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第7章

07-172 ドラア川

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 パウラは、クマンの国家元首の任を果たした。そして、民間の普通ではない女性になった。
「パウラ社長、いまそれをやる必要があるんですか?」
 警備部長ディラリの咎めるような視線を、社長補佐のブーカが同じ力で押し返す。だが、ブーカはディラリに同意だった。
「姫様、失礼、社長。
 警備部長の意見は、正しいと思います。
 いまは、湖水地域との交易に専念すべきかと……」
「いいえ。
 アトラス山脈東麓は重要です。
 かなりのヒトが住んでいます」
「姫様。
 そう断言できる根拠は何ですか?」
「西ユーラシアのヒトは困惑しています。
 西ユーラシアの人口は実態が不明な中央平原を除いて30万人程度とされていましたが、完全な間違いでした。
 実際は、80万人から100万人もいたのです。たぶん、200万人まで増えるでしょう。
 目算を誤ったがために、移住先に困り始めています。
 フルギア、ヴルマン、北方人の誤りがひどく、東方フルギアに至っては人口を一切把握していなかったようです」
 ブーカがため息を吐く。
「他山の石、ですが、クマンも人口の把握がいい加減でした」
 ディラリが俯く。
「社長は、西ユーラシアを警戒しているのですね。200万人もの大勢力が我がクマンの近くに現れることを」
「そうです。
 かといって人口は急速に増えません。
 ならば、増やすのです。
 力ずくで」
 ブーカは困惑顔だ。
「ですが、姫様。
 一私企業が心配することではありません」
「いいえ、商機なのです。
 ここは賭に出ましょう」

 ドミヤート地区には学校がある。王冠湾の子供たちがそのことを知ると、行きたがった。
 だが、言葉が理解できない。
 しかし、このままでは、子供たちはこの世界に適応できない。奥宮要介が学校に赴き事情を説明したが、校長から「よそ者に便宜を図る理由がない」と実に冷たい回答があった。
 それと、法外な学費の要求もあった。
 子供たちの通学は、諦めなくてはならなかった。だが、マーニとホティアが言葉を教えると志願してくれた。通訳が必要だが、手空きの大人たちが担当することになった。
 子供たちの落胆は大きいが、仕方のないことだった。

 バンジェル島臨時政府は、次々と施策を打ち出す。乾期の間に、船体長90メートル以上の武装船すべてが政府管轄となる法、船体長90メートル以上の船舶を政府の許可なく建造できなくする法などを立法。
 大型船舶を建造するための造船工廠、政府が使用する航空機を製造する航空工廠、小銃から大口径砲まで製造する造兵工廠を設立する。
 だが、これらの施策に対して態度を硬化させたのは、矢面に立っている工業地区ではなかった。農地の開拓が始まったばかりの北島や西島が強硬な抗議を始める。
「工業国有化の次は農業国有化だろう。政府は、苦労して開拓した農地を取り上げるつもりなんじゃないか?」
 疑心暗鬼は暴力を誘発しやすい。西島を視察中の内務長官一行が一時拘束される事件も起きた。
 内務長官の護衛が飲み屋で乱闘事件を起こしたのだ。
 護衛5人は現地住民に捕らえられ、公開絞首刑の直前までいった。
 5人の護衛は現地住民から激しい暴力を受け、処刑台では立っていることができないほどだった。
 内務長官も捕らえられ、現地住民から厳しい追及を受ける。西島に上陸した際の居丈高な態度はなりを潜め、最後は「お願い、殺さないで」と命乞いをした。
 この事件以後、西島と北島は政府要人の上陸を禁止する。
 臨時政府が目指した中央集権的政策は、設立から半年と少しで破綻してしまった。
 独立心旺盛な西ユーラシアのヒトを、中央集権的制度でまとめ上げるなんて土代無理なのだが、臨時政府にはそれが理解できなかった。

