彷徨う屍

半道海豚

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04-001 フェリー

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 冬を前にスカイパークは慌ただしい。ゾンビ事変前、厳冬期は閉鎖されたここは、それだけ厳しい場所だ。
 真藤瑛太は交代勤務の義務がある、第1チェックポイントにいた。サーキットの少し北にある。サーキットは頻繁に自動車教習に使っているが、管理圏外になっている。
 死人も生人も、ここまで登ってくることはない。秘匿はしていないが、周囲の生人はスカイパークの場所を特定できていない。
 彼らは、地元出身ではないからだ。土地勘がないのだ。

 瑛太は緊張していないし、この役目を担っている他の3人も同じだ。だらけているわけではないが、既知の車輌が接近してくる以外の想定はしていなかった。

「おい、誰か、が登ってくるぞ」
 大小2つの人影は100メートル手前から見えていた。大きい影は手に89式小銃を持ち、胸にホルスターをつけ頭の高さを超えるザックを背負っている。
 しかも徒歩。
 4人は、意外な訪問者にやや慌てた。
 瑛太が「そこで止まれ!」と叫ぶ。
 訪問者が声を発する。
「ここはホワイトベースでしょ?
 私は鮫島凛子。
 富山から来た!」
「銃を地面に置き、銃から離れて、跪け!」
 凛子は、指示に従った。

「俺が行く」
 瑛太がそう告げると、男の子が動揺する。瑛太がその男の子にモスバーグM500を渡す。
「銃、なくても大丈夫?」
「あぁ、拳銃がある。
 彼女も拳銃は持ったままだ」

 瑛太は女性を通り過ぎ、89式小銃を拾い上げる。ドットサイトが取り付けられているが、自衛隊の装備品じゃない。
 女性の正面に立つ。
 女性が「若いね。いくつ?」と尋ねる。
 瑛太が「たぶん、あんたと同じくらいだ」と答える。
「拳銃をとるぞ」
 瑛太がそう伝えると、鮫島凛子は「セクハラだよ」と笑う。瑛太が凛子の胸のホルスターから自動拳銃を抜く。
「他に武器は?」
「左腰にナイフ、右足首にリボルバー、ザックに山刀」
 瑛太がレギンスに隠された警察の5連発リボルバーを抜く。自動拳銃は自衛隊装備のSIG SAUER P220で、リボルバーは警察のS&W M37エアウェイトだ。
 他にも持っている可能性はあるが、追及しなかった。
「立っていいよ」
 凛子が立ち上がる。
 彼女と4歳か5歳の男の子を軽トラの荷台に乗せ、スカイパークに向かう。

 人種が不明なほど日焼けした女性は、スカイパーク内ですぐに知られた。
 事情聴取は榊原杏奈が担当。
 そして、彼女の壮絶な物語が始まった。

 ゾンビ事変が起きたその日、凛子は自宅にいた。父親は公務員で出勤、母親は友人の葬儀に行っていた。
 彼女には2人の兄がおり、長兄はオタク気質で父親から疎まれていた。次兄は成績優秀、イケメン、運動はそこそこだった。
 父親の期待のほとんどは次兄に向かっていて、東京の大学理学部に通う長兄には興味を示していなかった。実際、次兄は父親が望む中央官庁の官僚になるには最適な大学に進学が決まり、学部も法学部というベストな選択をしている。
 長兄は帰省していて、次兄は転居の直前だった。
 そんな家族の状況で、ゾンビ事変が起こる。

「函館は、最初の3日間は家にいれば安全でした。
 だけど、1週間すると食べるものがなくなり、外出しなければならなくなります。
 電気は4日目まで、携帯電話は3日間使えました。水道は7日目の朝まででした。
 ライフラインが止まり、食糧がなくなって、誰もが家から出なくてはならなくなります。
 父は、事変後2日間は出勤していましたが、3日目はもう無理でした。家の周囲はゾンビだらけで……」

