彷徨う屍

半道海豚

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09-004 回航

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「芝浦に行って、船を回航するなんて、到底無理だ。
 動画見たらわかるだろう。
 死人だらけだ」
 真藤瑛太の判断に反対する会議の出席者はいない。
 だが、1人が反対とも、賛成とも、対案とも判断できない言葉を発した。
「死人がいなければ、回航できるの?
 エンジンはディーセルなんだろ。始動できるの?
 永遠に始動できないなら、回航しても意味ないんじゃ?
 生命をかける価値があるの?」
 国分兼広の発言に、全員が黙る。核心を突いてはいるが、同時に解決策がないわけではない、と二重否定を使うしかないからだ。
 曳航する計画は、詰まるところエンジンの始動に自信がないからだ。
 法華洋次が説明する。
「ヘリ甲板には降りられる。
 オルカを接舷させてもいい。
 何も陸〈おか〉に上がる必要はない。
 ベルなら14人を甲板に運べる。
 ベルが降りられることはわかっている。海上保安庁が使っていたヘリと同型だからね。
 岸壁と船の間に接続点はない。巡視船内の死人をどうにかすれば手に入る」
 確かに海と空から接近すれば、陸上にいる死人は無視していい。死人は飛べないし、泳げない。ローターの爆音に反応して、死人が近寄ってくるだろうが、すべて海に落ちる。
 兼広は納得しない。
「船の中での捜索は、簡単じゃない。狭いし、逃げ場がない。
 マジで、生命がけだ」
 椋木陽人が兼広に反論する。
「閉じ込められていたり、動けない死人はどうしようもないけど、甲板でゴトゴト(振動転圧機)を動かせば、確実におびき出せる。
 海の真ん中まで引っ張っていって、一気にやろう」
 兼広は納得しない。
「巡視船が必要な理由は何だ?
 移動するヘリポートがほしいだけか?
 巡視船の構造は貨物船やフェリーに比べたら、かなり複雑だ。死人を1体でも見逃したら、必ず犠牲者が出る。
 それだけの危険を冒しても、必要な船なのか?」
 陽人が答える。
「道路は寸断されている。
 渡良瀬川にかかる東北道の橋も落ちた。下りだけだけどね。橋は落ちるし、崖は崩れるし、路肩は崩落するし、そう遠くないうちに、集落との行き来だってできなくなる。
 飛行機と船がなければ、長距離移動ができなくなる。
 それに、海賊。
 護衛が必要だろ。
 護衛艦や巡視船は、芝浦の船以外見つかっていないんだ。マコシャークは偶然見つけたけどね。
 貴重なんだから、確保すべきだ。それに、他のグループの手に渡ったら、ヤバいだろ」
 瑛太も30ミリ機関砲を搭載する“軍艦”を放っておくことは危険だと考えていた。
「巡視船は、確保しないなら沈める。
 誰にも渡さない。
 それと、航空偵察で横須賀に揚陸艇が残されているのを見つけた。動画からラニーミード級汎用揚陸艇らしい。
 こいつが手に入れば、砂浜にクルマを揚げられる」
 兼広は単純に反対しているのではないし、そもそも船の確保に賛成している。問題の洗い出しのために、それと必要性の確認、確保しない場合の危険を明確化させようとしている。
 神無玄吾が榊原杏奈を見る。
 杏奈が頷く。
「今回の作戦は、俺が指揮する。
 文句ある?」
 全員が首を横に振る。

 フィールドは独歩志向が強く、船舶確保においてスカイパークや集落に支援を求めることはない。
 だが、芝浦ふ頭に繋留されているという、海上保安庁のはてるま型巡視船の回収についてはフィールドの人員のみでは頭数と経験の両方で不可能だった。
 集落はフィールドの任務を肯定的に見ておらず、支援はスカイパークと分屯地に限られた。

 死人がはびこる世界で生きていくには、最低限3つの物資が必要。
 食糧、燃料、武器と弾薬。
 このうち、武器と弾薬は確保しにくい。民間が銃器を保有しにくい日本では、偶然以外に確保の可能性は乏しい。逆に偶然であれ、計画的であれ、武器を入手し、武器を使えたヒトが生き残れた。

