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第4章

第104話 創造主

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 ランドン・ハスケルたちは、すぐに逃げるという。彼の妻は、動かせる状態ではないが、ここに留まれば確実に殺される。
 それならば、危険を冒しても生存可能性が高い逃避に賭ける。
 当然の結論ではあるが、過酷だ。
 それに、この村には車輌が1輌しかない。白魔族の多砲塔戦車の車台を改造したトラクターだけだ。
 このトラクターで木製大型無蓋トレーラー2輌を牽引するのだが、全員は乗れない。
 男と女、どちらも30歳以上は極端に少ない。40歳以上は皆無かもしれない。
 それと10歳前後の子供もいない。20代の家族がほとんど。幼児・乳児の数も少ない。
 これが、この村を襲った疫病の結果らしい。
 これといった荷物もない。
 わずかな荷物を背負って、身体頑健なヒトたちは徒歩で饅頭山に向かうという。
 トレーラー1輌には病人と怪我人、乳幼児と母親が乗り、もう1輌には商売道具らしい工具類が積まれる。

 マルユッカは、死体を調べている。
 半田千早が話しかける。
「隊長……」
「ウマに乗っていたのは白魔族だ。
 驚いたな。
 ウマに乗る白魔族なんて、初めてだ」
「戦車は、ピカピカの新車みたいだよ。
 機械室は無事で、塗装が新しい……」
「ここから遠くないところに、白魔族の拠点があるのか……」
 村の人々は、逃げ出すことに夢中で、事情を聞くことができない。
 また、逃げることに慣れているようで、手際がいい。

 半田千早はランドン・ハスケルを捕まえて、事情を質す。
「なぜ、戦わないで逃げるの?」
 彼の回答は端的だった。
「連中には戦車がある。
 今回は、あなたたちが破壊してくれたが、次はどうする?
 戦車1輌を破壊するために何人死ねばいい?
 だから、逃げる。
 それだけだ」
 半田千早自身、幼い頃、白魔族に追われて逃げている。最初は中央平原で、2度目は北方低層平原で。
 逃げること自体は理解できる。しかし、疑問も感じる。彼我の戦力差や武器の優劣を勘案して、逃避、避難、後退が合理的ならばそうすべきだが、ランドン・ハスケルたちの行動は、条件反射のように思えるのだ。
 単に、白魔族に襲われたら逃げる、とプログラムされているかのように……。
 そんな分析は必要ないのかもしれない。銃は数挺しか見ていないし、白魔族の武器を鹵獲してもいた。弓矢や槍剣も少ない。
 戦いようがないことは、明らかなのだが、半田千早には釈然としないものがあった。

 ランドン・ハスケルがいう。
「30分後には出発する。
 俺たちは、あなたたちがいる山に行く。
 山の周囲は地雷原で、非常時はあそこに立て籠もることになっている。爺さんの頃からの決まりなんだ」
 半田千早は強い疑念を感じた。
「あなたたち、自分で考えている?」
 ランドン・ハスケルが苦渋の様子を見せる。
「考えている……。
 自信はないけどね。だけど、いろいろなことを知らないんだ。
 どうしたらいいのか?
 知らない、ということも、ここ数年で知った。森のなかに隠れていて、他所のヒトと接触するのは、少人数に限られていたから……。
 親父たちが死んで、初めて何も知らないんだって……。
 いまのところは、爺さんや親父たちが決めたことを守っている」
 半田千早はランドン・ハスケルたちが、年齢よりも幼く感じていた。外界との接触が少ないため、精神的な成長が遅いのだ。
 それと、半田千早たちとの最初の接触以降、不自然に不用心だと感じていたが、根本的な部分で警戒心が希薄なのだ。それと、正しい警戒心の示し方を理解していない。

 マルユッカが手招きする。
 半田千早がバギーに走る。
 マルユッカが命じる。
「彼らよりも先に山に戻る。
 バンジェル島の指示を仰ぎ、以後の行動を決める。
 西アフリカ内陸に白魔族がいるとは、想定外だ。
 北アフリカに上陸した精霊族と鬼神族の命運にも関わる、重大事だ。
 至急、山に戻る」

 帰路は、村の人々が使う森の道は使わず、最短となる草原を突っ切った。理由は2つ。一刻も早く戻るためと、先行しているグループに例の厳しい目を向ける一団がいることから、接触を避けるためだ。

 マルユッカは饅頭山に、無線で白魔族に襲撃されたことを伝えたが、饅頭山からバンジェル島へは通信状態が悪く、伝わっているか否かの確認ができていなかった。

 バンジェル島では、降雨は終わっていたが、滑走路が水浸しで、排水に手間取っていた。簡易舗装さえされていない急造野戦飛行場の限界を露呈している。固定翼機は離着陸できず、回転翼機は半田千早たちがいる場所まで、往復する航続距離がない。

 最初の航空偵察は、バンジェル島が降雨のため滑走路を閉鎖したことから、ベルデ岬諸島サンティアゴ島に足止めされていたクフラックのブロンコ双発攻撃機の飛来だった。
 ノイリンがクフラックに支援を求め、サンティアゴ島に駐機している4機のうち1機を派遣してくれたのだ。
 ブロンコとは無線が通じた。
 マルユッカはパイロットと交信し、西アフリカにおける白魔族の存在を知らせる。
 ブロンコのパイロットは、必ずバンジェル島に知らせると約束してくれた。
 ブロンコがもたらしたバンジェル島からの命令は、移動せずに留まることだった。救出を優先するための命令なのだろうが、白魔族の存在が判明したいま、饅頭山に留まることが安全といえるかは疑問があった。

