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第6章

06-167 サン・ルイ

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 クマンは、バルマドゥからの難民を受け入れていたが、その負担は軽くなかった。
 さらに、難民に紛れたバルマドゥ民兵の浸透も厄介だった。
 バルマドゥの民は、分裂前はクマンの民だった。だから、元首パウラは積極的な受け入れをしていたが、それも限界に達しつつある。
 バルマドゥ民兵による襲撃は、当初は難民に向けられていたが、最近ではクマンの一般民衆にも向けられ始めていた。
 難民と民兵の区別ができない以上、難民の受け入れはできない。

「クフラックがセネガル川南岸に上陸したとは、まことか!」
 元首パウラの声が執務室に響く。
「本当です。パウラ様」
 秘書官の答えにパウラはどうすべきか考える。
「首相に使者を!
 クマンはクフラックの新植民地サン・ルイを承認しましょう、と伝えよ」

 ガンビア川南の油田では、花山真弓がパウラと同じ報に接していた。
「他国の領土に植民地!
 ここから北に350キロしか離れていない。
 バルマドゥは南北から挟撃される態勢になる。
 私たちは守りを固めているだけだけど……。バルマドゥはそうは思わない……はず」

 花山真弓の懸念は、イロナも同じだった。彼女は指揮下の部隊を臨戦態勢にする。クマン軍は警戒態勢をとったが、それほど徹底してはいなかった。ここは常時緊張状態にあり、クマン軍にしてみれば緊張がやや高まった程度の認識だった。
 クマン軍の判断には合理性もあった。セネガル川河口からガンビア川北岸までは、獣道さえないのだ。陸は密林に覆われており、南北に流れる川がないことから、交通は海路しかない。
 だから、バルマドゥの最大拠点であるガンビア川河口北岸には陸からは接近できない。
 クマンの将兵は、バルマドゥがガンビア川北岸からセネガル川南岸までの領有宣言に対して嘲笑っていた。
 彼らが実効支配している地域は、ガンビア川北岸から北に60キロ、内陸80キロほどの狭い一帯だ。
 クマン軍少尉が「クフラックが親切にもセネガル川南岸の占領を宣言したからバルマドゥは気付いたけど、何も言われなければ100年は知らないままだ」と嘲笑ったが、あながち誇張とは言えなかった。

 200万年前のセネガル川は、ギニアに源を発する国際河川だった。200万年後は、ナイル級の水量を誇る空前の大河だ。200万年前のこの一帯は、起伏の乏しい砂漠に囲まれた街があった。
 200万年後でも起伏が乏しいことには変わりないが、河川と湖沼に恵まれ、森林と草原が混在する理想的な農地になり得る土地に変貌している。
 バルマドゥが領有を主張しているとは言え、無人だし、650キロ西のベルデ岬諸島はバンジェル島の勢力圏内にある。
 西ユーラシアにヒトが植民するには、いい場所だ。
 セネガル川北岸はフルギアが植民の意思を示している。

 ジブラルタルの対岸からアフリカの西海岸では、多くの街やグループが農地の適地を探している。
 ユーラシアは徐々に暖かくはなっているが、西ユーラシアだけが寒冷からは抜け切れていない。パリの北にある氷床は、いまだ居座っている。ブリテン島とアイルランド島、北海は氷に覆われている。
 西ユーラシアのヒトたちは、食料の不足を極度に心配していた。すべてを捨てても、食料が必要なのだ。
 暖かくならなければ作物の収穫は低水準のまま、暖かくなりすぎればドラキュロ(ヒト食い、噛みつき)の行動が活発になる。
 ヒトは、食物連鎖の頂点にいない。

 クマンがサン・ルイをいち早く承認したことに、バルマドゥ政府は驚き、怒りを露わにする。
 そして、クマンを懲罰するため、ガンビア川河口部を重門橋と舟艇で渡り始める。

 花山真弓は、ヒト相手に機甲戦を行う意志はない。
 問題は、戦わずに勝つ戦略がないことだ。敵を知らず、味方の信頼を得られておらず、周辺国情報に疎く、ヒト以外の直立二足歩行動物の情勢はまったく理解していない。
 これでは、孫子の兵法の真逆だ。

