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第6章

06-170 反乱

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 滑走路はヌアクショット川西岸に、司令部を兼ねるテントは東岸にあった。
 半田千早と納田優奈は終日、司令部とその近くに留まった。
 キュッラと半田健太は、指示された通り、滑走路建設の指揮に当たっている。2人は、現地の同年代や年下の少年少女から好意を持って受け入れられていた。
 里崎杏は、ウロウロしながら周囲を細大漏らさず観察している。

 右足を庇いながら歩く初老の男が司令部テントにやって来た。
「書記はいらんかね?」
 半田千早が対応した。
「労賃の二重払いがあったみたいなんだけど、そういったことがないようにできますか?」
「ああ、できるよ。
 お嬢さん。私ならできる。帳簿付けは得意じゃないが、支払いの際に受取のサインをさせればいいんだ。
 まぁ、半分以上は自分の名前も書けんがね。それでも、誰でも自分の印くらいは書けるだろう」
「この地域のやり方でいいんです。
 公平でミスがないように」
「儂にも銀貨1枚をくれるかね?」
「もちろん」
「いつから働けばいい?」
「いまからでも」
「もう工事は終わりなんだろう?」
「どうなるかわかりませんが、滑走路はもっと延ばします。いまの3倍までは……」
「そりゃ、大事じゃ。
 で、行き先のない道は何に使うのかな?」
「お爺さん、もう少しするとわかります」

 滑走路は造れば終わりではない。動物が入り込まないように柵が必要だし、草刈りもしなければならない。
 滑走路の維持管理は、手間がかかるのだ。

 最初に飛んできたのは、半田千早が予期した通り、ヴルマンのフェニックス双発双胴輸送機だった。
 しかも、2機。
 だが、パイロットは半田千早が期待したミエリキではなかった。
 1機にヴルマン兵50、もう1機にウマ10。それと、大量のヴルマン銀貨を積んできた。また、不足していたショベルや運搬用一輪車も運んでくれた。
 ヴルマン銀貨は銀の含有量と重量は、フルギア銀貨とまったく同じ。つまり、等価だ。
 ただし、造作はフルギア銀貨のほうが優れている。
 ヴルマン兵の指揮官は、ブルマン銀貨を差し出す際、「滑走路は我々にも権利がある」と言った。
 そのための銀貨であり、滑走路拡張工事と警備の要員として彼らはやって来たのだ。
 半田千早は、そんなことは百も承知。
 彼女がブルマン兵の指揮官に「ブルマンよりも先に、フルギアが銀貨を届けてくれた。運んだのはクフラックだけど……」と伝えると、彼は「ウー」とうなり、「だが、クマンや湖水のヤツらよりは早いか?」と尋ねる。
 千早が頷くと、彼は渋い顔をする。フルギアの後塵を拝したことが、ヴルマンとしてはおもしろくないのだ。

 バンジェル島飛行場の官制塔横で土井将馬は、城島由加に声をかけられた。
「あれをヌアクショット川源流に運べます?」
 城島由加が指さした車輌は、3ドアの小型装甲車だ。ノイリンは、4輪の10人乗り装甲車を製造・運用している。加賀谷真理によれば、ウニモグの足回りを流用しているそうだ。
 装甲車は軍用ではなく、ヒト食いから身を守るもの。だが、しばしば軍用にも転用される。
 だが、城島由加の指先にある4輪装甲車は、ずっと小型だ。どう見ても2人乗り、最大でも4人が限界だろう。
「司令官、重さは?」
「4トン弱」
「なら積めますよ。
 でも、私はターボプロップ戦闘機の開発に参加するよう頼まれていて……」
「……、とするとC-1は遊んでいる?」
「ミエリキが操縦すると言い張っているんですが……」
「貸したくない?」
「えぇ、まぁ。
 ヴルマンの指導者は相当に強引なんで……」
「大丈夫よ。ベアーテさんなら。
 盗んだりはしない。
 墜落したらごめんなさいだけど」
「簡単には落ちませんよ。
 飛ぶようにできているんで。
 司令官が保証してくれるなら、ミエリキに任せます」
「では、そうして。
 あの機を遊ばせておくことは、どう考えてももったいないもの」
「司令官、あのバギーは?」
「千早のクルマなの。
 親バカって思ってね。
 ようやく直った、というよりも交換できる部品は全部交換したようね。車体以外は、ほぼ新造かな。
 ベアーテさんには、私から話す。
 ミエリキは、当分の間、バンジェル島が借りることにする」