 バギーが疾走すると、とにかく速い。半田千早のドライビングテクニックも巧みだが、ガゼルと競争しても負けはしない。
 路外を時速60キロから80キロ、場合によっては90キロもの速度で走る。
 饅頭山には、40分ほどで着いてしまった。

 太陽が頭上に達する前に、ランドン・ハスケルたちのトラクターが到着する。
 トラクターは連結された2輌トレーラーを切り離すと、徒歩で向かっている人々を迎えに行く。
 木製のトレーラーにはサスペンションがなく、車輪も木製のため、低速とはいえ、かなりの振動が伝わる。
 乗っていた人々の疲労は相当なもので、マルユッカは傷病者の診察で謀殺されてしまう。

 その間、マルユッカはアクムスに指揮を任せた。
 アクムスは、武器と弾薬を点検する。全員が自動小銃か半自動小銃を装備している。弾薬は7.62×39ミリのカラシニコフ弾で、各員標準の120発を装備。
 各員が装備する以外のカラシニコフ弾はない。つまり、予備の弾薬はない。
 装甲トラックの12.7ミリ重機関銃は、1000発を装備。自衛用のため、装備弾数が少ない。
 装甲トラックにはやはり自衛用として、7.62×51ミリのNATO弾を発射するMG3機関銃も装備されている。こちらは、250連のベルトが1帯あるだけ。
 バギーにもMG3機関銃が装備されており、こちらには100連のベルトが3帯。
 ミニガンはエンジンが始動していないと電力が供給できないため、使わないことになった。そのかわり、弾薬1000発を抜いて、MG3に充てる。
 半田千早は、ミエリキと王女パウラの武器を点検する。3人はともに単にカービンと呼ばれている半自動小銃を使っている。ノイリン製で、原型はU.S.M1カービンだ。弾倉がやや大型化し、銃身が少し長い以外、原型と外見はほぼ同じ。
 半田千早は村で白魔族に発射していて、15発弾倉1個を使っていた。
 弾薬数から判断すると、1回か2回の交戦で弾切れになる。

 先行して到着している村の男たちは、互いに「ヴァルハラで会おう」と挨拶のように交わしている。
 半田千早はヴァルハラという言葉を、聞いたか読んだことがあるのだが思い出せずにいた。ヴァルハラが気になって仕方ない。

 ヴルマンとフルギアは、刀や剣を研ぎ始めた。白兵の覚悟を決めている。
 フルギアがヴルマンに「ともに精霊の川を渡ろう」というと、ヴルマンが笑った。
「おまえたちとは、精霊の川は渡らない。この戦いで、精霊の川は渡るつもりはない」と答える。
 フルギアが笑う。
 ヴルマンも笑う。
 それを聞いていて、半田千早は思い出した。ヴァルハラはオーディンという北欧神話に出てくる神の宮殿のことだ。戦士が死ぬと魂はヴァルハラに行く。
 村の人々は死ぬ気だ!
 では、石垣内側の一画に掘っている穴は?
 墓穴!
 誰の!
 子供たちの!
 白魔族に食べられないために、殺すつもりなんだ!
「ダメ~!」
 半田千早は心のなかで叫んでいた。

 先行して到着した村の女たちが食事の用意をしている。西アフリカとしては、食材が貧しい。内陸は森の恵みが少ないからだ。
 母親が女の子に「今日はお腹いっぱい食べるのよ」といった。
 半田千早は泣き出しそうだ。
 最後の食事なんて、悲しすぎる。

 半田千早がマルユッカを呼び、歩哨を含めて全員に集まってもらう。
 半田千早がいう。
「こんなときにごめんなさい。
 村のヒト、死ぬ気。
 あそこの穴は、子供たちの……」
 マルユッカが問う。
「どういうこと?
 白魔族に殺〈や〉られるつもりはないけど」
 アクムスが嘆く。
「弾が少ない……」
 ミエリキが反論する。
「少ないのは確かだけど、いざというときはミニガンを使えば!
 RPGだってある!」
 フルギアのアクムスが笑いながらいう。
「今回はヴルマン流でいい。
 生命を惜しみ、名も惜しむ。
 フルギアの名誉にかけて死に急がない。
 約束する」
 装甲トラックの乗員が尋ねる。
「荷台に60ミリの迫撃砲弾が10箱、50発もあった。迫撃砲はもう1輌に積んであった。
 ここにあるのは砲弾だけだ。
 だれか、その使い方を知らないか?」
 半田千早が答える。
「60ミリの迫撃砲弾だけど、先端のピンを抜いて、弾底を硬いものにぶつけて投げれば、手榴弾の代わりになるはず。
 柄付き手榴弾の2倍か3倍の威力があるから、使うなら気をつけないと」
 マルユッカがいう。
「それはいい情報ね。
 さすが銃器班。
 手榴弾と小銃擲弾は?」
 アクムスが答える。
「手榴弾は個人装備以外に円筒型が20発。
 小銃擲弾は……ない」
 マルユッカは楽観はしていないが、悲観もしていない。それは、マルユッカ隊の全員に共通した認識だった。
 イロナがいう。
「この子たちのためにも生き残らないと」
 イロナが手を引く2人の女の子がイロナを見る。
 全員が頷く。

 村人の一部は饅頭山に来なかった。子供を連れて、森に消えた。生き続ける決断をしたのだ。
 饅頭山には128人の村人が集合する。60人近くが森に消えたことになる。
 そのことで、村人が揉めている。
 特に、セシリア・ファレルという女性が率いる20人ほどのグループが強硬だ。
「探し出して、殺すべきだと」
 村人の言葉がわかるのは、半田千早だけで、彼らの会話がわかる分、彼女の苦悩は大きかった。
 マルユッカは「干渉するな!」と命じたが、半田千早には耐えられそうになかった。

