彷徨う屍

半道海豚

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06-004 天文台と鍾乳洞

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 生存者にとって、食料の確保は日を追って厳しさを増している。それは、善人も、悪人も同じ。生鮮食品はすでになく、果樹園で果物を、山野で野草や山菜を収集するしかない。
 海や川で魚を釣り、遠浅の浜で貝を掘る。動物の解体ができれば、野生動物の肉が手に入る。
 しかし、動物の解体ができるヒトはほとんどいない。
 縄文人以下の食生活に耐えている。
 この世界では、賞味期限や消費期限は気にしない。食べられるか否かだけ。それを確認するには、食べてみるしかない。
 缶詰やレトルト食品は、容器や包装が破損していない限り、半永久的に食べられる。だが、食味が変化してしまうことがある。
 それでも、食べられるなら何でも食べないとならない。コメも手に入りやすい。
 死人を恐れないならば、半永久的に採集狩猟に頼ることは可能。だが、死人を恐れないと、寿命は短くなる。
 食料の生産ができない以上、移動しながらの採集活動に頼るしかない。

 星の村には天文台がある。この建物がこの地域では一番目立つが、星の子たちは鍾乳洞入口近くのレストハウスを生活の拠点にしていた。
 ここに食料が残っていたからだ。業務用の各種缶詰やコメと小麦粉があった。
 それらを食べつくしそうになって、仙台の北まで食糧確保に行った。確保は成功し、増えた人数分を入れても越冬分は余裕を持って何とかなった。

 人数が増えると否応なく目立つ。星の子たちは息を潜めていたが、10人を超えるとどれだけ息を潜めても吐息が大きくなる。
 そして、友好的ではないグループに見つかる。
 生存者は、死人の脅威に抗いながら残存物や自然の恵みを採集して生き残りを図るグループと、死人を避けて他の生存者から物資を略奪する生人とに分けられる。
 ゾンビ事変直後は、善良な採集者、極悪な生人だったが、この頃にはその状況が変化していた。
 採集者たちは度重なる死人との戦いで高度な戦闘力を身に付け、生人を圧倒することが増えていた。
 かつては逃げるだけの草食動物だった採集者たちが、捕食者たる生人に反撃するようになった。
 生人は採集者からの反撃を避けるため、より弱い子供や老人のグループを襲うようになる。
 星の子は、生人にとって絶好の獲物だった。
 12歳以下が4人、13歳から18歳が6人、60歳代の夫婦が基幹。そこに、2人の成人女性が加わった。成人男性、10歳代の女性が加わった。女性、子供、老人だけのグループだ。戦えそうな男性は1人だけ。それも、武芸の達人でも、特殊部隊の出身者でもない。ただのヒトだ。

 星の子たちを襲ったのは、成人男性を中心とする8人の生人だった。
 夜明け直後の襲撃だった。
 不寝番がすぐに気付く。
 星の子側は、14人中6人が戦えない。6人を鍾乳洞に逃がし、別の出口から地上に向かわせる。

 クランクレバーを回転させ、大型弩(スコーピオン)の弦を張る。全長2メートルに達する矢を装填する。このスコーピオンのリム(弓の部分)は軽トラックの後部リーフスプリングを利用している。ケーブル(弦)は細い鋼鉄のワイヤーだ。
 発射。
 ドアを貫通し、運転席にいた男性の腹を串刺しにする。
 2基目のスコーピオンが発射。
 これは、荷台にいた2人の身体を貫通した。
 襲撃当初で、3人が戦闘力を失い、生人側が狼狽える。
 雑多な形式のクロスボウが発射され、さらに2人が負傷する。
 建物の前にクルマを進めただけなのに、問答無用で発射してきた。彼らにとっては初めてのことで、言葉と態度で脅し、欲しいものを得てきたのだが、今回は先制攻撃を受けて混乱に陥った。
 星の子の年長女性が叫ぶ。
「躊躇うな!
 奪われる前に殺せ!」

 生人は結局、4人の負傷者を残して逃げるしかなかった。

「殺さないで……」
 右肩に矢が刺さった20歳代の女性が命乞いする。
「こいつ、連中を指揮していたぞ。
 殺してしまったほうが後腐れない」
「ダメだよ。
 無抵抗のヒトを殺しちゃ。
 私たちはヒト殺しじゃない」
「生かしておいたら危険だ!」
「助かりそうにない連中はどうする」
「それにしても、スコーピオンの威力はスゲーな。
 親父さんに感謝だ」
「私は、正しかったのかな?」
「正しいに決まってるでしょ」

