彷徨う屍

半道海豚

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10-003 解放交渉

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「女性と子供?」
 国分兼広が怪訝に思う。

 女性は怯えているが、彼女の子は毅然としていた。
 母親が震えながら何かを言おうとするが、子が制止する。
「お母さん、行こう。
 何を言っても無駄だよ」

 2人は700メートル歩き、田んぼの畦に伏せているギリースーツを着て、銃を持つ人物に気付く。
 男の子が母親を背に隠す。
 ギリースーツが迷彩を施した顔で、白い歯を見せる。
「森に行くんだ。
 真琴先生が待っている」
 男の子が頷く。母親の手を引く、男の子の足が心なしか速くなる。

 夷隅謙也と親しい関係にある女性と彼女の子だった。そんな理由で、夷隅謙也抜きで追放するなんて常軌を逸している。
 殺人と同じだ。
 おそらく、軟禁者を精神的に追い込む作戦だろう。

 女性は、極限の恐怖から解放されて、笑っているのか泣いているのかわからない状態だ。
 真琴が「もう大丈夫だから」と気を落ち着かせる。

 兼広は、父子と母子をケープに送るため、ヘリコプターの派遣を無線で要請する。
 だが、10歳の男の子が頑として拒否する。
「僕が謙也さんを助ける。
 僕は残る。
 僕なら、集落に忍び込める」

 その日の午後、3人がヘリコプターに乗る。
 男の子は残る。

「こっちだよ」
 国分兼広は、息を切らしている。ギリースーツが動きを鈍らせているのだが、実原雄図の敏捷さについていけない。
「この道は誰でも知っているのか?」
「仲間数人だよ。
 仲間?
 味方だろうな?」
「どうかな。
 御手洗の味方かもね」
「御手洗さんの支持者は多いの?」
「多いよ。
 お母さんたちが不正をしているって、思っているヒトもね」
「していたの?
 不正」
「どうかな。わかんないよ。
 でも、お肉が一切れ多いとか、そんな程度だよ。あったとしても」
「俺はいちご農園をやっているんだ。
 いちご、食べ放題だぞ」
「スゲ~。
 チョ~、不正じゃん。
 ズルい、ズルすぎる」
「追放するか?
 俺を」
「追放だ!
 だけど、僕も食べ放題にしてくれたら誰にも言わない」
「そいつぁ、いい取引条件だ」
 2人が見合って笑う。

「雪、踏んじゃダメだよ」
「わかっている。
 あの家か?」
「そうだけど、見張りがいない」
「監視が緩い?」
「そうなのかもしれない」

 雄図が身をかがめて、森の近くの家屋に近付く。
 裏口を遠慮がちにノックする。
 反応がない。
 もう一度ノックする。

 神崎百花は、音に過敏になっていた。自分の身が危険であることも理解している。
 だが、怯えてはいない。戦い方は知っている。防壁に守られた内側しか知らない、新指導層とは違う。
 彼女は、死人とも生人とも戦ってきた。だが、何の態勢もなく多数を相手に1人でできる防衛手段はほとんどない。

 裏口のノックを警戒する。
 武器になりそうなものは、一切取り上げられている。棒きれ1本ない。刃物もない。
 だから、石を入れたハイソックスを握る。

「誰?」
「実原雄図だよ」
 百花がドアを開ける。
「よく家から出られたね」
「昨日、追放されたんだ。
 お母さんと」
「戻ってきたの?」
「あぁ、謙也さんを助ける」
「私は?」
「ついでに助ける」
「ついでかぁ」
 百家が笑う。
「落ち着いてるね。
 百花さん、平気なの?」
「襲ってきたら、2人か3人は倒す。
 タダじゃすまさない」
「おっかねぇ。
 で、見張りは?」
「御手洗は、私を舐めているんだ。
 だから、逃げないと、逃げる勇気はないと判断している」
「で、」
「いまのところ、逃げようとは思っていない。
 私にもできることがあると思うから……」
「じゃぁ、逃げてくれる?」
「逃げてどうするの?
 クルマ、武器、食糧、何もないんだよ」
「実は、俺たち助けられたんだ」
「誰に?」
「スカイパークのヒトたち」
「やっぱり……」
「予想していた?」
「うん」
「なら、逃げて」
「でも、」
「混乱させるんだ。
 誰かが逃げたら、どうするか?
 追うのか、無視するのか?
 それを見極める。
 って、言ってた」
「誰が?」
「国分さんって言う、スカイパークのヒト」
「そのヒトが助けに来たの?」
「そうみたい。
 百花さん、一緒に来て」
 彼女は、逃げないように靴と防寒具を取り上げられていた。そのため、毛布を身体に巻いて、国分兼広がいる場所に向かう。
 靴の代わりに、靴下を二重に履き、その上からビニール袋を被せる。