 スカイパークでは、ボルトアクション式7.62ミリ狙撃銃、5.56ミリ自動小銃、7.62ミリ機関銃を月産各1挺のペースで製造している。
 主力の5.56ミリ自動小銃は、月産最大5挺の製造能力がある。最大生産能力を発揮した場合、7.62ミリ狙撃銃は製造できない。
 紆余曲折があったが、自動小銃の最終的な機構と形状は89式小銃によく似ていた。2脚がなく、ピカティニーレールがある点が外観上の大きな違い。製造を終了しているが、他にU.S.M1カービン/HOWA M300の機構を踏襲した木製銃床の7.62ミリカービン弾を使用する半自動小銃がある。

 大型船は、燃料にC重油を使うことが多い。C重油は90パーセント以上の原油精製後の残渣油に10パーセント程度の軽油を混ぜたもので、130℃まで加温して粘度を下げて使う。
 常温での粘度が高く、エンジンを長期間動かさないと内部で固まってしまう。
 だから、長期間放置されている大型船は、クルマほど簡単には再始動できない。
 使えそうな大型船を見つけると、棚田彩葉たちフィールドのメンバーは、燃料系からC重油を抜き、代わりに軽油を満たした。
 ただ、動かせるとしても全長200メートル近い長距離フェリーの運用は無理で、最大でも全長90メートル程度が限界だった。
 その点、はてるま型巡視船は全長89メートルと小型でありながら、ヘリコプター甲板を持つ理想的な船だった。
 乗組員の定数は30で、死人がいるとしてもそう多くはないと判断している。
 移動させなかったことを考慮すると、おそらくどこかが故障している。

 青ヶ島から4人を救出したことに、集落から批判的な意見が漏れ聞こえている。
 ただ、集落とスカイパークとの合同会議では、具体的な発言はない。
 また、集落には、スカイパークに無償で食糧を供給することに批判的な勢力が存在する。
 スカイパークからは海の魚や果物などを集落に供給しているのだが、主食であるコメを握っている集落の立場は強い。
 集落には、潜在的に合流点の研究者グループ以外のメンバーと街グループとの対立がある。
 両者の年齢が上がるにつれて、暴力的な匂いが強くなっている。
 街グループのリーダーである安西琢磨は、いつか起こる全面衝突を避けるために究極の選択を迫られている。
 集落内では銃器は厳密に管理されている。だが、合流点の研究者グループ以外のメンバーは簿外の猟銃を数挺隠し持っている。
 全面衝突となれば、弾が飛び交うことになる。当然、死傷者が出る。琢磨は、それだけは避けたかった。

 街グループの人数は多いのだが、全員が未成年であったことから、集落内での発言力は強くない。
 それと、トラブルを起こしそうなメンバーは、積極的にスカイパークに送り出していた。椋木陽人や篠原七美がいるからだ。
 それと、彼が頼りにしていた向田未来は分屯地に行ってしまった。
 琢磨が直接関与しているメンバーは20人。街グループではないが、年齢が近いシンパが10人。
 計30人全員を率いて、スカイパークに移ろうと思案している。
 このことは、陽人と未来は知っていた。
 だが、スカイパークには30人を一気に受け入れる余裕がない。もともと人家のない山中で、建造物自体が少ないのだ。
 テント生活になってしまう。
 それでも、琢磨は仕方ないと考えていた。

 高原には、桂木良平、真崎健太、羽月美保、鬼丸莉子、その他16人が残っている。計6家族20人だ。
 表向きは風力発電設備の管理だが、実際の理由は他グループ間のもめ事に巻き込まれたくない。
 電気を送る対価として、食糧を受け取っている。

 フィールドは、周辺に無限とも思えるほど存在する建設資材を松島に送り出していた。輸送は、トラックとフェリーであるオルカで行った。
 膨大な量の単管パイプと安全鋼板を優先している。
 そのことは、榊原杏奈は詳細な報告を受けていた。

 この時期、90キロを超える陸上移動は、極めて危険になっていた。
 それでも、陸路で安西琢磨は榊原杏奈を訪ねた。

「代表、32人、引き取っていただけませんか。
 このままだと、死傷者が出てしまいます」
「安西さん、椎名さんや神薙さんが仲裁しないのですか?」
「いや、双方の憎しみ合いは極限に達しているんです。
 このままだと、血が流れます」
「困ったわねぇ。
 見ての通り、住んでもらう家がないの」
「テントでかまいません」
「リストの★印は何?」
「メンバーではありません。
 年齢と境遇が近いので、一緒に行動しています」
「この◆マークのヒトたちも?」
「はい。
 俺たちが去れば、彼らがターゲットにされますから」
「でも、一気に32人も抜けたら、集落はたいへんでしょう」
「仕方ありません。
 それでも、70人は残ります。
 どうにかなります」
「どうやって、スカイパークに?」
「マイクロバス2台、4トントラック4台で雪が降る前に移りたいと思います」
「稲刈りは?」
「我々は関知しません」
「食べるものが……」
「1年分を隠してあります」
「あら、まぁ」