 ミエリキはC-1が自分のものになったことを心から喜び、しかも初仕事が半田千早に愛車を届けることだと知り、二重の喜びに浸っている。
 同時に責任を感じている。
 C-1はベルーガのものであり、運用はバンジェル島が行い、ミエリキはヴルマンの総帥であるベアーテの命によって、城島由加の直属となった。
 ベルーガ、バンジェル島、ヴルマンという3つの勢力のど真ん中に身を置くのだ。
 失敗は許されない。
 墜落なんて、絶対に許されない。
 喜びと同時に、重責に押しつぶされそうだった。

 クマン国元首パウラは、己の立場を忘れて、ヌアクショット川源流に向かう決意を固めていた。
 新首都と旧王都を結ぶ鉄道の建設は、順調に進んでいる。このルートが完成すれば、クマンの首都と湖水地域が鉄路と水路で結ばれる。
 両地域の交易は大きく進む。
 西ユーラシア、西アフリカ、サブサハラに加えて、アトラス山脈の東側にも多くのヒトが住むとなれば、赤道以北アフリカの西半分に巨大な経済圏が生まれる。
 この波に乗り遅れると、国を危うくしかねない。
 パウラは、そう考えていた。

 里崎杏、半田千早、納田優奈だけでなく、現地のヒトたちも困惑している。
 滑走路に4機目の輸送機が着陸した直後、60人の武装騎馬集団が東からやって来たのだ。この武装集団は、4機目の輸送機が上空から接近を探知し、地上に伝えた。
 この4機目の輸送機は、クフラックが運用する双発輸送機スカイバンだった。双発小型のアイランダーと双発大型のフェニックスの中間に位置するノイリン製輸送機だ。

