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【 それぞれの未来 】

人間社会 前編

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 相和義輝あいわよしきが上陸した所。そこは真っ白い氷に覆われただけの氷原だった。
 強風は轟々と唸りを上げながら足元の氷の粒を巻き上げ、まるで湯気の様に白いもやを吹雪かせている。
 空は当然ながら俺――油絵の具の空に覆われ、まるで世界の終わりの様な風景だ。

 海路とはいえ随分と時間がかかるものだと思っていたが、後半はもっぱら地下を砕氷しながらの移動だった。氷の上を行けばもっと早かったのだろうが、ここで見つかるわけにはいかない。
 その移動の間も寒かったが、ファランティアの顔が開いたとたんに吹雪いてくる寒風は骨まで凍りそうなほどだ。

「寒い! 寒いぞー!」

「前にも同じ事を言っていたかな。魔王は寒いのは苦手? 子供は風の子って誰かが言ってたよ」

「なら服をよこせ!」

 俺の背中には真っ赤なクッションと魔人ファランティア。そして抱きかかえているのは魔人テルティルト。そう、こいつが服になってくれないので、現在着るものが無いのだ。
 幸い他の魔人と違い、テルティルトはじんわりと温かい。まるで湯たんぽの様だ。
 魔人は外見だけでなく生態もやはり違うのだなとのんびり考えもするが、それ以前にこの状況何とかしろ!

「まだ外見決まってないでしょー。魔王服でいいいの?」

「確かに予定外の人間に見つかるとやばいよなー。つっても、ファランティアが居るからどちらにせよ誤魔化せないがな。とりあえず、少し閉めてくれ」

 俺の指示で、ファランティアの顔が途中まで閉まる。今の内に、確認しておきたいことがあったのだ。

「シャルネーゼは来てるか?」

「勿論だとも、魔王よ。我等首なし騎士デュラハンはいつでも戦闘可能だぞ」

「戦闘に行くわけじゃないからな!」

 そう言いながらも周囲を見渡すと、首なし騎士デュラハンの姿がチラチラと浮かんでは消える。しかも数が揃っているところを見ると、2回目の奴まで全部来たなこれは。
 海を経由すれば壁を越えられると聞いていたが、これで確定だ。しかし壁もざるだなーと思う。この様子だと、領域移動を許可されている魔族達は結構入り込んでいるだろう。

「ルリアー」

「御用ですか? 今ちょっと忙しかったのですが」

 ふわりと現れる幽霊メイド。こちらもちゃんと来れるかどうかを確認するだけの予定だったのだが――

「何があった?」

「いえーちょっと……」

 ルリアの目が泳ぐのは珍しい。人差し指で頬をポリポリ掻きながら、目は明後日の方を向いている。

「怒らないから言ってみな?」

「今人間は大規模な戦争をしてましてー。その、皆でお食事会とかを……」

 なるほど、大方生気とやらを吸いに戦場を飛び回っているのだろう。

「あまり騒がれるなよ」

 こちらは、それだけ言えば十分だった。
 しかし大規模な戦争か……確かゼビアとかいう国がこの国に攻め込んだような話は聞いているが、その事だろうか? そもそもその状況で、こうして会いに行って大丈夫なのだろうか?
 まぁ、いざという時の為に首なし騎士デュラハンを呼んだわけなので、戦争に巻き込まれそうならさっさとトンズラしよう。
 目的はあくまで、和平会談の為の会話なのだ。


 そんな話をしていると、遠くから人影がやって来る。
 シルエットからするに、人間一人と馬二頭だ。徐々にそれが近づいて来るが……。

「あれが目的の人物か?」

「間違いないかな。予定通りだよ」

 それは良かった。もし別人ですと言われたら、色々とマズかったよ。
 近づいて来る人影は、真っ白い外套を纏った小柄な人間の様だ。
 馬は逆にやたらデカい。戦場でも見かけたが、品種改良の結果だそうだ。寿命の無い世界での品種改良はなかなか大変そうだが、長い時間をかけて地道に頑張ったのだろう。
 もっと別の方向に頑張ってほしかった……。

「お久しぶりです、ファランティア。魔王はその中ですか?」

 馬に跨ったまま、ファランティアに声をかけてくる。高く落ち着いた響き……顔は見えないが女性だろうか。
 騎乗しているのでよく判らないが、身長は160センチそこそこか。強風でバサバサとはためくフードの下には、瞳を隠すほどに長い銀色の前髪が見える
 魔人達と繋ぎを取り、魔王を迎えに来る人間……いやがおうにも興味が湧く。

 それに命の形が見える。沢山の人間を見てきたが、大抵は曖昧でぼんやりしている。ハッキリと形を感じられるのは、強く、そして生きる方向性が定まった特別な人物なのだろう。
 だがなんだろうか、この感じ。石……岩……? 少々失礼だが、何となく漬物石という言葉が頭に浮かぶ。

「久しぶりですね。お元気そうで何よりです。勿論魔王もいますよ。今、空けますね」

 ――いやまて!
 その抗議の意志も虚しく、ぱっかりと開くファランティアの顔。
 その中では、全裸の俺が1メートルの尺取虫を抱きかかえ、隣には10歳ほどの少女をはべらせているわけで……。

 フードと銀色の前髪でその瞳はよく見えないが、まるで生ゴミに沸いた蛆を見るような視線を感じたのだった。


「へー、魔王。これがですか。ふーん……」

「いや待て、待ってくれ! 話を聞いてくれ! そうだ、服! テルティルト! あの外套、あれになってくれ!」

 にゅるりと体に纏わりつき、外套の姿へと変わるテルティルト。先ずはいきなりの難関を一つクリアだ。
 微妙な達成感を感じつつも、何とか体裁を取り繕って咳ばらいを一つ。

「初めましてだな。俺が魔王だ」

 背筋を伸ばし、精一杯の威厳を込めたつもりだが、刺さる視線は変わらない。なんか最悪な出会い方だぞオイ!
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