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08-004 余波
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富士山以西から9人が救出されたのだが、善人か悪人かに関わらず、生存者が各地にいることは明確だった。
駿河湾沿岸での地震と富士山の噴火に関連して、独自の移動手段で、やって来たヒトたちが複数いた。
もちろん、個人あるいはグループで新たな生存圏に移動したヒトたちも多い。
ゾンビ事変から6年目ともなると、生き残っているヒトは高い生存能力を有している。簡単には死なない。
善人か悪人かは別にして……。
「昌子は『飛べ! ファニックス』って映画知ってるか?」
安川恭三にそう問われた薬師昌子は、いままでの会話の内容と質問が合致せず、戸惑った。
「急に何?」
氏家義彦がニヤニヤする。恭三に変わって解説する。
「双発双胴のレシプロ輸送機がサハラ砂漠に不時着するんだ。
乗員と乗客は力を合わせて、不時着機の部品から単発単胴の飛行機を作って、砂漠から脱出する。
脱出機を設計したのは模型飛行機の設計者だったんだ」
昌子の不安はお門違いだと。
スカイパークは岐路に立っていた。
ガスタービンエンジンの整備ができないことから、レシプロエンジン機を集めてきた。
しかし、航空ガソリン(AVGAS)の確保が難しく、運用が大きく制限されてきた。
調布飛行場に大量にあることはわかっているが、市街地にあり、施設内に大量の死人が入り込んでいることから回収できない。
現在、龍ケ崎飛行場と大利根飛行場に残されていた燃料を使っている。残りは少ない。
八丈島から因幡アシュリーが避難してきたことから、ターボプロップ機の整備ができるようになり、レシプロ機からターボプロップ機に主力が移り始めている。
だが、小型機の主力は依然としてレシプロ機で、廃止するという選択肢はない。
どうにかして、運用し続けなければならない。
氏家義彦と八丈島から来た風間幹夫が、自動車用無鉛ハイオクで正常動作するためのエンジン側セッティングと燃料側の仕様を詰めている。
ライカミングとコンチネンタル製の水平対向エンジンに限られるが、どうにか目処がつきつつあった。
しかし、現在時点では航空ガソリンは足りていない。
持田夫妻は、今後のことを決めていない。花山百花と俊介姉弟は保護者のいない未成年なので、無条件で保護された。
安達家族は無事に再会した。
意外だったのは安達聡史の職業で、彼は銃器設計者だった。彼が、銃の修理を引き受けている。
相沢兄妹は義郎が自動運転のエンジニアだったことから、機械制御系に知見があり電子制御燃料噴射式の航空機用レシプロエンジンの修理や調整を担当している。
妹の紗綾は、ドローンの機体設計者だった。彼女の意見は2つ。航空ガソリンの不足を補うため、1機のビーチクラフト・バロンをアリソン250に換装すること。
もう1つは、龍ケ崎飛行場に残されているもう1機のエンジンがないドルニエ228をプラット・アンド・ホイットニー・カナダPT6で代用すること。
この提案を受け入れるか、否かが議論されていた。
八丈島グループから肥後海人など数人がフィールドに移動した。フィールドは20人態勢になった。
棚田彩葉は榊原杏奈を甘く見ていた。ブルーホエールとオルカの存在を責められると考えていたが、そんなことはまったくなかった。
責めは椋木陽人に課せられた。
棚田彩葉は、北海道南部の鹿部飛行場からの航空ガソリン回収、八丈島からのアグスタウエストランドAW139を移送する指令を受けていた。同型機は福島県警機を回収している。
その他、各地のヘリポートに残っていた複数のマクダネル・ダグラスMD500/ヒューズ500を回収している。
ベル412も1機入手した。
これら、ターボシャフトヘリコプターは整備途中で、現状では運用されていない。
フィールドが機能し始めると、船が有効な偵察手段であり移動方法であることがはっきりする。
ゾンビ事変から6年目にもなると、整備されない道路は次々と通行不能になる。どこが通れて、どこが不通なのかもわからない。
陸上を長距離移動するには、事前に航空偵察が必要だった。その長距離も概念が変わった。長距離とは概ね50キロ以上。
死人の群や生人の襲撃を警戒しなければならない。
その点、海上は比較的安全。過去、死人や生人に襲われたことがない。
棚田彩葉は偵察目的で、50フィート(15メートル)から70フィート(21メートル)のプレジャーボートを4艇確保した。
だが、釣りにも有効で、漁獲にも使用するようになる。大量に魚を捕るわけではないので、漁船を使う必要がなかった。大物を1尾釣り上げれば十分。
椋木陽人は、安川恭三と親しく話をしたことがなかった。もちろん、互いに顔と名前は知っている。だが、仕事と役割上での接点がほとんどない。
陽人が住宅地を歩いていると、恭三から声をかけられた。
「椋木さん、おはようございます」
「おはようございます、安川さん。
これからお仕事ですか?」
日常の他愛ない会話だ。
「椋木さん、お願いがあります」
接点がないから、深刻な頼みだとは思わない。フライングクラブに所属している篠原七美が、何かしでかしたのではないかと気にしたくらいだ。
「何でしょう?
私にできることですか?」
「えぇ、あなた以外は無理でしょう」
陽人が心配になる。無意識に足が止まる。
「どういった?」
「航空自衛隊松島基地にT-7練習機が4機、空から確認している範囲で4機、残されています」
「はぁ?」
「回収してほしいんです。
エンジンが必要なんです。
いや、エンジン、プロペラ、減速ギア、その他補機全部……」
「……?」
「海岸の近くだから、オルカ号に載せて持ってきてくれませんか?
邪魔なら主翼は、ぶった切ってもらってかまいません。ほしいのは胴体の前3分の2だけです」
「松島基地には死人がいますよ」
「えぇ、承知しています。
死人を排除しつつ、機体を回収するなんて芸当は椋木さんしかできないでしょう」
「いや、そんなことはありません。
向田未来、真藤瑛太、国分兼広……、国分さんはちょっと違うか?