 向田未来が代表室に入室する。
「未来!」
「琢磨!
 元気か!」
「いや、そうでもない。
 毎日、神経をすり減らしている」
「確かに顔色が悪いな。
 彼女元気か?」
「連れてきた。
 妊娠しているし。
 彼女を産科で見てもらうことが表向きの理由だ。明確な理由がないと、集落からは出られないんで……」
「連れて帰るのか?」
「いや、置いていく。
 そのほうが安全だ」
「そこまで悪化しているのか?」
「あぁ」
「で?」
「スカイパークに移住を申し入れた。
 総勢32人だ」
「そりゃ、無理だ。
 ここには屋根と壁がない。
 でも、分屯地にはあるぞ。
 分屯地に来い。
 だけど、先々は造船所がいいかもな?」
「造船所?」
「フィールドは撤収するんだ。
 松島の造船所がある岬に移転する。
 広大な土地に建物が点々とあって、多くは倉庫や工場だけど、住居にできそうなものもある。
 俺は、実際に見てきた。
 海と運河で囲まれていて、2本の橋を封鎖すれば死人は入り込まない。
 安全だよ」
「食糧はどうするんだ?」
 未来が杏奈をチラリと見る。このことは、まだ杏奈は知らない情報だからだ。
「海と川を使うんだけど、川と山に囲まれた水田がある。道路、トンネル、橋を封鎖すれば、死人は入ってこられない」
 杏奈が目を見張る。スカイパークも食糧については不安を感じ始めていた。集落が食糧の供給を武器にする可能性を感じているからだ。
「面積はどれくらい?」
 杏奈の問いに未来が少し考える。
「概算ですが、2平方キロ。コメだけなら500トンから800トンの収穫が見込めます。
 倉庫のような建物も何棟かあります。民家はほとんどないかな。でも、集落になっているほどは固まっていません。数軒って、ところです」
「あらぁ~。
 私も行ってみようかしら」
「ぜひ、そうしてください」

 琢磨のパートナーは、病院にいた。
「大丈夫、あなたも赤ちゃんも元気」
 内科・小児科医と助産師の診察を受けて、彼女は微笑んだ。
「時々、診ていただけますか?
 私、ここに残るので」
 助産師の青葉紫乃が「どうして?」尋ねる。集落にも医療関係者がいるからだ。
「押されたり、足をかけられたり、そんなことされたらと思うと怖くて……」
 驚いた南川響子が問う。
「え!
 妊婦さんにそんなことするの?」
「集落には、そういうヒトたちがいるんです。
 そのグループのメンバーが増えていて、私たちに嫌がらせをしてくるんです」
 紫乃と響子が顔を見合わす。響子が心配する。
「それで、ここに来たの?」
「はい……。
 このままだと、殴り合いじゃすまなくなっちゃうから、仲間全員で逃げだそうかなって。
 逃げるが勝ち、でしょ」
 病院で助手として働き始めた亀島結菜は、戸惑っていた。スカイパークは穏やかな時間が流れているが、集落はそうでもないらしい、と感じたからだ。
 歯科医の大城雅美が大きく頷く。
「そのほうがいいよ。
 合流点のヒトたちでしょ。一部らしいけど、何度ももめ事起こしているらしいし。
 それに、本格的に戦ったら、あなたたちの圧勝でしょ」
「琢磨は、メンバーに『挑発に乗るな』って言うけど、それだって限界があるんです。
 未来だって追放されちゃったし……」
 向田未来がスカイパークの幹部の1人であることは、新参の結菜でも知っていた。だけど、集落を追放されたことは知らなかった。どんな悪いことをしたのだろうかと、気になった。
「一方的に顔を蹴られただけ。
 未来は手を出していない。
 だけど、喧嘩両成敗の原則で、未来は自分から追放になったの」
 結菜は一言も発しなかったが、不穏な何かを感じていた。

 ヘリコプターに乗って行く場所は、分屯地とフィールドに限られる。
 死人を呼ぶだけでなく、生人にも存在を知らせてしまうヘリコプターの爆音を、集落は嫌う。
 よほどのことがない限り、集落はヘリコプターを使わない。だから、スカイパークと集落の交流は、途絶えがちになる。