 ドラア川調査計画は、ドミヤート地区、王冠湾地区、クマン鉄道会社での実施が決まる。
 王冠湾地区は物資輸送のためにベルーガを投入できなかった。
 人手不足だからだ。
 そこで、クマンの武装商船をチャーターした。
 チャーター船は前進基地を設営する物資を下ろしたら、カナリア諸島に入港・待機する。河口の発見後、ヘリコプターはカナリア諸島と河口間の物資輸送に従事する。
 物資輸送が一段落したら、マーニとホティアはヘリコプターとともに王冠湾に帰投する予定だった。
 笹原大和は、王冠湾のヘリポート脇の草原でオートジャイロの操縦訓練を続けていた。
 カウルのある流麗な機体で、大きさは大型スクーターと大差ない。各務原の倉庫で見つけた。実際に使われていた機体で、エンジンを整備しただけで動いた。
 役に立つとは思わなかったが、ローターを外せばバイク並みの大きさなので、ベルーガに積んできた。
 笹原は、このテンダムのオートジャイロを上空からの観測に使うつもりだ。

 半田千早は、パウラたちの計画を手紙で知る。計画発起の15日後のことだった。無線では、傍受される恐れがあるからだ。
 半田健太(城島健太)が不安な眼差しを姉に向ける。
「マーニ姉ちゃん、何をする気なの?
 ドアラ川、って何?」
「健太、キュッラ。
 マーニが何をしようとしているのか、王冠湾のヒトたちがどう関わっているのか、パウラの役割は何か、まったくわからない。
 だけど、大西洋沿岸からの交易ルートを探しているんだと思う。
 アトラス山脈の回廊は、デルピスというバイク型の3輪トラクターと幅が極端に狭いトレーラーでしか通れない。あとは、ウマだけ。
 これでは、交易量は増えない。
 だから、パウラは別のルートを探しているんだ。
 ヌアクショット川の北に、大きな川があるという噂は以前からあった。ドラア川は、その川のことだと思う」
 キュッラは納得できない。
「でも、チハヤ、その川の河口が発見されていないんだよ。川なら海か湖に流れ込むはずでしょ」
「そこなんだよね。
 慎重居士のマーニが何の成算もなく、動くとは思えない。パウラやミエリキとは、マーニは違うからね。もちろん、私とも……」
 健太が一歩踏み出す。
「姉ちゃん、どうするの?」
「待つ」
「待つ?」
「待っていれば、マーニが来る」

 元首を退いてもパウラは、クマンのアイドルだった。国家元首法制定と同時に、元首を退いた潔さも人気の秘密。
 当然、パウラの動向は注視されている。新王都の新埠頭に2機のヘリコプターを搭載した武装貨物船が入港し、前元首パウラが乗り込んだことは港にいた多くのヒトが見ていた。
 船倉に6輪の装甲兵員輸送車2輌を積みこむところも目撃されている。

 人数の少ない王冠湾グループは、ドラア川調査に振り向けられる要員に限りがあった。若年ながら笹原大和と有村沙織がその任にあたることとなる。
 笹原大和はオートジャイロに拘っているが、年長者は遊んでいるとしか見ていない。しかも、危険な遊びだ。

「クマンの海岸キャンプは使えない」
 パウラの想定外の発言に全員が慌てる。
 武装貨物船の甲板にテーブルと椅子を置いただけのオープンエアな会議は、パウラの言葉に誰も反応できなかった。
「私はもう元首ではない。
 クマン政府の施設を使う権限はない」
 マーニが上目遣いでパウラを見る。
「それだけじゃないよね。
 山脈越えルートでは、運べる量は限られる。
 だけど、ドラア川が発見できれば、陸路と水路で物資を運べる。
 パウラは、このルートの独占を狙っている」
「マーニ、私が独占だなんて……。
 私たちで独占しましょ」
 ホティアが「私と私の仲間も入る?」と尋ねると、パウラが頷く。
「もちろん」
 しかし、そこにいる全員が、独占が無理なことを知っていた。
 なぜなら、すぐに北方人がやって来るからだ。そして、北方人は秘密を作らない。そして、驚くほど図々しい。
 ルートを開拓したら、1カ月以内に固めないと、北方人にいいようにされてしまう。

