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第4章

第114話 出発

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 第2次深部調査隊は、当初予定よりも3日遅れで出発した。遅れた理由は、ノイリン北地区行政府の承認が下されなかったからだ。
 北地区では、ヒトを人為選択によって進歩させられると信じるブロウス派とネオ・ブロウス派が徐々に姿を現し始めている。
 この頃、ブロウス派とネオ・ブロウス派は、まとめてEU-Gen派と呼んでいた。
 その炙り出しにカンスクからの移住者受け入れを使うのだが、EU-Gen派と反EU-Gen派のどちらにも組しない“中間派”に対する説得が重要になる。
 中間派の多くは無関心だが、人為選択によるヒトの進歩を科学と解釈している。200万年後の世界において、ヒト全体の生存を脅かすある種のカルト的思想とは考えていない。
 だから、無関心なのだ。
 ことが進みEU-Gen派の炙り出しに成功しても、追放などの処分を下す段階になって、中間派が「何もそこまで……」とかばい立てする可能性がある。
「科学的議論が同意に達しないからといって、追放といった強権発動は正義に反する」と……。
「科学の問題は、冷静な議論で解決せよ」と……。
 相馬悠人は、中間派の“誤解”を解く鍵が白魔族にあると期待している。そして、急遽、セロの青服調査に向かっていたミルシェたちのチームを深部調査に向かわせることにした。
 北地区では、西アフリカにおいて医療班給水部が“悪魔的行為”をする、との噂が流れ、北地区行政府は真偽を確かめるため、として第2次深部調査隊の出発を遅らせた。

 出発当日もマーニはミルシェに近付けなかった。それでも互いに確認し、目と手振りで交信した。
 城島由加は気丈に振る舞っているが、内心は千々に乱れていた。サハラ南端、サブサハラ北辺、その中央にヒトの居住地がある。
 ヒトにとって、ドラキュロの次に危険な種とはヒトだ。未知のヒトがいる世界に愛娘を送り出す母親の気持ちは、想像に難くない。

 ミルシェたちが乗る装甲救急車は、バンジェル島でロービジ化された小さな赤十字を完全に消した。そして、擬装のため“給水車”と呼ばれた。
 車列は、先頭からバギーS(先導・偵察)、バギーL(隊長車)、通信車(キャブオーバー装甲トラック)、給水車(バギーL改)、輸送車(ダブルキャブ装甲トラック)、護衛車の順。
 総員22。今回はヒトにかかわることなので、隊員は全員ヒトだ。

 海岸から内陸に向かって300キロは、クマンの道がある。舗装路ではないが、よく道普請されている。時速30キロ平均で走りながら、クマン勢力圏の東辺を目指す。
 助手席の王女パウラが半田千早に話しかける。
「ノイリンのヒトは、よく“進化”というけど、どういう意味?」
 半田千早は、説明の仕方に迷う。現在の西アフリカに類人猿、ゴリラやチンパンジー、ボノボはいない。森が衰退し、草原が拡張され続けたため、樹上性の猿類も少ない。
 だが、大型、ゴリラよりも一回り小さい草原性猿類が棲息している。身体の特徴から、ヒヒから進化したのではないかと推測されている。
 類人猿のようにナックルウォークはせず、サルと同様に前肢の掌を地面につけて歩く。尾が長く、幼体以外はあまり木に登らない。雑食で縄張り意識が強く、他の霊長類に対して攻撃的。
 通常四肢で歩くが、攻撃の際はクマのように立ち上がる。両手は器用で、ヒトの機能と遜色ない。自然物を道具のように使うが、自然物を加工する行為は確認されていない。
 だが、手頃な棒を長期間保有し続ける行動は確認されている。
 攻撃には、投石や棍棒を使うことが多い。
 この草原性雑食霊長類の脳容積は500CC近くあり、これは初期のヒト科動物であるアウストラロピテクスに匹敵する。
 草原性のネコ科動物、ライオン、ヒョウ、チーター、カラカル、サーバルなど。イヌ科動物、ジャッカル、リカオンなど。ジャコウネコに近縁なハイエナ。
 草原性肉食猿類は、これらネコ目動物と並んで、爬虫類と鳥類を除く、西アフリカの草原における代表的な捕食者だ。
 200万年間で大きく進化した捕食動物は、この草原性雑食猿類とハイエナだ。200万年前のハイエナは、最も大型のブチハイエナでも最大体重85キロ程度だが、インドライオンの雄に匹敵する体重180キロに達する個体もいる。
 200万年後の草原では、ハイエナの群が近付けば、ライオンの家族はその場を立ち去る。
 ハイエナと獲物を巡って争う動物は、草原性雑食猿類だけだ。
 この2種が爬虫類であるクルロタルシ類および鳥類の恐鳥とともに、西アフリカ草原における、食物連鎖の上層を形成している。それにヒトとセロが加わる。