「国分です」
「神崎です。
 助けに来てくれてありがとう」
「いやいや、作戦は始まったばかりで、どうするかまだ決めていないんだ。
 とにかく隠れ家に向かおう。
 神崎さんが消えたらどうなるか、俺はここで観察する。
 実原くんと一緒に行ってくれ」
 兼広が百花にM3グリースガンを渡す。
「使い方、わかる?」
「もちろん」

 御手洗グループが神崎百花の逃亡に気付いたのは、日没まで2時間という微妙な時刻だった。
 数人が「逃げたぞ!」と叫んでいる。

「かかったね。
 時間が」
 観測手の呆れ顔に国分兼広が賛成する。
「そうだな。
 追うか?
 それとも放置するか?
 どっちか?」

 御手洗隆祥は、第3の選択肢を選んだ。
 集落内の捜索を命じ、同時に、軟禁者に対する尋問を始める。

「神崎は、どこに行った?」
 大室安寿は、百花が逃亡したことを知らなかった。彼女自身が置かれている状況から、逃亡は難しい。防寒具と靴がなければ、どこにも行けない。
 御手洗に答える。
「逃げたの?
 やるねぇ。
 彼女はワイルドだから。
 オオカミを野に放ったね」
 御手洗の顔に怒気が満ちる。
「女のくせに、生意気だ。
 女は黙って、股を開けばいいんだ。
 それだけの存在だ。
 靴もコートもなしにどうやって生き延びるんだ」
 安寿は御手洗が女性をどう見ているか知っていた。御手洗にとって、母親以外の女性は性欲のはけ口でしかない。
 安寿が顔を上げて微笑む。
「百花は強い子。
 靴がない?
 彼女ならどこかに隠していたかもしれない。
 コートがない?
 彼女なら代わりを作るか見つける。
 武器だって、作ってしまう。
 一番逃がしちゃ行けない相手を逃がしちゃったね」
 やや誇張してはいるが、神崎百花のサバイバル能力が高いことは事実。安寿は、百花に希望を見出した。
「どこに行った?
 言え!」
「たぶん、分屯地。
 彼女なら武器がなくても1人で4号を越えられるから……」
「スカイパークじゃないのか?」
 御手洗が鎌をかける。
「スカイパークは無人なんでしょ。
 見張りが教えてくれたよ」
 御手洗がドンと机を叩く。彼のグループはマヌケばかりだ。
「この女を戻せ!
 絶対に逃がすな!」

 御手洗の計画は破綻しかけていた。何度も雪は降ったが、根雪にはなっていない。道には雪が積もっていない。地面が見えている。
 3日に1人を追放すれば、神薙太郎や椎名総司など旧指導層上位者は厳冬期に集落を出ることになる。
 そうすれば、長くは生きられない。
 だが、神崎百花が逃げてしまった。彼女が何をするつもりかわからない。
 本当に分屯地に向かったのかわからない。
 そもそも、分屯地が存在するのかもわからない。
 何の見込みなく逃げたとも思えない。御手洗からすれば、女の浅知恵だとしても、目処らしきものが何かある、と。
 反撃してくる可能性も否定できない。
 邪魔者の追放ができなくなった。

 夜。
 集落の街灯は、少なくて暗い。未舗装路には街灯がない。
 暗闇の中を2つの影が蠢く。監視対象者と軟禁者は分散していたが、神崎百花の逃亡によって、集落の一番南側の数棟に集められた。
 見張りがしやすいからだ。
 国分兼広たちは、それを知らない。
 国分は神崎百花逃亡に際して御手洗の行動が想定外であったことから、次の一手が打ちにくかった。
 だから、攪乱を行う。

 深夜、田んぼに手榴弾を2つ投げる。
 爆発後、空に向けて短機関銃を発射する。
 そして、逃げた。

 御手洗隆祥は、これを夜襲と受け取った。被害はなかったが、安眠が妨げられた。
 百花の仕業に違いない、と。

 国分はこの作戦を、時間と場所を変えて5日間続ける。
 軍事に疎い御手洗は、百花の目的がわからず疲弊していく。

 この作戦に百花は参加していなかった。
 彼女は、集落から脱出した翌日にはヘリコプターでケープに移動していた。

 国分が攪乱作戦をやめた理由だが、弾と手榴弾がもったいないからだった。
 国分の行動をまったく抑止できない御手洗を、完全に見切っていた。

 安川恭三は、榊原杏奈に「本当にやるんですか?」と最終確認する。
「国分さんが、震え上がらせるほうがいいって……」
「120ミリ迫撃砲弾4発を落とすんですよ。
 朝の眠りを覚ますどころじゃない。
 言葉通り、飛び起きますよ」
「それが狙いなんでしょ。
 国分さんの」