 4人の負傷者をどうするかが、最大の問題だった。助けたくはないが、とどめを刺すほど残忍でもない。

 鍾乳洞を通って脱出した6人は、山中にいた。鍾乳洞内では無線が届かないので、戦いの帰趨については知らなかった。

「光輝さん、聴いているか?
 聴いていないよな。
 俺たちの隠れ家が攻められた。俺は高熱を出していて、役立たずだ。
 こんなときに……。
 チビたちと一緒に逃げた。
 隠れ家がどうなったかわからない。
 勝てるとは思えないけど、時間稼ぎにはなったと思う。
 もし、余裕があるなら、チビたちを引き取ってくれないか?」

 光輝はこの通信を聞いていた。だが、彼の判断では応答できない。
 だから、真藤瑛太の家に走った。

 ドアが激しく叩かれる。
「真藤さん!
 真藤さん!」
 スウェットを着た瑛太がドアを開ける。
「光輝さん、どうした?」
「襲われました」
「誰が?」
「僕の友だち」

「未来さん、調べてもらいたいんだ」
「こんなに朝早くから?」
「分屯地の近くに星の村っていう集落はないかな?
 そこが襲われた。
 子供と病人6人が脱出できた。それ以外は、どうなったかわからない。何人だったのかもはっきりしない」
「星の村は天文台があるところだ。
 あそこには、誰もいないぞ。
 よくは調べていないけど……」
「鍾乳洞は?」
「あるよ、深くて長いのが」
「鍾乳洞を通って、逃げたんだ。
 探し出して、保護してほしい」
「わかった。
 できるだけのことはする」

 光輝は心配だった。
「僕も手伝いたい……」
「いや、向田未来は信頼できるヤツだ。
 あいつならやってくれる」

 分屯地から天文台までは、陸路だと20キロもあった。ただ、道の大半が山中で、道路上の散乱物を除けば、障害は多くない。死人の群に出くわす確率は低い。
 分屯地からは12人が3台のランクルとピックアップトラックに分乗して、天文台に向かった。

 戦闘の痕跡は天文台にはなかったが、隣接する鍾乳洞のレストハウスでの出来事はすぐにわかった。
「迂闊には近付けない」
 未来の判断は正しい。
 彼はすべての武器を身体から離し、両手を挙げて1人でレストハウスに向かう。

「俺は、襲撃した連中の仲間じゃない!
 京町光輝に頼まれた!
 6人が脱出したことも知っている!
 脱出した6人の無線を傍受したんだ!
 京町に救援を求めていた!」

「私が行こう」
「親父さん、ダメだ。
 罠だ。
 無線を傍受されたんだ。ありそうなことを言って、騙そうとしている」
「だろうな。
 だけど、確かめないと」

「あなたがリーダー?」
「いや、ただのジジィだ。
 いつ死んでもいい歳だから、俺がきみの相手をする!」
「俺は向田未来。京町光輝の依頼で、ここに来た。
 彼は、かなり遠くにいる。
 それで、俺が代理だ」
「きみはどこから?」
「直線だと、あまり遠くない。
 だが、道を行けばかなり遠い」
「なぜ、ここが?」
「京町が、星の村に行けと。
 俺たちには、強力な電波観測システムがあるんだ。だから、みなさんの存在はある程度知っていた。詳しい場所まではわからなかったけど。
 京町は、星の村は自治体だと思い込んでいたようだ。だけど、その名を聞いて俺たちはすぐにわかった。
 天文台だってね」
「この付近に詳しい?」
「ある程度は」
「負傷者が4人いるんだ」
「どこに?」
「建物に収容した。
 我々の仲間じゃない。
 襲撃してきたヤツらだ」
「4人とも?」
「あぁ、4人とも。
 4人とも重症だ」
「避難した6人は?」
「いま捜索しているが、ここには連れてこない」
「なぜ?」
「危険だから……」
「再度の襲撃?」
「十分にあり得る。
 きみがそうかもしれない」
「確かに。
 でも違う。俺たちは連中の仲間じゃない」
「その証拠は?」
「根拠も証拠もないよ。
 疑えばキリがない」

