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ボクの又行旅(ボクのまたいくたび)
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「ゴホッ、ゴホッ・・・。」
ボクにとって、
これが最後の旅だろう。
今までたくさんの旅で、
たくさんの死に直面したせいか、
自分の死期が不思議と感じられた。
ボクは歳をとり、
老人と呼ばれるようになっていた。
世界は、
広かった。
魔法や魔法のような機械や、
◯◯に、
◯◯など・・・。(◯◯は現代の言葉で言いあらわせない物)
ボクがはじめた、
この旅。
ボクの人生そのものであるこの旅で、
今までずーーっとそうだったように、
そうしてきたように、
今でも後悔は、
まったくない。
それはしあわせな事だ。
しあわせ、
だったなぁ。
後悔ではないが、
ただ一つ、
心残りなのが、
ボクが、
旅人でなくなってしまう、
ということだ。
この最後の旅で、
その心残りに対する答えを、
ボクは、
見つけられることを願っていた。
雨の降る日だった。
場所は森。
ボクの歩幅は短く、
ゆっくりだが、
時間は着実に、
無機質的に流れていた。
雨は、
ボクのレインコートを染み抜け、
ボクの身体から、
体温を奪っていっていた。
「ゴホッ、ゴホッ・・・。」
ボクの短い命を、
ゆっくりだが、
着実に奪っていくように、
雨水はボクの身体を流れていた。
森の中で、
ふとひらけた場所に、
小さな家があらわれた。
ところどころ崩れた土の壁。
穴のあいた屋根。
捨て家だろう。
しかし、
雨に降られて困っていたボクには、
それが立派なホテルのように見えた。
ボクは、
そのところどころ崩れた土の壁の、
穴のあいた屋根の立派なホテルで、
雨やどりをすることにした。
ホテルにチェックイン。
まずは部屋の確認だ。
屋根に穴があいているとはいえ、
雨風を防げる場所はあった。
おっと、
暖炉(だんろ)付きだ。
これはいい。
上等な部屋だ。
ボクは乾燥した木材をかき集め、
暖炉に火をおこした。
レインコートと服の水をしぼり、
火の近くで乾かす。
ボクは身体の体温を取り戻すため、
身体の水気をタオルで拭き取り、
着替え、
火の近くにゆっくりと腰をかけた。
「ゴホッ、ゴホッ・・・。」
ボクは暖炉で揺れる火を見ながら、
ふと、
ボクが旅をはじめた日の事を思い出していた。
ボクが立っていたあの名前のない場所・・・。
地図を持たないボクにとって、
海も山も川にも名前がなかったあの日・・・。
あの瞬間のあの感覚を、
とても懐かしく、
はっきりと思い出せる。
ボクの立っていたあの場所は、
0だった。
踏み出した一歩のあの1から、
今日の今まで、
実に良い、
旅だった。
そう思う。
「誰なの?」
突然の声に、
ボクは小型の銃に手をやり、
身構えた。
部屋の奥の暗闇の中から、
少女が姿をあらわした。
その少女は黒髪で、
瞳の色はきれいなマリンブルーだった。
このホテルには先客がいたようだ。
いや、オーナーか?