 120ミリ迫撃砲弾を改造した無誘導爆弾4発を懸吊したアエルマッキSF-260が離陸体勢に入る。
 早朝に集落に隣接する山林に爆弾を落とせ、と国分が依頼した。
 この爆撃を基点として、監視対象者と軟禁者の解放を求めるための交渉を始める。
 爆撃と同時に、大量のビラを撒く。宣伝工作としては原始的だが、狭隘な谷にある集落には効果がある。
 ビラ撒きは、セスナ170を操縦する薬師昌子たちの任務。

 御手洗は、ベッドから跳ね起きた。比喩ではなく、跳ねた。隣で寝ていた女性が、怯える。
 御手洗は若い女性よりも、40歳代や50歳代の女性を好んだ。隣で寝ていた女性は御手洗に命じられて、彼女が御手洗から感じる恐怖と家族への不利益を考えて、伽に応じた。
 彼女のパートナーは「御手洗に票を入れた俺はバカだ」と嘆いた。
 独裁者は柔和な顔で近付き、平然と残酷な行為をする。
 それでも御手洗は、集落の住民の過半数以上から支持されている。
 旧指導層の不正を暴く、正義の指導者として……。
 正義のヒーローとして登場し、気付けば支配者と被支配者の関係に落ちてしまう。
 それが、独裁者。

 慌てふためいた御手洗は、全裸のまま四つん這いで部屋から出て行った。
 彼を恐れていた彼女は、その無様な姿に何を怖がっていたのかわからなくなった。

 外防壁のゲートの前に1人の男性が立つ。
 国分兼広だ。
 ゲート上部の監視所から誰何される。
「何者だ!」
「あぁ、俺か?
 俺はスカイパークの国分兼広だ。
 集落の指導者、御手洗隆祥さんに会いたい」
「ふざけるな!
 代表はおまえなんかとはお会いにならない。
 帰れ!」
「朝、爆撃されただろう?
 あれは、120ミリ迫撃砲弾4発を飛行機から落としたんだ。
 もう1回やるか?
 今度は森じゃないぞ。建物に落とす。ただし、自由落下爆弾だ。一応狙うが、精度は低い。御手洗のケツの穴を狙っても、あんたの頭に落ちるかもしれない。
 どうする?」

 20分待たされたが、ゲートが開く。
 4人の男性が出てくる。
 1人が先頭、3人が後方で銃を持つ。その銃は、スカイパーク製だ。銃口は兼広に向けていない。
 その程度のことは、知っているようだ。

「御手洗だ」
「国分兼広、スカイパークの住民で、スカイパークの代表の全権としてここに来ている」
「何をしに来た?」
「我々のお友達を引き取りに」
「友だち?」
「あぁ、親しい友だちだ。
 あんたが3日おきに追放してくるのを待っていることが面倒になった。
 俺はいちご農園をやっている。
 長く放っておくわけにいかないんでね」
「きみの都合か?」
「そうだ。
 俺の都合だ」
「私がきみの都合に合わせる理由は?」
「俺の都合を無視すれば、あんたが死ぬ。
 死にたくはないだろ?」
「脅すのか?」
「いや、脅しじゃない。
 実は芭蕉さんを保護したんだ。大げさではなく、危険な状態だった。
 彼の状態を見て、スカイパークじゃあんたに死んでもらってもいいんじゃないかってなっている。
 安全に処理できるしね。
 俺たちなら。
 だけど、チャンスをあげよう。
 我々の友人を解放してくれるなら、そういったことはしない。
 解放しないなら、あんたを処理してから、救出する」
「きみをここで殺せるんだぞ」
「いや、無理だ。
 この会話は仲間が聞いているし、あんたを狙撃手が狙っている。
 俺を殺せても、あんたも死ぬ。
 7.62ミリ弾が額に当たると痛いぞぉ~」
 兼広が微笑む。彼が続ける。
「御手洗さん、邪魔者はさっさと捨てよう。
 廃品は俺が引き取る。
 あんたに損はないだろ」
 背後の1人が何かを言おうとして、御手洗が制する。
「いらない住民が10人ほどいる。
 引き取ってくれるなら感謝する」

