセロが生き残るのか、その二択しかないのだ。

 南島は、クマンを除けば、ヒトの住地としては西アフリカ大西洋沿岸において最も南にある。つまり、南から攻めてくるセロと最初に接触することになる。
 強力な防御力を必要としているが、実際は立場の弱いヒトたちが集まっている。王冠湾以南の南島4分の3に移住を始めているリベリア半島由来の褐色の精霊族も、精霊族内において主要種族ではない。

 花山真弓は、怒っている。
 香野木恵一郎に対して。
 オークとの戦いに2輌の自走105ミリ榴弾砲とストライカー戦闘車を送るよう提案したのは、香野木だった。
 花山は、ヒトの戦闘能力の判定が目的だと察したが、香野木は元自衛官の参加を認めず、志願者だけで隊を編制することを求めた。
 花山には香野木の意図が理解できなかった。

 香野木は人口が減少したノイリンにいた。西アフリカの情勢はリアルタイムで把握できない。だが、まだ西ユーラシアが世界を握っていると判断している。
 半田隼人はノイリンに固執していなかった。彼がドラキュロの脅威がない土地を探していたことは確かだ。
 だが、西アフリカ大西洋沿岸を選んだことは、偶然だった。また、西アフリカへの移住が決定したのは、彼の死後でもある。
 香野木は半田の仕事を引き継いだが、半田の本意を知らない。ヒトの生き残りを賭けていたことは、確かだろう。
 香野木は半田の意志を継いではいない。単に仕事を引き継いだだけ。そして、死人に気兼ねするほど、義理堅くない。しかも、生前は面識がないのだ。
 香野木は、自分の判断で行動すると決めていた。オークと戦いながら、セロとも戦わなくてはならない。

 香野木恵一郎はロワール川を見ている。
「花山さん、怒っているだろうなぁ」
 そうは言ったが、花山が怖いわけではない。面倒くさいだけ。

 近くに若者が2人。クマのようにデカイ男と、絵に描いたような優男。

「チュール、いつまでいる?」
「そろそろだ」
「どうやって、引き上げる」
「マトーシュ、いいものがあるんだ。
 それで、北アフリカに向かう」
「ノイリンには何人が残る?」
「1000人弱。950人くらいだ」
「本当に見捨てるのか?」
「あぁ」
「平気なのか?」
「マトーシュ、俺は何も強制していない。
 ここに残れとも、西アフリカに行けとも。
 ここに残ると決めたのは、彼らだ」
「しかし……。
 金髪碧眼グループと黒髪黒眼グループは、ノイリンに残ってどうするつもりなんだ?」
「殺し合う。
 たぶんね」
「どっちが勝つ?」
「両方とも。
 奇妙な考えに取り憑かれたヒトは、考えを変えたりしない。そして、しぶといからね」
「連中に捕まらずに、ちゃんと逃げられるんだろうな?」
「大丈夫だ」

 2人の若者が近付いてくる。
 香野木恵一郎は身構えた。
「コウノギさんですね?」
「きみは?」
「チュール。ハンダハヤトは義理の親父」
「半田さんの?」
 優男は話し方から、見かけほど不真面目には思えない
「あなたはここから、どうやって?」
 クマのような男は、見かけほど凶暴ではなさそうだ。
「クルマを確保している。
 ロワール川沿いを下る」
 チュールが提案する。
「俺たちも一緒していいですか?」
 香野木も1人は不安だった。
「そうしてくれると助かる。
 この街には、もうヘンなヤツしか残っていないからね」
 香野木は、優生思想に染まったヒトたちの、奇妙な理論に閉口していた。
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新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

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