「どう考えたって、下策よね」
 イロナには、花山真弓の作戦が下策とは思えなかった。
「下策……、ですか?」
「そうよ、ヒト同士が戦う余裕なんてないのに、大切な兵器を破壊するんだから、下策でしょ」
「戦車だけを破壊するんですか?」
「イロナさん、その通り。
 戦車は作れるけど、戦車兵を育てるには何年もかかる……。生まれてからなら18年から20年は最低でも必要。
 両親の恋愛から数えたら……」
「そうだけど……。
 上策じゃないかもしれないけど、下策ではないと思うんですけど……。
 むしろ、正攻法ではないかと」
「……ではないの。
 戦力が劣る防御側が水際で防ごうとしても、火点を暴露してしまい、砲撃によって制圧されてしまうの。
 水際決戦は合理的なようで、実際は防衛戦としては有効じゃないわけ。
 バルマドゥの兵器体系はよくわからないけど、戦車と榴弾砲は保有しているんでしょ。
 戦車と歩兵を舟艇と重門橋で渡河させようとしていることは、偵察機からの報告でわかっている。
 手間取っていることもね。
 上陸地点もおおよそ予測できる。舟艇は大型のカッターボートのような無動力艇。
 重門橋は単なる長方形の浮体。タグボートで動かすつもりなんでしょう」
「ハナヤマ大尉、最短部でも川幅は7キロあります。この最短部で上陸作戦は実施されるはずです。
 タグボートは蒸気レシプロ機関ですけど、8ノットほどで重門橋を動かせます。30分か40分で渡ってきます。
 いったん上陸されたら、荒野を前進するだけです。半日で油田は落ちます。
 やはり、水際で防衛したほうがいいと思いますが……。
 大尉の作戦は……?」
「正攻法は、縦深防御。だけど、水際防御も併用する」
「えっ……。
 水際防御は、効果がないって……。
 それに、いまから内陸に陣地を構築して……」
「陣地は作らない。時間もないし。
 まず、少数の戦力で水際決戦を仕掛ける。渡河中の戦車だけを105ミリで狙い撃つ。
 可能な限り、戦車だけを破壊する。
 アウトレンジでね」
「夜間に渡ると思いますよ。
 それに、水際で抜かれたら、それ以後はどうにもならなくなってしまいます」
「イロナさんの言う通りね。
 水際決戦で抜かれたら、油田を放棄して、ゲリラ戦しかない。
 しかも、バルマドゥは好きなところに上陸できるけど、私たちは上陸地点を想定しなければならない。
 裏をかかれたら終わり。
 ……よね。
 ならば、進撃ルート上で待ち構えて、機動防御に徹した方が時間が稼げる。
 援軍が来るまでね。
 援軍は期待できないけど……。
 上陸地点に配備できれば、戦車の数はこちらの方が多いから、川岸で押しとどめられるかもしれない。
 だけど、歩兵の戦力は圧倒的にバルマドゥが上だから、どう足掻いても勝ち目はない……。
 後方や側面に回り込まれたら、包囲殲滅される。
 バルマドゥは、何としてでも油田を取りに来るでしょう。
 国民に見放され、友好国がないバルマドゥが生き残るには、油田が必要だから……」
「大尉がお考えの作戦はわかりますが、戦車数輌を破壊しても、それで戦況が変わるとは思えませんが……。
 それに、戦力の分散は得策ではないと……」
「あー、戦車なんだけど……。
 暗夜でも、霧の中でも、私たちの戦車なら“見える”の」
「暗視装置ですか?」
「イロナさんは、200万年前の技術に詳しいのね。
 レーザー距離計と射撃レーダーを装備しているの。あれは、特別に作られた戦車」
 花山真弓は、74式戦車改を指差す。
「この作戦は、105ミリ砲搭載戦車3輌だけで行う。戦車の上陸地点を襲い、できるだけ多くの戦車を破壊し、速やかに帰還する」
「そんな、曲芸みたいな作戦、成功するんですか?」
「作戦としては単純。川岸まで行き、砲撃して、後退する」
「ですが……」
「単純な作戦ほど、成功する確率が高い……。
 敵を内陸にたぐり寄せながら、消耗させていく」
「でも、準備は簡単じゃない……」
「戦車が通れるルートは多くないから、準備をしっかりしておけば、作戦は成功する……」
「ですが……」
「今度は時間でしょ」
「はぃ、大尉」
「機動防御は、野戦築城の必要はないの」
「知っています。
 ジョウジマ司令官に習いました」
「では、やってみましょう」
 イロナは不信感を抱きながらも頷いた。

 油田は海岸からごく近くにあった。200万年前ならば、海岸線はもっと内陸まで入り込んでいたので、ここは海底だった。
 港は、水深が浅く、吃水の深い船は接岸できない。1万総トンのタンカーまでしか接岸できないことが、この油田の最大の問題点だった。