 白魔族の存在を知り、マーニは焦っていた。養母である城島由加は落ち着いているが、内心は気が気でないことを知っている。
 マーニは自分が何とかしないと、と真剣に考えていた。だが、ヘリコプターではどうにもならない。航続距離が足りない。
 だけど、往復を考えなければ、半田千早の居所までは行ける。
 その計画をララに話す。
「ミルに機関銃と弾薬を積んで、その山に向かう。
 私1人で。
 だけど、1人では積み込みに時間がかかってしまう。
 ララ、手伝って!
 お願い」
 ララは精霊族だが、ヒト的な思考もする。つまり、理論が感情に負けるのだ。同時に論理的でない行動を極端に嫌う。
「何を積んでいくの?」
「MG3とリンクベルト」
「RPKのほうがいいよ。
 弾が軽いし、銃も軽い。
 たくさん載せられる。
 弾倉はAK-47と共用可能だし。
 ドラム弾倉は100個は必要。
 それとRPGもあったほうがいい。
 白魔族が相手なら、戦車があるはず。
 援軍が到着するまで持ちこたえるなら、RPGは絶対に必要よ。
 それと大人の力も借りよう。
 王女のためといえば、護衛のリュドさんたちが手伝うと思う」
「欺すの?」
 マーニの問いに、ララが即答する。
「違うよ。
 余計なことをいわないだけ」

 ララがリュド、シュリ、ヤーブの3人を呼び出す。2人は負傷しているが、シュリは怪我も病気もしていない。
 3人は王女のことをひどく心配していたし、どうにかできないものかと考えていたので、ララの計画に即答した。
「何でもやる。
 何をすればいい」
 シュリの問いにララが答える。
「マーニが中型ヘリコプターで王女殿下がいる山に向かう。
 武器と弾薬を積んで。
 これは、命令に背く行為であり、計画が成功しても失敗しても、私とマーニは裁かれる。
 私の母も裁かれるかもしれない。
 武器と弾薬さえあれば、白魔族の攻撃に耐えられるだろう。
 だけど、なければ日没まで持つかどうか。
 だから、決行する」
 シュリが強く主張する。
「私も行く!」
 ララが反対する。
「シュリ様の体重分だけ弾薬が積めなくなる。それだけ、王女殿下の生存が危うくなる。
 それでもよろしいか?」
 シュリが黙る。
 ララが畳みかける。
「リュド様とヤーブ様には見張りを。
 シュリ様には荷物運びを手伝って欲しい」
 シュリが尋ねる。
「姫様を連れ帰ってくれるか?」
 ララが頷く。だが、ララはヘリが片道しか飛べないことはいわなかった。シュリの「連れて帰って」はヘリコプターでなくてもいい、と解釈した。

 雨が上がったばかりの飛行場にヘリコプター4機が引き出されている。
 マーニはミルの機長に近付く。
「飛ぶんですか?」
「いや、まだだ。
 整備はしてあるが、命令がない」
「燃料は?」
「満タンだ」
 マーニはアネリアには計画を話さなかった。アネリアに話したら、もっと大きな計画になってしまう。
 ストライク・カニアのガンナーを務める褐色の精霊族ホティアにもいっていない。
 だが、ララが2人に話した。
 アネリアがミルの機長に話しかけ、ミルから引き離す。
 ホティアはララとともに銃と弾薬を手に入れ、シュリとともに運ぶ。武器と弾薬は、装甲車輌に積まれているものを拝借した。
 アネリアが装甲車輌の乗員に「チハヤたちを助けに行く」というと、無条件で協力してくれた。
 太陽の下で堂々と中型ヘリコプターに物資を積んでいても、誰も不審に思わない。
 カラシニコフ弾1万発とRPK軽機関銃4挺、RPG-7対戦車擲弾発射機4基と弾頭がミルに積まれる。
 この作業をわずか5分で終える。

 ミルの機長が叫ぶ。
「おい!」
 ミルのローターが回転を始めたからだ。
 機長がアネリアをにらむ。
 アネリアが笑う。
「マーニがチハヤを助けに行く」
 マーニは大空に舞い上がった。
 2時間の1人旅だ。

 饅頭山の頂上部は、200に達する人を収容しても十分な広さがある。
 人工的な上部が平坦な円錐形の山で、こういった地形は西アフリカ内陸部に所々ある。
 バンジェル島では人工の山だと判断しているが、いつ、誰が、何の目的で作ったのか、まったくわかっていない。狼煙台とか、見張り台とか、要塞や墓といった説はあるが、根拠はない。斜面はなだらかで、防御施設とは考えにくい。また、周囲と比べてあまり高くはない。
 だが、クマン以前の建造であることは確か。頂上部に建物があるものは、基部である円錐形の山と頂上の建物とは、建造年代が違うとされている。
 建物は総じてかなり新しい。クマンの祖先が建てたものもある。

 村の親たちが我が子に最後の食事を与えていると、西の空から何かがやって来る。
 最初に気付いたのは、マルユッカ隊が保護する2人の子供だった。
「何か来るよ!」
 子供の声に反応したのは、言葉がわかる半田千早だった。
 石垣に登り両手を挙げて叫ぶヴルマン。マルユッカの命令で、発煙弾を発射するフルギア。踊り出すクマン。泣き出すノイリン。
 そして、ミル中型ヘリコプターの登場は、村の人々を驚かせた。