 半田千早は、進化を説明するには、ヒトの進化が説明に適切だと考えた。
「200万年後に最初のヒトがやって来たのは、1000年から1200年前。
 それ以前の200万年間、ヒトはいなかった。
 でも、それは違うみたい。ヒトの一部は、精霊族や鬼神族に進化したから……。
 彼らがどこで進化したのかはわかっていないけど、養父〈とう〉さんは東アフリカの大地溝帯だろうって……。そこが、ヒトが進化する場所だから……。
 200万年前を基準にすると……。
 約390万年前から約290万年前のアフリカにアウストラロピテクス・アファレンシスというヒト科動物が棲んでいたの。
 これがヒト属に直接つながる、つまりヒトになる直前の祖先だとされている。
 アウストラロピテクス属とヒト属の共通の祖先だね。
 その姿だけど、立ち上がったバブーン(草原性雑食猿類)から尻尾を取り除いて、三回りくらい小さくしたような……」
 王女パウラが問う。
「長い毛に覆われていたの?」
 半田千早が答える。
「たぶんね」
 続ける。
「その姿から、私たちの姿になるまで、400万年くらいかかったことになる。
 脳の容積は、300CCから400CCくらいだったけど、私たちは1400CCある。
 道具や火を使うし、服も着る。
 大きく変わった。
 これが進化。
 環境に適応して、身体を変えていくことが進化。その原動力が突然変異で、ある意味、お父さんとお母さんから受け継ぐ遺伝子のコピーミス。写し間違いなの。
 多くは些細なミスで、生存には影響ないけど、生存に不利な突然変異は淘汰され、有利なものは種に広がっていく。
 意味をなさない突然変異でも、数万年を経て、環境が変わり、その突然変異が生存に影響を与える可能性もある。
 そうなると、生存可能性の高い個体が子孫を残し、その特徴が種に広がっていく。
 そして、進化するの」
 半田千早は呼吸を整える。ミエリキが聞き耳を立てている。
「養父さんと斉木先生の見解は少し違う。
 養父さんは、ヒトは200万年間の進化の洗礼を受けていないから不利な状況だって。
 斉木先生は、ヒトは200万年に及ぶ特殊化の過程を経てていないから、生存に有利だって。
 どちらが正しいのかわからないけど、斉木先生説のほうが嬉しいかも……。
 環境に適応することは、同時にその環境に適応するように特殊化すること。
 つまり、汎用性がなくなっちゃうんだ。
 例えばクジラ。
 クジラ、バンジェル島の沖のクジラ、見たよね。覚えてる」
 王女パウラが頷く。
「大きな魚だったね」
 半田千早が否定する。
「クジラは魚じゃないの。
 鯨偶蹄目に属する哺乳類で、私たちヒトのようにお母さんのミルクで育つ動物。
 ウシに近い動物で、かつては4本の足があり、陸上で生活していたんだ。
 やがて、海に入り、魚のような姿になった。
 これが進化。
 だけど、海から陸に住処を変えることはもうできないんだ。
 環境に適応しすぎて、後肢を失ってしまうほど特殊化が進行してしまったから、もう一度4本の足を得ることはできない……。
 ヒトは200万年の進化の洗礼を受けていないから、特殊化していない。だから、どのようにも進化できる余地がある。
 これが斉木先生の説」
 王女パウラは、斉木五郎の名を何度か聞いたが、王でも勇者でもない人物をイメージできなかった。
「サイキ先生は、偉人なの?」
 ミエリキが答える。
「偉人ではない。ヴルマンでは精霊と同列だ。
 サイキ先生がゲマール領を訪れた際、港からベアーテ様の館まで、お御足を汚さぬよう新品の絨毯を敷き詰めたんだ。
 そんなこと、フルギアの長にだってしない。
 サイキ先生は、絨毯の上を歩かず、麦畑、野菜畑を丹念にご覧になり、素晴らしい畑だと、お褒めになったと伝えられている」
 半田千早が話を続ける。
「謎もある。
 主竜類には、ワニ、恐竜、鳥類、翼竜が含まれる。そのうちワニ、つまりクルロタルシ類の陸棲種は、本当にワニから進化したのか?
 養父さんは疑問に思っている。
 ワニは水中の生活にかなり特殊化していて、再度、完全な陸上での生活には戻れないのではないかって……。
 では、陸棲のクルロタルシ類はどこから来たのか?
 クルロタルシ類ではないのか?