 8日目の朝、凛子は家族と一緒に空港に向かうことにする。自家用車はEVで、バッテリーは80キロほど走行可能だった。
 エンジン音がしないので、ゾンビを刺激しないように函館空港に向かう。
 自衛隊が輸送機で安全な場所に運んでくれるという噂が広まっていたからだ。
 長兄はこの噂を信じておらず、家族に「ヒトが少ない内陸に向かったほうがいい」と意見したが、父親は「ろくな大学に行けないおまえに何がわかる」となじった。
 長兄は凛子だけを心配していた。
 凛子も、空港に向かうと父親が決めると、化粧を始めた母親に相当な違和感を感じていた。
 貴重品をまとめ始めると、長兄は毛布や衣類、箸や食器になりそうな器を集めたが、次兄はスマートフォンにノートパソコンを最優先した。
 凛子は長兄を真似て、背負えるものだけを準備する。
 父親と母親は、旅行用の大キャリーバッグに何でも詰め込んだ。

 空港の手前で渋滞に巻き込まれる。前後にクルマがあって、身動きできない。
 前方で、イラついているのか盛んにクラクションを鳴らすクルマがある。
 この頃はまだ、凛子は死人が音に(正確には震動に)反応することを知らなかった。
 だから、漫然とクラクションを聞いていた。

 しばらくすると、走って逃げるヒトたちがクルマの脇を抜けていく。
 そして、死人が現れる。
 長兄が私に「逃げるぞ」と言い、クルマを降りる。私も従う。
 父親が「待ちなさい!」と制止するが、走って逃げる以外の選択肢はない。
 結局、父親、母親、次兄もクルマを降りる。
 凛子と長兄はザックを背負って、すぐに走り出すが、父親と母親はキャリーバッグをガラガラと音を立てて追ってくる。
 次兄はもっと無様で、両手に手提げバッグ。昭和のおばさんのような恰好で走る。
 長兄は人の流れから離れるように何度も路地を曲がり、途中で拾った金属バットで、接近するゾンビを排除していく。
 凛子は長兄を必死で追いかけ、父親と母親、次兄は凛子を追いかけた。
 凛子家族はその夜、農家の農機置き場のような屋根の下で過ごす。このときには、父親と母親、次兄は着ているもの以外何も持っていなかった。
 死人に追われ、すべて捨てたのだ。

 長兄が気遣うのは凛子だけで、父親、母親、次兄は存在しないように振る舞った。
 長兄はチョコバーを半分に割って、凛子に与えたが、父親、母親、次兄には何も言わず、何も与えなかった。
 父親はビジネスシューズ、母親はローヒールのパンプスを履いている。
 何十キロも歩けるわけがないので、長兄は父親と母親は早期に脱落すると推測していた。そのとき、次兄がどう行動するかを心配していた。
 人家がまばらな地域であっても、すでに多くの死人がいた。死人と生人の数は拮抗しているか、死人のほうがやや多い。

 9日目、次兄が食べ物を入手しようと、道路脇にある農家の敷地内に入る。迂闊すぎる行為だった。
 銃声が轟く。
 次兄が倒れる。次兄は手ぶらで、フラフラと歩いていた。服は汚れている。死人に見えても仕方ない。
 母親が駆け寄ったが、死にかけに群がる死人のように見えたから母親も撃たれた。
 長兄が凛子を止める。
「迂闊に動けば死ぬ。
 覚えておくんだ」
 父親は呆然としていた。
 長兄と凛子が歩き出すと、父親もついてきた。自慢の息子と長年の連れ合いの死体を何度も振り返った。