 水深の浅い油田の港を、ベルーガは離れている。クマンの首都に向かっているが、行き先を変更する可能性がある。
 ヒトの世界は急速に動いており、動乱の兆しが見え始めている。
 200万年前のモロッコから西サハラの大西洋沿岸に、西ユーラシアの各街は調査隊を派遣したり、一定期間の居住が可能なコロニーの建設を始めている。
 また、ヌアクショット川の河口付近も新天地の有力候補になっている。
 西ユーラシアは、寒冷な気候があと4年か5年続けば、地中海沿岸を除いて、完全に食糧不足になる。
 現状、食糧は不足気味だが、飢餓には陥っていない。だが、飢餓の恐怖は増している。
 だから、ソーヌ・ローヌ川上流部とロワール川周辺のヒトは、バックアップとしての移住先を探し始めている。
 精霊族や鬼神族は、チュニジア攻略を優先しているが、白魔族との激しい戦闘が続いている。一進一退の攻防が延々と続く、消耗戦に陥っている。

 花山真弓は、イロナから105ミリ砲搭載の戦車2輌を借りていた。各車にはジブラルタルの言葉を解す隊員が乗る。花山と意思疎通のためだ。
 ノイリン製105ミリ砲搭載戦車は、車体はM24チャーフィーから、砲塔はAMX-13と同じ揺動砲塔。サスペンションは第二次世界大戦期の日本製戦車と同様の横置きコイルスプリングで懸架する2輪連動ボギー式。
 いろいろな戦車の機構を拝借しているが、性能は意外とよかった。
 3人乗車で、個体数の少ないヒトにとっては、運用効率がいい。
 2人の車長は当初、花山に非協力的だったが、暗視装置を渡されると、あっさりと協力に転じる。

 イロナは、戦車の集中運用に徹するべきだとは考えていたが、一部を南に移動させた。
 バルマドゥが侵攻してきた場合、側面を攻撃するためだ。
 クマンの歩兵部隊は油田から動かず、直掩に徹している。

 花山真弓は、バルマドゥ部隊の上陸地点を特定しなかった。
 川岸のやや高い丘から対岸を観察し続けている。
「あらぁ、定石通りなのね」
 花山は、やや呆れている。バルマドゥの渡河部隊は、河口付近ではもっとも川幅が狭く、両岸ともなだらかな岸のごく普通の場所を、渡河点に選んだからだ。
「私なら、ここは選ばないな」

