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【 魔族と人と 】

暗殺計画 前編

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 碧色の祝福に守られし栄光暦218年8月21日。
 浮遊城に宛がわれた一室。さほど広くは無いが、自分専用の個室にマリッカ・アンドルスフはいた。

 風呂は無いが、ベッドと机、それにトイレが設置されている。上級士官用の部屋だ。
 司令官の護衛武官とはいえ、なかなか望外ぼうがいな待遇である。
 だがそれでも、壁は剥き出しの金属壁。しかも窓も無いとあっては、女性がくつろぐ部屋としてはいささか殺風景だ。

 とはいえ、マリッカは元々そういった事にはうとい。
 毛布一枚あれば、何処でも生活できる性格だし、商国人とはいえ今は軍人だ。
 その為、特に文句らしい文句は無かった。
 ただ、長く行動を共にしてきた魔人アンドルスフがいない事で、少々居心地の悪さを感じていた。

 因みに、護衛武官とはいえ一日中行動を共にするわけではない。
 リッツェルネールが指揮中も、書類整理中も、食事中も、就眠中も護衛……なんてことをしていたら、護衛武官が倒れてしまう。
 1日中かたわらで待機、昼警護、夜警護とあり、もう一つ、マリッカが最も好きな非番という日が今日であった。

 ――あの場に魔王はいた……間違いありませんね。

 ベッドにゴロンと横になりながら、非常食のスルメをもしゃもちゃと食べながら考える。
 先日の一件だ。
 だがそれも一瞬、思考はさらに以前へと廻り行く。

 碧色の祝福に守られし栄光暦218年5月5日。
 十家会議から6日後のこの日、マリッカはアンドルスフ商家の本家へと赴いていた。
 服装はいつもの軍服だ。一応、今日は公務という事になっていたのだから。

 見た目は薄茶色の金属ドームであり、外見に変わったところはない。
 地下もまた8階層に広がっており、そういった所も普通の人類の建物だ。
 だが最下層から更に下。およそ30階分ほど続く螺旋階段を降りた先に、魔人アンドルスフの住処があった。


 螺旋階段を降りた先にあるのは、分厚い金属性の扉。
 扉を開けて中に入れば、そこにあるのは小さな丸い部屋だ。
 壁は石垣組みで、数ヶ所に水道の蛇口のようなものが見える。床は円形に流れるように敷かれた乳白色のタイル製だ。
 部屋の中央には小さな石の机が置かれ、その中央を天井から床まで突き抜ける、直系10センチほどの石の柱が貫いている。

 その周囲には木製の椅子が3つ配置され、部屋にいた4人の内、1人は既に座っていた。
 椅子自体には空きがある。だが座らない。
 今日この場で座る資格のある人間は、イェアの他にはマリッカだけなのだから。

「アンドルスフを連れてきました」

 部屋に入るなり、そう言って空いている椅子にどかりと座る。30階分も降りてきたため、足はパンパンだ。
 本当に、ここに来るたびにアンドルスフを殴りたくなる。

「おかえりー」
「やー、久々の我が家だね。皆も久しいね、元気だったかい?」

 男性とも女性とも言えない声が響くと、その場にいた全員が起立し天井から延びる柱に注目する。
 ぐだっていたマリッカも起立する。これは儀式ではあるが、それ以上に緊張から身を護るためだ。

 そこに浮き上がったのは、体が黄色く、頭がブーメラン型の大型の両生類。頭部の幅は1メール程だろうか、かなりの大型だ。
 2本の足で器用に柱にくっついている。だが、その体は半分しか見当たらない。
 そこへゆっくりと姿を現しながら、もう一方が机から柱を登る。今まで、マリッカと共にいたアンドルスフだ。
 見た目は最初にいた両生類と完全に同じ。こちらもまた、体半分が無い。
 だが互いに柱の中央へと到達すると、互いの体を中央で結合する。まるで、頭部を繋いだプラナリア。前後同体の両生類に見える。
 2つの頭を持つこの黄色い両生類の姿こそが、魔神アンドルスフの本来の姿であった。

 同時に空気が変わる。まるで世界が凍り付いたかの様に錯覚させる緊張感。
 アンドルスフが何かをしたわけではない。彼は今、相和義輝あいわよしきと共にいる魔人達と同じ状態でいるだけだ。
 だがこの世界の人間は、魔力を肌で感じ取る。その質や大きさを。
 そして緊張してしまうのだ。その強大さと異質さに。

「あー、楽にしてくれていいよ」

 そう言われ、2人は椅子に座る。
 期せずして、二人とも女性だ。そして両人とも、かつての魔王の子供かその子孫である。
 一方、立っていた3人は、こちらも期せずして男性ばかりだ。
 ファートウォレル商家当主、”姿を変えるものシェイプチェンジャー”のジャッセム。
 マインハーゼン商家当主、”人喰らいマンイーター”の ウルベスタ。
 コルホナイツ商家当主”死の人形ドール”のジャナハム。
 こちらは全員が魔族だ。

 これにズーニック商家のラハを加えると、コンセシール10家中、半分が魔族関係者という事になる。

「先日の十家会議で決まった通りだ。これからコンセシール商国は、人類の悲願、魔王打倒のために全力を尽くすことになるよ」

「いや、お待ちください。アンドルスフ様。いえね、一応そういう事にしましたが、実際何処まで全力を尽くせばいいんでしょうかね」

 アンドルスフの言葉に、ジャッセムが口を挟む。
 彼の言ももっともだ。しかも既に北の地で、魔王が死んだ場合は魔神が人類を滅ぼすという決定を聞いている。
 当然ながら、そんな事になればこの世界は終わりだろう。
 魔族があふれ、魔神が暴れ、浮遊城が大地を焼く。まさに地獄絵図だ。
 その時、自分達が無事でいられる保証は何処にも無い。

「当然、全ての力を尽くしてほしい。その上で、魔王が死ぬのならそれが世界の運命というものだよ」

 黒いつぶらな瞳に、丸みを帯びた間の抜けた顔。柱を中心に、そんな顔が2つ並ぶ姿は愛嬌もあるが不気味でもある。
 しかも柔らかな口調に関わらず、吐かれた言葉はなかなかに辛らつな言葉だ。
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