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【 それぞれの未来 】

魔王とマリッカ 後編

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 ……常識の違い。それも圧倒的に違う。
 大戦中、人口の1割が死んだような国はドイツ位なものだったはずだ。通常、民間人はそこまで殺されない。占領地を統治するためだ。それを全部、100パーセント皆殺し。

「逃げたりはしないのか? その、攻め込まれた時に」

「機動部隊から逃げきることは困難ですし、そもそも食料はそんなに持てませんよ? 逃げたとしても、その後どうやって生きていくのです?」

「一時撤退して、後で取り戻すってのは無いのか? 食料はその間だけ他が分け与えれば良いだけじゃないか」

「浮遊式輸送板がある正規兵ならば移動も出来るでしょうが……戦いは防衛側が圧倒的に有利ですよ。後で取り戻すのなら、最初から戦った方が良いと思います。それに他の街の民間人を抱えられるような余裕は、何処も無いでしょう」

 到底理解できないが、世界の仕組み自体が違う。
 魔族がいて、寿命が無い世界。殺す事も死ぬ事も当たり前という風潮。俺の世界の常識を当て嵌める事自体がおかしいのだろう。
 相手を滅ぼし尽くすための戦い――蟻の戦争、そんな事を思い出す。
 欲しいのはあくまでも土地。血族だったか……自分達の一族を増やす事だけが重要なのだろう。

 だが社会システムは無茶苦茶になるな。これは間違いない。
 そりゃ時間が経てば人口は戻り、そして飽和する。だがそれまではどうなるんだ?
 仮に人口1万人の国同士が争って、5千人の犠牲を出して相手を皆殺しにしたとする。
 生き残りの半分が新たな国に移住するとして、1万人で機能していた国をそれぞれ2千5百人、僅か25パーセントの数で運営するのだ。

 単純な数だけの話でもない。農業、畜産、漁業、武器防具を作る鍛冶、そしてこの世界に存在する通信機や浮遊式輸送板などの工業品。何をするにも、それぞれ専門的な知識が必要になる。
 たまたま生き残った人間で、それを賄えるとは思えない。それに農地など、人口が減った分、相当な面積の休墾地が出来てしまうだろう。
 一度荒れた畑を元に戻すのは相当な手間だ。そんな戦いを繰り返していたら、地上は荒れ放題になるだろうな。

 だが一方で、この世界は老いが無く、全員壮健で繁殖期真っ最中だ。増えようと思えば一気に、それこそ爆発的に増える。
 そうやって、簡単に殺し、死ぬ社会が構成されていったのか……。

「しかし、魔族領を攻める事は決まっていたんだろ? どうしてそんな時期に戦争を始めたんだ?」

「それ、本気で言ってますか?」

 呆れたような表情で放たれた、不意打ち的に意外な言葉。まるで俺に関係があるかのようだ。
 確かに俺は魔王だが、リアンヌの丘での戦い以降はこれといった行動は起こしていない。
 あの戦いの結果で、そんな世界を牛耳る大国同士が戦争を始めるものなのか?

「貴方は海を魔族達に開放したでしょう? 自覚無いんですか?」

 マリッカは少々呆れ気味だ。しかし解放か……人間側の捉え方に少し興味を刺激される。とは言え……。

「この世界、海ってそれほど重要なのか? 確か大陸は一つだって聞いているが……」

「大陸の数に何の関係があるんですか? そう言えば、元々は違う世界の人間でしたか。貴方の世界がどうかは知りませんが、この世界は海が無いと成り立たないのですよ」

 背中を反りながら足を組み替える彼女の姿にドキマギしてしまうが、なんだか視線が冷たい。『馬鹿なんですか?』と言いたげな眼差しだ。
 だんだんと、女教師にお説教喰らっているような気分になって来たぞ。

 そりゃ海の重要性くらいは十分に理解している。大気の循環に酸素の供給源、海が無ければ自然環境は成立しない。
 だが常識の違いが認識の違いになる事は、つい先ほど実感したばかりだ。

「この世界は、海をどんなふうに利用していたんだ?」

「食料生産の一大拠点ですよ。それに資源も、今や殆どが海から得ていたのが現状です。元々飛行機関などに使う希少鉱石レアメタルは海中からしか取れませんでしたが、今や鎧に使う金属も海中採掘が主流になっていました。地上の鉱山で稼働しているのは僅かです」

「エヴィア、補足を頼む」

「地上は荒れ地ばっかりだから、食料は豊かな領域である海に依存していたかな。鉱石は領域が修復する時に移動していた分は元の位置へ戻るけど、解除された地域には戻らなくて地中に貯まっているよ。一つ一つ掘り出すのは相当に手間かな」

「それはまた……具体的には、何パーセントくらいの食糧を海に依存していたんだ?」

「おおよそ60パーセント程でしょうか。海の恵みを失った今、人間は総人口の半分も維持できなくなっていますね。世界中どこもパニックですよ。このままでは、近いうちに半分以上の人間を削減しないといけないのですから」

 うわぁー……これは大変な事をした。ウラーザムザザが何か言いたそうな眼をしていたのはそういう事か。
 ふと、入る前に話そうとしていた事を思い出す。

「なあ魔人達よ、放任主義は良いが、いつも俺の知識が足りていなくて困るんだ。もう少し口出ししてくれて方が助かるんだが」

「それはダメかな。魔人は魔王にあれこれ言わないよ」

「だからその理由だよ」

 ちょっと呆れた感じで言うと、襟の内側にあるテルティルトの顔がもそもそ動く。

「誘導する事になっちゃうからよ。言葉では完全な情報を送れないから、どうしても魔王の行動が片寄った方向に誘導されちゃうでしょー。それだと、魔人達が魔王を操っているのと同じ事なのよ」

「だから魔人は聞かれた事には答えるけど、可能な限り口は出さないかな。全部魔王が考えて決めて欲しいよ。自己責任って誰かが言ってたよ」

 うーん、複雑だぁー。考えるための情報も、それが一方的であれば導き出される結論も同じ方向を向いてしまうという訳か。
 確かに、魔人がこうした方が良いよと言えば、俺は迷わずそうするだろう。
 だがそれは、魔人的にはダメって事か。

「意図したものではないのですか?」

「事故だよ。海に関してはマジで事故。しかしそうか、それが原因で戦争が起きたのか……少し申し訳ない気もするな」

「いえ、要因は大きいですが、実際に火を付けたのはリッツェルネール殿ですよ」

「彼がか!? その理由は?」

 マリッカは少し考えるようにするが――

「思い当たりませんね。なぜ彼がそんな事をしたのか、知るのは本人くらいなものではないでしょうか」

 本人に聞かねば真意は分からないか……。
 だが興味はあるが、本当に好奇心レベルの物だ。必須事項じゃない。
 大事なのは、結局人類との戦争はまだまだ続くと言う事か。

「今日は少し疲れたよ。到着まで、色々と教えてくれ」

「了解であります。それでは支度をしてきますので、先にベッドで横になっていてください」

 彼女はそう告げると、奥の部屋へと消えていった。
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