 御手洗隆祥は、スカイパークには食糧がないことを知っている。そう思い込んでいる。実際、十分ではない。
 食べ物がないグループに行きたい住民がいるはずがない、と考えていた。
 御手洗の指示命令に従順に従うなら、集落にとどめる、という条件を出せばスカイパークには誰も移らないと判断した。
 いたとしても、2人か3人だろう。

「きみの好きにすればいい。
 スカイパークでひもじい思いをしたいなら、それも個人の判断だ」
「では、好きにさせてもらう」

 兼広の背後から拡声器を持つ男性が近付く。
 兼広がマイクを握る。
「集落のみなさん!
 俺は、スカイパークの国分兼広だ。
 もし、スカイパークに来たいなら、いまから30分以内にゲートを潜ってくれ。
 御手洗さんは邪魔しないと約束した。
 安心して、出てきてくれ」

 加納千晶は迷わなかった。防寒具がなく、セーターを重ね着して、靴の代わりに厚手のソックスを足に通し、鼻緒のなかったビーチサンダルを修理して履き、道路に飛び出す。
 拡声器の声はかすかにしか聞こえなかった。内容は不明。家を出た理由は、セスナが撒いたビラだった。ビラには、スカイパークが希望者全員を救出するから猪苗代湖側ゲートに向かうよう書かれていた。
 見張りが千晶を押しとどめようとしたが、彼女が「スカイパークに爆撃されたいの?」と告げると渋々従った。
 ゲートからは無線で、軟禁者を追い出すとの連絡があった。

 千晶が北に向かって歩いて行くと、神薙太郎、吾妻風子、夷隅謙也、椎名総司、大室安寿、郷原桃利たちと出会う。
 彼らの家族も合流してくる。
 大勢がゲートに向かっているが、彼ら以外は野次馬だろうと、千晶は考えていた。

「おとうしゃん、足が冷たい」
 郷原桃利が我が子を背負う。靴がないし、雪解け水が足の裏を冷やす。
 泣いている女性が何人かいる。
 千晶も恐怖を感じていた。泣きはしないが、泣きたくはある。

 千晶はスカイパークのメンバーとは、かなりの面識がある。
 だが、指揮を執っている男性は知らない。初見だが、妙に手際がいいし、他のメンバーは彼の指揮によく従っている。
 そのメンバーには、彼女が知っている顔はない。
 指揮官は、一定の立場にある人物のはず。実際、彼を「国分さん」とさん付けで呼ぶ声が聞こえてきた。
 街の仲間ではないことは確か。彼らは立場の上下関係なく渾名や名前の呼び捨てが基本。

 兼広が「宗岡千里さんはいますか?」と拡声器で呼びかける。
 1人が兼広に耳打ちする。
 兼広の顔色が変わる。
 声が聞こえた。
「え!
 50人?
 マジか?」
「まだ増えそうです」
「増える?
 そんな人数考えていなかったぞ」
 50人とは、スカイパーク行きを希望する人数だと千晶は解釈する。
 あり得る。
 選挙では、御手洗隆祥は圧勝ではなかった。僅差の勝利。

 女性が兼広と話を始める。
 宗岡千里だ。
「本当にいいんですか?
 響子先生や紫乃さんになんて伝えればいいんです?
 2人が待ってますよ」
「私は不正を認めない。
 御手洗さんは正しい。あなたたちは間違っている」
 彼女は御手洗のシンパ。そのことを千晶はよく知っていた。
「正義感が強すぎて、歪んでいる。
 求める正義が間違っている」

 御手洗は焦りを感じている。せいぜい2人か3人と思っていたスカイパーク行きの希望者が、50人を超える勢いだからだ。

「62人です」
 兼広が狼狽える。
「ヤバいぞ。
 今日中に連れ出す。
 飛べるヘリを全部呼ぶんだ」

 靴を履いていないヒトを含めて、全員に変電所までの2キロを歩いてもらった。

 ケープは大騒ぎだ。アグスタウエストランドAW139とベル412では、合計30人しか乗れない。
 まず、子供、女性、体力が落ちているヒトを選抜するしかない。
 一方、夜は冷える。現在の装備では、越夜は無理。

 千晶は、あまり話をしたことのない女性から靴を渡された。彼女が「私は最終便でいい」と言い張ったからだ。

 実原雄図が心配顔。
「国分さん、どうするの?
 ヘリコプター、もう1回来るの?」
 無理だ。2往復したら、ケープの到着が日没後になってしまう。

「国分さん、ケープからですが、猪苗代湖南岸まで歩けって。
 何でですか?」
「あぁ、わかった。
 飛行艇だよ。
 あれなら、猪苗代湖に降りられる」
「マジっすか?
 本当に飛行艇で帰るんですか?」
「それしか方法がないだろ」