どちらにしても、榊原代表に内緒はまずいです。俺、前科持ちなんで」
「代表に正規のルートで話を通したら、やってもらえますか?」
「それならば、オルカを出せますよ」
恭三は、正規のルートで正式な許可を得られるとは考えていなかった。
松島基地の死人は、推定200から300体。滑走路にもいるし、建物内にもいる。推定数よりも多い可能性もある。
八丈島と北海道の鹿部飛行場は、死人の脅威が極端に低かった。だから、物資回収が許可された。
松島基地のような悪条件では、絶対に許可されない。
副代表の立場で検討しろと言われたら、絶対に許可しない。
だから、無許可作戦にするしかない。
安川恭三から肉まん20個の依頼を受けた真藤瑛太は、本能的に「ヤバイ作戦に巻き込まれた」と感じていた。
ヤバイ作戦の報酬が肉まんなのだ。
氏家義彦は、国分兼広のジムニーシエラにボルトオンターボを取り付けることを条件に作戦に参加しないか、と打診している。
彼のジムニーは疲れ切っていて、動力系からサスペンションまで、全体をオーバーホールする必要があった。
兼広が、その作業をしてもらえるか、義彦に尋ねると、新車同然の同型車を用意してくれた。
今回はさらに、動力性能の飛躍的向上を提案された。乗らない理由はない。
加えて、放棄されていたイチゴのビニールハウスを修理し、イチゴ狩りを初めたが結果は芳しくない。毎日、子供たちだけがやって来る。
イチゴは食べつくされた。努力に対する成果はゼロだった。京町裕貴と仲良くなれなかった。
安川恭三と氏家義彦は、椋木陽人、真藤真人、国分兼広を巻き込んだ時点で、秘密作戦の成功を確信していた。
フィールドの格納庫では、緊張が支配している。
ドルニエ228でやって来た18人と、フィールドのメンバー12人が会議に臨む。
安川恭三が口火を切る。
「ビーチのバロンは、役に立つ機体だ。現在、6機保有している。だけど、コンチネンタルのエンジンが足りなくて、2機からエンジンを外している。
使っているのは4機で、常時飛べるのは2機だ。エンジンのない2機も飛べるようにしたい。
エンジンをターボプロップに換装しようと考えている。
そのためには、適合するエンジンのアリソン250を手に入れなければならない。
航空偵察によれば、松島の空自基地のエプロンに4機のT-7練習機が駐機している。
この機の胴体前部3分の2がほしい。
エンジンとプロペラ、減速ギアとか。動力関係全部。
この作戦は、みなさんが得意の無許可で行われる。だから、犠牲は出せない。作業は我々がやるが、輸送と護衛を頼みたい」
棚田彩葉が質問。
「その飛行機は使い道がないの?」
恭三が答える。
「2人乗りだからね。荷物も詰めないし……」
フィールドのメンバーが納得する。
椋木陽人が質問。
「主翼は、どれくらいの時間で切断できるの?」
「推定5分。
エンジンカッターで切るから、大きな音がする」
死人が寄ってくる。
どうやって排除するかが問題になる。
真藤瑛太が「エンジンカッターを使う時点で、無音はない。となると、機関銃がいるぞ。何挺も」とないはずの道具の必要性を告げる。
氏家義彦がその話を引き継ぐ。
「実はあるんだ。
分屯地から遠くない場所で、自衛隊の3トン半トラックが乗り捨てられていた。
積荷は弾薬と24挺の機関銃だった。
それを安達さんに見てもらったら、使えるように4挺を大改造してくれた」
椋木陽人は、ミニミがそれだけあるとは考えられない。たぶん、62式だろう。対死人戦での62式は、まったく不向き。弾詰まりされたら、死に直結する。
「7.62ミリの機関銃?」
義彦が答える。
「そうだと聞いた。
安達さんから」
陽人が不安になる。
「弾詰まりされたら……」
「それを何とかしてくれたそうだ。
実物があるから、海上に出て試射しよう」
驚くべきことに、各銃200発を発射したが、1分間に80発の通常発射速度で撃てば、まったく弾詰まりしなかった。
引き金の感触もオリジナルとは違う。外見上は銃身から放熱フィンが消え、放熱筒が追加されているので、すぐにわかる。
銃身はヘビーバレル化されていて、視認できるほど太い。銃身は24パーセント重量が増している。薬室の肉厚も増している。
その他、改造カ所はとんでもなく多い。ただ、基本的な動作メカニズムは、遊底の下部にある揺底を除いたこと以外は変更されていない。
重量は全体で1キロほど増えている。
実包はM80普通弾を使う。この弾薬は、7.62×51ミリNATO弾の自衛隊向け減装弾だ。
「動作には満足だが、この銃を見ると不安になる」
椋木陽人の発言は、真に迫っていた。そういった状況に陥ったことがあるからだ。
だが、初見の真藤瑛太に先入観はない。動作に満足している。
当日中に、安川恭三と氏家義彦は、スカイパークに戻った。
オルカは、明日の朝、宮城県松島市にある航空自衛隊の基地に向かうため出港する。
恭三と義彦が乗るセスナ172Sと入れ替わりに、篠原七美が安達聡史を乗せて飛来した。七美は恭三たちに発見されないよう、向田未来の分屯地からの誘導で通常高度より2000メートルも高く飛行した。
聡史は、改造した機関銃がいざというときに正常に動作するか心配で参加を志願した。百合と桜子は、鮎原この実が見てくれることになった。
オルカの船内は、ゆったりしている。大きな改装をしているわけではないが、50席のブリーフィングスペースと、畳風敷物が敷かれたリラックススペースがあった。
真藤瑛太は、昭和の前半を連想させる真円のちゃぶ台を広げてコミックの単行本を読みながらお茶を飲んでいる。実にのどかな風景だ。
「一緒させていただいて、いいですか?」
安達聡史が声をかけてきた。
「どうぞ」
瑛太はそう言って、急須にお湯を注ぐ。湯飲みを取りに立ち、戻ってきて聡史にお茶を入れる。
緑茶の茶葉はないから、ハーブティだ。
聡史が恐縮する。
「百合と桜子がお世話になっています」
「いや、そんなことないですよ。
少ない人数なんだから、協力し合わないと」
「お若いのに、お子さん、大きいんですね」
「いや、実の子じゃないですよ」
瑛太が笑い、続ける。
「可奈は生人につかまっていたんです。偶然、助けるカタチになって、それから一緒。
この実は、立ち上がれないほどの傷を負っていました。彼女を襲ったのも生人です。
沙奈は可奈よりも長く生人に捕らえられ、自力で逃げたんです。可奈が見つけたときは、かなり衰弱していました。
美佐のグループは、リーダーが生人に殺されています。
死人は注意すれば避けられるけど、生人は向こうから寄ってきますからね。注意や警戒だけではどうにもならない……」
「確かにそうですね。
百合と桜子は学校が楽しいらしく、毎朝、部屋を飛び出していきます。
夕方近くまで学童にいて、その後は友だちと遊んでいるようです。
私は、百合と桜子が何回も口にする“このちゃん”は学校の友だちだと思っていたんです。1カ月以上も。
ある日、2人がかわいい服を着て帰ってきました。百合が『このちゃんにもらった』と。
このとき初めて、私は“このちゃん”は友だちではないのではないか、と思ったんです。
