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【 儚く消えて 】

油断

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「厄介なのが来たか。囲んで一掃せよ! 大丈夫だ、所詮は単体。恐れるには値せぬ! 第3隊はそのまま亜人達の攻撃に当たらせよ」

 そう味方を鼓舞しながらも、ユベントの唇が渇く。まだ魔法持ちは巨大ムカデしか確認されていないとはいえ、こいつも魔法持ちだったら壊滅的な打撃を受ける可能性がある。
 今までも魔法餅の魔族は数多く報告されている。だからこその”魔法魔術は魔族の範疇”なのだ。
 しかし報告では、巨大ムカデの放った魔法はそんな次元すらも軽々と超えたという。
 だが戦わない選択肢はない。ユベント率いる“死神の葬列”は魔人ヨーツケールを囲み――、

「いません! “蟹”、消えました!」

 だがいるべきはずの場所にいない。たった今まで見ていたはずなのに。

 ――ガアアァァァァァァン!

 金属が高速で地面に叩きつけられる音が背後から響く。確認すると、背後には潰され地面に墜とされた装甲騎兵の残骸が転がっている。その更に後ろには、別の装甲騎兵の上で悠々鋏を振り上げる大蟹の姿。

「ちっ、何だあのでたらめな速さは!」

 魔人ヨーツケールは姿こそ蟹だが、移動構造はハエトリグモに近い。その跳躍は、8メートルの巨体にも拘らず目で追えないほどだ。

 距離を離したいが、射出槍もボウガンも有効射程には限りがある。速度で上回る相手に射程外まで出ては、一騎ずつ一方的に嬲り殺されるだけだ。
 ひたすら相手の疲労を待っての持久戦ならそれもありだろう。そして総司令官であるマリクカンドルフであればそうしただろう。

「包囲は無理だな。だが魔法は使ってこなかった。行けるぞ! 各騎散開! 独自の判断で攻撃せよ!」

 だがユベントの選択はあくまで攻撃一本だ。それが有効かの確証も無いまま、無駄に部下を死なせられる性格ではなかった。

 それに魔法も使用されない。あれは大ムカデのみか、もしくは魔王が使ったものを勘違いしたのだろう。となれば、1隊2隊を合わせた装甲騎兵の総数は6千騎。どれほど強い個体であっても、所詮は一匹。単騎での白兵戦では1騎ずつしか墜とせない。ならば全騎が墜とされる前には、第3部隊の攻撃で亜人の群れは殲滅されている頃だ――そう考えたのだ。


 しかし魔人ヨーツケールの殲滅速度は、ユベントが思ったより遥かに早かった。目にも止まらぬ速さで飛びつくと、次の瞬間にはその装甲騎兵は破壊されている。その間およそ3秒。
 全てを破壊しつくすまでには5時間はかかるにしても、その被害は無視できない。

 一方で装甲騎兵の攻撃はあまり有効打になっていなかった、何発か命中した射的槍は甲殻に傷をつけ、灰紫の体液を流させている。だが刺さった数は未だ0本だ。

 ――こいつは予想外の強さと硬さだ。下がるべきか……。

 しかしティランド連合王国の代理として参戦している以上、無様な姿は見せられない。
 強敵が出現したから帰りましたとあっては、それこそ一生恥を抱えて生きる事になる。それに、自分達以外に誰があの相手を出来るのか。

「第2部隊も亜人への攻撃に当たらせろ! “蟹”はこちらで抑える!」

 指示を受けて第2部隊は隊列を整えながら亜人への攻撃に向かうが――

「“蟹”、第2部隊を攻撃しています!」

「なんだと!」

 確かにバラバラに散っているこちらより、隊列を組んだ第2部隊の方が攻撃しやすいだろう。しかし、あの外見でそこまで考える知性があるのか?