 王冠湾地区は、ドラア川調査に使う水陸両用トラックを用意できなかった。仕事を求めてやって来たヒトたちの住宅を建てる必要があった。
 カナリア諸島から1輌、北島から2輌の注文があり、生産能力に余裕がなかった。その代替として、ドミヤート地区の車庫に眠っていた2輌の6輪装甲兵員輸送車が引っ張り出された。
 この2輌はよく似ているが同型ではなく、ドイツ製フクスとフィンランド製XA-180だ。両車とも水上航行が得意なわけではないが、状態が比較的いいことから選ばれた。

 王冠湾地区が開発した水陸両用トラック“ダック”は、数度の設計変更を経て、車体(船体)形状はDUKWによく似ている。DUKWは6輪だが、ダックは4輪で、外見上の大きな違いはこの点のみ。DUKWはボンネットトラックと同様のレイアウトだが、ダックはキャブオーバーに変更されている。
 DUKWのキャビンはオープンだが、ダックはクローズド。
 ロットを重ねるごとに構造簡易化が進み、1号車の車体はV字船底の吃水艇に似ていたが、3ロットになるとDUKWに近似となった。
 装甲はないが、厚さ5ミリの鉄板で船形を作っているので、ドラキュロのいる西ユーラシアでも運用可能だ。
 もともとが、すぐの“現金化”を狙って、車体構造は可能な限り単純化して、製造期間を短くしている。だが、それでも“無駄”が多かった。車体を船形近似から、DUKWに似た艀型に変更した理由は、量産性が高いからだ。

 ドラア川調査隊は、クマンの海岸キャンプよりも北に上陸する。小型の動力艇とヘリコプターで、10トンの物資を揚陸し、6輪装甲車は無謀にも短距離ながら海を航行して上陸した。

「どうやって、偵察する?」
 パウラの問いに誰も答えず、パウラの目が不安の色を示す。
「200万年前のさらに1世紀近く前のことだけど……」
 笹原大和が躊躇いがちに提案する。
「日本海軍は、水上機を扇形に飛行させて、索敵したんだ。
 同じように、ヘリコプターを扇形に飛ばしたらどうだろう」
 笹原大和が海岸キャンプを指さし、そこから指でV字を描く。その後、内陸にいくつかの弧を描く。
「ヤマト、いい案ね。
 祖先の方法を引っ張り出すなんて……。
 マーニ、どう?」
「ホティア、ヤマトの案をやってみよう。
 海のどこかにいるかいないかわからない船を探す方法でしょ。
 船は動くけど、川は動かないから、この方法が有効なら発見できるはず」
 パウラが「発見まで、どれくらいかかるかな?」と問うと、有村沙織が「2日あれば見つかるんじゃないかな?」と答える。
 パウラが「根拠は?」と問うと、ホティアが微笑む。
「1万5000平方キロの広大な地域を偵察しなければならないけど、高度を1500メートルまで上げれば140キロまで見通せる。150キロ飛んで進路を変え、50キロ飛んで帰路につく。
 これを3回繰り返せば、ほぼ全域を見通せるよ。
 川が100キロ圏内にあるとすれば、ヤマトの案なら遅くとも2日目には見つかっているはず」
 笹原大和が同意する。
「面積は広大だけど、正方形にすれば1辺は125キロだからね。
 1500メートルまで上昇するなら、2日で見つけられるかも……」