 武装集団は、野盗・山賊の類いではなかった。兵60を率いているのは、ラクシュミーと名乗る20歳代後半の女性で、男性が大半となる集団のリーダーを女性が務めることは、この地域ではたいへん珍しい。
 ラクシュミーは、誰彼の区別なく見詰めている。
「お助けいただきたい!
 丘陵の東に3000ものヒトがいる。食べるものも、着るものも、雨露をしのぐものもない」
 書記係の老人が問う。
「あんたたち、スパルタカスの仲間かね?」
 ラクシュミーは訝りながらも即答する。
「そうだが……。
 ご老人、なぜスパルタカスを知っているのだ?」
「5年以上前、もっと北でスパルタカスという名の労働市民が反乱を起こした。
 儂は、ある街の総督の下で書記をしていた。手紙の代筆なども……。
 そのときに、スパルタカスのことを知った。
 スパルタカスの反乱は、第三次労働市民戦争と貴尊市民は呼んでいるんだ。
 第一次は、虐げられた女たちを解放しようとブーディックという売春宿の女将が200年前に起こした。
 第二次は、貴尊市民の暴力に耐えかねて反撃して殺してしまった若い男を救うため、ウェルキンという鍛冶職人が起こした。この反乱は、一時は街のいくつかを占領するほどの勢いだった。100年前のことだ。
 第三次がスパルタカスの反乱。彼は、どれだけ働いても、生きているかぎり借金がふくれあがる農民たちの指導者だ」
「ご老人、お名前をお聞かせいただきたい」
「名はない。
 ジジイでよい。
 ラクシュミー、このお方に相談されよ」
 老人が里崎杏を軽く指さす。
「あなたは……?」
「里崎です。
 川の河口から来ました」
「河口から?」
「えぇ、この近辺には、多くの食料はないようですよ。食料調達は難しいでしょう」
「それは……、知っています。
 農園主から逃げたヒトたちの隠れ家ですから……。
 ですが、そこを曲げて……。
 子供や老人、妊婦もいるのです」
 傷んだ服、粗末なサンダル、わずかな武器で武装した集団は、統率がとれていて、手荒なことは一切しない。
 西岸にいたクフラック、クマン、フルギア、ヴルマンのリーダーや機長が川を渡って集まってくる。
 誰かが「病人や怪我人もいるのか?」と尋ねると、ラクシュミーは小さく頷いた。
 里崎杏が「自力でここまでこれますか?」と尋ねると、ラクシュミーは「多くが死ぬと思います」と事もなげに答える。
 クフラックの機長がクマンの商人に顔を向ける。
「あんたたちで、食料を集められるか?
 俺たちが運ぶ」
 里崎杏が訝る。
「ここから東は、岩の多い丘陵地帯よ。飛行機は降りられない。ヘリでないと空輸はできない」
「物資を空中投下する。
 それと、陸路で向かえないか?」
 半田千早には、躊躇いがある。
「燃費の悪い装軌車しかないし、トラックをここまでどうやって運べばいいのか……」
 クフラックの機長は支援する気満々なのだが、書記係の老人は違った。
「スパルタカスを助けたら、ここが襲われる。貴尊市民は絶対に許さない。豆一粒、布の切れ端でも渡したら、反逆者として処刑される」
 里崎杏は純粋な疑問を感じた。
「ラクシュミーさん、ヒトを殺したことは?」
 彼女は少し考える。
「ある。追撃を受けた際、仲間を逃がすために反撃した」
「それ以外は?」
「私自身を襲った相手を、殺した」
「街を襲って、略奪とかは?」
「されたことはあるが、したことはない」
「反乱を起こしたそうだけど?」
「逃げただけだ。
 追いつかれそうになったら、反撃した。
 だが、ガイウスの1個軍を破っているので、小競り合いだけではない」

 半田千早は彼女と同年代の男の子に小声で尋ねる。
「労賃の銀貨はどこで何に使うの?」
 貨幣経済にどっぷりつかった大人たちは疑問にさえ感じていないのだが、キュッラは当初からこれを口にしていた。キュッラの疑問を千早が代質したのだ。
「銀貨は、使える。
 川の源流部西岸20キロに、アトラス人の大きな街がある。
 そこの市場なら何でも手に入る。
 アトラス人は、西サハラ人のことなんて気にしないから、銀貨があれば何でも売ってくれる。銃だって手に入る」
「アトラス人?」
「あぁ、湖の西岸に住むヒトたちのこと」
「あなたたちは?」
「俺たちはアトラス人からは西サハラ人って呼ばれている」
「アトラス人から食料は買えるの?」
「もちろん。
 山脈からたくさんの川が湖に流れ込んでいる。農地は狭いけど、土地が豊かで、収穫は多いんだ」
「じゃぁ、みんなも?」
「当分の食料と、できれば種。それと農具。
 そのための銀だ。
 問題は、軍隊だ。せっかく収穫しても、軍隊が来て奪っていく。対抗するには、武器がいる」
「アトラス人と西サハラ人は、交易しているの?」
「貴尊市民は、商人のまねごとはしない。政治家を兼ねる農園主と軍人しかいない。
 アトラス人商人と労働市民の商人には、取り引きがあると思う。だけど、貴尊市民とアトラス人に交流があるとは思えない」
「なぜ?」
「アトラス人は働き者なんだ。
 貴尊市民は、労働は賤しい行為だとしている。つまり、貴尊市民から見たアトラス人は賤しいヒトたちなんだ。労働市民と同様に……」
「じゃぁ、対立がある?」
「あるかもしれない」
「話は変わるけど、私たちがアトラス人の街に行って商売ができるかな?」
「アトラス人次第だけど、拒んだりはしないんじゃないかな」