 2機目のヘリコプターが離陸すると、残された39人は物寂しげになる。
 だが、マクダネル・ダグラスMD500が2機飛来した。
 これで、8人が帰れる。
 残りは31人。この人数なら、グラマンHU-16アルバトロスにどうにか乗れる。

 兼広が断言する。
「今日中に新しい拠点に全員が到着します。
 寒いでしょうが、もう少し頑張ってください」

 猪苗代湖の水は冷たかった。
 湖面に着水したアルバトロス飛行艇だが、陸上には上がれない。ランディングギア(降着装置=車輪)を降ろして、できるだけ湖畔に近付くが、それでも足を濡らさずに機内に入ることはできない。
 背の低い雄図は、太股を濡らして機内に引っ張り上げてもらう。歯が鳴るほどの冷たさを感じる。

 全員に毛布が渡されたが、雄図は寒さに耐えきれず泣き出してしまう。
 飛行艇を見たときの目の輝きは、失われた。夷隅謙也が一緒でなければ、精神的に耐えられなかった。その謙也もかなり疲れている様子。頑健だった彼が1人で機内に入れないほど、弱っていた。
 もっとも、大人でさえ、手助けなしで乗り込めたのは数人だけ。

 飛行は20分間で終わった。
 雄図はここがどこかわからない。たくさんの建物がある。高い塔もある。
 格納庫で、湯を張った子供用プールに足を入れて、冷え切った下半身を温める。
 そして、バスに乗って、10分ほど走る。

 雄図は謙也から離れ、母親である実原美優に抱きつく。その2人を謙也が抱きしめる。

 意外なことも発覚。
 御手洗隆祥の熱心な支持者が数組、同行していた。スパイである可能性は捨てきれないが、女性の一部は御手洗の性被害から逃れてきたらしい。
 12歳以下の子供は少ない。そもそも、街グループが抜けた集落は、18歳以下の年齢層が抜け落ちてしまった。
 20歳代も街グループが多かったので、年齢構成は30歳代以上が大半を占めていた。
 40歳代、50歳代が構成年齢の中核になっている。

 青葉紫乃と南川響子は、宗岡千里が集落に残ったことに驚いていた。
 国分兼広が状況を詳しく説明すると、紫乃が「彼女、影響を受けやすいの」と言った。
 兼広は、千里が他者の意見に左右されやすいのではないかと推測していたが、やはりあたっていたと感じた。
「これが、永遠の別れじゃないでしょ。
 まだ、可能性がありますよ」
 そう言ったし、それを信じていた。
 兼広は榊原杏奈に報告した際、御手洗の人物について尋ねられ、こう答えた。
「温和な感じですが、目には怒気がありました。統率力があるとは思えません。
 おそらく扇動が上手いだけでしょう。
 集落の存続は、難しいかもしれません」

 ビレッジでは、温かいそばを用意していた。
 天ぷらを芭蕉が揚げ、そばは大仏早苗が茹でた。
 いまとなっては懐かしい駅前の立ち食いそばだ。

「芭蕉さん……」
「益子先生!」
「無事でよかった」
「お互いに」
 2人が両手を握って喜ぶ。

 電動車椅子の男性が近付く。
「郷原先生ですか?」
「あなたは?」
 芭蕉が紹介する。
「長谷先生です。
 飲み友だちなんだ」
「あぁ、お噂はうかがっていました。
 気象レーダーを設置しているとか」
「向田さんがやっていますが、稼働までには時間がかかるでしょう」
「そうですか」
「京町さんが、32台のx86サーバーを手に入れてきたんです。それで、クラスターシステムを構築中です」
「OSは?」
「いまのところはRHELを使うつもりです」
「ストレージはどうするんです?」
「ハイパーコンバージドで構成するつもりです」
「機材は用意できるんですか?」
「危険はありますが、頼もしい友人が多いので……」
「そうですね。
 それは確かだ」

 その後は、延々と学者同士の談義が続く。

「困ったはねぇ」
「国分さんの責任ですよ」
「それは違うでしょ。
 真藤さんが何とかして」
「どうして、俺なんですか?
 椋木さんにやらせればいいでしょ」
「それもそうねぇ。
 椋木さんのほうが知り合いが多いし。
 でも、それだと事情を知りすぎているから、えこひいきにつながるかも。
 やっぱり、真藤さんね」
 保護した62人の世話を、杏奈が真藤瑛太に命じた。
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