よく聞くと、真藤さんの奥様だったんです」
「いやぁ、友だちですよ。
あいつは、そういう感覚です」
「毎日、お邪魔しているようで……」
「そういう立場なんですよ。
気にしないでください」
真藤瑛太が話題を変える。
「この任務、かなり危険です。
安達さんは船から出ないほうがいいと思います」
「私が関わった道具が使えなくて、誰かが犠牲になったら堪えられないんです。
だから、できることをしに来ました」
「その気持ちだけで、十分ですよ」
氏家義彦は、風間幹夫と因幡アシュリーが加わって大きく負担が減った。
集落とスカイパーク間であっても、装甲車でないと移動が危険になっていた。そして、装甲車は数台しかない。
スカイパークには真藤瑛太のバラクーダがあるが、スカイパークが所有する装甲車はない。
義彦は2トントラックのコンポーネントを利用して、キャブオーバー型装甲車の設計を始めていた。
計画では、10人乗り乗用型、貨物輸送型、戦闘車型を計画している。
アリソン250ターボプロップエンジンを回収する秘密作戦が進行している状況下で、そんな作戦をまったく知らない、アシュリーたち整備チームは方針を変え始めていた。
アシュリーも新提案のほうが合理的だと感じる。
「そうですね。
バロンをターボプロップ化するよりも、アイランダーのほうが現状に合っているように思いますね。
エンジンの出力が1.46倍になるから、速度が上がり、ペイロードにも余裕が出るでしょう。
9人乗れてSTOL性能も高いから、分屯地との移動に最適かな、と」
だが、現実的な問題として、物資の在処がわかっていることと、回収できることは意味が違う。在処がわかっていても、どうにも手出しできないことが多い。
それと、スカイパークはペイロードが大きくて、STOL性能が高い貨物機を欲していた。
カリブーを回収できなかったことが、悔やまれると誰もが感じていた。フィールドが見つけた大量の防水合板を運ぶ手段がない。住宅建設の資材になるのに、大量輸送の方法がないのだ。
単発貨物機のセスナ208で細々と運んでいる。
数学者の長谷博史は足に障がいがあることから、当初の仕事は学校の教師だった。
だが、これは完全に不適材不適所だった。彼は基本穏やかで優しいのだが、他者に何かを教えることは甚だしく苦手だった。
よくいる自分だけが理解しているタイプだ。
一方で、統計や強度計算では、圧倒的な見識と処理能力を発揮した。スカイパークにはパソコンしかなかったが、京町光輝が「考えられる一番速いデッスクトップ」を組み上げて博史に渡す。
OSは、ユーザーの希望でLinuxのディストリビューションであるubuntuになった。
最初は建築関係の強度計算から。車輌や航空機の設計変更にともなう構造強度計算も引き受けた。
気付けば、光輝は完全に博史の助手兼弟子になっていた。
通信室から光輝が抜けたことで、向田未来が静かに立腹している。光輝の姉、裕貴に会う口実がなくなったからだ。
少しの波風はあるが、ブリテン・ノーマン・アイランダーのターボプロップ化についての基礎調査が急速に進んでいく。
オルカ船内のメンバーは、中距離偵察機の主力であるビーチクラフト・バロンをターボプロップ化して、燃料の制約を減らす、と理解している。
だが、同時間のスカイパークでは、ブリテン・ノーマン・アイランダーをターボプロップ化して、分屯地との往来を円滑化しよう、という計画に変更されていた。
この計画を指向している面々は、オルカの出航をまったく知らない。そして、計画を実現するための機材であるアリソン250の在処をどうやって探すのか、まったく目処が立っていなかった。
すべてを知っているのは、氏家義彦と風間幹夫だけ。2人は、この展開に生きた心地がしなかった。
事後のことは覚悟していたが、2つの現場の意思疎通がないことで、どんな結果・結論になるのか気が気じゃなかった。
「作戦が複雑すぎる」
真藤瑛太が決定的な問題提起をする。いや、この問題は当初からあった。問題を提起しても、どうにもならない。
全員が複雑すぎて危険だと感じている。それでも、完遂しなければならない。
それは、瑛太も承知している。
「基地のゲートを出てから2.5キロも道路を走らないと……。民家はないけど、建物がないわけじゃない。となると、死人がいる。
死人を避けるために、手際が大事になる」
事前に棚田彩葉たちが上陸しての偵察を行っている。
「道路はそれほど荒れていないけど、いろいろなものが落ちている。
パンクとかしちゃうと、かなり厄介だよ。
パンクの修理はせずに走り抜かないと。
目的の飛行機は、ブルーインパルスの格納庫前にあるけど、格納庫内にも2機あった。
合計6機だよ」
椋木陽人が「増えてんじゃねぇか。聞いてねぇぞ」と驚く。
彩葉が「4機でしょ。回収するのは4機だよね!」と気色ばむ。
瑛太が「6機あるなら全部だ」と宣言すると、回収チーム全員が「そうなる」と同意する。
彩葉が「6機なんて積めないよ」と慌てるが、瑛太が「積めなきゃ、積めるようにするだけだ」と言い切る。
彩葉が「正面ゲートから格納庫まで250メートルくらい。障害物はあるけど、運び出せると思う。基地内で翼を切断する予定だったけど、危険じゃないかな。基地から出て、少し走れば水田跡に出るから、そこで切ったほうがいいと思う」と手順の変更を提案する。
これに異論はない。
土谷健介が「最深部の漁港にオルカを入れるけど、出入口付近に自衛隊の軍艦が係留されているんだ。これが邪魔で」と問題提起。
陽人が「大きな船なの?」と尋ねると、浅谷陸翔が「いや、オルカよりも小さい。船首に大砲がついている」と説明する。
彩葉が「その船を避けながらの進入になるから、漁港に入るのに少し時間がかかると思う」とやや不安顔。
全員が沈黙。
知れば知るほど、この作戦が困難なことがわかってくる。
陽人が「この作戦の成功とは、飛行機のエンジンを回収することじゃない。誰も死なないことだ。全員が無事に家に帰ることだ」と。
全員が陽人の言葉をかみしめた。
港外で夜を明かし、日の出から1時間後に偵察のため高速複合艇を出す。
航路が啓開されていることを確認し、オルカが工業港に進入する。50メートル級と75メートル級の2隻の民間船が接舷しているだけで、7メートル以下の小型漁船が数隻浮遊している。
それらを避けて、オルカは極低速で進む。
漁港の防波堤は3カ所が開いていて、一番広い開口から入る。防波堤外の一番広い開口近くに50メートル級の“軍艦”が不自然に繋留されている。
漁港内で回頭し、船尾から接岸する。
船尾ランプドアを開ける。
要員を運ぶダブルキャブピックアップトラック2台とT-7練習機を牽引する農業トラクター4台が船から出る。
入港時、彩葉は瑛太から「あれは自衛隊の船じゃない。Japan Coast Guardが消されているけど、海上保安庁の巡視船だ」と教えられた。
「でも、大砲がついているよ」
「巡視船にもついているよ。
あれは、6銃身20ミリのガトリング機関砲だ。
だけど、どうしてこんなところにあるんだろう?