 松島の造船所がある海と運河に挟まれたエリアは、当初は松島あるいは造船所、やがてケープ・シップヤード、その後に略してケープと呼ばれるようになった。

 真藤瑛太は夕食時に、ケープ・ツアーに参加した鮎村この実と鰍沢可奈の話を聞かされていた。
  高島美佐と沙奈は、人数制限から参加できなかった。だから、2人は不機嫌。
 可奈が「すごーく、広かったよぉ」と言い、この実が「住めそうな建物が結構あるの。雪が少ないから、住みやすそう」と嬉しげだ。
 美佐が「可奈ちゃんズル~イ」と不満を伝える。しかし、ツアーのくじで当たったのは、この実と可奈だ。
 可奈が「新しいお家に、いまのお家を持っていくよね」と要求する。いまのお家とは、勉強部屋兼遊び場になっているキャンピングトレーラーのことだ。
 可奈は、ケープ行きを決めている口調。この実は可奈ほど子供っぽくはないが、気持ちが傾いていることは確か。
 瑛太は心の中で「そんな簡単じゃないよ」と嘆いていた。

 琢磨は、もともとは街グループではないが彼らと近しいメンバーからスカイパークに送り出した。
 ルートにもよるが、90キロから105キロにもなる陸路を少数の護衛を付けて、移動させた。
 多くは、歯痛を理由にしていた。
 琢磨の思惑に対して、トラブルの拡大を恐れる一部の幹部は見て見ぬふりを決め込んだ。同時に、理不尽な行為に毅然とした対応をすべきと主張する良識あるヒトもいた。

 スカイパークには住む場所がなく、新たな移住者たちは数日後には分屯地に向かう。

 安西琢磨は集落に戻ったが、彼のパートナー以外に課題を残していった。

「真藤さん、安西さんの意見、どう思う?」
 代表室で、榊原杏奈に問われた真藤瑛太は、どう答えるか考える。
「安西さんたちは、誰よりも死人の習性に詳しい……。だから、彼ができるというなら、可能なのかもしれないと思います。
 もし、松島基地が手に入るなら、今後の展開は根本から変わってきます。
 フィールドによれば、大量の安全鋼板があるそうです。防水合板も。
 それらは、フェリーで運び出しています。
 ケープにも合板工場があって、そこにも在庫が山ほど。太陽光パネルの運び出しが始まれば、これから先の電力も確保できるようになります」
 この時点では、誰もがスカイパークを捨てることを考えていなかった。ケープはフィールドの代替地であり、それ以上の存在ではない。

 亀島結菜は大城雅美に同行して、ケープ・ツアーに参加した。
 ヘリコプターに乗るのは2回目だが、前回とは違い緊張感がない。彼女は空からの景色を存分に楽しんだ。

 結菜は、ケープでの雅美の行動に戸惑う。雅美には明確な目的があり、彼女は病院に適した建物を精力的に物色している。
 そして、運送会社の2階建て事務棟に、病院と大書した木板を立てかけた。
「ここが病院。
 新しい病院」
 結菜が驚く。
「ここに引っ越すんですか?」
 雅美が頷く。
「私が得た情報だと、たぶんそうなる」

 秋が近く稲刈りの時期だが、集落からは連絡がない。
 集落では幹部全員が頭を抱えている。
 スカイパークにコメの供給をしない決議を求める署名運動が始まった。
 この署名運動は、スカイパークにも伝わる。
 杏奈たちも頭を抱える。

 牛久大地は、パイロットの訓練、高校に相当する教育、機上作業員としての仕事で毎日が忙しい。
 昨日の昼食時、食堂で椋木陽人の隣席になった。
 陽人から「同時に何機飛べる?」と聞かれ、大地は「頑張れば、ドルニエ、ツインオッター、アイランダー、各2機、全部飛べます!」と元気に答える。
 陽人が「セスナの貨物機は?」と尋ね、大地は「もちろん大丈夫です」と自信を持って答えた。
 以後、陽人が黙り込み、大地は不安になった。