 その夜、凛子が長兄に問うた。
「ママ、殺されちゃった。
 お兄ちゃんは悲しくないの」
「あぁ、悲しくない」
「どうして?」
「子供の頃からバカ扱いだったからな。
 中学に入ってからはひどかった。
 産んでくれたことにも感謝していないし、育ててくれたことにもな。
 虐待死させたら面倒だから、育てただけさ」
 それを聞いていた父親が反論しようと口を開きかけたが、声を発せなかった。実際、長兄が言う通りだったからだ。
 長兄を育てた理由は世間体だけだった。
「お袋と親父は俺の敵だ。
 敵が死んだのだから喜ぶだけさ。
 そう決めたのは早かった。小4には、漠然とだが判断していたと思う。だから、弟と差別されても悲しくなかったし、クリスマスのプレゼントがなくても、お年玉がなくても、何とも思わなかった」
「悲しいね」
「いいや、そこにいるクソ野郎の最後を見られる。俺は楽しいよ」
 凛子は長兄が差別されていることは理解していたし、親戚が心配して「いらない子なら養子にほしい」と申し入れてきたことも知っている。
 それを拒否した理由が世間体だったことも知っている。
 凛子もたいへんだった。母親からペットのように扱われ、ペットほどの自由さえなかった。それでも、生きていくには母親に合わせなくてはならなかった。
 優遇されるには、代償を支払わなければなかった。

 早朝、起きると父親の姿はなかった。
 長兄は「不甲斐ない男だ」と吐き捨てた。
 ここで去れば、父親はそれなりの態度を示せたのだが、実際は生への執着と定型的な対応しかできない状態であるから、兄妹の近くにいた。

「お兄ちゃん、どこに行くの?」
「川汲温泉の方向に向かう。太平洋側に出て、それから江差を目指す」
「どうして?」
「江差から奥尻島にフェリーが出ている。
 運行しているかわからないけど、島なら安全かもしれない」
 凛子が振り返る。
「パパだよ」
 長兄も振り返った。
「生きてんのか?」
「ゾンビじゃないと思う」

 毎日が終わると、生人が減り死人が増えた。
 10日目には生人を見ることはなくなっていた。
 山の中を20キロ歩いて、太平洋岸に出た。4時間半かかった。
 父親はついてきていて、離れる様子がない。
 川汲町市街地の直前で、放棄されている軽トラを見つける。
 キーが刺さったままで、キーを回すとイグニッションランプが点く。ガソリンは半分以下。
 長兄が前後のバンパーからナンバープレートを外す。
「なぜそんなことをするの?」
「見咎められないためだよ。
 クルマを盗んだとされて、殺されてはたまらない。実際、盗むんだけど」

 長兄は父親を見捨てなかった。
「親父!
 乗れよ」
 ただし、彼が乗ったのは荷台だった。
 海岸線を八雲町まで走り、県道を使って江差を目指す。
 日没前に江差町外縁部に達する。
 この頃はまだ、屋内は危険だとの認識がなく、ヒトが去った家に入って夜を過ごした。
 この民家で、少しの食糧を確保できた。

 翌日、用心しながら市街に入る。
 フェリー埠頭までは意外なほど順調に進んだ。ただ、死人の数は多い。江差の住民の大半が死人になっていた。
 放置車で道が塞がっていることもあったが、迂回しながら南下した。
 フェリー埠頭ターミナルの前にチェックポイントがあり、ここで乗船者を選別している。
 船は大きくない。
 そう多く乗れないことは、直感でわかった。
 フェリーに乗るには身体検査を受ける必要があった。下着を含めてすべて脱ぎ、噛まれていないかチェックされた。
 女性は一応女性がチェックしていたが、その女性がかなり乱暴だった。
 長兄と凛子はおとなしく従ったが、父親は「人権を無視している」と騒いだ。路上で丸裸にされ、噛まれていないことを確認された。
 父親は自分の服をかき集め、股間を隠しながらフラフラと立ち上がる。
 凛子はその姿を見ていたが、父親が正常な判断力がないように感じた。彼が知る社会とは完全に変質しているのに、それが理解できない。

 父親は騒ぎを起こしたが、3人はフェリーに乗れた。
 フェリーは4500トン級で、乗客は450人が定員。目的は不明だが、生存者を奥尻島に移送しようとしていた。
 この計画は、北海道選出の国会議員が指揮していたらしい。連中の対応から、人道的なものではなく、もう少し生臭い計画だったように感じる。