つるぎ型じゃないかも?
まさか、みはし型か?」
「調べたほうがいいかな?」
「船内に死人がいたら厄介だぞ」
「そうだね。
荷物も積めなさそうだし」
「20ミリ機関砲はほしいけどね。
それを除けば、速いだけだし」
「どのくらい出るの?」
「みはし型なら35ノット。
つるぎ型なら40ノット以上」
彩葉の目の色が変わる。
「エンジンは?」
「海上自衛隊のはやぶさ型はガスタービンだけど、巡視船はすべてディーゼルだよ」
「わかった。
危険は冒さないけど、調べてみる」
基地への侵入は簡単だった。ゲートは閉鎖されておらず、おそらく、ゾンビ事変後に開けられたのだろう。
事前の偵察の通り、基地内にはT-7練習機以外の航空機は1機もなかった。
F-2戦闘機、ブルーインパルスのT-4練習機、UH-60Jヘリコプター、U-125A捜索救難機もない。
すべて、消えている。残されているのは、トラックや消防車などの車輌のみ。
牽引ロッドには工事用の安心クッションを巻いている。誤ってコンクリートに落としても、金属音をさせないためだ。
死人は金属音に反応しやすい。
用意した牽引ロッドは8本。
ブルーインパルスの格納庫付近に死人の姿はないが、視界内にいる。
ゾンビ事変から丸5年を経ているので、屋外にいる死人は恐ろしい姿に変わっている。生命の欠片さえ消えている。
最初のT-4練習機が農業トラクターに牽引されて、基地の外に向かう。
2機目、3機目、4機目と続き、5機目と6機目はピックアップトラックで牽引する。
全周が放棄された水田。
ここで、エルロン(補助翼)から外側の主翼を切断する作業が始まる。
エンジンカッターで乱暴に切断していく。とてつもない音がするが、そんなことは気にしない。
5年間も風雨と太陽光に曝された屋外にいる死人の多くは、皮膚や筋肉を失っていて、素早く動けない個体が少なくないからだ。
漁港港外に繋留されている巡視船は、みはし型であった。
船内には誰もおらず、浸水してもいなかった。ウォータージェット推進用のディーゼルエンジン1基は、比較的簡単に動いた。
竣工から40年にもなる老船だが、動きそうではある。船内装備は壊されていない。整備すれば使えそうだ。
現在保有する20メートル前後のクルーザーよりも長距離偵察に向いている。
彩葉は迷っていた。
予定を変える行動は、死に直結するからだ。独断で決めてはいけない。
土谷健介の顔色が変わる。
ヒトが発するいろいろな音が、周辺の死人を活性化させ始めたからだ。
屋内にいる死人が出ようと足掻き始め、屋外にいた死人が集まり始める。
数は少ないが、数十の群になるには時間はかからない。
1機目が到着。
すぐに船内へ。5機目と6機目は船内に入らない。ランプドアに載った状態。
その状態で離岸する。
そうしないと、死人が船に侵入してしまう。瑛太や陽人が銃を構えるが、ギリギリ発射しなかった。
死人がオルカを追って、海に落ちていく。そのまま沈む。
恐ろしい風景だ。
漁港を囲う防波堤を出てから、3番目から6番目までの4機のコックピットから後方の胴体を切断する。
切断した胴体は工業港に投棄。
この作業の間に、数人と相談した彩葉はみはし型と思われる巡視船の回収作業を始める。
みはし型とは断定していないが、推進は3軸で左右がスクリュープロペラ、中央がウォータージェットであること、赤外線捜索監視装置の装備、目標追尾型遠隔操縦機能(RFS)付きのJM61-RFS 20ミリ多銃身機関砲が搭載されていることから、ほぼ間違いないと瑛太は判断している。
3軸ともウォータージェット推進であるつるぎ型ではないし、海上自衛隊のはやぶさ型ミサイル艇とは船形と上部構造物の配置が違う。それに、はやぶさ型もウォータージェット3軸だ。
みはし型との推測は、正しい確率が高い。
彩葉たちが手に入れた武装船は、エンジン1基でもオルカに同行できた。土谷健介と浅谷陸翔の2人で回航している。
不安定だが、どうにかフィールドが管理する漁港までたどり着いた。
エンジンを6基手に入れた。これをスカイパークに運ぶには、この作戦を報告しなければならない。
どれほどの波紋が起こるのか、誰にもわからなかった。
駿河湾沿岸での地震と富士山の噴火に関連して、独自の移動手段で、やって来たヒトたちが複数いた。
もちろん、個人あるいはグループで新たな生存圏に移動したヒトたちも多い。
ゾンビ事変から6年目ともなると、生き残っているヒトは高い生存能力を有している。簡単には死なない。
善人か悪人かは別にして……。
「昌子は『飛べ! ファニックス』って映画知ってるか?」
安川恭三にそう問われた薬師昌子は、いままでの会話の内容と質問が合致せず、戸惑った。
「急に何?」
氏家義彦がニヤニヤする。恭三に変わって解説する。
「双発双胴のレシプロ輸送機がサハラ砂漠に不時着するんだ。
乗員と乗客は力を合わせて、不時着機の部品から単発単胴の飛行機を作って、砂漠から脱出する。
脱出機を設計したのは模型飛行機の設計者だったんだ」