 半田千早の誘導で、山頂の石垣内、最も広い区画にミルが着陸する。
 ローターが停止し、マーニが降りてくる。
 半田千早が驚く。
「マーニ、どうして……」
「戻れるかどうか、わからないけど、武器と弾薬を持ってきた。
 RPKとPRG、そして弾が1万発」
 マルユッカが怪訝な顔をする。
「命令は?」
 マーニが答える。
「あるわけないじゃん」
 マルユッカが慌てる。
「拘束ではすまないぞ」
「わかってるよ。そんなこと。
 でも、白魔族の戦車が来たらどうするの?
 全滅しちゃうよ」
 他は荷下ろしで慌ただしい。
「あ、ジェリカンの中身は航空燃料だから。
 ここで補給して、私は戻る。
 ミルは貴重だからね。
 燃料と私だけなら、途中までなら戻れると思う」
 イロナが頼む。
「この2人を連れていって」
 マーニが断る。
「帰りは、燃料が足りない。
 可能な限り戻るけど、どこかに燃料切れで不時着することになる。
 危険の種類が違うけど、私と一緒のほうが生き残れる確率は低いよ」
 イロナが落胆する。
 マルユッカが命じる。
「ここに残れ」
 マーニが答える。
「ダメ。
 ミルは貴重だから」
 マーニは、ジェリカン15を燃料タンクに注ぎ込み、慌ただしく離陸する。
 半田千早はマーニを思い、泣き出してしまった。
「無事に帰れるはずなんてない!」と叫んでいた。

 マーニには、成算があった。
 復路はうまく飛べて300キロ。
 バンジェル島までは、直線で350キロ。風の影響も考慮しなければならない。
 どう計算してもバンジェル島へはたどり着けない。
 ならば、どこに飛べばいいのか?
 バンジェル島に至るジェバ川の上流100キロに、丸太の集積場がある。森から切り出した丸太を集積して、束ねて筏を作り、そこから川の流れに任せて海まで下る。
 これがバンジェル島の建設資材の一部になっている。
 集積場には、作業員や警備員が交代で駐留している。警備艇用の桟橋もある。
 マーニは、ここに飛ぶつもりでいた。要員の交代は川を使っていたが、広く伐採しているので、ヘリコプターならば降りられると判断している。
 もちろん、ヘリポートはないし、ヘリコプターが降りた実績もない。彼女自身、そこに行ったことはなく、上空を数回飛んだだけだ。

 ランドン・ハスケルが半田千早に告げる。
「これから子供たちは、ヴァルハラに行く。
 あなたたちの2人の子供も一緒にヴァルハラに連れていく」
 半田千早が断る。
「ヴァルハラって、オーディンの宮殿だよね。つまり、殺すってことでしょ」
 ランドン・ハスケルは動じなかった。
「その通りだ。神の宮殿に行く」
 半田千早も動じない。
「ヒトは死んだら、単なるタンパク質の塊になるだけ。
 魂も神もない。
 死んだら終わり。
 生きて何をするかよ。
 あなたたちの子供はあなたたちの勝手。
 だけど、あの2人には手出しさせない」
 ランドン・ハスケルが疑念を抱く。
「あなたは、神を信じないのか?
 神を信じない不信心者は、ヴァルハラに行けないと聞いた」
「そんなことはどうでもいい。
 食人動物を倒すだけ。どれだけ食人動物が攻めてきても、潰す。
 ぶっ潰してやる!」
「あなたたちは、オークの恐ろしさを知らない。
 オークは、ヒトの子供を捕らえて食べるんだ」
「知ってるよ。
 白魔族とは何度も戦っている。
 でも、負けたことなんてない。
 白魔族の捕虜だっていたんだ!」
「……」
「2日か3日、何とか耐えれば、必ず援軍が来てくれる。
 マーニは、バンジェル島の戦車部隊が出発したっていってた」
「後悔するぞ」
 そういって、ランドン・ハスケルはその場を去る。

 親による殺戮はその直後から始まる。子供の数は多くない。全員5歳以下。鳴き声も、叫び声もなかった。静寂のなか、数分で終わり、子供たちの亡骸は埋葬された。

 マルユッカは干渉するなと命じたが、そのマルユッカ自身が耐えられそうにないことを、全員が知っていた。
 ミエリキが怒気を込めていう。
「あいつらとは戦わない」
 王女パウラが顔を手で覆う。
「こんなこと、いってはいけないことだけど、あのヒトたちがクマンでなくてよかった」
 アクムスが吐き捨てる。
「あいつら、まともじゃない」
 マルユッカが命じる。
「我々は、この石垣の一番高い部分、あそこだ。
 その一画だけを守る。
 村の人々には干渉しない。
 移動する。
 マーニが補給してくれた弾薬は?」
 アクムスが答える。
「トラックに積んであります」
 半田千早は、マルユッカの判断は正しいと思った。
 石垣のすべては広すぎて守れないし、村の人々とは一緒にいたくない。
 石垣の最も高い部分は、頂部のなかでも斜面が少しだが急で、1辺が10メートルほどの矩形になっている。建物の跡のようで、石垣の一部がかなり高い。
 守りやすい場所だ。
 半田千早には、マルユッカが子殺しを止めなかったことに不満があった。しかし、彼らの子殺しを、犠牲なしで止める手立てはなかった。
 ミニガンを使えば、阻止できたかもしれない。だが、何人殺せばやめさせられたのだろう。
  父親と母親は子の盾となって死に、その間に誰かに殺された。
 結果は同じだ。
 彼らには、自分で考え、行動する訓練が決定的に欠けている。祖父母と父母のいいつけを、宗教のように信じている。法とか、掟とか、習慣とか、宗教とか、そういった明文法や不文律ではなく、過去の行動事例がそのまま受け継がれてしまっている。
 過去、彼らの曾祖父母か祖父母か父母が白魔族に襲撃された際、子を苦しみから守るため、やむを得ず親が子を殺さなければならない出来事があった。
 この事例が、白魔族に襲われたら子供を殺す、という単純行為となって残った。前後の脈絡は関係ないのだ。
 小さな集団では、ごく希に起こる現象だ。