 奥尻島までは2時間30分で、フェリー埠頭には死人しかいなかった。
 奥尻島を一周し、すべての漁港に近付き観察するが、必ず死人がいた。
 結局、奥尻島には接舷せず、佐渡島に向かう。両津港沖に長い間停泊していたが、佐渡にも死人がいて、接舷は諦めた。
 物資調達のために、特定のメンバーが何度も佐渡に上陸したけれど、半年後に船内で感染者が出た。
 日本海を能登の方向に航海しているときだった。
 病死だったのに死人になった。噛まれても、噛まれなくても、死ねば死人になることを、この時初めて知った。
 父親は我先に救命ボートに乗ろうとして、海に落ちた。長兄は凛子を救命ボートに乗せるために死人と戦った。
 凛子は救命ボートに乗ることができた。

「フェリーは能登に向かっていると、説明されていましたが、真実かどうかはわかりません。
 私たち生存者を集めていた政治家ですが、誰なのかはっきりしないんです。落選中の衆議院議員だとの噂もありました。女性だとも。別な噂では、指揮官は阿修羅大佐だと……。
 人道的な理由で避難を手助けしているのではなく、新生日本の建国のために国民を集めているとも……。
 荒唐無稽ですけど……」

「私が乗った救命ボートには、他に1人しか乗っていませんでした。
 男の人で、足を怪我していました。フェリーの中で怪我したようで、救命ボートには誰かに乗せてもらったとか。
 乗客は、いいヒトばかりでした。父のように自分勝手なヒトはごく一部で……」

 救命ボートにはエンジンがあり自走できたが、凛子は操縦を知らず、男性は大怪我で何もできなかった。
 漂流して3日目、男性の発熱がひどくなる。
 男性が凛子に「足が壊疽を起こしている。俺は敗血症で死ぬ。死んだら、俺の死体をすぐ海に捨てるんだ。蘇って、きみを襲ってしまう」と言った。
 凛子は泣き出したが、泣いてもどうすることもできない。彼は這って、艇体最後部のハッチまで移動した。
 自分の遺体を投棄しやすいように。

 7日目、凛子を乗せた完全密閉型救命ボートは陸地に近付いていた。艇内から陸地が見えていた。男性は意識を失っていた。
 凛子は男性の呼吸に気を付けていたが、陸まで数百メートルとなって、彼は呼吸を止めた。
 凛子は男性の遺体を投棄せず、彼女は艇外に出て、ルーフにしがみついて接岸を待った。海岸と松林がはっきりと見えている。
 しかし、なかなか近付かない。
 このままだと、潮が引き始めて沖に流される可能性もあった。
 男性の遺体は死人に転移していた。艇内には戻れない。
 凛子は靴を脱ぎ、海に飛び込んだ。水泳に自信があるわけではないが、それ以外の選択肢はなかった。

 満ち潮に乗って、凛子は海岸にたどり着いたが、体力は限界に達していた。
 5分ほど砂浜に寝転んで、それから起き上がり、浜に沿って南東に向かって歩き出す。
 キャンプ場を見つけ、炊事場で水を飲み、顔と頭を洗う。キャンプ場の管理事務所を調べたが、めぼしいものはなかった。
 空腹は極限に近かった。
 バンガローを調べると、使えそうなので、数日でも滞在しようと考える。
 管理事務所に戻り、鍵を見つけ、シュラフとマットも確保した。
 濡れた服を脱ぎ、下着も外して、シュラフにくるまって寝た。
 彼女は疲れ切っていた。