 自動車エンジンのチューナーであり、レーシングカーの設計者であった風間幹夫は、スカイパークの誰かが遊び半分で回収していた中華トライク(オートバイ型三輪車)を、足に障がいがある長谷博史のための爆速車椅子に改造することにした。
 125ccの中華エンジンを、ヤマハ製空冷単気筒400ccに換装する改造を行った。
 スカイパーク周辺はアップダウンが激しく、勾配もきつい。移動距離も長い。電動車椅子では、時間がかかる。
 この爆速車椅子なら車椅子の感覚で、軽自動車の快適さを与えてくれる。
 心がけたのは、低回転でも高いトルクを発生すること、それと死人を呼ばないための消音性能。
 博史は、行動範囲を飛躍的に広げてくれるこの乗り物を手放したくなかった。

 彼以外にも、飛行機では運べない物資を持つメンバーは多い。
 スカイパークを捨てる判断は、誰も持っていなかった。

 夜の会議室は重苦しい空気が流れている。だが、1人だけハッピーを振りまく男性がいる。
 国分兼広だ。
「俺はどっちでもいいよ。
 イチゴ農園は確保したからね。
 これからもピチピチのお姉さんと仲良くできる」
 土谷健介が報告する。
「鳴瀬川から定川まで総延長10キロに仮囲いを設置すれば、4平方キロの農地を確保できます。
 多くは水田ですが、畑地もあります。
 国分さんが勝手に自分のものと主張しているイチゴファームも。
 仮にコメだけを作付けするとするならば、最大2000トンを収穫できます。
 それと、輸送会社の冷蔵倉庫に玄米が入った30キロの袋が推定1000袋ありました。
 30トンです。
 しかも、信じられないことですが、太陽光発電による給電が続いていて、壊れもせず冷蔵されたままでした。
 食べられます。
 集落からコメの供給を止められても、大丈夫です。開発できる水田の5分の1でも、復元できれば十分です。
 集落に頭を下げないでください。
 胸くそ悪いから……」
 椋木陽人が問う。
「10キロ分の安全鋼板はあるの?」
 健介が陽人を見る。
「概算なのですが、安全鋼板は3万枚以上あります。
 幅は54センチなので、2万枚あれば十分です。単管パイプもあります」
 真藤瑛太が下を向いたまま尋ねる。
「で、問題は?」
 健介は回答を躊躇わなかった。
「松島基地から死人を排除すること」
 陽人が即答。
「それは、問題ない。
 俺たちが何とかする」
 杏奈が考え込む。
「おコメだけど、どうやって運ぶの?
 ヘリコプターでは少しずつだし、滑走路は使えないから飛行機はダメだし、船じゃ海岸まででしょ。
 トラックは絶対無理」
 健介は迷わなかった。
「俺たちがコメのあるところに行きましょう」

 瑛太はスカイパークを捨てるなど、到底考えられなかった。
 それは、陽人も同じ。
 だが、鮎村この実や篠原七美は、陸路によるフィールドへの移動の検討に入っていた。

 秋が深まってくると、否応なく食料不足が顕在化してくる。
 同時に、ケープへの一時移動という名の移住が始まる。海と運河に囲まれたケープは、安全だ。

 冷たい小雨が降る朝、スカイパークの検問所によろけながら近付くヒトがいた。
 検問所は当初、ひどく警戒したが、その後は驚きに変わる。
「芭蕉さんじゃないですか!
 どうしたんです!」
「追放されたんだ。
 集落を」
 途切れ途切れの声、かすれ声。冷え切った身体。何も持っていない。着ているものと、履いている靴だけ。

「疲れているだけだけど、危険なほど衰弱している」
 南川響子から岸辺芭蕉の報告を受けた榊原杏奈が狼狽える。
「検問所では、追放されたって……」
「何も持っていなかったそうよ。
 代表、集落のことだけど、何かヘン」
「そうねぇ」

 翌日夕方、仕事を終えて自室に戻ろうとしていた杏奈を真藤瑛太が呼び止める。
「代表!
 たいへんです。
 高原に最後まで残っていた9人が保護を求めて分屯地に来たそうです」
「何ですって!
 9人?」
「桂木良平
 須崎健太
 羽月美保
 鬼丸莉子
 真田陽咲
 真田沙耶
 立花一希
 砂倉裕子
 畠山洋介」
「お目にかかったことがないヒトもいるけど、お名前を知っているヒトばかり。
 どういうこと?」
「向田さんもよくわからないらしいけど、集落の体制が変わったらしいです」
「体制?
 クーデター?」
「どうなんでしょうね?
 そんな兆候、ありましたっけ?」
「代表を決める選挙があったことは知っているけど……」