チェックインの際に人の気配はなかったが、
こうして黒髪の少女があらわれたのだ。
ボクは自分の住居侵入の事実を受け止めなければならない。
「驚かせてごめんね。
ボクは旅人。
泥棒じゃないんだよ。
この雨に降られて困っていたところに、
この家を見つけたので、
雨やどりをさせてもらっていたんだ。
だまって家にあがりこんでしまっていた事、
大変失礼しました。
もし良ければ、
雨があがるまでここで暖をとらせてはもらえないかな?」
そうボクが言うと、
黒髪の少女はニコッと笑い、
部屋の奥の暗闇の中へ戻って行った。
どうやら、
オーナーの許可を得られたようだ。
いやしかし、
あの少女の保護者の方への挨拶がまだか。
いま他に誰か人はいるのだろうか・・・。
黒髪の少女が戻って行った部屋の奥の暗闇の中へ、
ボクは歩(ほ)を進めようとした。
その時、
ふとボクは足元にある物を見つけた。
床が抜け、
地面がむき出しになっている部分に、
つぼみのまま枯れそうな花があった。
どうやらそのつぼみの花は、
もともとは屋根の穴がうまくあいていて、
日の光も雨もそこから得られていたが、
最近、屋根がさらに崩れて、
日の光も雨にも当たれなくなってしまっているようだ。
ボクはその花の周りの土をそっと掘って、
根ごと掘り出した。
強い風が花を倒さず、
十分な日の光と雨の水が得られる場所を選び、
その花を植えかえた。
ボクはこの花の名前を知らないけれど、
このつぼみの花がこのままなくなってしまうのは、
とても惜しい。
このつぼみの花はこれで花を咲かすだろう。
そうなったらそうなったで、
何かしらの不運にみまわれる事になるのかもしれない。
だからこれはボクの自己満足だ。
きっとボクの命よりも長く生きる命よ。
生きろ。
理由はどうでもいい。
生きろ。
生きてくれ。
「ありがとう。」
いつの間にかうしろに立っていた黒髪の少女がそう言った。
おかしい。
黒髪の少女の体は透けて、
向こう側が見えている。
外の雨はいつの間にかやんでいて、
晴れ間がのぞこうとしていた。
黒髪の少女は言う。
「あなたのその優しさがこの世界からこのままなくなってしまうのは、とても惜しい。
わたしには力があります。
あなたの一番の願いを叶えてさしあげましょう。」
ボクは不思議な光に包まれながら植えかえた花が咲くのを見た。
それは、きれいなマリンブルーだった。
ボクは戻ってきた。
あの日、立っていたあの名前のない場所に。
ここは、海も山も川にも名前がなかったあの日だ。
ボクの身体は軽く、自分の死期が遠くになったのを感じられた。
ボクは歳を巻き戻し、
若者と呼ばれるような姿になっていた。
とは言え、
時間は変わらず着実に、無機質的に流れていた。
時間がもったいないな。
ボクは、旅人。
これからも。
今度はこっちだ。
さあ、
感じるままに今、蛇行するであろうこの方角への旅を、
又(また)、
はじめようか。
おしまい
ボクにとって、
これが最後の旅だろう。
今までたくさんの旅で、
たくさんの死に直面したせいか、
自分の死期が不思議と感じられた。
ボクは歳をとり、
老人と呼ばれるようになっていた。
世界は、
広かった。
魔法や魔法のような機械や、
◯◯に、
◯◯など・・・。(◯◯は現代の言葉で言いあらわせない物)
ボクがはじめた、
この旅。
ボクの人生そのものであるこの旅で、
今までずーーっとそうだったように、
そうしてきたように、
今でも後悔は、
まったくない。
それはしあわせな事だ。
しあわせ、
だったなぁ。
後悔ではないが、
ただ一つ、
心残りなのが、
ボクが、
旅人でなくなってしまう、
ということだ。
この最後の旅で、
その心残りに対する答えを、
ボクは、
見つけられることを願っていた。
雨の降る日だった。
場所は森。
ボクの歩幅は短く、
ゆっくりだが、
時間は着実に、
無機質的に流れていた。
雨は、
ボクのレインコートを染み抜け、
ボクの身体から、
体温を奪っていっていた。
「ゴホッ、ゴホッ・・・。」
ボクの短い命を、
ゆっくりだが、
着実に奪っていくように、
雨水はボクの身体を流れていた。
森の中で、
ふとひらけた場所に、
小さな家があらわれた。
ところどころ崩れた土の壁。
穴のあいた屋根。
捨て家だろう。
しかし、
雨に降られて困っていたボクには、
それが立派なホテルのように見えた。
ボクは、
そのところどころ崩れた土の壁の、
穴のあいた屋根の立派なホテルで、
雨やどりをすることにした。
ホテルにチェックイン。
まずは部屋の確認だ。
屋根に穴があいているとはいえ、
雨風を防げる場所はあった。
おっと、
暖炉(だんろ)付きだ。
これはいい。
上等な部屋だ。
ボクは乾燥した木材をかき集め、
暖炉に火をおこした。
レインコートと服の水をしぼり、
火の近くで乾かす。
ボクは身体の体温を取り戻すため、
身体の水気をタオルで拭き取り、
着替え、
火の近くにゆっくりと腰をかけた。
「ゴホッ、ゴホッ・・・。」
ボクは暖炉で揺れる火を見ながら、
ふと、
ボクが旅をはじめた日の事を思い出していた。
ボクが立っていたあの名前のない場所・・・。
地図を持たないボクにとって、
海も山も川にも名前がなかったあの日・・・。
あの瞬間のあの感覚を、
とても懐かしく、
はっきりと思い出せる。
ボクの立っていたあの場所は、
0だった。
踏み出した一歩のあの1から、
今日の今まで、
実に良い、
旅だった。
そう思う。
「誰なの?」
突然の声に、
ボクは小型の銃に手をやり、
身構えた。
部屋の奥の暗闇の中から、
少女が姿をあらわした。
その少女は黒髪で、
瞳の色はきれいなマリンブルーだった。
このホテルには先客がいたようだ。
いや、オーナーか?