 キャンプ場には軽トラと軽バンがあった。利用客のクルマはない。長兄から江差に向かう途中で、クルマの運転を教わっていた。
 AT車なら、どうにか運転できる。

 キャンプ場は混乱状態になったようで、テントやその他の物資が残されていた。半分砂に埋もれたり、砂まみれだったりもあるが、凛子は丹念に遺棄物資を探す。
 エコバッグを見つけ、中身を確認すると、菓子だった。キャンディ、チョコレート、グミなど。
 凛子はそれを夢中で食べた。未開封のお茶のペットボトルも見つける。
 衣類もあった。キャリーケースごと残されていた。男性用だが、凛子でも着れそうなTシャツがある。ジャージももらう。
 サンダルも見つけた。これで、裸足ではなくなる。
 丹念に物資を拾い集め、一通りのキャンプ用品を揃えた。
 それらを軽バンに積む。
 そして、内陸に向かう。国道沿いを走り、食糧が入手できそうな店を探す。目当てはコンビニ。

 最初に入ったコンビニには、飲料を含めて必要なものは何も残っていなかった。
 スーパーを見つけたが、店内には死人がいた。この頃の凛子には、死人を排除することができなかった。
 うどん屋を物色すると、小麦粉とコメがあった。どうしたらいいかわからないが、小さな片手鍋とカセットコンロを確保。ガスボンベは20本もあった。コメは10キロ、サツマイモ、ゴボウを持ち出した。他の野菜は、食べられそうになかった。
 塩、砂糖、醤油なども手に入れた。

 凛子は、漂着した場所が富山県氷見市であることを知ったのは、漂着の7日目だった。
 それまでは、食べ物のことで頭がいっぱいで、どこであるかなど考えてもいなかった。

 衣料品は、田んぼの真ん中にある作業服店で整える。地味な配色で、丈夫だから、彼女が置かれている状況にあっていた。
 ドラッグストアにも入ったが、死人に追われて悲鳴を上げて逃げた。
 それでも、店頭にあったトイレットペーパー12ロール入りを手に入れた。

 凛子は炊飯器以外でコメを炊いたことがなかったし、炊飯器を使ったとしても炊けるかどうか疑わしい。
 ただ、コメと水は体積で同量だということは知っていた。
 カセットコンロと片手鍋でも、ご飯は炊けた。ガラス蓋を通して水分がなくなったらガスを止め、十分に蒸らせば食べられることは比較的早くに気付いた。
 毎日、ご飯とサツマイモという食事だが、サツマイモは煮たり、天ぷら風にしたり、炒めたりして、飽きないように工夫した。

 体力に自信がついた1カ月後、凛子はキャンプ場から離れることを決意する。
 ガソリンは軽トラからもらったり、路上に遺棄されたクルマから抜き取ったりした。
 クルマの燃料タンクからガソリンを抜き取る道具には、灯油のポンプを使った。

 この1カ月で手に入らなかったものは、下着だ。行動圏2キロの範囲には、衣料品店がなかった。コンビニにも残っていなかった。

 凛子は長兄が試みた国道は使わず、県道や市町村道を使う方法で新潟方面に向かうことにする。富山市を避けるため、内陸に入る。
 行くあてがあったわけではないが、関西方面に向かうことは考えなかった。
 真冬になる前に、安全で、食糧がある場所を見つけたかった。

 凛子は、コンビニ、スーパー、ドラッグストアなどの商業施設は、規模が大きくなると危険が増えることを理解していた。
 それと、民家は死人がいることが多いことにも気付いていた。
 それと、死人に噛まれなくても、死ねば死人になることを知っている。

「私は、誰か仲間になってくれる人を探すのではなく、誰もいない場所を探していました。
 漂着した際、キャンプ場のバンガローで生活したので、キャンプ場をたどって東京に向かうことにしたんです。
 東京は日本の首都だから、まだ無事かも知れないと考えていました。
 いまから思えば、甘いですよね。
 ただ、その前に準備を整えたかった。
 靴さえなく、キャンプ場で拾ったサンダルを履いていたので……。
 作業服店の靴は、男性用ばかりで、私には大きすぎたんです」