 翌日、椋木陽人がケープから戻ってきた。
 自宅へは戻らず、その足で代表室に向かう。昨夕のことで、杏奈と瑛太が打ち合わせていた。
「代表、基地の敷地内から死人をほぼ排除しました。
 誘き出して、144体を敷地外に出しました。
 4階建ての宿舎が5棟あるんですが、1室ずつ確認しています。
 それが終われば、排除作業は終了です。
 死人は外部から入り込んだと思います。
 自衛官らしい死人はいませんでした」
「ご苦労様です。
 安川さんと法華さんは、戻らなかったの?」
「2人は、ゴルフに興じてますよ。
 ゴルフ場を見つけたんです」
 杏奈が呆気にとられる。
「まぁ、うらやましい」
 瑛太が陽人に伝える。
「高原から桂木さんたちが向田さんを頼って逃げてきた。
 分屯地に」
 陽人には意味がわからない。
「逃げてきた?
 どういうこと?」
「わからない。
 何もわからないんだ。
 それと、芭蕉さんを保護した。
 衰弱しているけど、生命は大丈夫だ」
 陽人の目が泳ぐ。

 集落では、10人が軟禁状態にあった。
 高原を脱出した9人が向田未来に伝えた情報によると、彼らは懇意にしていた集落の指導的立場にあった10人が、事実上拘束されたことを知り、ピックアップトラック2台に分譲して手元にあるものだけを持って高原を出た。
 この以前にも、高原は数人を分屯地に送り出していた。
 集落の異変を知らせたのは、異変発生時に偶然にも集落にいた畠山洋介と砂倉裕子の2人だった。
 集落の異変の実態については、2人もよくわかっていない。ただ、体制が転換したことは事実だった。

 岸辺芭蕉は、病院のベッドで亀島結菜に「頼む、代表と話をさせてくれ」と訴える。
 亀島結菜は昼休みに代表を訪ね、芭蕉の願いを伝えた。絶対安静・面会謝絶の病院の方針に反した。

「芭蕉さん……」
「やぁ、代表……。
 無様な恰好で……、恥ずかしいんだが……。
 話しておきたいことがある」
「何があったの」
「追放されたんだ。
 新しい代表は、公正な選挙で選ばれた。
 椎名さんと御手洗隆祥という人物の一騎打ちだったんだが、合流点の一部による嫌がらせで、街の若者たちが出て行くことになったことを激しく批判したんだ。
 椎名さんにとっては、痛いところを突かれた。
 結果、椎名さんは負けた。
 それはいい。公正な選挙なのだから。
 だが、御手洗さんにとって街の若者たちのことは、どうでもよかったんだ。椎名さんを批判するネタでしかなかった。
 問題はスカイパークだ。
 集落には、スカイパークに食糧を供給することに対する根強い不満があった。
 それとスカイパークの行動。
 積極的に外部に出ていくと、危険を呼び込むと考えているんだ。
 平たく言えば、スカイパークを敵視している。
 気を付けたほうがいい」
「芭蕉さんは、どうして追放されたの?」
「御手洗隆祥を批判したからだ」
「それだけ?」
「そうだ。
 私は、これまで神薙太郎や椎名総司も批判したが、追放はされなかったよ」
「ゆっくり休んで……」
「代表、戦っちゃダメだ」
「わかっていますよ」

 神無玄吾が代表室を訪ねる。
「代表、一応報告しますけど、スカイパークの物資で飛行機で運べないものをトラックで輸送するとしたら、8トントラック換算で20台必要です」
「どうして、そんなことを調べたの?」
「いやぁ、逃げるが勝ちでしょ。
 街の連中からの情報じゃ、集落はかなりヤバイですよ」

 亀島結菜は、芭蕉の伝言を杏奈に伝えたことを誰からも叱責されなかった。
 トラックに積む病院の資材や機材のリストを作るよう指示された。
 結菜は、ケープの状況を大地から聞いていた。病院となる建物があり、住む家もある。食糧もある。彼女も現地を見ている。
 実際、そうだと思う。
 だけど、また逃げるのか、という思いもある。

 12月初旬、御手洗隆祥が率いる一群がスカイパークを訪れた。
 そこには何もなく、30機以上あるはずの飛行機は1機もなかった。
 コメの供給を断てば、絶対に恭順すると疑わなかった御手洗隆祥は、完全に予測を外した。
 スカイパークは、一切の物資・機材を抱えてどこかに消えた。
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半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

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