昌子の不安はお門違いだと。
スカイパークは岐路に立っていた。
ガスタービンエンジンの整備ができないことから、レシプロエンジン機を集めてきた。
しかし、航空ガソリン(AVGAS)の確保が難しく、運用が大きく制限されてきた。
調布飛行場に大量にあることはわかっているが、市街地にあり、施設内に大量の死人が入り込んでいることから回収できない。
現在、龍ケ崎飛行場と大利根飛行場に残されていた燃料を使っている。残りは少ない。
八丈島から因幡アシュリーが避難してきたことから、ターボプロップ機の整備ができるようになり、レシプロ機からターボプロップ機に主力が移り始めている。
だが、小型機の主力は依然としてレシプロ機で、廃止するという選択肢はない。
どうにかして、運用し続けなければならない。
氏家義彦と八丈島から来た風間幹夫が、自動車用無鉛ハイオクで正常動作するためのエンジン側セッティングと燃料側の仕様を詰めている。
ライカミングとコンチネンタル製の水平対向エンジンに限られるが、どうにか目処がつきつつあった。
しかし、現在時点では航空ガソリンは足りていない。
持田夫妻は、今後のことを決めていない。花山百花と俊介姉弟は保護者のいない未成年なので、無条件で保護された。
安達家族は無事に再会した。
意外だったのは安達聡史の職業で、彼は銃器設計者だった。彼が、銃の修理を引き受けている。
相沢兄妹は義郎が自動運転のエンジニアだったことから、機械制御系に知見があり電子制御燃料噴射式の航空機用レシプロエンジンの修理や調整を担当している。
妹の紗綾は、ドローンの機体設計者だった。彼女の意見は2つ。航空ガソリンの不足を補うため、1機のビーチクラフト・バロンをアリソン250に換装すること。
もう1つは、龍ケ崎飛行場に残されているもう1機のエンジンがないドルニエ228をプラット・アンド・ホイットニー・カナダPT6で代用すること。
この提案を受け入れるか、否かが議論されていた。
八丈島グループから肥後海人など数人がフィールドに移動した。フィールドは20人態勢になった。
棚田彩葉は榊原杏奈を甘く見ていた。ブルーホエールとオルカの存在を責められると考えていたが、そんなことはまったくなかった。
責めは椋木陽人に課せられた。
棚田彩葉は、北海道南部の鹿部飛行場からの航空ガソリン回収、八丈島からのアグスタウエストランドAW139を移送する指令を受けていた。同型機は福島県警機を回収している。
その他、各地のヘリポートに残っていた複数のマクダネル・ダグラスMD500/ヒューズ500を回収している。
ベル412も1機入手した。
これら、ターボシャフトヘリコプターは整備途中で、現状では運用されていない。
フィールドが機能し始めると、船が有効な偵察手段であり移動方法であることがはっきりする。
ゾンビ事変から6年目にもなると、整備されない道路は次々と通行不能になる。どこが通れて、どこが不通なのかもわからない。
陸上を長距離移動するには、事前に航空偵察が必要だった。その長距離も概念が変わった。長距離とは概ね50キロ以上。
死人の群や生人の襲撃を警戒しなければならない。
その点、海上は比較的安全。過去、死人や生人に襲われたことがない。
棚田彩葉は偵察目的で、50フィート(15メートル)から70フィート(21メートル)のプレジャーボートを4艇確保した。
だが、釣りにも有効で、漁獲にも使用するようになる。大量に魚を捕るわけではないので、漁船を使う必要がなかった。大物を1尾釣り上げれば十分。
椋木陽人は、安川恭三と親しく話をしたことがなかった。もちろん、互いに顔と名前は知っている。だが、仕事と役割上での接点がほとんどない。
陽人が住宅地を歩いていると、恭三から声をかけられた。
「椋木さん、おはようございます」
「おはようございます、安川さん。
これからお仕事ですか?」
日常の他愛ない会話だ。
「椋木さん、お願いがあります」
接点がないから、深刻な頼みだとは思わない。フライングクラブに所属している篠原七美が、何かしでかしたのではないかと気にしたくらいだ。
「何でしょう?
私にできることですか?」
「えぇ、あなた以外は無理でしょう」
陽人が心配になる。無意識に足が止まる。
「どういった?」
「航空自衛隊松島基地にT-7練習機が4機、空から確認している範囲で4機、残されています」
「はぁ?」
「回収してほしいんです。
エンジンが必要なんです。
いや、エンジン、プロペラ、減速ギア、その他補機全部……」
「……?」
「海岸の近くだから、オルカ号に載せて持ってきてくれませんか?
邪魔なら主翼は、ぶった切ってもらってかまいません。ほしいのは胴体の前3分の2だけです」
「松島基地には死人がいますよ」
「えぇ、承知しています。
死人を排除しつつ、機体を回収するなんて芸当は椋木さんしかできないでしょう」
「いや、そんなことはありません。
向田未来、真藤瑛太、国分兼広……、国分さんはちょっと違うか?