 クルロタルシ類ではあってもワニとは別系統の偽鰐類から進化した可能性があるのではないか?
 とすれば、200万年前には棲息していなかった偽鰐類は、どこにいたのか?
 これが、養父さんの疑問。
 オーストラリアには、4万年前+200万年前まで、クインカナという最大体長7メートルの陸棲ワニがいたんだ。現れたのが2400万年前+200万年前だから、水棲ワニから進化したんだろうね。
 だとすれば、養父さんの疑問は的を外している」
 ミエリキが尋ねる。
「東のほうに、私たちが住んでいる陸地の東のほうだけど……、背の高い巨大な肉食の獣がいるって……、噂、聞いたことあるよね」
 半田千早が確認する。
「ドラゴンのこと?
 それとも……」
 ミエリキが答える。
「龍ではなく、獣のほう」
 半田千早が応じる。
「存在が確認されているわけではないけど、アナトリアのさらに東に肉食のカンガルーがいるらしいって、聞いたことがあるよ。
 オーストラリアのツヨハオオネズミカンガルーは、肉食だし……。
 200万年の間に肉食の超大型カンガルーが現れても、不思議じゃない。
 私たちは哺乳類だけど、哺乳類には大きく分けて3つのグループがあるの。
 私たちヒトを含む有胎盤類、カンガルーに代表される有袋類、カモノハシなどの単孔類。
 単孔類の棲息は確認されていないけど、有袋類は西ユーラシアにも進出している。
 森のなかならどこにでもいるオポッサムは、南アメリカ原産の有袋類だよ。
 東から、草原性のかなり大きいオポッサムも進出しているみたいだね。
 雑食性で草の根から小動物まで、何でも食べる。強い生き物だ」
 ミエリキはオポッサムに興味があった。腹の袋のなかで子供を育てる、奇妙な動物だ。
「オポッサムって変わってるよね。私たちはコモリネズミって呼んでいた」
 半田千早がミエリキの話を引き継ぐ。
「3億年前の古生代に爬虫類が誕生するんだ。そして、最初は哺乳類型爬虫類が繁栄する。だけど中生代に入ると恐竜類が生物界の支配者になる。
 哺乳類と恐竜は同じ頃生まれ、どちらも2億年以上の歴史があるんだ。
 6500万年前、地球に隕石が衝突して、生物の大絶滅が起こる。恐竜や翼竜、魚竜は絶滅するけど、恐竜の一部は鳥に進化していて空を、哺乳類は恐竜が残したニッチに進出して地上を支配するようになる。
 有袋類は有胎盤類よりも、少し早く登場するんだ。有胎盤類よりも妊娠期間が極端に短く、生まれてくる子供もとても小さい。
 有袋類の子供は生まれると母親の育児嚢で育つ。
 有袋類は、オーストラリアとニューギニア、南アメリカで進化する。
 有胎盤類は、ユーラシア、アフリカ、北アメリカで進化する。
 だけど、有袋類はユーラシアにもいたことがわかっている。そして、有袋類は、より優れた種である有胎盤類によって、駆逐されたと……。
 オーストラリアは、他の大陸と隔絶していたので、有胎盤類が進出できなかったため、より劣っている有袋類でも繁栄できたのだと……。
 でも、この説明だと南アメリカの説明ができない。
 南アメリカでは、肉食の大型有袋類が繁栄し、草食の大型有胎盤類を捕食していたから……。
 北と南アメリカは、約300万年+200万年前にパナマ地峡でつながる。そして、北アメリカから南アメリカに、南アメリカから北アメリカに動物が移動する。
 これが、アメリカ大陸大交差。
 このとき、南アメリカから北アメリカにオポッサムが移動し、繁栄していくんだ。
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 完全にニッチが重なっていたみたい。
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 それと、オーストラリアから初期の有胎盤類の化石が発見されたんだ。オーストラリアにも有胎盤類がいて、有袋類は生き残ったけど、有胎盤類は滅んだ……。
 ……ということは、有胎盤類が有袋類よりも、生物として“優れている”とはいえないことになる。
 単に、その環境に適応する余裕がある種が生き残るだけなんだ。
 そして、適応していくと、環境の変化に弱くなる。つまり、進化を続けていくと、最終的には環境の変化に対応できなくなって絶滅に至るの」