 花山の74式戦車改とノイリンの戦車2輌は、渡河点の対岸に移動すると、そこにいたバルマドゥの工兵を追い払い、渡河中の重門橋に向けて発射を開始する。

 一方的な破壊だった。
 渡河中の重門橋のすべてを沈め、車輌の移動をほぼ不可能にする。

 城島由加は、パウラとの徹夜の交渉に疲れを感じていた。
「司令官、確かに、バンジェル島を含めた大陸沿岸の島々は、クマンの領土ではありません。
 ですが、隣接地であり、民は昔から利用してきました。住民は少しの期間いただけですが、住んでいたこともあります。
 南の島と東の島もノイリンが支配すると……」
「元首閣下、正確にはノイリン北地区の一部です。南の島と東の島を合わせると、3500平方キロを超える面積があります。
 私たちが、移住するには十分な面積があります。ノイリン北地区の一部とコーカレイが、クマン領の近くに移住すれば、協力し合えると思うのです。
 それと、クマンのみなさんを拒否するつもりはありません」
「ノイリンの他のみなさんは?」
「ヌアクショット川河口部北岸への移住を考えています。
 ヴルマンは、南岸を希望しています。
 完全な移住は何年後になるのか、そもそも可能なのかはわかりません。
 ですが、西ユーラシアは、暖かくなるはずなのに、気温が上がらないのです。永久凍土はノイリンのすぐ北まで迫っています。
 地下1.5メートル下が凍っているのです。夏でも……」
 パウラには、夏でも凍る土地を想像できなかった。そもそも地面が凍るなど、信じられない。
「みなさんの苦境は、理解しているつもりです。ですが、強大な軍事力を持つ集団が、首都の近くに移住してくるなんて……。
 国民が不安に思います」
「もっともなご意見です。
 反論の余地がありません。
 ですが、そこを曲げて……」
「ノイリン北地区からは、何人が……」
「北地区は8000人を少し超えます。そのうちの3500人が移住の予定です。
 コーカレイには3万人以上いて、最終的にはすべてが移住する計画です」
「北地区の4500人はどうするのですか?」
「一部は、ヌアクショット川に、一部はサン・ルイに移住の予定です。
 2500人ほどがノイリンに残ります」
「残る?
 なぜです?」
「ある考えに取りつかれているのです」
「どんな?」
「優生思想という、奇妙な考えです。
 ある種の選民思想かもしれません。
 身体や精神が優れているヒトの遺伝子を保護して、劣っているヒトを排除することで、優越したヒト社会を作りだそうという思想です。
 金髪・碧眼のヒトは優生で、黒髪・黒眼のヒトは劣っているとか、意味不明な特徴を論って、ヒトを差別するのです。
 邪悪な考えです」
「そのヒトたちを見捨てる……」
「いいえ、優れたヒトだけが残るので、素晴らしい未来があるのではないかと思います」
「ハンダ様がそうせよ、と?」
「半田隼人は死んでも、彼の意志は生きています。
 彼は常々、追い出すより、逃げ出すほうが簡単だ、と言っていました。
 その通りなんです。
 そして、ここに逃げてきたいのです。
 半田隼人は、それを望んでいます。
 私たちも……」
 バンジェル島と北の島、新たに南の島および東の島を合わせると、奈良県とほぼ同じ面積がある。
 3つの島は橋でつなぐことができると、片倉幸子は判断している。3つの島にはなだらかな起伏があり、湧水がある。
 太陽光と雨に恵まれている。
 自然環境だけならば、バンジェル島周辺はノイリンよりもはるかにヒトの居住に適している。
 しかも、ドラキュロがいない。
 ドラキュロがいる土地では、ヒトは生きていけない。ライン川を突破されたら、防ぎようがないし、冬の気温が5℃を超えれば、確実に渡渉してくる。真夏でも10℃を下回る気温だから、ドラキュロを押さえ込めている。
 だが、この気温では、ヒトの生存も難しい。
 気温はユーラシア全体では上昇傾向にあるが、西ユーラシアだけが数年に及ぶ寒の戻りが頻繁にあり、ヒトは実感としての暖かさを感じていない。
 そして、農産物の不作が続く。
 北方人は、アトラス山脈に発し、モロッコ南部で大西洋に至るドラー川を盛んに探検している。彼らの土地は北大西洋海流によって比較的温暖だが、それでも過去数年の不作で疲弊している。
 植民先か移住先を探しているのだ。

 バンジェル島を確保しているノイリン北地区は、西ユーラシアの他の街よりもはるかに有利だった。
 コーカレイからの移住者を、すでに受け入れている。ノイリン北地区からコーカレイに移動し、組織的にコーカレイの物資・設備をバンジェル島に輸送している。
 第1段階では、1万人が移住する計画だ。半田隼人の計画は、規模が当初から20倍に膨れあがっている。
 ノイリン北地区の成長が停滞し始めると、半田隼人はヒトが建設した白魔族の街であったコーカレイへの進出を目指す。
 この判断はいい結果となり、コーカレイはノイリン北地区を超える規模に成長する。この街を窓口に、フルギアやブルマンともいい関係を築くことができた。北方人とも懇意になった。
 半田隼人は、北方低層平原において越冬した仲間と、プリュールで出会ったヒトたちを中核とした西アフリカ移住を計画した。
 最大500人規模の予定だった。
 それが、第1段階でさえ1万人にまで膨れあがっている。ノイリン北地区の2000人とコーカレイから8000人だ。
 城島由加は、この事態をどうにかしなければならなかった。

 花山真弓は歩兵の上陸は阻止できなかったが、騎兵は一時的に、装甲車輌は完全に阻止した。
 バルマドゥの歩兵1万は、南岸に上陸したが、機動力を欠いており、徒歩で油田に向かっている。
 イロナは少数の戦車で、バルマドゥの部隊を急襲し続けた。
 戦車によるゲリラ戦を行った。昼夜を問わず襲ったことから、バルマドゥ軍はひどく消耗している。
 戦車隊は彼方から履帯の音を轟かせ、接近し、アウトレンジから戦車砲を発射。あるいは待ち伏せして、機関銃を発射した。
 バルマドゥ側の対戦車兵器は、即製の火炎瓶程度しかなく、苦戦ではなく、一方的に叩かれている。
 ゲリラ戦ではあるが、神出鬼没であるだけでなく、大胆不敵な戦いを仕掛け続けた。

 油田の櫓が見える距離まで近付いたバルマドゥの歩兵は、100輌を超える装甲部隊を目にする。
 そして、クマンの歩兵と西ユーラシアの義勇隊からなる歩兵1000が援軍として送り込まれていた。
 ベルーガならウェーブピアサーの高速を発揮して、油田からバンジェル島までの280キロを4時間半で航海できる。
 花山真弓とイロナの遅滞戦術は、功を奏した。十分ではないが、援軍が到着したのだ。