 半田千早は、彼女と同じ年頃の男から離れ、納田優奈に耳打ちする。
「アトラス人から食料が買えるらしい」
「アトラス人?」
「湖の西岸に住むヒトたちのこと。
 大きな街があり、銀貨で取り引きができるって。フルギア銀貨でも、クマン銀貨でもいいみたい」
「銀本位制ってことね。
 貨幣の価値は銀そのものの重量で決まる。問題は、金と銀との交換レート。
 金1グラムで銀が何グラムになるのか。
 まずは、そこを調べてから取り引きを始めて。
 ここで食料を調達できれば、クフラックの飛行機で運べる」

「そこで、こここそ相談している2人。
 名案があるの?」
 里崎杏に促され、半田千早が答える。
「キャプテン、川の西、湖の南に大きな街がある。
 アトラス人の街で、食料が手に入る」
「アトラス人?」
「アトラス人は湖の西岸、西サハラ人は東岸に住む。ここのヒトは、西サハラ人の労働市民という階級。
 アトラス人の社会のことはわからないけど、西サハラ人とは大きく違うみたい」
「東サハラ人もいる?」
「それはわからない。
 でも、キャプテン、鋭いね?」
「3000ものヒトの食料は、簡単には確保できないよ。
 それに西サハラ人の支配層は、この状況を座視しないだろう」
「キャプテン、厄介だよ」
「厄介ねぇ」

 翌日、60の騎馬のうち、20が大半の仲間が残る東に向かう。逃亡市民との邂逅を果たしたと、報告するためだ。

 ミルシェが医療テントを設営する。里崎杏は、「安全な西岸に設置しろ」と命じたが、彼女は従わず「病人や怪我人に川を渡れと言うの!」と反抗し、強引に東岸に設営する。

 この日、最大の課題は、このキャンプの指揮官を誰が務めるのか、だった。
 アトラス山脈の東にヒトが住むことはわかっていた。だが、どんなヒトたちが、どれくらいいるのかは不明だった。
 だが、ここ数日で、いろいろなことが判明する。巨大湖の西岸、アトラス山脈の東麓には、複数の街がある。東岸には国家のようなものがあり、階級社会がある。
 現在位置は、巨大湖の南200キロ。ここには、数百人規模の住人がいるらしい。街や村はなく、ヒトは岩陰や洞窟で暮らしている。
 彼らは、支配層が経営する荘園から逃げてきた。逃亡の理由だが、代々積み重なった借金が原因。支配層の被支配層に対する締め付けは、こういった社会の常で苛烈だ。

 ミエリキは、半田千早たちが設営したキャンプまでの航路を調べている。そこは、Nキャンプと呼ばれている。
 バンジェル島からは2500キロあり、直接には飛べない。Nキャンプに一番近い飛行場は、ジブラルタルで1000キロ弱。内陸の要地バマコからは1800キロ。
 クフラック支配下のカナリア諸島からは1200キロだ。