 3人の会話が終わると同時に、隊長車(バギーL)から、停止と小休止の命令が無線で伝えられた。
 今日中に、クマン勢力圏の東辺に至る予定だ。

 最初の小休止で、半田千早はミルシェに20メートル以内に初めて近付けた。
 2人は再会を喜び、抱き合った。
 半田千早が伝える。
「マーニが心配していたよ!」
 ミルシェが答える。
「マーニと話したかったけど、ソウマさんたちがとても警戒していて……」
 半田千早は、核心を突く。周囲には、隊員のほとんどがいる。給水車は謎の部隊。誰もが正体を知りたがっている。
「青服の遺伝子解析用サンプルの回収を中止して、この調査に参加したんでしょ」
 ミルシェは少し答えを考える。
「アフリカ内陸のヒトは、純粋にヒトなのか、それをサイキ先生は知りたがっているの。
 白魔族に捕らえられているヒトたちは、どういうヒトなのかを調べる必要があるって。
 それが、人食いの正体を知る、手がかりになるかもしれないと、いっていた」
 半田千早は、自分自身がよく知っていることをあえて尋ねる。
「遺伝子サンプルは、どうやって手に入れるの?」
 ミルシェは半田千早の意図を瞬時に理解した。
「核のある細胞があればいいの。
 血液なら白血球、赤血球や血小板には核がないから、遺伝子解析は無理。口内粘膜は一番簡単な採取方法。精液とか。骨や筋肉組織からも採取できる。
 ミトコンドリアとY染色体のDNA解析ができるサンプルが欲しいの」
 半田千早は少しおどけていった。
「機械のリバースエンジニアリングみたいなことはしないの?」
 ミルシェが笑う。
「リバースエンジニアリングって、したことがないの。
 バラバラにするんでしょ。ネジ1本まで。
 遺伝子解析は、そんなことはしない。核にはその生物のすべてが書かれてあるから……」
 半田千早が疑問を付け加える。
「血はどれだけ必要なの?
 たくさんいるの?」
 ミルシェが答える。
「注射器で少しもらうだけ、切開したりはしないよ」
 半田千早はさらなる疑問を問う。
「生きているヒトでないとダメなの?」
 ミルシェは端的に答える。
「死んでいても問題ないよ。
 10年前の骨からだって、細胞は抽出できるよ」
 これで、第2次深部調査隊のメンバーが抱いている疑問のほとんどが、解消されたはずだ。
 だが、半田千早は、これでは誤解を解消しきれないと感じていた。
「私から、必要な分の血を採って!」
 半田千早が差し出した左手に、ミルシェが動揺する。
 給水部の医師クリシャンが針の付いた注射器を取り出し、半田千早の腕を下げさせた。
採血はせず、「これくらいだね」と注射器の押し子を引き下げた。黒いガスケットが採血の量を明確に示す。
 クリシャンがいう。
「細い注射針がなかなか作れなくて、採血するときはちょっと痛いかな」
 フルギアとヴルマンが震え上がる。ミエリキが泣き出しそうな顔をする。
 大きな剣を恐れないのに、細い注射針は怖いのだ。
 半田千早はミエリキの顔を見て、大笑いする。新参者やジブラルタル出身者も大笑いだ。
 ミエリキが「そんな小さな針なんか、怖くない!」と叫ぶが、ウーゴが「俺は恐ろしい……」と告白。
 またもや大笑いとなる。