どちらにしても、榊原代表に内緒はまずいです。俺、前科持ちなんで」
「代表に正規のルートで話を通したら、やってもらえますか?」
「それならば、オルカを出せますよ」
恭三は、正規のルートで正式な許可を得られるとは考えていなかった。
松島基地の死人は、推定200から300体。滑走路にもいるし、建物内にもいる。推定数よりも多い可能性もある。
八丈島と北海道の鹿部飛行場は、死人の脅威が極端に低かった。だから、物資回収が許可された。
松島基地のような悪条件では、絶対に許可されない。
副代表の立場で検討しろと言われたら、絶対に許可しない。
だから、無許可作戦にするしかない。
安川恭三から肉まん20個の依頼を受けた真藤瑛太は、本能的に「ヤバイ作戦に巻き込まれた」と感じていた。
ヤバイ作戦の報酬が肉まんなのだ。
氏家義彦は、国分兼広のジムニーシエラにボルトオンターボを取り付けることを条件に作戦に参加しないか、と打診している。
彼のジムニーは疲れ切っていて、動力系からサスペンションまで、全体をオーバーホールする必要があった。
兼広が、その作業をしてもらえるか、義彦に尋ねると、新車同然の同型車を用意してくれた。
今回はさらに、動力性能の飛躍的向上を提案された。乗らない理由はない。
加えて、放棄されていたイチゴのビニールハウスを修理し、イチゴ狩りを初めたが結果は芳しくない。毎日、子供たちだけがやって来る。
イチゴは食べつくされた。努力に対する成果はゼロだった。京町裕貴と仲良くなれなかった。
安川恭三と氏家義彦は、椋木陽人、真藤真人、国分兼広を巻き込んだ時点で、秘密作戦の成功を確信していた。
フィールドの格納庫では、緊張が支配している。
ドルニエ228でやって来た18人と、フィールドのメンバー12人が会議に臨む。
安川恭三が口火を切る。
「ビーチのバロンは、役に立つ機体だ。現在、6機保有している。だけど、コンチネンタルのエンジンが足りなくて、2機からエンジンを外している。
使っているのは4機で、常時飛べるのは2機だ。エンジンのない2機も飛べるようにしたい。
エンジンをターボプロップに換装しようと考えている。
そのためには、適合するエンジンのアリソン250を手に入れなければならない。
航空偵察によれば、松島の空自基地のエプロンに4機のT-7練習機が駐機している。
この機の胴体前部3分の2がほしい。
エンジンとプロペラ、減速ギアとか。動力関係全部。
この作戦は、みなさんが得意の無許可で行われる。だから、犠牲は出せない。作業は我々がやるが、輸送と護衛を頼みたい」
棚田彩葉が質問。
「その飛行機は使い道がないの?」
恭三が答える。
「2人乗りだからね。荷物も詰めないし……」
フィールドのメンバーが納得する。
椋木陽人が質問。
「主翼は、どれくらいの時間で切断できるの?」
「推定5分。
エンジンカッターで切るから、大きな音がする」
死人が寄ってくる。
どうやって排除するかが問題になる。
真藤瑛太が「エンジンカッターを使う時点で、無音はない。となると、機関銃がいるぞ。何挺も」とないはずの道具の必要性を告げる。
氏家義彦がその話を引き継ぐ。
「実はあるんだ。
分屯地から遠くない場所で、自衛隊の3トン半トラックが乗り捨てられていた。
積荷は弾薬と24挺の機関銃だった。
それを安達さんに見てもらったら、使えるように4挺を大改造してくれた」
椋木陽人は、ミニミがそれだけあるとは考えられない。たぶん、62式だろう。対死人戦での62式は、まったく不向き。弾詰まりされたら、死に直結する。
「7.62ミリの機関銃?」
義彦が答える。
「そうだと聞いた。
安達さんから」
陽人が不安になる。
「弾詰まりされたら……」
「それを何とかしてくれたそうだ。
実物があるから、海上に出て試射しよう」
驚くべきことに、各銃200発を発射したが、1分間に80発の通常発射速度で撃てば、まったく弾詰まりしなかった。
引き金の感触もオリジナルとは違う。外見上は銃身から放熱フィンが消え、放熱筒が追加されているので、すぐにわかる。
銃身はヘビーバレル化されていて、視認できるほど太い。銃身は24パーセント重量が増している。薬室の肉厚も増している。
その他、改造カ所はとんでもなく多い。ただ、基本的な動作メカニズムは、遊底の下部にある揺底を除いたこと以外は変更されていない。
重量は全体で1キロほど増えている。
実包はM80普通弾を使う。この弾薬は、7.62×51ミリNATO弾の自衛隊向け減装弾だ。
「動作には満足だが、この銃を見ると不安になる」
椋木陽人の発言は、真に迫っていた。そういった状況に陥ったことがあるからだ。
だが、初見の真藤瑛太に先入観はない。動作に満足している。
当日中に、安川恭三と氏家義彦は、スカイパークに戻った。
オルカは、明日の朝、宮城県松島市にある航空自衛隊の基地に向かうため出港する。
恭三と義彦が乗るセスナ172Sと入れ替わりに、篠原七美が安達聡史を乗せて飛来した。七美は恭三たちに発見されないよう、向田未来の分屯地からの誘導で通常高度より2000メートルも高く飛行した。
聡史は、改造した機関銃がいざというときに正常に動作するか心配で参加を志願した。百合と桜子は、鮎原この実が見てくれることになった。
オルカの船内は、ゆったりしている。大きな改装をしているわけではないが、50席のブリーフィングスペースと、畳風敷物が敷かれたリラックススペースがあった。
真藤瑛太は、昭和の前半を連想させる真円のちゃぶ台を広げてコミックの単行本を読みながらお茶を飲んでいる。実にのどかな風景だ。
「一緒させていただいて、いいですか?」
安達聡史が声をかけてきた。
「どうぞ」
瑛太はそう言って、急須にお湯を注ぐ。湯飲みを取りに立ち、戻ってきて聡史にお茶を入れる。
緑茶の茶葉はないから、ハーブティだ。
聡史が恐縮する。
「百合と桜子がお世話になっています」
「いや、そんなことないですよ。
少ない人数なんだから、協力し合わないと」
「お若いのに、お子さん、大きいんですね」
「いや、実の子じゃないですよ」
瑛太が笑い、続ける。
「可奈は生人につかまっていたんです。偶然、助けるカタチになって、それから一緒。
この実は、立ち上がれないほどの傷を負っていました。彼女を襲ったのも生人です。
沙奈は可奈よりも長く生人に捕らえられ、自力で逃げたんです。可奈が見つけたときは、かなり衰弱していました。
美佐のグループは、リーダーが生人に殺されています。
死人は注意すれば避けられるけど、生人は向こうから寄ってきますからね。注意や警戒だけではどうにもならない……」
「確かにそうですね。
百合と桜子は学校が楽しいらしく、毎朝、部屋を飛び出していきます。
夕方近くまで学童にいて、その後は友だちと遊んでいるようです。
私は、百合と桜子が何回も口にする“このちゃん”は学校の友だちだと思っていたんです。1カ月以上も。
ある日、2人がかわいい服を着て帰ってきました。百合が『このちゃんにもらった』と。
このとき初めて、私は“このちゃん”は友だちではないのではないか、と思ったんです。