チェックインの際に人の気配はなかったが、
こうして黒髪の少女があらわれたのだ。
ボクは自分の住居侵入の事実を受け止めなければならない。
「驚かせてごめんね。
ボクは旅人。
泥棒じゃないんだよ。
この雨に降られて困っていたところに、
この家を見つけたので、
雨やどりをさせてもらっていたんだ。
だまって家にあがりこんでしまっていた事、
大変失礼しました。
もし良ければ、
雨があがるまでここで暖をとらせてはもらえないかな?」
そうボクが言うと、
黒髪の少女はニコッと笑い、
部屋の奥の暗闇の中へ戻って行った。
どうやら、
オーナーの許可を得られたようだ。
いやしかし、
あの少女の保護者の方への挨拶がまだか。
いま他に誰か人はいるのだろうか・・・。
黒髪の少女が戻って行った部屋の奥の暗闇の中へ、
ボクは歩(ほ)を進めようとした。
その時、
ふとボクは足元にある物を見つけた。
床が抜け、
地面がむき出しになっている部分に、
つぼみのまま枯れそうな花があった。
どうやらそのつぼみの花は、
もともとは屋根の穴がうまくあいていて、
日の光も雨もそこから得られていたが、
最近、屋根がさらに崩れて、
日の光も雨にも当たれなくなってしまっているようだ。
ボクはその花の周りの土をそっと掘って、
根ごと掘り出した。
強い風が花を倒さず、
十分な日の光と雨の水が得られる場所を選び、
その花を植えかえた。
ボクはこの花の名前を知らないけれど、
このつぼみの花がこのままなくなってしまうのは、
とても惜しい。
このつぼみの花はこれで花を咲かすだろう。
そうなったらそうなったで、
何かしらの不運にみまわれる事になるのかもしれない。
だからこれはボクの自己満足だ。
きっとボクの命よりも長く生きる命よ。
生きろ。
理由はどうでもいい。
生きろ。
生きてくれ。
「ありがとう。」
いつの間にかうしろに立っていた黒髪の少女がそう言った。
おかしい。
黒髪の少女の体は透けて、
向こう側が見えている。
外の雨はいつの間にかやんでいて、
晴れ間がのぞこうとしていた。
黒髪の少女は言う。
「あなたのその優しさがこの世界からこのままなくなってしまうのは、とても惜しい。
わたしには力があります。
あなたの一番の願いを叶えてさしあげましょう。」
ボクは不思議な光に包まれながら植えかえた花が咲くのを見た。
それは、きれいなマリンブルーだった。
ボクは戻ってきた。
あの日、立っていたあの名前のない場所に。
ここは、海も山も川にも名前がなかったあの日だ。
ボクの身体は軽く、自分の死期が遠くになったのを感じられた。
ボクは歳を巻き戻し、
若者と呼ばれるような姿になっていた。
とは言え、
時間は変わらず着実に、無機質的に流れていた。
時間がもったいないな。
ボクは、旅人。
これからも。
今度はこっちだ。
さあ、
感じるままに今、蛇行するであろうこの方角への旅を、
又(また)、
はじめようか。
おしまい
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