 凛子は、キャンプ場の管理事務所に置かれていた富山県のキャンプ場ガイドブックで次の行き先を決めた。
 富山市の山中にあるキャンプ場だ。ここにバンガローがある。距離は45キロほど。方向は南。
 今日中にはたどり着きたかった。
 住宅の密集地を避けての移動は、土地勘のない凛子には困難だったが、それでもどうにか死人の群に出くわすことなく、平野部を突っ切ることができた。
 途中で、衣類や食糧の調達ができた。国道ではなくても県道沿いを走ると、いろいろな店があり、それなりに物資の調達ができた。
 できるだけ、小規模な店舗を選び、死人がいないことを確認してから、屋内に入る。
 死人がいたら、すぐに逃げる。
 屋内での滞在は、2分以内と決めている。不活性な死人は、活性化するのに1分ほどかかる。活性化して、生存者を認識し、ロックオンするのにさらに1分。
 この2分間が遭遇しても安全な時間だ。
 凛子はこれを、実験で確認していた。
 死人と戦う術がない凛子には、重要なことだった。
 短時間なら、鉢合わせはともかく、生人との遭遇も防げる。
 食糧は重要だったが、凛子には衣類も必要だった。数店のコンビニを回って、ようやく下着を手に入れた。
 チェーン店の衣料品店を見つけたが、入店はかなり逡巡した。しかし、衣類と靴がほしくて、店内に入る。
 死人は3体。店員が2,客が1。凛子は猛然と移動し、下着・肌着類を片っ端からスーパーカゴに押し込んで、店外に出る。
 死人が活性化した時点で、すでに作業を終えていた。出口はタイヤレンチで封鎖した。
 同じ敷地内にあるドラッグストアでも、物色。こちらは10体近くの死人がいたので、入手可能なものだけを奪取した。
 死人が店外まで追ってきたが、凛子はすぐに軽バンを発車した。

 しばらく走り、人家が見えない路上にクルマを止め、大泣きする。心底、怖かった。

 前方をよく見ると、ガードレールを突き破ってクルマが法面下に滑落している。
 事故現場まで前進すると、ダークグリーンの4輪駆動車が滑落・横転していた。
 ガードレールの傷は錆びていて、かなり前の事故だとわかる。
 遠くに、かなり大きな白い建物が見える。
 凛子は手に入れた靴下と靴を履き、法面を降りる。
 クルマは何回も横方向に回転したらしく、かなり損傷していた。
 運転席と助手席にはシートベルトをしたままの死人がいた。
 死人の着衣から自衛隊だと推測する。フロントウインドウが砕け、ルーフが完全に潰れている。
 大木の幹に前席部上方を激突したらしく、おそらく2人は即死だった。
 凛子が車内を物色すると、2挺の小銃を見つける。1挺は車体の下敷きになっていた。銃身先端だけが見えている。
 もう1挺は荷室にあった。
 調べた限り、壊れてはいなかった。ドットサイトが外れていて、レンズが割れている。
 それ以外は正常に見えた。
 実弾が入った弾倉が付いている。

 凛子は89式小銃の使い方を知っていた。長兄がサバゲー用の89式小銃を持っていたからだ。長兄から教わった。
 死人は動いているが、首がぐらぐらで、頸骨が折れているようだ。
 凛子は恐怖を振り払って、死人の弾帯から弾倉12個を回収する。拳銃は助手席の死人だけが装備していて、これも回収。拳銃の予備弾倉も2個あった。
 銃剣1振は鞘なしで回収する。

 軽バンに戻ろうとすると、市内方向からピックアップトラックが近付いてくる。荷台には男性が2人。
 凛子が空に向けて、連射で威嚇発射すると、慌てて止まり、バックしていった。
 凛子も急いでこの場を立ち去る。
 死人は怖いが、生人も怖い。人間は、死んでいても、生きていても。怖い生き物だ。

「私が生き残るには、生存者から身を守るために、銃が必要だったんです。
 いつか、どこかで手に入れるつもりでしたけど、こんな手に入れ方は想定外でした」
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