よく聞くと、真藤さんの奥様だったんです」
「いやぁ、友だちですよ。
あいつは、そういう感覚です」
「毎日、お邪魔しているようで……」
「そういう立場なんですよ。
気にしないでください」
真藤瑛太が話題を変える。
「この任務、かなり危険です。
安達さんは船から出ないほうがいいと思います」
「私が関わった道具が使えなくて、誰かが犠牲になったら堪えられないんです。
だから、できることをしに来ました」
「その気持ちだけで、十分ですよ」
氏家義彦は、風間幹夫と因幡アシュリーが加わって大きく負担が減った。
集落とスカイパーク間であっても、装甲車でないと移動が危険になっていた。そして、装甲車は数台しかない。
スカイパークには真藤瑛太のバラクーダがあるが、スカイパークが所有する装甲車はない。
義彦は2トントラックのコンポーネントを利用して、キャブオーバー型装甲車の設計を始めていた。
計画では、10人乗り乗用型、貨物輸送型、戦闘車型を計画している。
アリソン250ターボプロップエンジンを回収する秘密作戦が進行している状況下で、そんな作戦をまったく知らない、アシュリーたち整備チームは方針を変え始めていた。
アシュリーも新提案のほうが合理的だと感じる。
「そうですね。
バロンをターボプロップ化するよりも、アイランダーのほうが現状に合っているように思いますね。
エンジンの出力が1.46倍になるから、速度が上がり、ペイロードにも余裕が出るでしょう。
9人乗れてSTOL性能も高いから、分屯地との移動に最適かな、と」
だが、現実的な問題として、物資の在処がわかっていることと、回収できることは意味が違う。在処がわかっていても、どうにも手出しできないことが多い。
それと、スカイパークはペイロードが大きくて、STOL性能が高い貨物機を欲していた。
カリブーを回収できなかったことが、悔やまれると誰もが感じていた。フィールドが見つけた大量の防水合板を運ぶ手段がない。住宅建設の資材になるのに、大量輸送の方法がないのだ。
単発貨物機のセスナ208で細々と運んでいる。
数学者の長谷博史は足に障がいがあることから、当初の仕事は学校の教師だった。
だが、これは完全に不適材不適所だった。彼は基本穏やかで優しいのだが、他者に何かを教えることは甚だしく苦手だった。
よくいる自分だけが理解しているタイプだ。
一方で、統計や強度計算では、圧倒的な見識と処理能力を発揮した。スカイパークにはパソコンしかなかったが、京町光輝が「考えられる一番速いデッスクトップ」を組み上げて博史に渡す。
OSは、ユーザーの希望でLinuxのディストリビューションであるubuntuになった。
最初は建築関係の強度計算から。車輌や航空機の設計変更にともなう構造強度計算も引き受けた。
気付けば、光輝は完全に博史の助手兼弟子になっていた。
通信室から光輝が抜けたことで、向田未来が静かに立腹している。光輝の姉、裕貴に会う口実がなくなったからだ。
少しの波風はあるが、ブリテン・ノーマン・アイランダーのターボプロップ化についての基礎調査が急速に進んでいく。
オルカ船内のメンバーは、中距離偵察機の主力であるビーチクラフト・バロンをターボプロップ化して、燃料の制約を減らす、と理解している。
だが、同時間のスカイパークでは、ブリテン・ノーマン・アイランダーをターボプロップ化して、分屯地との往来を円滑化しよう、という計画に変更されていた。
この計画を指向している面々は、オルカの出航をまったく知らない。そして、計画を実現するための機材であるアリソン250の在処をどうやって探すのか、まったく目処が立っていなかった。
すべてを知っているのは、氏家義彦と風間幹夫だけ。2人は、この展開に生きた心地がしなかった。
事後のことは覚悟していたが、2つの現場の意思疎通がないことで、どんな結果・結論になるのか気が気じゃなかった。
「作戦が複雑すぎる」
真藤瑛太が決定的な問題提起をする。いや、この問題は当初からあった。問題を提起しても、どうにもならない。
全員が複雑すぎて危険だと感じている。それでも、完遂しなければならない。
それは、瑛太も承知している。
「基地のゲートを出てから2.5キロも道路を走らないと……。民家はないけど、建物がないわけじゃない。となると、死人がいる。
死人を避けるために、手際が大事になる」
事前に棚田彩葉たちが上陸しての偵察を行っている。
「道路はそれほど荒れていないけど、いろいろなものが落ちている。
パンクとかしちゃうと、かなり厄介だよ。
パンクの修理はせずに走り抜かないと。
目的の飛行機は、ブルーインパルスの格納庫前にあるけど、格納庫内にも2機あった。
合計6機だよ」
椋木陽人が「増えてんじゃねぇか。聞いてねぇぞ」と驚く。
彩葉が「4機でしょ。回収するのは4機だよね!」と気色ばむ。
瑛太が「6機あるなら全部だ」と宣言すると、回収チーム全員が「そうなる」と同意する。
彩葉が「6機なんて積めないよ」と慌てるが、瑛太が「積めなきゃ、積めるようにするだけだ」と言い切る。
彩葉が「正面ゲートから格納庫まで250メートルくらい。障害物はあるけど、運び出せると思う。基地内で翼を切断する予定だったけど、危険じゃないかな。基地から出て、少し走れば水田跡に出るから、そこで切ったほうがいいと思う」と手順の変更を提案する。
これに異論はない。
土谷健介が「最深部の漁港にオルカを入れるけど、出入口付近に自衛隊の軍艦が係留されているんだ。これが邪魔で」と問題提起。
陽人が「大きな船なの?」と尋ねると、浅谷陸翔が「いや、オルカよりも小さい。船首に大砲がついている」と説明する。
彩葉が「その船を避けながらの進入になるから、漁港に入るのに少し時間がかかると思う」とやや不安顔。
全員が沈黙。
知れば知るほど、この作戦が困難なことがわかってくる。
陽人が「この作戦の成功とは、飛行機のエンジンを回収することじゃない。誰も死なないことだ。全員が無事に家に帰ることだ」と。
全員が陽人の言葉をかみしめた。
港外で夜を明かし、日の出から1時間後に偵察のため高速複合艇を出す。
航路が啓開されていることを確認し、オルカが工業港に進入する。50メートル級と75メートル級の2隻の民間船が接舷しているだけで、7メートル以下の小型漁船が数隻浮遊している。
それらを避けて、オルカは極低速で進む。
漁港の防波堤は3カ所が開いていて、一番広い開口から入る。防波堤外の一番広い開口近くに50メートル級の“軍艦”が不自然に繋留されている。
漁港内で回頭し、船尾から接岸する。
船尾ランプドアを開ける。
要員を運ぶダブルキャブピックアップトラック2台とT-7練習機を牽引する農業トラクター4台が船から出る。
入港時、彩葉は瑛太から「あれは自衛隊の船じゃない。Japan Coast Guardが消されているけど、海上保安庁の巡視船だ」と教えられた。
「でも、大砲がついているよ」
「巡視船にもついているよ。
あれは、6銃身20ミリのガトリング機関砲だ。
だけど、どうしてこんなところにあるんだろう?