 隊長のクスティが命じる。
「さぁ、出発しよう」

 この日の早朝、ノイリンからバンジェル島に向けて新型プカラ・ホッグ4機の編隊が飛び立った。
 ノイリン製プカラ双発攻撃機の固定武装は、20ミリ機関砲が2門と7.62ミリ機関銃が4挺であった。機首に集中装備されている。武装もコピー生産品だ。
 プカラのエンジン出力を向上し、機首を大改造して20ミリの6銃身バルカン砲に改めた新型4機が、バンジェル島に向かう。
 現在の駐留8機全機が、バルカン砲搭載型になる。セロ(手長族)への反攻準備のためだ。
 プカラはターボプロップ機だが、この世界において、200万年前のフェアチャイルド・リパブリックA-10サンダーボルトⅡのような圧倒的な対地攻撃能力が期待されている。地上軍に対する近接航空支援の専用機だ。
 この新型は、プカラ・ホッグと名付けられた。ホッグは、A-10の渾名だ。

 PZL-130オルリクのコピーは、着々と進んでいるが、実用化までには相当な時間がかかる。
 それと、武装にも問題がある。ガトリング形式の機関砲/銃の搭載は、単発プロペラ機なので無理がある。主翼下に搭載できないことはないが、弾数が限られ、重い機関砲を片翼下に懸吊するのでは、バランスが悪い。
 薄い主翼内に機関砲の搭載は不可能。
 左右の主翼下に1挺ずつ、高発射速度の中口径機関銃を懸吊する案が妥当だ。12.7×99ミリNATO弾が補給の面で最良とされたが、威力に不満があり、一時期はロシア製の14.5×114ミリ弾が候補に挙がっていた。
 この弾薬は、12.7×99ミリNATO弾の1.5倍の運動エネルギーがある。
 しかし、結局のところ、生産力に限りがあり、補給に苦しんでいるノイリン勢力圏にとっては、新弾薬の量産など度台無理であった。
 さらに、20ミリのバルカン砲をなし崩し的に製造・使用し始めてしまったことから、20×102ミリ弾が量産され始め、これもあって14.5ミリ弾はどう足掻いても量産の余裕なしとの結論に至る。
 戦闘機が完成しても、搭載する武器がない、という洒落にならない状態に陥っていた。
 第二次世界大戦期のアメリカ製戦闘機は、12.7ミリ機関銃を片翼3挺、両翼で6挺装備が標準だった。
 多数を装備する理由は、1分間の発射弾数を多くすることと、高いGによって給弾が不安定になり、発射できなくなることが少なくなかったからだ。多数を装備して、発射不良をカバーしようとしていた。
 銃本体の重量は30キロほどあり、3挺なら90キロ近くに達する。
 相馬悠人、金沢壮一、チェスラクの3人が出した結論は、20×102ミリ弾を使用するチェーンガンの新規開発だった。
 実機は存在しないが、同じ仕組みのブッシュマスターは回収しているので、機構は完全に模倣できる。
 バルカン砲と同様、外部動力により駆動することから、不発や給弾不良に強い。また、銃本体だけなら80キロほどの比較的軽量にまとめられそうだった。
 1分間に1500発の発射速度を出せれば、両翼1挺ずつで十分な弾幕威力を発揮できる。
 だが、セロへの反攻には間に合わない。
 ヒトはセロに対して、戦闘機なしで戦わなくてはならない。
 ノイリンは6機のオルリクを戦闘機専従とし、ピラタスPC-21練習機改造戦闘機をアネリアの乗機として、バンジェル島への移送を決定する。