 夕食後の食堂は、情報交換の場だった。
 花山真弓は、王冠湾地区の武器の少なさに焦りを感じていた。医師としての役割を忌避し、食料の管理係を担当する来栖早希は、必要量の調達に苦心している。
 そんな会話の中で、加賀谷真梨がポツリと言った。
「ドミヤート地区から油気圧サスペンションの修理の問い合わせがあったの。
 3カ月前。
 できると答えたけれど、その後はなしの礫。だから、話は流れたんだと思っていた。だけど、今日、また連絡があった。
 今度は、アルミの車体が改造できるかって。
 ロシア製のBTR-DとBMD-2という“戦車”を修理したいらしい。
 それと、トーションバースプリングが作れないようなの。200万年前から持ち込んだ多くの装甲車輌が動かなくなっている。
 その理由が、サスペンションの交換ができないから。
 コイルスプリングやリーフスプリングは、修理可能だから装輪の車輌は多くが生き残っているけど、装軌はほとんどが稼働不能状態。その理由がトーションバーサスペンションの老朽化による折損」
 花山真弓が不安な眼差しを加賀谷真梨に向ける。
「なぜ作れないの?」
「焼き入れの問題だと思う。
 私たちなら、鋼材からの削り出しで作れる。設備もあるし……。
 私たち以外はクルマで来たから、製造設備を持ってこれなかった……。
 でも、私たちは船だったから……。それも大きな船……」
 長宗元親がぎこちなく視線をそらして顔を加賀谷真梨に向ける。
「土佐造船は、アルミ船体の高速船が得意だった。戦車の車体は船に似ているから、修理や改造はどうにかなると思う。
 部品さえ作れれば、真梨さんなら何でも直せるさ」
 花山真弓は、慣れない仕事に疲れていた。
「ドミヤート地区やタザリン地区には、200万年前の装甲車が残っているから、修理の要望がないか営業してみるね」
 里崎杏が気になることを言葉にする。
「一帯のことはわからないのだけど……。
 クマンやバンジェル島は、武器の増強を急いでいるみたい。
 手長族との戦いが近いのかな」
 畠野史子が答える。
「近いみたいね。
 大きな戦いになるのかも……。
 西ユーラシアは引っ越しで生産力が落ちているから、故障した兵器を修理しようとしているようね」
 奥宮要介には懸念があった。
「この世界のヒトから見ると、我々は弱武装のようだ。
 住民は増えているけど、拳銃とライフルくらいしか持っていないし……。
 センチュリオンを持って来るべきだったかも」
 加賀谷真梨が困り顔をする。
「その日の食い扶持を稼ぐには、注文をこなさないと……。とても、私たちの武器までは……」
 奥宮には、もう少し情報があった。
「23.5口径の76.2ミリ砲が戦車と装甲車の主砲に使われている。高射砲と艦載砲としては、60口径75ミリ砲が主力。
 20ミリ以上の大口径機関砲は、ほとんど使われていない。手長族の飛行船には、効果がないとか。
 対空砲は、60口径75ミリと51口径105ミリが使われている。
 だけど、主力対空砲の製造は止まっている。引っ越しだけが原因ではないように思うけど……」

 3月初旬、王冠湾地区に移民したヒト、ヒトと精霊族の混血、小柄な精霊族、褐色の精霊族は、家族を含めて400を超えた。
 同時に彼らから不安の声が漏れる。
「武器が足りない。
 このままでは、手長族が攻めてきたら皆殺しにされる」

 3月中旬、半自動小銃や自動小銃の購入ができなくなる。需要が急増しているのだ。
 バンジェル島では、機関銃の製造が停止状態。ごく少数が作られても市場には出回らない。
 戦車や航空機も製造が止まったまま。
 バンジェル島臨時政府の強権的中央集権化は、完全に頓挫している。
 3月下旬、住民投票によって臨時政府の解体が決定。より穏健な統治を目指す暫定政府の設立を決める。臨時政府の高官は、すべての公的役職から追放された。
 工業製品の製造の自由が保障されることになったが、臨時政府が招いた混乱からの生産体制復活は容易ではなかった。