つるぎ型じゃないかも?
まさか、みはし型か?」
「調べたほうがいいかな?」
「船内に死人がいたら厄介だぞ」
「そうだね。
荷物も積めなさそうだし」
「20ミリ機関砲はほしいけどね。
それを除けば、速いだけだし」
「どのくらい出るの?」
「みはし型なら35ノット。
つるぎ型なら40ノット以上」
彩葉の目の色が変わる。
「エンジンは?」
「海上自衛隊のはやぶさ型はガスタービンだけど、巡視船はすべてディーゼルだよ」
「わかった。
危険は冒さないけど、調べてみる」
基地への侵入は簡単だった。ゲートは閉鎖されておらず、おそらく、ゾンビ事変後に開けられたのだろう。
事前の偵察の通り、基地内にはT-7練習機以外の航空機は1機もなかった。
F-2戦闘機、ブルーインパルスのT-4練習機、UH-60Jヘリコプター、U-125A捜索救難機もない。
すべて、消えている。残されているのは、トラックや消防車などの車輌のみ。
牽引ロッドには工事用の安心クッションを巻いている。誤ってコンクリートに落としても、金属音をさせないためだ。
死人は金属音に反応しやすい。
用意した牽引ロッドは8本。
ブルーインパルスの格納庫付近に死人の姿はないが、視界内にいる。
ゾンビ事変から丸5年を経ているので、屋外にいる死人は恐ろしい姿に変わっている。生命の欠片さえ消えている。
最初のT-4練習機が農業トラクターに牽引されて、基地の外に向かう。
2機目、3機目、4機目と続き、5機目と6機目はピックアップトラックで牽引する。
全周が放棄された水田。
ここで、エルロン(補助翼)から外側の主翼を切断する作業が始まる。
エンジンカッターで乱暴に切断していく。とてつもない音がするが、そんなことは気にしない。
5年間も風雨と太陽光に曝された屋外にいる死人の多くは、皮膚や筋肉を失っていて、素早く動けない個体が少なくないからだ。
漁港港外に繋留されている巡視船は、みはし型であった。
船内には誰もおらず、浸水してもいなかった。ウォータージェット推進用のディーゼルエンジン1基は、比較的簡単に動いた。
竣工から40年にもなる老船だが、動きそうではある。船内装備は壊されていない。整備すれば使えそうだ。
現在保有する20メートル前後のクルーザーよりも長距離偵察に向いている。
彩葉は迷っていた。
予定を変える行動は、死に直結するからだ。独断で決めてはいけない。
土谷健介の顔色が変わる。
ヒトが発するいろいろな音が、周辺の死人を活性化させ始めたからだ。
屋内にいる死人が出ようと足掻き始め、屋外にいた死人が集まり始める。
数は少ないが、数十の群になるには時間はかからない。
1機目が到着。
すぐに船内へ。5機目と6機目は船内に入らない。ランプドアに載った状態。
その状態で離岸する。
そうしないと、死人が船に侵入してしまう。瑛太や陽人が銃を構えるが、ギリギリ発射しなかった。
死人がオルカを追って、海に落ちていく。そのまま沈む。
恐ろしい風景だ。
漁港を囲う防波堤を出てから、3番目から6番目までの4機のコックピットから後方の胴体を切断する。
切断した胴体は工業港に投棄。
この作業の間に、数人と相談した彩葉はみはし型と思われる巡視船の回収作業を始める。
みはし型とは断定していないが、推進は3軸で左右がスクリュープロペラ、中央がウォータージェットであること、赤外線捜索監視装置の装備、目標追尾型遠隔操縦機能(RFS)付きのJM61-RFS 20ミリ多銃身機関砲が搭載されていることから、ほぼ間違いないと瑛太は判断している。
3軸ともウォータージェット推進であるつるぎ型ではないし、海上自衛隊のはやぶさ型ミサイル艇とは船形と上部構造物の配置が違う。それに、はやぶさ型もウォータージェット3軸だ。
みはし型との推測は、正しい確率が高い。
彩葉たちが手に入れた武装船は、エンジン1基でもオルカに同行できた。土谷健介と浅谷陸翔の2人で回航している。
不安定だが、どうにかフィールドが管理する漁港までたどり着いた。
エンジンを6基手に入れた。これをスカイパークに運ぶには、この作戦を報告しなければならない。
どれほどの波紋が起こるのか、誰にもわからなかった。
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URLは https://www.youtube.com/channel/UC95-W7FV1iEDGNZsltw-hHQ/videos?view=0&sort=dd&shelf_id=0 です。
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