 マルユッカ隊が陣取った区画は、周囲から1メートルほど高い。いくつかの区画に分かれており、住居だったようだ。
 装甲トラックを全体区画の入口に配置し、車載の12.7ミリ重機関銃で、斜面下を狙う。
 MG3機関銃が2挺、RPK軽機関銃が4挺ある。RPG-7対戦車擲弾発射機と対戦車榴弾および通常榴弾も補給された。もし、防ぎきれなければ、最終兵器ミニガンがある。

 半田千早は、「私は負けない。私たちは負けない」と叫びたかった。

 村人が陣取っているエリアで、騒ぎが起こる。
 若い母親が幼い子を抱きかかえて、マルユッカ隊のエリアに向かって走ってくる。
 最初に気付いたのは、装甲トラックの荷台で作業していた王女パウラだった。
 彼女の仕事は、車外から幌骨の穴にボルトを差し込み、ボルトが抜けないよう指でしっかりと抑えていること。
 このボルトで有孔鉄板を固定する。不十分だが、ある程度の防弾機能が期待できる。左右のアオリが60センチほど高くなる。

 女性は必死で走るが、追いつかれそうだ。追いかけている男たちの手には、斧や棍棒など原始的な武器が握られている。
 女性が必死であることは確かだが、背後から迫る男たちに混じって、女もいる。女の手には小さな刃物が握られている。
 男が追いつく寸前、王女パウラは躊躇わずに撃った。
 そして、空に向けてAK-47を連射する。威嚇発砲だが、すでに男1人に命中させている。
 有孔鉄板取り付け作業をしていた隊員が走り下り、女性と子供を保護する。
 王女パウラが叫ぶ。
「下がりいなさい!」
 言葉はわからないが、彼女の気迫が、村人の足を止める。
 凛としている。王女らしい威厳に満ちた声音だ。

 半田千早が走り寄る。
「どうしたの?」
 言葉がわからないので、誰もが事情を理解できない。
 女性が泣きながら話し始める。
「皆さんはお子さんを殺さなかったとか。
 この子を助けたい!
 夫が殺そうとしたけど、私、助けたかったの。逃げ回っていたけど、この子が泣き出してしまって……」

 これで、村人との関係は決定的に悪化した。
 王女パウラはヒトを撃ってしまい、かなりの時間、呆然としていた。その後、涙もろくなる。

 幼女と少女は、バギーの近くにいる。戦闘が始まったら、安全のためバギーに乗る予定だったが、マルユッカは配置を換えることにした。
 理由の1つに2歳半だという男の子と母親を保護したことがある。
 装甲トラックの荷台に厚さ5ミリの有孔鉄板を取り付け、背嚢に土を詰めて土嚢の代わりにしたものをぶら下げる。
 これで、ある程度の防弾が期待できる。
 装甲トラックをエリアの奥に移動し、荷台に子供3人と保護した母親を乗せることにした。
 村人のエリアとの通路部には、土を盛った。

 バンジェル島から無線が入る。
 マーニは、超省エネ飛行を決行。飛びに飛んで、バンジェル島対岸、再建途中の街の東側郊外に広がる平坦な河原に不時着したという。
 無事に“逮捕”されたそうだ。

 太陽が明確に西に傾いている。東に太陽光がよくあたり、視界がいい。
 マルユッカ隊は全周を警戒しているが、白魔族の侵攻は東からだと推測している。
 彼らは、白魔族の攻撃を一手に引き受ける覚悟でいた。そのために東に移動したのだ。

 饅頭山は、やや膨らんだ傾斜の緩い円錐形をしている。頂部の平坦地はほぼ真円だが、石垣は凸部が小さく南北に長い十字形をしている。東がやや高く、ここには全体から分離した正方形の石垣があり、主エリアとなる十字形の石垣と分離エリアとなる正方形の石垣には、数段の階段があったようだ。
 この1メートルほどの段差がやや急なのだ。
 その階段は崩れていて、踏み石が残るのみ。
 バギーと装甲トラックは、30度近い傾斜を楽々と登っている。

 日没まで、まだ3時間ある。白魔族はセロとは異なり、夜討ち朝駆けは厭わない。夜襲と薄暮攻撃は、常套の戦術だ。
 力押しが主の黒魔族とは異なり、姦計をめぐらす。ヒトの思考とは異なるので、意図を図りかね、結果として判断を誤ることがある。
 白魔族との戦いは、敵の意図を考えると術中にはまるので、単純攻撃・防御に徹したほうがいい。

 想定外だった。
 白魔族は、北から現れた。
 マルユッカは、東に向けていたMG3をすぐに北に移動させる。
 北から侵攻してきたからといって、他の三方を無防備にはできない。
 北と南の防衛線は、取り決めはないが村人側が3分の2、マルユッカ隊が3分の1を受け持つ。北は、他の3方向より森が饅頭山に迫っている。

 森のなかの木々の密度の薄い一画から、白魔族の戦車が低木を押し倒しながら草原に出てくる。
 戦車は、草原に出てすぐに停止。
 かなりの時間をかけて、ノイリンがスモールピッグと呼ぶ2人乗りの軽戦車が17輌現れた。村で破壊した戦車と同型だ。
 このタイプは、短砲身の37ミリ砲を装備している。砲弾は榴弾だけで、徹甲弾(AT)や対戦車榴弾(HEAT)はない。