 10歳代後半の女の子が歩み寄ってきた。
 長話に業を煮やしたからだ。
「京町光輝を知ってるって?
 どんなヤツ」
「ちょっと変わっている。
 だけど、悪いヤツじゃない。
 それに、手先がやたらと器用だ。
 電子機器なら、何でも作っちまう……」
 彼女が知らない情報を未来は知っていた。だが、そんなことより「変わっている」の一言が、彼女を信用させた。
「負傷者がいる。
 預けてもいい?
 見殺しは寝覚めが悪いから……」
「それよりも、きみたち全員を預かりたい。
 拘束するつもりないが、ここはもう危険だ。今回襲ってきた連中だけでなく、別のグループも狙ってくる」
「あぁ、わかっている。
 すぐに移動するつもりだ」
「俺たちと一緒に来ないか?」
「安全の保障がない」
「そうだな。
 きみたちが決めることだ。
 強制はできない」

 彼女は仲間たちと話し合っている。
 彼らの声が未来まで聞こえてくる。
「ここを出て、どこに行くの?」
「連中はまた攻めてくるよ。
 ゾンビよりも私たちのほうが怖くないから。
 ここは出なきゃ」
「もうすぐ冬だよ。
 これから隠れ家を探すの?」
「真冬に襲われたらどうするの?」
「冬は雪が守ってくれるよ」
「雪が少なかったら?」
「あのヒト、裕貴や光輝の仲間なんでしょ」
「仲間だって言っているだけだよ」
「裕貴さんのことは、何も言わないよ。知らないんじゃない?」

 20歳代の女性2人が提案する。
「ここは危険だし、できるだけ早く移動したほうがいい。
 だけど、行くあてがない。私たち2人も同じ。2人だけだから数日は何とかなるだろうけど、この冬はどうする?
 去年の冬は厳しかった。今年の冬はもっと厳しいはず。雪のない地方に行けば、寒さはいいとして、ゾンビはどうする?
 雪がゾンビの動きを止めてくれる。その雪がない地方での冬なんて、恐ろしくてたまらない。
 私は、あの人の誘いに乗ってみる。イヤなら、逃げ出せばいい」

 襲撃した負傷者4人がピックアップトラックの荷台に運ばれる。
 避難していた6人が戻ってきた。
 星の子の16人は、未来たちに同行することになった。彼らは、確保している食糧の3分の2を鍾乳洞内に隠していて、そのまま残すことにした。
 先のことを考えてのことだった。

 車列が分屯地に入ったのは、その日の夕方近くだった。
 4人の負傷者のうち、2人は移動中に死亡。1人は分屯地に着いてから死亡した。
 肩を射貫かれた女性は、治療を受けて安定している。

 星の子たちは、分屯地の食堂に案内される。
 年少者を中心に、肉じゃがと炊きたてご飯で完全に懐柔されてしまった。大きなイノブタ肉を頬張り、微笑みが止まらない。
「こんなことをして何を企んでいるんだ?」
 年長の女の子が疑いの言葉を発しながら、ジャガイモを口に運ぶ。
「俺はこんなごちそうに騙されない。白滝がないし……」
 別の子が「ここのヒトたちって、毎日こんなの食べてるのかな?」と問う。
 年長の女の子が「そんなわけないじゃん」と否定。

 翌朝の朝食は、燻製のマスと切り干し大根の煮物、ご飯と長ネギと豆腐の味噌汁だった。
 この拠点の誰もが同じものを食べており、これが特別な食事ではないことがわかる。
 この時点で、12歳以下4人が「ここに残ろうよ」と言い出す。
 13歳以上でも「ここを出よう」と明確に主張するメンバーはいない。
 老夫婦は食事に泣いている。
 20歳代の女性2人は、黙々と食べている。何を考えているのかわからない。

