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【 魔族と人と 】

魔王逃避行 その5

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「魔王を殺せー!」
「逃がすな! 怯むなー!」

 少し落ち着いた分、相手の声も聞こえるようになってきた。
 冷静に辺りを見渡せば、何の事は無い。昼間と状況は変わらない。
 今も周囲では激しい戦いが繰り広げられている。
 巨大なクワガタ虫が兵士を掴み上げ、落ちた兵士を猪の群れが引き潰す。
 スースィリアが指示したおかげでもあるが、俺を守ろうと戦ってくれているのだ。
 そうだ――少し追いつかれただけだ。

「死ねぇー!」

 右から大斧で襲い掛かってきた人間を、今度こそ大剣で真っ二つに斬り裂いた。
 金属のわずかな抵抗。それに肉を切り裂く感覚が手に伝わる。
 空気の抜けるような断末魔の声。噴き出す血と、弾けるように飛び出す内臓。
 ケーバッハの時は投擲針を突き刺しただけだったが、今回は違う。人を殺した事をハッキリと実感する。

 だが――更に続けて襲って来た人間を一人二人と切り伏せる。
 それがどうしたというのだ。これが罪だというのなら、いつか罰を受け入れよう。
 しかし、俺を生かすために散った命の為にも、今ここで殺されるわけにはいかない。

「クソッ! 我々の武器を!」
「構うな! 殺せばいい、殺せばいいんだ!」

 だが人類側も怯まない。というか、数が違い過ぎる。
 しかしそれでも、斬れる。進める。まだ戦える。
 確かに俺自身の魔力は大した量じゃないが、それは意識しない時に出ている量だ。
 だが今こうしている時も、人間を越える量の魔力が俺に流れ込んでいる。
 そしていざ魔力を支払う時などはドバッと出る。いや、出せるのだ。
 要は、普段は抑えられているに過ぎない。

 数も技量も負けてはいるが、魔力と硬さなら勝っている。
 こうして同じ武器を使っての勝負なら、それなりに分はあるって事だ。
 それに、以前テルティルトが作った疑似武器とは違う。これは重心の問題だろうか。
 使ってみれば、案外使えるように出来ているもんだな。

 だがそんな油断をあざ笑うかのように、たった今斬り伏せた兵士に足を掴まれる。
 一撃で殺しきれなかったか!?
 そしてもう一人が後ろから右肩を掴み、更に処刑人のような大斧を担いだ男がそれを振り下ろし――、

 グシャリ――その兵士は潰れ、更に捻じられ地面に落ちる。
 足元や後ろで掴んで似た人間や、その周囲も同様だ。

「助かったよ」

「油断はダメよー」

 全くその通りだ。何人かは武器で攻撃して来るが、素手で掴みかかってくる奴が混ざる。
 予想だが、魔力に自信がない奴か? とにかく動きを止めようってわけだ。
 本当に、蠢く死体ゾンビを相手にしている様に感じる。
 いや、あっちは事実上死なない。だが命ある人間が、こうも簡単に命を捨ててくるとゾッとする。

「とにかく、ここでやられるわけにはいかない。ルリア!」

「はいはーい」

 毎度の様に目の前にふわりとやって来るが、こんな時でも緊張感ないなコイツ。
 だがまあいい――

死霊レイス達に人間を攻撃させてくれ」

「えー? 機械と違って歩いている人間は……それに良いのですか?」

「それは分かっているさ。近くを飛び回って威嚇してくれればいい。一応、安全第一でな」

「安全と言われましてもまあ……それでは行って参りますわ」

 悲鳴を上げながら戦場を飛来する死霊レイス達。
 見た目は何処からどう見ても幼女だが、まあ人間には白い幽霊にしか見えないから良いだろう。

「うわぁ! な、なんだ!?」
「魔族だ! これは死霊レイスの群れか!」
「魂を奪われるぞ! 聖水を!」

 うん、実際効果ありだ。
 まあじっとしていたら生気を吸われるのは間違いない訳だしな。これでほんの少しだが時間は稼げる。
 その反面、ここは相当に目立つ。戦場に散っていた死霊レイスを集めた為、遠目からでも薄緑に輝いているからだ。
 だがもうじき日が昇る。居場所はバレているとはいえ、それでも暗闇と日の光の下では安全度は段違いだ。
 急がないとな……。

「そういやテルティルト、さっき手抜きしたろ?」

「手抜きじゃないわよー。完全に変化する前に斬りかかったから上手くいかなかっただけよ。完全な状態なら、その手に持ってるのより切れるわよー」

「なるほど、じゃあその時は頼むわ」

 なんとかなるか? いやなる。そう思った時だった。
 異常なほどの殺気を感じ、咄嗟とっさに大剣で体を守る。そこにジャキンッと激しい金属音と共に巻きついたもの……鎖!?
 だがそんな事を考える間もなく、俺の体は衝撃で宙を舞っていた。

 ――しまった! テルティルト!

 空中でくるりと回転し、巨大な幹に叩きつけられる前にそこに着地する俺。
 重力を無視した華麗な動き。勿論、今体を動かしているのは俺じゃない。テルティルトだがな。
 そのまま着地した先に立っている者――ああ、完全に追いつかれてしまったか。

 投光器サーチライトの白い光に照らされた巨兵。高さは4メートルを少し超えているだろうか。
 色合いカラーリングは淡いブルー。両肩は巨大な三角形になっており、兜も同じ形状だ。遠くから見たら、城塞の一角にも見えたかもしれない。
 胸元にはハートのマーク。一瞬サキュバスワッペンに見えたが、そうではないな。
 ハートの中はデフォルメされた女の子のイラストが施され、その横には見た事もない文字らしいものが見える。
 遠くで読めないが、なんとなくあのイラストはアレだ、オスピアだろう。国的にも納得できる。

 左手にはやはり4メートル程で、少し湾曲した巨大盾タワーシールドを持ち、右手に持っているのは何本もの長い鎖を束ねた物だ。
 さっき大剣に巻きついたのはアレだな。鎖の長さは大体6メートル前後か。あまり武器らしくない武器だ。

「逃亡はもう終わりかね? いや、終わらせるのだがね。一応聞くだけは聞いておこう。君が魔王で間違いないのだね?」

 マリクカンドルフ――それが彼の名前だった。
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