 続けて現れたのは、騎馬と徒歩〈かち〉のヒトだ。
 マルユッカには、現れたヒトの一部が黒羊騎士団であることがすぐにわかった。団旗を掲げていたし、イサイアスとともに会見した際にその場にいた男の姿が複数ある。
 ヒトの数は300に達する。
 男は中世的だが立派といえる軍装。成人の女と男女の子供はシーツを二つに折って、折り目の中心に頭が入るほどの穴を開けただけの衣服。その穴から頭を出して着ており、腰の部分を有り合わせの紐で縛っている。
 少なくとも双眼鏡では、そう見える。ファッション性の欠片もない粗末な衣服だ。
 男と女・子供を対比をすると、不思議な異常性を感じる。
 騎馬がウマを降りる。
 ヒトが全員、戦車の前に並ぶ。100人の横隊3列を組む。1列目と2列目は騎士、3列目は女と子供。

 森のなかから装甲自動車が現れる。装甲車ではなく、装甲自動車だ。1トン積みほどの大きさのハーフトラック(半装軌車)は、ヒトの世界でもよく見かける貨物車だ。
 おそらく同系車体に装甲板を貼り付けただけの車輌だろう。
 前輪にサイクルフェンダーを取り付けた、何ともクラシカルなスタイルだ。同系シャーシながら、最近のヒトが使う同型はもっとスタイリッシュだ。
 車体後部、荷台に相当する部分の上部に円筒形の銃塔が載っている。
 戦車と装甲自動車は、ともにリベットで鋼板を接合している。
 リベットをまったく使わないわけではないが、ヒトが作る車輌は溶接が主流だ。
 半田千早は、クルマ大好きのチュールがいたら、「鹵獲!」と騒ぎ出すだろうな、とあり得ない想像をしてしまった。チュールの思慮深さは、よく知っているのに……。
 チュールがこの状況を見たら、どうするだろう、とも考えた。

 マルユッカ隊の誰もが、黒羊騎士団員が戦車の前方に3列で並んでいる理由がわからなかった。
 1列目の騎士が大地を踏みしめながら前進を始める。
 だが、進む先には地雷原がある。
 1列目が50メートルほど進むと、2列目が前進を開始。剣を両手で握り、眼前に立てて構え、大地を力強く踏みしめる独特な行進スタイルだ。
 1列目の西側で触雷。地味な爆発ながら、足だけが宙を舞う。
 1列目は何事もないかのごとく、前進を続ける。
 中央部で触雷。今度の爆発は大きく、土煙が高く上がる。被雷したヒトの姿がない。
 2列目の歩調が遅くなる。
 3列目は完全に怖気付いた。
 1列目の東端で爆発。両足を失ったヒトの身体が地面に叩きつけられる。

 ミエリキが泣き出す。
「酷いよ。
 地雷を踏ませるためにヒトを使うなんて!」
 王女パウラが叫ぶ。
「戻って、戻って!」
 それぞれの言葉で、「戻れ!」「止まれ!」と叫ぶ。
 地雷原とはいっても、密度が低く、白魔族の侵攻を防げるほどの効果はない。地雷の威力も低い。
 しかし、戦車が踏めば履帯が切れるかもしれない。だから、地雷探知のために黒羊騎士団をを含むヒトを歩かせたのだ。

 2列目が声を発し始める。歩調を速めるために鼓舞しているようだ。
 マルユッカが半田千早に問う。
「何といっている?」
 半田千早が答える。
「創造主のために、創造主たる神の栄光のために、創造主を知らぬヒトに死を!
 ……。
 そんなのやだよ。
 白魔族に騙されてるよ」

 1列目は500メートルほど進んで、饅頭山の麓に着く。2列目は、横列の中央付近で爆発。そのやや東でも爆発。
 それでも2列目は、創造主への賛美を唱え続ける。

 この世界では、地雷という兵器を使うことがない。確かにドラキュロ対策では、有効な部分もある。だが、生活と密着している空間において、地雷を設置すると事故が起こる。
 特に子供の……。
 また、守備を目的とした地雷原によって、退路を断たれる可能性もある。
 ドラキュロの進入に対する対処は、全方位に対する退路の確保が一番重要だ。進入を早期に察知し、可能な限り迅速に後退する。これが最善の対処法だ。ヒトはドラキュロに抗えないのだ。
 だから、地雷は使われない。
 マルユッカ隊の誰もが、実際の地雷を知らなかった。だが、この一帯の人々は地雷を使う。

 半田千早がポツリという。
「ヒトを地雷探知に使っているんだ……。
 ヒトを歩かせて、地雷を踏ませている……」
 1列目と2列目は、中世ヨーロッパの騎士のような扮装をしているが、戦闘員としては扱われていない。
 地雷探知のための道具として扱われている。
 女性と子供で編制された3列目は、完全に怯えてしまった。2列目で、また爆発。
 3列目は動けない。3列目の後方から、装甲自動車が迫る。
 前進を促しているのだ。