 太陽が頭上にある時間、16人が草原のような広場に集まっている。肌寒いが、ここなら誰にも聞かれない。
 何人かが「ここは、安心できる場所と言い切っていいのかな?」との意見を述べる。
 だが、同時に「ここから去ったほうがいい」との意見はない。
 12歳以下の4人は「学校があるって聞いたよ」と。18歳以下の1人が「病院もあるんだって。怪我している敵を病院に連れて行くって聞いたよ」と続けた。
 各自がそれぞれに情報をもっており、その中に否定的なものはなかった。
「去りたいなら、クルマを用意してくれるって」
 そう言われた子もいる。
 老夫婦が発言。
「私たちは、暫定的でもここに残りたい。部屋には、小さなキッチンとユニットだけどお風呂とトイレがあるからね」
 20歳代の女性も同意。
「私たちも同じ。
 追い出されないなら、ここに残りたい。
 でも、できることがないから不安なんだ……。留まる資格があるのかなって」
 星の子たちの顔が急に曇る。
 老婦人が微笑む。
「みなさんは大丈夫。
 未成年者は無条件に保護してもらえるそうよ。私たちは、高齢だから例外として保護してくださるって。
 ここは分屯地って呼んでいるみたいだけど、ここに住むことが条件なんだけど」
 20歳代女性の1人が「ここは拠点の1つらしいし、一番小さいみたい」と。12歳以下の子が「学校は、ここにはないけど2つあるんだよ」と仕入れたばかりの情報を伝える。
「ここにいようよ」
「ここがいいよ」
「寒いの辛いよ」
「ゾンビがいないんだよ」

 結論は、数日以上様子を見る、だった。
 いまは快適だが、それが真実か偽りかすぐには判断できないからだ。

 星の子のことは、スカイパークでは大きなニュースだった。当初は「星の村の子たち」だったのだが、略して「星の子」になった。
 分屯地は、神無玄吾が“責任者”という役職名で指揮を執っていた。向田未来が“責任者補佐”で、実質、星の子が最初の定住者だった。分屯地は高原の直接的な拠点ではなく、スカイパークの管理下にあった。
 向田未来が分屯地の責任者補佐となったことから、高原でのもめ事の相手は各種権利停止以上の処分は棚上げになっていた。
 分屯地メンバーの現在における主たる任務は、レーダーの安定稼働だ。
 最大の問題は、電源がないことだった。高原には風力発電、スカイパークには太陽光発電があるが、分屯地にはどちらもない。
 太陽光パネルを集めて、発電所を造る以外、恒常的な電力供給は難しい。現在は、ディーゼル発電に頼っているが、これには限界がある。燃料の確保には危険が伴うし、補給は安定的ではない。

 初老夫婦の夫は、配電工だった。分屯地では彼の仕事は山のようにあった。妻は管理栄養士で、病院や学校で働いていた。彼女の仕事もすぐに決まる。
 若い成人女性2人は、1人は保健師、1人は消防の救急隊員だった。2人の実務経験は少ないのだが、この状況下ではそんなことはどうでもよかった。
 分屯地に、病院の分院を作ることが即決定する。
 12歳以下の子は、学校見学の名目でスカイパークに行った。楽しすぎる7日間で、1人が「ここに住んではいけないの?」と泣き出し収拾がつかなくなる。
 13歳以上の子は、日々の実務で技術・技能を学んでいくしかない。ここでも、小学校を卒業していない子のことが問題になる。
 基礎的な学力がないと、On the Job Trainingは難しい。分屯地でも、彼らへの教育における救済プログラムが始まる。

 高原や分屯地にはないが、スカイパークには保護を求めてやって来るヒトたちがいた。
 面談をして、経歴に辻褄が合わないなどの疑いがなければ受け入れたが、この行為は危険だった。生人のスパイである可能性があるからだ。
 今後、必ず襲撃される。それを覚悟しつつ、受け入れている。

 高原には払拭できない内部構造の問題があった。大量の物資を保有する空港グループ、農業生産に長けた合流点グループ、都市部の状況を熟知している街グループ。
 各グループの幹部による合議制は上手く機能していた。
 ただ、合流点グループのうち、学者・研究者・技術・技能者以外のヒトたちで、構成されるグループのカースト化がひどくなっている。
 カーストの頂点に立つ人物は、ゾンビ事変以前の彼が考える“社会的地位”によって序列を決めていた。
 その人物は、高原での発言力はまったくなかった。しかし、彼のグループでは絶対君主であった。
 合流点グループから分離できれば、このグループごと追い出せるのだが、絶対君主は処世術に長けており、表に出るようなことはしなかった。
 高原、街、空港の各グループは、合流点グループの内部事情に介入する気はなく、合流点グループには絶対君主ほど権謀術数に長けたメンバーはいなかった。