 バンジェル島の戦闘機は、ウルヴァリンとピラタスの同系機2機となった。

 ヴルマン商人の娘ミエリキは、クマン王国の現状を案じていた。
「パウラ、クマンはどうなるの?」
 王女パウラは、答えを持ってはいなかった。
「わからない……。
 だけど、バンジェル島の対岸、カザマンス川から南230キロ付近までは、どうにか手長族の占領を防いでいるから、クマンが完全に崩壊してしまったわけではないと思う。
 だけど、クマン王国はもうない……。
 ガンビア川の沿岸から北は、グスタフのマルクスが支配しているけれど、南からの避難者の受け入れをやめてしまった……。
 北は南と違って、攻められはしたけれど、空からだけで、街も畑も残っている。
 南で、ヒトが住めそうな街があるのは、バンジェル島対岸からカザマンス川まで……。
 南からの避難者は、破壊を免れた街を修復して、どうにか雨風を凌いでいるけど……。
 畑も全部燃やされたわけではないから、無事な作物は収穫できた。
 十分な収穫量ではないけれど、森の恵みと合わせれば、翌年に蒔く種を除いても、飢えなくても大丈夫かな。
 西ユーラシアの人々が協力してくれるから、街もどんどん復興しているし、グスタフが頑張っていて治安も維持できているし……。
 変わったことは……。
 王家がなくなり、貴族が勢力を弱めてしまったけど、民衆が国を動かすようになったこと。
 王国の官吏、貴族に使えていた徴税士、民衆の代表としてグスタフたちが新しい行政府を立ち上げようとしている。
 最初は……。
 グスタフのマルクスたちと、協力してクマンを安定させようとしたけれど、マルクスたちは私たちを“厄介な隣人”と見なすようになったから、見捨てられてしまった。
 クマンは、北と南に分かれてしまうかもしれない。
 南は手長族と戦い続け、北はその間に発展する……。
 南は手長族との戦いの緩衝地帯として、北が利用する……。
 私たちは捨て駒……。北を守るための柔らかい盾……。ヒトで造られた城壁……。
 北は南をそう見ている……。
 だから……。
 南は、南で、生きていく。
 だけど、そのための方法はわからない……。
 手長族は恐ろしいし……」
 ミエリキが楽しそうな声を出す。
「私は、クマンと貿易がしたい!」
 半田千早は悩みを打ち明ける。
「クマンに、武器はいらない。
 人食いがいないんだから……。
 私は何を売ればいいの!」
 王女パウラが答える。
「手長族がいるから……、しばらくは武器がいるし、手長族はヒトをほっといてはくれないと思う。
 油断したら、殺しに来る……」
 半田千早が反論する。
「それ、イヤなんだよねぇ
 建設的じゃないし……」
 ミエリキは、西ユーラシアから半分逃げ出している赤服について語る。
「青服は簡単には追い払えないよ。
 手長族はヒトの心臓を貫けるけど、ヒトは手長族の手足しか斬り付けられない。
 この戦いは最初から互角じゃないんだ。
 赤服が西ユーラシアでの活動を停止した理由は、ヒトの抵抗じゃない。
 人食いを恐れたからだよ。
 手長族は、人食いの恐ろしさを知り、西ユーラシアは手に入らないと判断したんだ。
 だから、白魔族のいる北アフリカに目標を変えた。
 激戦らしい。
 ヒトと手長族の戦い、西アフリカの戦いは、始まったばかりだよ」

 半田千早は、200万年後におけるヒトは、食物連鎖の頂点にはいない生物であることを改めて心に刻んでいた。
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