 ユベントは軍人として優秀であり、人間としては常識人であった。故に、外見と知性が一致してしまう。あの原始的な姿の生物が、目の前の相手を無視してより効率的な相手を攻撃する知性などないのだと錯覚してしまっていた。

 一方、魔人ヨーツケールは単純に楽しんでいた。
 ヨーツケールは人間の金属を叩くのが好きだ。元々好きだったが、サイアナと打ち合った時にますます好きになってしまった。だから魔王に素直についてきたのだ。
 それ故に、短い時間で何度も叩ける第2部隊を狙ったのである。

 最初に突入した時も、人間の使う重盾はとても叩き心地が良かった。だが散開して手ごたえが悪くなってきたから一度戻ったのだ。
 そう言った意味では、魔王相和義輝あいわよしきの考えも外れていた。

「やむをえん、第2部隊を散開させろ!」

 ユベントの指示で再び散開し魔人ヨーツケールの攻撃に入るが、結局戦いは振出しに戻ってしまった。もはやひたすら削られながら、効果の薄い攻撃を続けるしかない。

 ――あとは本隊と第3部隊に任せるしかないか……。

 ユベントとしてははなはだ不本意であったが、目の前の強敵を留め置く事が、全体の勝利へと繋がる事は重々に承知していた。



 ◇     ◇     ◇



 その頃、小高い丘でその様子を見ていた相和義輝あいわよしきは、ヨーツケールの的確な動きを見て改めて驚いていた。

 ――本当に、人間の動きを熟知している……。

 纏まることを許さず散発的な攻撃しかさせない。数千の――おそらく切り札的な特殊兵器が、たった一体のヨーツケールに釘付けにされ遊兵ゆうへいと化している。

 残るは3つに別れたうちの一つ、現在亜人を攻撃している一隊だ。アレを何とかできれば再び拮抗まで持っていけるかもしれない。

「ルリア、あの尖ったティッシュ箱を攻撃できるか?」

「あれは確か、装甲騎兵と言うのですわ、魔王様。どちらかと言えば、ティッシュって何ですの?」

「ティッシュって何かな?」

 ルリアとエヴィアは興味津々だが、そこに食いつかれても困る……。

「後でじっくり説明するよ。今は出来るのなら対処してほしい」

「まあ飛行騎兵より憑りつきやすいですわね。ではではー」

 そう言うと、死霊レイスのルリアはメイドスカートをひらりと舞わせて飛んでいった。



 ◇     ◇     ◇



「な、なんだこいつら! うわああぁぁぁぁ!」

 亜人を攻撃していた第3部隊の隊列が乱れ、次々と地面に墜落する。
 高速で地面に叩きつけられた衝撃で装甲騎兵はぐしゃりと潰れ、隊列を組んでいた後方の装甲騎兵が激突。その様子は、まるで玉突き事故の様だ。

「指揮官宛、死霊レイスです! 死霊レイスに憑りつかれました!」

 中に入り込んだ死霊レイス達は的確に操縦士と動力士を狙い、その機動力を奪っていった。
 地面に落下し、ただの箱となった装甲騎兵に亜人達が群がり外から激しく叩く。これでは外に出ることが出来ない。そして中では死霊レイス達が存分に人間の生命を吸いつくす。
 第3部隊、三千騎の装甲騎兵は瞬く間にその数を減らしていった。



 ◇     ◇     ◇



「やっぱり死霊レイス達は強いな。人間みたいにちまちま動くものは苦手らしいけど、ああいった乗り物系はオッケーなのか」

 この時、相和義輝あいわよしきには大きな油断があった。
 今回は魔王として自分が前面に出る事は予定していない。そして、亜人の為に早く対処したかったという焦り。戦場から少し離れているという油断……。
 それらが合わさって、死霊レイスという空の目を離してしまったのだ。

 突然辺りに鳴り響く雨のような音。
 相和義輝あいわよしきがその音に気が付いた瞬間、右手に激痛が走る。
 見る――そこには突き刺さる一本の矢。水分を沸騰させる人類必殺兵器。

 しまった! ――そう考える間もなく、魔人エヴィアの触手が彼の右腕を斬り離していた。
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