 パウラは、クマンの地理学者や探検家が残した「アトラス山脈南部には東に抜ける回廊がある」とする古い記録を読んでいた。
 彼女は、その可能性を感じていた。カナリア諸島と西アフリカ沿岸の距離は、90キロしかない。この海峡を流れる弱い寒流の影響で、大陸海岸の狭い地域は極度に乾燥している。
 クフラックは水の不足を嫌い、大陸ではなく島に拠点を建設した。
 クマンは西ユーラシアのヒトたちよりも、アフリカ西岸をよく知っている。地上に水はないが、地下にはあることも。アトラス山脈を源流とする地下水脈は、大西洋に達し、海中に放出されている。
 一部は浅い地中にあり、容易に利用できることも知っている。
 彼女は、筆頭補佐官のブーカに質す。
「カナリア諸島の対岸に、拠点を設営してはどうか……」
「アトラス山脈を陸路で越えるためですな。
 で、あるならば賛成です。
 標高2000メートル以上は雪と氷に閉ざされますが、1500メートルを超えない回廊があるはずです。
 地理学者や探検家は、回廊の存在を予言しています。実際、地質学者の調査隊が回廊を抜ける寸前まで東進し、無煙炭を持ち帰っています。
 この山脈は資源が豊富だと……」
「そうね。
 たとえ、東に抜ける回廊が見つけられなくても、山脈の資源はクマンのもの……」
「御意……」
「行きましょう。
 今回の調査隊は、私が指揮します」
「元首様、それは……」
「なりませんか?」
「はい」
「あとは任せます」
「お供させていただけませんか?」
「なりません。
 国を守るものが必要です」
「では、ディラリと相談して、気の利くものを同行させます」
「隊は分隊規模でいい」
「姫様……、申し訳ございません、元首様。
 せめて中隊規模でないと……」
「中隊規模でもよいが、その場合は、海岸に2個小隊、山脈手前に1個小隊、山脈を越えたところに1個小隊を配し、それぞれに基地を設営する。
 山脈を抜けるのは、私を含む1個分隊」
「御意……。
 しかし、クマン元首自らが行う仕事ではありません」
「そうですね。
 それは、同意します」
「では、何のために?」
「ダイエットです」
「それは何でございましょう?」
「最近、太ってきたのです。
 痩せないと。
 痩せるには、運動と食事制限です。
 探検は効果的なダイエットになります。
 激しい運動、粗末な食事」
「元首様!
 お戯れが過ぎます。
 怒りますぞ!」

 カナリア諸島は、いつになく賑やかだ。クマン軍が対岸の大陸に上陸し、基地の設営を始め、北方人にクマンが注文した寒冷地装備が続々と島の港に陸揚げされているからだ。
 誰もが「クマンが陸路でアトラス山脈を越えて、東に向かおうとしている」と噂している。クマンは、その策動を隠そうとしていない。
 クフラックは、Nキャンプの滑走路を飛行場に拡張する方策を思案している。バンジェル島が建設した滑走路だが、ヴルマンが協力している。ならば、クフラックにも介在する
余地はあるはずだ。
 北方人、フルギア、ヴルマンは、アトラス山脈の西側、大西洋岸に拠点を建設している。
 議論の主流としては完全移住には懐疑的だが、温暖化が始まり、ドラキュロが活性化すれば、過去に例のない大群が押し寄せてくる。
 間違いなく、ヒト科ヒト亜科ヒト族ヒト亜族由来の直立二足歩行動物をすべて食いつくす。
 ヒトだけを食らうイナゴの大群のようなものだ。イナゴのように飛べない。そして、泳げない。
 川は渡れても海は無理。
 適度に寒冷で、適度に温暖なら、ヒトは西ユーラシアで生きていける。
 だが、10年に及ぶ過度な寒冷は食糧増産を阻み、ヒトを饑餓の寸前まで追い込んだ。
 寒冷はいまだ続いているが、温暖化の傾向は歴然としている。過度な寒冷のあとには、急速な温暖化が予想されている。
 科学者の多くは「急速で、極端な温暖化が始まる」と予測しているが、一部の専門家は「それはあり得ない」と反論する。
 各地を束ねる多くの指導者は、正常性バイアスに陥っており、一部の聞き心地のいい説にすがりついている。
 だが、現実を直視できる指導者を選んだ街や国は、最悪の事態を想定して、西アフリカに移住先を探している。
 一方、現実を直視できない指導者は、何もしないことを選んだ。このタイプの指導者には、共通点があった。武勲はないが、発言だけは勇猛なのだ。
 そして、何もしない指導者は勇敢に、対策を模索する指導者は臆病に感じるのだ。
 そして、勇敢な指導者たちは、一様に根拠なく「ヒト食いを封じられる」と発言する。彼らの多くはドラキュロと戦った経験はもちろん、見たことさえない。あったとしても、安全な状態で、だ。