 普通の旧式小型トラックに装甲板を張ったような装甲自動車の荷台部分上面に、小型の砲塔が載っている。
 砲身が仰角をとり、発射した。

 マルユッカ隊全員が驚いた。
 発射速度は遅いが、白魔族の装甲自動車の主兵装が連射したからだ。
 マルユッカが叫ぶ。
「機関銃だ!
 白魔族が機関銃を使った!
 全員、気を付けろ!」
 過去、白魔族が機関銃を使用した例はない。
 白魔族の武器は、レバーアクションのライフルと短砲身37ミリ砲だけだ。銃弾は、ヒトと同じく金属薬莢を使うが、薬莢内底部に雷汞を塗るリムファイア方式だ。
 発射薬はすべて黒色火薬で、化学合成された火薬はない。
 ヒトの銃は金属薬莢と雷管を使うセンターファイア方式。ノイリンとクフラックが影響を及ぼし始めると、無煙火薬の使用が急速に拡大している。
 ヒトの44口径センターファイア弾と白魔族の44口径リムファイア弾の薬莢サイズは同じで、平頭弾のサイズも大差ない。
 このため、白魔族の銃を鹵獲したヒトは、センターファイア弾用に撃鉄を改造して使用することが多い。なお、白魔族の銃では、強装弾は強度不足で使えない。

 黒色火薬を発射薬に使う白魔族の銃器が、機関銃のように連射したことから、マルユッカ隊に緊張が走る。
 ノイリンには、自動火器は無煙火薬を使用することで実現できる、といった誤った認識が広がっている。
 だが、世界初のホチキス機関銃は黒色火薬を使用していた。黒色火薬は銃身内を汚すので、自動火器には不向きなことは事実だが、ガス圧利用や反動利用が不可能なわけではない。ガトリング砲のように給弾を外部動力で行えば、比較的簡単に実現できる。
 むしろ、いままで白魔族が機関銃を使用しなかったこと自体が不思議なのだ。

 派手な排煙は、明らかに黒色火薬によるもので、白魔族が黒色火薬を発射薬に使う機関銃を実用化したことは、事実だ。
 多勢に無勢な上に、敵に自動火器が登場したとあって、マルユッカ隊は非常な緊張感に包まれる。

 発射はすぐに止まった。
 事態は、マルユッカ隊と白魔族ともに予想しない方向に進む。
 3列目の女性たちが、四方八方に走り出したのだ。
 子供は置き去りだ。
 立ちつくす子。泣く子。しゃがみ込む子。
 その女性たちを白魔族の歩兵が銃で撃つ。
 女性たちが倒れていく。
 その様子は、肉眼でも見える。
 地雷原に踏み込み、空中へ吹き飛ばされる女性もいる。
 森に逃げ込もうとする女性の髪をつかみ、引きずり倒す白魔族。
 抵抗すれば射殺。抵抗しなくても射殺。
 虐殺だ。
 距離がありすぎて、マルユッカ隊には何もできない。
 白魔族が20人くらいの子供たちを追いたて始める。
 恐怖でしゃがみ込む幼い子を、銃床で殴る。
 地雷原に放り投げられる子もいる。
 王女パウラが叫ぶ。
「何もできないの!」
 半田千早が声を絞り出す。
「何もできないよ」
 ミエリキが涙を流す。
「何かしないと……」

 マルユッカは、2列目に姫巫女と彼女の子供と思われる3人の娘の姿を確認している。
 双子は2人とも引きつった表情をしている。年長の娘は、背後を気にしている。
 姫巫女の表情は、双眼鏡越しではあるが呆けているようにも見える。足取りももつれ気味だ。
 マルユッカが命じる。
「RPGとHE(通常榴弾)をもってこい」
 半田千早が装甲トラックの荷台に向かう。
 通常榴弾は対戦車榴弾と異なり、弾頭が膨らんでいない。単純な鉛筆形だ。そのため、弾薬箱に詰め込めるので、マーニは大量に運んできた。
 最大射程は1000メートル。
 マルユッカが指示する。
「仰角をつけて発射するんだ。我々のほうが高い場所にいるし、仰角をつければかなり飛ぶはず。
 遠弾でいい。やつらの背後に落ちれば、狙われていると思うはず。
 子供の相手はやめる……」
 半田千早は、目測仰角45度で発射。バックブラストで、土が舞い上がる。
 彼方の森に着弾。
 続けて、仰角30度で発射。
 だいぶ近付いたが、まだ遠い。
 しかし、白魔族は慌て始める。装甲自動車は兵員輸送車をかねているようで、白魔族の歩兵が乗り込んでいく。
 半田千早が仰角5度に押さえて発射。
 今度は森のなかだが、白魔族の数メートル後方に着弾。
 装甲トラックのガンナーが、RPG-7の発射機をもう1基持ってくる。
 軽い俯角で発射。
 装甲自動車の背後付近に着弾。
 装甲自動車が後退を始める。
 またしても、子供たちが置き去りだ。
 半田千早は、直接照準で森と草原の境界に陣取る戦車を狙ってみた。
 戦車の前方至近に着弾。
 戦車の砲塔が旋回し、砲身が仰角をとる。
 戦車砲が発射され、全員が石垣に身を隠す。
 至近弾だったが、山の斜面に着弾。
 次弾も山の斜面に着弾。
 明らかに仰角が足りないのだ。白魔族の37ミリ戦車砲の最大射程は2400メートルあるので、届かないはずはない。
 砲身の仰角が足りず、山の斜面に穴を掘るしかないのだ。
 それでも、5発撃ってきた。
 マルユッカ隊も、続けて4発撃った。だが弾道徳性が悪いので命中しない。

 マルユッカ隊と白魔族の砲撃戦の直後、白魔族の戦車が動く。
 ヒトを歩かせて地雷除去をすませた草原を戦車が進み、山の斜面を登り始める。
 進路を開けた黒羊騎士団を含むヒトの集団の1列目と2列目が合流し、戦車の後方から斜面を登り始める。
 装甲自動車も山に取り付く。
 戦車と装甲自動車は、進路方向にいるヒトに対して何らの配慮を示さない。子供も騎士も容赦なく轢き殺した。

