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【 魔族と人と 】

再生と破壊 後編

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「マリクカンドルフ様、リッツェルネール司令官から緊急電文です」

 駐屯地で待機していたマリクカンドルフの元に、少し小柄で筋肉質の女性が駆け寄ってくる。
 くすんだ金髪に愛嬌のある丸顔。髪は正面からだとショートに見えるが、後ろは一房分だけ伸ばしている。
 白に赤紫の2重の線が入った半身鎧ハーフプレイトまとい、背中には厚みのある刃渡り130センチの大剣を担いでいた。
 彼の傍付きであり、参謀の一人であるラウリア・ダミスだ。
 ケルベムレンの戦いからずっと行動を共にしており、事実上の副官でもある。

 実際の副官はミルクス・ラスコンだが、彼は現在、別動隊60万人を率いて炎と石獣の領域近くへと移動中だ。

「様ではなく将軍と呼んでくれたまえよ。全く、いつまでも陛下だの様だの呼ばれるのは疲れたのだがね」

「でもまだ言葉の端々に、王様っぽさが残っていますよ。まあ、そんな事はどうでも良いと思います。こちらの電文は緊急ですので」

 普段は日向で丸くなる猫のように大人しいのに、作戦中は勝気な面もうかがわせる。
 だが端々に隠し切れない暢気さが出るのは地だろうか。
 元々はケルベムレンという、それなりの規模はあるが内地の安全地帯にある街の警備隊長だ。
 実績といえば、落とし穴の作成に橋の解体、建設等。要するに工兵隊であり、あまり実践慣れはしていないのだろう。

 やれやれと思いながら電文を確認し、そっと目を閉じる。
 作戦開始からここまで、リッツェルネールの指揮には問題は無い。同胞を預けるに値するだろう。
 しかし、その裏に人の心を感じ得ない。だがそれは、現場と後方という立場の違いを考えれば仕方のない事と言える。
 心に引っ掛かるものが無いわけでは無い――が、

(最後に人類が勝っていれば、それで良いか……)

 その為ならば、喜んで捨て石にもなろう……。

「当初の予定通り、特別侵攻隊はこれより魔障の領域へと突入。後方にあるという針葉樹の領域を目指す。上空から確認した限り、針葉樹の領域は我らの世界に近い。だが油断はするな。どんな平穏な地に見えても、そこは魔族の土地なのだ」

「「「オオオオオオーーーーーー!」」」

 大地を揺るがす大歓声。彼の背後に控えるのは、既に浮遊式輸送板に乗り込み待機中の大軍勢。
 120万の兵員が、既に出撃準備を完了させていたのだった。
 そしてその上空を、コンセシール商国の飛甲騎兵隊が通過する。
 彼等の目的もまた針葉樹の森。
 人類軍は、いよいよ炎と石獣の領域を包囲せんと動きつつあった。




 ◇     ◇     ◇




 玉座の間から続く倉庫。
 相和義輝あいわよしきはエヴィアに膝枕されながら、横になっていた。

(あそこまでの物量を用意しているとは思わなかった……)

 魔人ヨーヌの探知範囲も無限では無い。
 おそらくあの飛甲母艦たちは、相当遠くで待機していたのだろう。
 いやもしかしたら、今も新たな部隊がこちらに向かっている最中かもしれない。
 あの調子で爆撃されたら、ここもいつまでもつか……。

 それ以前に、人類軍の侵攻を防ぐ手段が足りない。
 再び明かりライトを狙って破壊する暗闇作戦を行いたいところだが、人類軍は坑道全体に広がりつつある。
 もう見つからなかった魔王に興味は無いという訳だ。

 地表に近い所に下手に石獣が集まったら、それこそ再び爆撃で一掃される。
 彼等は同胞ごと容赦なく焼き払う。だがこちらは、そんな消耗戦に持ち込まれたら万事休すだ。
 だが深い所の明かりライトだけを限定して攻撃とはいかない。石獣はそこまで賢くないのだ。

「かなりお手上げだが、まだ負けてはいない。ルリア、シャルネーゼ。死霊レイス首無し騎士デュラハンにも出てもらう。絶対に守り切るぞ!」

「いつでもご命令ください、魔王様」
「大丈夫だ。たとえ小さくとも、我等は精霊だぞ。大船に乗った気でいるが良い。ハーハッハッハ!」

 ちょっと不安だが仕方が無い。
 本当は蠢く死体ゾンビ屍喰らいグールらの不死者アンデッドも参加させたいところだが、石獣は不死者アンデッドと人間との区別がつかない。
 あちこちで死体に憑りついたは良いが、全部そのまま石獣に喰われているのだ。
 以前に通った時は、魔人が人型の肉は食うなと命令済みだったようだ。
 だが今は違う。人間と戦闘中に、そんな命令は出来ないのだ。

「いいから、魔王は休むかな」

 ちょっと怒ったようなエヴィアに叱られる。
 うん、言いたい事は分かる。
 最後の修復をしたとき、目と耳から血を流してぶっ倒れたそうだ。今も手足の関節に激痛が走る。
 内臓も全体が痛い。熱くは無いが重い感じで、出血しているような気もする。なかなかに重症だ。

「エヴィアはゲルニッヒみたく、俺の体は治せないのか?」

「これはゲルニッヒでも直せないかな。魔力障害だよ。魔力が変な風に貯まってるから体の機能が損なわれているよ」

 言われても、何がどうなのかはよく分からない。
 そりゃそうだ、俺の世界には魔力なんてものは無かったのだから。
 分かっているのはこの痛みと眩暈めまい、吐き気……体のあちこちが訴える体調不良のサインだけだ。

(じっくりやるしかないな……)

 追い詰められている事は解る。
 俺は今、負けつつあるのだろう……だけど、負けるわけにはいかないのだ。




 ◇     ◇     ◇




 真っ暗な坑道を進む二人の反応を、糸のように細い触手が感知する。
 ラジエヴが伸ばしていた触手の一本だ。
 偽魔王として人類軍を混乱させた後、ラジエヴは忽然と姿を消した。
 理由は簡単だ。幻の魔王は存在しないからこそ価値があるのだから。
 結果として、人類軍は無謀な突撃を敢行して多大な犠牲を出した。
 そしてそろそろ魔王の元へ戻るか、それともまた気ままに生きるか……そう考えていた時に現れた侵入者。

「本当にこちらで合っているの?」
「知らねえよ。ただ先っていったらこっちって話なだけだ」
「途中何か所かあった枝道は、まだ地図マッピングが出来ていない……で良いのよね?」
「ああ!? そんなのあったのか? 気が付かなかったよ」
「あ、貴方ねぇ……それでも本当に、あのティランド連合王国の王位継承者なの?」
「あのティランドだからな。あははははは!」

 人間の声だと、ラジエヴはすぐに理解した。
 数は二人だろうか。あれは大した脅威にはならない。その内に石獣が喰らうだろう。
 そう思考が巡り再びどうしようか考えた時、頭にパズルの様なピースがはまる。
 今から向かおうとした魔王へと至る道。そして今、人間達が進む道。それが重なってしまったのだ。

 ――処分の必要がある。

 ラジエヴの触手がずるりと動き始めた。

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