 クマン国元首パウラがアトラス山脈南端、大西洋岸の砂浜に靴跡を記した頃、ミエリキはNキャンプの滑走路にC-1輸送機を着陸させる。
 半田千早はミエリキとの再会を喜ぶが、同時にヴルマンの意図を図りかねる。
「チハヤ、今日中に戻らないといけないの」
「戻る?
 どこに?」
「バンジェル島だよ。
 私は当分、ジョウジマ司令官の直属なんだ」
「ミエリキ、ミエリキはヴルマンで最高のパイロットなんだよ。
 なのに、他国に貸し出すなんて……」
「あり得ない?
 あり得ないことが起きているんだから、あり得ないことが次々に起こる。
 いまはそんな時期」
「ヒト食いの大群がライン川を越えて西進してくることは、予測されていた。
 あり得ないことじゃない。
 単に考えようとしてこなかっただけ。
 父さんとデュランダル総督が阻止したときとは、状況が違う。ヒト食いの数は、4倍にもなっているんだ。
 ヒト食いがどこで繁殖しているのか、普通の生き物のように繁殖するのかさえわかっていない。
 それがわからない以上、ヒトは逃げるしかないんだ」
「わかっているよ。
 チハヤ。
 川では食い止められないから、海で防ぐんだ。ベアーテ様がそう言っていた。
 ヴルマンの全体が移住に賛成しているわけじゃない。移住は誰もしたくない。それに、ヴルマンの領域まで浸透してくるヒト食いは少ない。
 だから、現実が見えていない。
 私がパイロットになって、10回目の飛行任務はベアーテ様を乗せてライン川の東まで飛ぶことだった。
 恐ろしい光景を見たよ」
「昔はライン川の東にもヒトが住んでいたんだ。ヴィスワ川よりも西はヒトの領域だった。 ヒトは追い詰められている」
「チハヤ、手長族や白魔族とは戦える。
 でも、ヒト食いとは無理」
「そうだね。
 ミエリキ。問題はひとつずつ解決しないと」
「まぁ、その助けになればとあれを持ってきたんだけどね」
「装甲バギーはありがたいね。
 だけど、付録のほうが役に立つかも」
「あの小さいトラック?」
「うん。
 軽トラ」
「ケイトラ?」
「私たちもあれできたんだ。
 この世界に……」
「……」
「理解できないよね。
 あんな小さなトラックにそんな力があるなんて」
「でもないよ。
 悪路の走破性はすごいって聞いている」
「軽トラで、食料を買いに行く。
 アトラス人と接触しないと……」
「水陸両用機があればいいのに」
「ミエリキ、知らないの?
 あるよ」
「えっ!」
「ノイリンにあるはず。
 大きな単発農業機がフロート付きで水陸両用なんだ」
「それ、どのくらい飛べるの?」
「航続距離?」
「うん」
「3000キロくらいかな」
 ミエリキが舌なめずりをする。
 半田千早は、親友の表情に不敵なものを見ていた。

 アトラス山脈の東側に住むヒトは、西ユーラシアのヒトにとって最後の未接触地域ではない。
 アルプス山脈の南側に住むヒトとも、あまり接触がない。その他、ソコトラ島、マダガスカル島、ニュージーランドの北島、ハワイ諸島などにもヒトがいる、あるいはいた可能性がある。
 アトラス人のことは皆目わかっていないし、接触に成功した西サハラ人の社会は不安定な状況にあるらしい。
 半田千早には、やらなければならないことが両手の指の数では足りないほど残されていた。

第6章 完
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