 3月中旬以降、水陸両用トラック“ダック”の受注がピタリと止まる。手長族との戦いが近付いているとの判断から、どの地区も兵器の確保に必死になったからだった。

「いま売れるのは、戦車、装甲車、自動小銃や機関銃ね。
 トラックの需要は、激減しているかな」
 花山真弓の報告で、会議室にあてた食堂は静まりかえった。
 このままでは、武器の調達どころか、食糧の確保が怪しくなる。
 奥宮要介が提案する。
「動かなくなっている戦車や装甲車を買ってきて、直したら……。
 機関銃はMG34ならば作れるけど……」
 削り出し部品が多く、プレス加工をほとんど使わないMG34はベルーガに積んで来た工作機械で作れる。そのためのMG34に対する改良も施されている。
 この世界の標準的7.62ミリ機関銃はMG3だが、これは7.62ミリNATO弾仕様にしたMG42だ。MG42はMG34の発展型で、内部機構は大きく変わらない。
「機関銃は売れると思う。
 MG34を営業してみましょう」

 MG34機関銃の営業を始めると、すぐに反応があった。MG3と比べると古めかしいが、需要に製造が追い付かなくなった。
 王冠湾地区は、これで財政的に一息ついた。

 航空偵察により、ドラア川と思われる大河が見つかる。だが、内陸100キロから海岸までの流路がわからない。
 結局、海岸への流れを見つけるのに苦労し、日数を費やしてしまった。苦労した甲斐はなく、河口は発見できなかった。

「川まで行ってみよう」
 パウラの提案に反対はない。
 だが、マーニは不満げだ。
「川の最下流は地形が厳しくて、ヘリは降りられない」
 パウラが別案を提示。
「ヘリではなく、陸路で。
 ヘリはカナリア諸島に帰る。
 小さいヘリ、ジャイロだけ残す」
 明らかにマーニとホティアは不満だ。
「この探検には航空偵察は不可欠だよ。
 地形が厳しいんだから……」
 パウラは引かない。
「だから、ジャイロを持っていく。
 よくわからないのだけど、ヘリとジャイロはどこが違うの?」
 笹原大和が説明する。
「ヘリコプターは、回転翼で揚力と推進力を得るんだ。オートジャイロは、回転翼は揚力だけ、機体後部のプロペラで推進する。
 離陸前はクラッチをつないで回転力をローターに伝えるけど、1分間に200回転に達したらクラッチを切って無動力にする。離陸を始めれば、空気抵抗でローターの回転が増し、1分間に250回転に達したら離陸する。
 空中でもローターは動力で回転していないから、トルクは発生しないので、テールローターは不要なんだ。
 ジャイロの揚力は小さいからヘリほど荷物は積めないけど、揚力に燃料を使わないジャイロのほうがヘリよりも燃費がいい。
 この探検にヘリは持って行けないよ。燃料を食いすぎるからね」
「じゃぁ、私がジャイロのパイロットをする」
 笹原大和が慌てる。
「マーニ、交代だよ。私と」
 ホティアの発言で、本来のパイロットはさらに慌てる。
「ヤマト、ヘリをカナリア諸島に運んだら、私とホティアに操縦訓練をするんだ」