 戦車は山の斜面を登坂し始めたが、装甲自動車は履帯が空転し、斜面の下方にとどまった。
 戦車は騎士を置き去りにして登ってくるが、ヒトの集団は健気にも引き離されても全力で登ってくる。
 装甲自動車に乗っていた白魔族の歩兵も下車して徒歩での山登りに移る。
 黒羊騎士団の士気は高く、それが哀れを誘う。姫巫女は、四つん這いで登ってくる。年長の娘は姫巫女の傍に付き従い、双子は騎士団の先頭集団にいる。
 黒羊騎士団は、山の斜面に広く分散している。
 登坂を始めた戦車は5輌だが、1輌は中腹あたりで停止している。

 白魔族の戦車4輌は、石垣を突き崩して村人たちが守る西側山頂に北西方向から突入する。
 村人たちの抵抗は散発的に小銃を発射する以外は、石を投げている。
 マルユッカ隊は、それを1メートルほど高いだけの東側の石垣内から見ている。
 山頂西側は阿鼻叫喚の状況になりつつある。
 村人たちは無意味に勇敢で、事実上徒手空拳ながら白魔族の戦車に立ち向かう。石垣ごと下敷きになる男、37ミリの榴弾の直撃を受ける女、戦車操縦席の視察口に剣先を差し込もうとする男。
 勇敢だが、同時に愚かだ。抵抗の術を欠いているのに、戦意だけは旺盛。
 確かに、子供を殺してしまった以上、戦う意味はなくなっているし、生きている理由も定かではないだろう。単なる復讐心から、戦っているのか、それとも本能か?
 マルユッカ隊の全員が判断しあぐねている。

 西側を守る隊員が、村人たちに1メートルほどの斜面を上がって来いと手招きするが、誰も応じようとしない。
 全滅を覚悟しているのか?

 黒羊騎士団を含むヒトの集団が、山頂にたどり着く。
 続々と石垣を越え、鋼と肉の戦いに、肉と肉の戦いが混ざり始める。
 これも凄惨だ。
 戦車がマルユッカ隊陣地に砲身を向ける。
 一瞬早く、山頂東側からRPG-7が発射される。
 対戦車榴弾が命中。
 戦車の砲塔が宙を舞う。
 MG3の弾丸が戦車の装甲板を叩くが、まったく貫通しない。これも知られたことだが、白魔族の戦車は見かけよりも装甲が厚い。7.62×51ミリNATO弾が貫通することはない。
 頂上に突入してきた戦車は4輌。うち1輌を撃破。1輌は中腹で停止。残り3輌だが、麓にはまだ12輌もある。
 それが動き出した。
 装甲自動車が後退し、6輌が山腹を登り始め、1輌が地形の傾斜を利用して大仰角をとろうとし、山頂砲撃の準備を始める。
 戦車が窪地に進入し、車体前部を斜面に載せ、車体全体を傾斜させて、仰角の不足を補おうとしている。傾斜角2度から5度ほど、車体前部を持ち上げられれば、砲弾が山頂まで確実に届く。

 マルユッカは、地形を利用して車体に傾斜をつけ、仰角を事実上引き上げた1輌の戦車を見て、叫んだ。
「総員、退避!
 北側石垣から離れるんだ!」

 37ミリの榴弾が石垣に命中し、石塊が飛び散る。

 王女パウラは、ヘルメットに何かがあたったことは覚えている。ボディアーマーに硬いものがあたった感覚もある。
 頭がボーッとして、手足が動かない。
 それでも、必死に手を伸ばし、眼前にあるAK-47に手を伸ばそうとした。
 そのAK-47を誰かが拾い上げ、自分の両脇が抱えられる。
 半田千早の声がする。
「パウラ、後退するよ!」
 王女パウラは、その声を混濁する意識で聞いていた。

 マルユッカ隊が守る陣地西側では、3人の10代中頃の村人男女を保護していた。
 この3人は兄妹で、白魔族が突入してくると同時に、混乱に乗じて保護を求めてきた。

 イロナは、幼女と少女をともない装甲トラックの荷台にいた。そして、保護した母娘も荷台にいる。
 そこに3人の兄妹を合流させた。
 イロナは、幼女と少女をより安全なキャビンに入れようと荷台を飛び降りる。
 幼女がイロナに飛びついて地面に降り、少女がイロナに手を差し出す。
 その瞬間。
 兄妹3人は、それぞれの右足首に付けた針のように細いナイフを抜く。
 2人の兄は、荷台の奥で抱き合う母と娘に襲いかかる。
 妹はナイフを逆手に持ち、少女の背中を狙う。
 イロナは3人の動きを、少女の身体越しに見て慌てる。
 空中に軽く飛んだ少女を抱き留めず、身体を反らして、AK-47を構える。
 母親は自分の身体を盾にした。
 2本の細いナイフが背中に刺さる。
 少女は空中で姿勢を変え、地面につくと膝を曲げて衝撃を和らげ、両足で立つ。
 イロナの射撃は正確だった。
 単射3発で、3人の兄妹を倒す。
 イロナが叫ぶ。
「隊長!」
 マルユッカが駆けつ、荷台に登る。
 母親の脈を診て、首を振る。兄妹3人も死んでいた。
 子は無事だった。泣き出しそうな顔だが、泣きはしない。
 幼女と少女の肩を抱く、イロナがいう。
「あの3人は、この子たちも狙っていた」
 マルユッカが荷台に立つ。
「以後、村人は保護しない」

 太陽が西の地平線に没しようとしている。
 長い夜が始まる。
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