 絶対君主が内部を揺らすネタとして目を付けたのは、イノブタ肉だった。
 分屯地が消費するイノブタ肉まで、高原が負担することはおかしい、と彼の手のものに主張させ始める。
 こういったことは公式の会議等では絶対に言わせず、陰で秘密裏に伝播させた。

 岸辺芭蕉は、大陸からタイリクオオカミやシベリアオオヤマネコが本州に渡ってきていることを確認している。
 トラやライオンは動物園由来の可能性が高いのだが、オオカミやオオヤマネコは由来が違うと判断している。
 日本列島には大型肉食動物がヒトしかおらず、草食大型動物獣が繁殖しやすい。シカ、カモシカ、キョン、イノシシだけでなく、イノシシと交配したイノブタ、野生化した和牛、日本列島固有種とサラブレッドなどとのウマの交配種も自然繁殖している。
 これら豊富な獲物を求めて、多くの大型肉食動物が渡来していた。
 トラの一部は、大陸由来の可能性がある。アムールトラとベンガルトラの交配種ではないか、と推測させる個体の目撃例もある。
 岸辺芭蕉は、イノブタだけでなく、野生化した和牛も獲物として狙い始めている。
 彼のチームは精力的に活動しており、分屯地の必要性を認め、分屯地への供給にも同意している。
 絶対君主のグループがとやかく言う理由は、そもそもない。

 桂木良平が神薙太郎に通りで出会い立ち話。「太郎さん、あのおっさん、またなんか画策しているよ」
「知ってるよ。
 困るよね。椎名さんもたいへんだよ」
「俺はなれてるけど、今度のターゲットは芭蕉さんだよ。
 弱いところを、ついてくるよね」

 岸辺芭蕉は、スカイパークに動物行動学を学んだ大室安寿たちとともに訪れていた。
 目的は、畑への動物侵入阻止の方法を伝授するため。
 農業生産の原点は、野生動物との戦い。空からは鳥が、地上からはイノシシやシカが、樹上からはサルが襲い来る。
 それが日本列島の農業だ。

 岸辺芭蕉が爆音に気付き、振り返る。オッターがどこからか帰ってきた。

 機外に出てきた若者は、芭蕉にとっては初見だった。
 機の回りは大騒ぎ。
 空のパレットを載せたフォークリフトまで繰り出す。

 芭蕉が驚く。
 全長1.5メートル、重さ150キロ級のクロマグロだ。
 芭蕉は無意識に駆け出していた。

「どうしたの!
 これ?」
 顔を知らない若者が微笑む。
「釣ったんですよ!
 沿岸で!」
「沿岸?」
「太平洋」
「ほ、本当か?
 本当なのか?」
「川じゃ、マグロは釣れないよ」

 棚田彩葉が唖然とする芭蕉に呟く。
「だけど、こんなもん、どうやって捌くの?
 柳刃じゃ無理だよ」

 フォークリフトを運転している日焼けした成人男性が声をかける。
「いいものがありますよ。
 待ってて」

「虎徹の名刀です」
 刃渡り50センチほどの無反りの長脇差し。だだし、白鞘。
「私が捌きます。
 いいですか?」
 芭蕉がそう言うと、その場の全員が微笑んだ。

 その夜の食事はマグロづくしだった。彩葉が寿司を握ってくれたが、ネタは3種のみ。赤身、中トロ、大トロだけ。
 頭は丸ごと兜焼きになった。
 半身は翌日、高原に空輸することになる。

 公的な発言力はほぼない絶対君主だが、彼の巧妙な扇動に乗ってしまう住民はいた。
「イノブタ肉を分ける価値が、スカイパークや分屯地にあるのか?」
 そんな疑問は抱かせやすい。
 だが、絶対君主の策謀はこの日で終わる。
 翌日、新鮮な冷蔵クロマグロが空輸されてきたからだ。
 高原では寿司にはならなかった。赤身、中トロ、大トロの刺身盛り合わせが、居住者分用意された。
 同じ日、分屯地では中落ち定食が昼のメニューに加わっている。

 内部から混乱を画策する絶対君主よりも、外敵である阿修羅大佐の行動のほうが関心が高かった。
 高原、スカイパーク、分屯地は、内外に敵を抱えながらも拡大し未来に進んでいた。
 死人がはびこる世界で生き残るために……。
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