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第1章 東京脱出

01-004 地上

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 香野木たちには選択肢が2つあった。
 1つはC3出口のミニバンを地下1階フロアに落として、地上への出口を確保する。
 もう1つは、大江戸線の線路をたどって、各駅で地上への出口を探すこと。
 しかし、どちらにも問題がある。
 ミニバンを動かすための道具がない。大江戸線は深いから、線路をたどっても出口がある確証はない。
 香野木には策があった。しかし、その策を実行すれば、大きな音がする。
 その音は、厄介な連中を呼び寄せる。もし、瞬時に開口しなければ……。
 考えたくない事態に陥る可能性がある。
 香野木は、改札室で5人に告げた。
「あのミニバンは、階段の段差に引っかかって止まっている。
 大きな力を加えて、少しだけ浮き上がらせれば、そのままこのフロアまで落ちてくる」
 花山が尋ねる。
「大きな力、はどうするの?」
「燃料タンクにはガソリンが残っている。それを爆発させる」
「どうやって?」
「燃料の給入口から、火を点けたハンカチでも詰め込むよ」
「詰め込む人も爆発に巻き込まれるよ」
「少しは時間があるよ。三〇秒もあれば何とかなる」
「ハンカチに火を点けても、すぐに消えちゃうよ」
「実は、灯油を持っている。食料と交換するために運んできたんだ。
 灯油をしみ込ませたハンカチを火種にすれば、燃料タンクを爆発させられる。
 こんな世界だから、ガソリンなんてほとんど残ってはいないだろうが、ほんの少しで軽い爆発は起こせる。
 うまいことミニバンが跳ねてくれれば、このフロアまで落ちてくるだろう。
 土砂と一緒にね」
「燃料がたくさん残っていたら?」
「厄介だね。大爆発になる」
 正哉が2人の会話を遮る。
「俺は香野木さんの案に賛成」
 彩華が正哉に同意する。
「私も賛成。でも、いまは止めたほうがいいと思う。
 救助のヒトたちが地上にいると思うし……」
 正哉が彩華の言に反論する。
「救助なんてないよ。最近じゃ、交通事故だって、誰も助けない。
 人口が減ることを誰もが願っているんだから」
 花山も賛成する。
「私も香野木さんに賛成。そして、葉村さんの意見にも同意。
 救援はないと思う。
 でも、もう少し待つという金平さんの意見にも一利あると思う。
 救援の有る無しではなくて、大きな音を立てると、略奪者たちを刺激する」
 正哉が反駁する。
「略奪者?
 ただのジジイですよ」
 香野木は正哉の気持ちを考えて、具体案を出した。
「ジイさんたちは、徒党を組むことに慣れている。それに、暴力を振るうことにも慣れている。ある程度組織化されていて、階級もある。
 主任、係長、課長、部長、本部長、だったかな」
 花山真弓と金平彩華が声を出して笑う。
「その点は、俺たちとは違う。
 子供が二人いるんだ。
 用心に越したことはない。
 いまから、四八時間後にミニバンを爆発させる。
 うまくいったら、必死で土砂をかき分けて、地上に出る。
 爺さんたちに捕まりそうになったら、俺と葉村くんで何とかする。
 これからの四八時間は武器になりそうなもの、穴を掘るのに便利そうな道具を探すことに使おう。
 スコップ、バケツ、ロープ、棒や布きれなど、何でも道具になりそうなものを探そう」

 休憩と睡眠を含めて四八時間、大江戸線飯田橋駅構内を探索したが、これといった道具は見つからなかった。
 消火器、モップ、線路に落ちた落とし物を拾うための壊れたマジックハンドなど。
 めぼしいものがあれば、この5年間で誰かが回収している。
 しかし、消火器は心強い。モップやマジックハンドの柄は、穴掘り用にも武器にもなる。

 飯田橋駅構内にたどり着いてから、すでに72時間が経過している。
 由衣とケンちゃんは限界を通り越している。食料と水の欠乏も近い。

 12時間前に、10歳代前半と思われる少女を連れた、中年の女性を見かける。
 花山が声をかけたが、彼女の荷物を奪おうとして、花山に組み伏せられていた。
 非常に傲岸不遜で、彩華が女の子に「お腹がすいているの?」と尋ねると、女性は金平彩華を「淫売」と侮辱した。
 油断すれば確実に襲ってくる。
 この親子が現れたことで、香野木は脱出を急ぐべきと考え始めた。

 香野木はミニバンの給油口をミニバンが積んでいた工具を使ってこじ開け、給油キャップを外した。
 ガソリンの臭いがする。由衣が見つけてくれた割り箸にハンカチの切れ端を巻き付け、それにペットボトルの灯油をかける。
 香野木は、少ししか開かないリアゲートを持ち上げて、車内に灯油を撒いた。
 給油口に灯油をしみ込ませたハンカチを押し込み、割り箸とハンカチの切れ端で作った小さな松明に使い捨てライターで火を点けた。
 まず、給油口のハンカチに火を点け、次にリアゲートの隙間から、小さな松明を投げ込む。
 そして、一目散に階段を駆け下りる。
 四つん這いになって、階段横の壁面に身を隠す。
 爆発はなかなか起きない。
 しかし、ミニバンの車内は燃えている。不快な煙が流れてくるのでわかる。
 1分待っても爆発しない。その1分が1時間にも感じる。
 由衣が見つけた運転士が使う懐中時計を見る。1分30秒経過。
 ミニバンの状況を再度確認しようと、少しだけ身体を動かした瞬間、爆発した。
 その音に驚くとほぼ同時に、ミニバンが落ちてきた。大量の土砂も一緒だ。
 その量に驚いて、香野木は這って逃げ出した。

 階段の段差は土砂で埋まったが、土の斜面を登るように、ベビーバギーを抱えた正哉が出口に向かっていく。
 花山に抱かれたケンちゃんと、彩華に手を引かれた由衣が続く。
 香野木は大きく息を吐いて、由衣の後に続いた。

 彼らは、足かけ5日目に地上へと出た。
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