 両勢力は4時間にらみ合ったが、結局、バルマドゥ側はガンビア川に向かって撤退する。
 これをクマンは追撃しなかった。

 ヒトには、ヒトと争う余裕はなかった。
 ヒトがヒトといがみ合っている間に、セロ(手長族)は旧王都の南で戦力を増強し続けていた。

「パウラ様、政府は西ユーラシア人に2島の領有を新たに認める方向にあります」
 パウラは、彼女の補佐官たちからの報告に絶句している。彼女は、ノイリンやコーカレイ勢力の軍事力を甘く見ていない。
 将来、領土の割譲を要求してくる可能性だってある。全土占領さえあるかもしれない。
「なぜ、政府は……」
 首席補佐官であるブーカは、政府の判断を支持している。だが、パウラの心配も理解していたし、その可能性を否定していない。
 だが、セロと対峙している現在、西ユーラシアの戦力は絶対に必要だと感じていた。
「パウラ様、フルギアとブルマンから情報を得ています。
 ノイリンとコーカレイは、一度たりとも領土の要求はないそうです」
「首席補佐官、ですが、コーカレイはフルギアの領地だったと聞いています」
「はい、その通りです。
 ノイリン北地区がフルギアから有料で借り受け、その後、買い取ったそうです。
 奪ったわけではありません」
「北のヒト全体から、欺されているのでは?」
「その可能性はないでしょう。
 商人たちも同じように伝えています」
 パウラは深く考えていた。
「明日、もう一度、この件でジョウジマ司令官とお目にかかりましょう。
 面会の申し入れを、手配してください」

 サン・ルイへの植民は、遠隔地であるクフラックが基点ではなく、バンジェル島だった。
 バンジェル島は、クフラックの協力要請に応えて、サン・ルイの建設に協力している。
 同時にサン・ルイの建設特需は、クマンにも恩恵を与えている。疲弊から抜け出し切れていなかったクマンの経済は、急速に改善していった。
 クマン政府は、バンジェル島がノイリン北地区とコーカレイの移住地となれば、クマン経済にいい影響があることは明確だった。
 だから、政府は4つの島の領有を認める姿勢に傾いていた。
 それとクマン政府は、危機感を感じてもいた。
 湖水地域の若い商人たちは、バマコから1200キロのルートを啓開して、驚くことにサン・ルイへ東から達したのだ。
 交通の圧倒的不利をものともせず、湖水地域がサン・ルイとの交易を始めた。
 湖水地域との交易は、サン・ルイにとっても利益があった。サン・ルイとの交易をクマンが独占するよりは、他の商売相手がいる方が競争原理が働くからだ。

 湖水地域で売り出し中の若き商人ヨランダは、サン・ルイの急速な建設に驚いていた。
 彼女が最初に訪れたときは、まだテント張りの施設が多かった。2回目では木造の建物が多くなり、3回目では上下水道の工事が始まっていた。発電設備もある。

 湖水地域には、西ユーラシアから単独で移住したヒトが少なくなかった。
 その中には技術者もいた。
 多くは新天地を求める若者だった。
 彼らは当地の若い商人たちと連携し、10トンの荷物を運べ、1200キロを走行できる巨大なトラクターを開発する。
 その車輌は4輪駆動で、前後輪のサイズが同じであることを除くと、農業用トラクターによく似ていた。
 このトラクターは10トン積みコンテナを載せたトレーラーを牽引して、時速30キロで進むことができた。
 湖水地域のヒトたちは、セネガル川上流にマナンタリという街を建設し、湖水地域からバマコまでは河川輸送、バマコからマナンタリまでは陸送、マナンタリからサン・ルイまではセネガル川を下った。
 マナンタリで大型の木造で吃水が浅い外輪船を建造し、部分的に水深が浅いセネガル川での航行を可能にした。
 このルートは、湖水地域西端からサン・ルイまで1800キロもの距離があるが、陸路は300キロに満たない。
 陸路は、ニジェール川とセネガル川を結ぶルートでもある。また、湖水地域は、クマンに頼らずに大西洋に至るルートを開拓したことにもなる。

 西ユーラシアは西アフリカの存在を知って以降、急速に変化しているが、赤道以北アフリカも大きな影響を受けていた。

 数日後、クマン政府は、バンジェル島周辺の3島をバンジェル島が領有することを認めた。
 ノイリン北地区とコーカレイは、本格的な植民を開始する。
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