 笹原大和は、川岸に降りていた。周囲は森林だが、熱帯林ではない。温帯や亜寒帯の風景に似ている。
「ヤマト、ここで地上部隊を待とう。
 ここなら、キャンプできる」
「マーニさん、誘導しないと……」
「大丈夫だよ。
 ルートは指示したし、パウラたちはこういった地形に慣れている」
「森が川岸まで迫っていますね」
「そうだね。
 西ユーラシアにもこういった風景がある。
 この川は、川幅があって、水深もある。移動には適しているよ。河口が見つかれば、海から遡上できると思う」
「どこまで続いているのかな?」
「500キロ遡上できるといいね。
 大きな湖までつながっている可能性もある」
「この川には、ワニがいない。それに、ドラゴンも見ていない。見ていないよね、マーニさん?」
「油断はダメだよ。
 ヤマト、油断すると死ぬよ」
「その言葉、何度も聞いたよ。
 でも、大災厄と大消滅後の200万年前よりは、平和に感じる」
「……」
「地上に何もないんだ。
 何も。
 茶色い土、青い空、白い雲。
 それ以外何もない。
 大消滅後、油断したことは一度もない」
「200万年前は、こことは違うんだね」
「違うね。
 ヒトの生活は、200万年後よりも厳しいんだ」
「では、ヤマトならどうする?」
「空に。
 空が一番安全でしょ」
「だね。
 もう少し偵察しよう」
「上流?
 それとも下流?」
「下流がわかっていないのだから、下流でしょ。
 でも、流れが突然、消えるんでしょ」
「上空からはそう見える。
 たぶん、川のトンネルがある。でも出口が見つけられない」
「長いトンネル?」
「最大でも10キロかな。
 それ以上長い可能性はないと思う」
「経験から?」
「西ユーラシアの経験では……、と言いたいけれど、地下河川なんてほとんど例はないよ。
 ただの推測だよ。根拠薄弱な……」
「ではマーニさん、飛びましょう」

 笹原大和とマーニは、ドアラ川が地下に吸い込まれる地点を確認したが、再度地上に出る場所はやはり確認できなかった。
 海岸から100キロも内陸であるにもか変わらず、地下に流れた大量の流水は地上に現れることはなかった。
 マーニが笹原大和にメモを渡す。インカムがないからだ。
 メモには「何度調べても同じ」と書かれていた。ドラア川は地下に消えた。そう結論するしかなかった。

 ドラア川の遡上は、それほど困難ではなかった。水深があり、浅瀬や中州がなく、川幅の増減が少ない。
 水は澄んでいて、魚影が濃い。ワニはいないが、カバに似た水棲哺乳類がいる。この動物は草食だが、かなり凶暴。実際、6輪装甲車は何度も体当たりされた。

 3日で150キロを水上航行し、4日目の昼、森林を抜け灌木が多い草原に達する。上空からの観測は非常に効果的で、地上からは川と川岸のことしかわからないが、上空からだと周囲半径10キロ以上を視認できる。
 この付近の風景は、クマンや湖水地域と大差なく、森林と草原が点在する。だが、森林のほうがやや多く、アトラス山脈東麓は深い森で覆われている。
 水行150キロを経て、ようやく陸行に移ることができた。

 ドラア川は、アトラス山脈の方向に流れをくの字に変える。右岸にいたドラア川調査隊は左岸に渡り、東に進路を変えて川から離れる。

 陸行3日目の午前中、オートジャイロはNキャンプを探すため離陸する。
 パイロットを誰が務めるかで揉めた。200キロ以上の長距離飛行になることから、パイロット1人の単独飛行になる。
 名目上の正規パイロットは笹原大和だが、マーニとホティアが彼の任を奪っていた。

「ホティア、行け~」
 マーニにぶん投げられ、腹這いになった背を右脚で踏まれて動けない笹原は、ホティアがオートジャイロに乗る様子を見ていた。
「チクショ~!」
 意地の悪い大人たちが大笑いしている。
 有村沙織がマーニの背を押して、笹原を解放すると、有村はマーニに向かっていった。
 パウラが「サオリ、やるねぇ」と感心し、隊員たちは囃し立てる。

 ホティアは2時間飛行して、Nキャンプに到達する。

 半田千早は、滑走路の南端に降りたとても小さなヘリコプターに驚く。
「どこから飛んで来たの!
 誰が乗っているの!」
 ホティアのNキャンプ到達は、ドラア川経由の新たなルートが開拓された瞬間だった。
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