4 / 421
【 出会いと別れ 】
死ぬための命
しおりを挟む
だが結局、今の状態では夢物語にすぎない。
先ほどから目を通している編成表も、ある意味生者のリストではない。これから死ぬ者のリストだ。その中に自分達も入っている事は、今更考えなくても分かる。
本国は自分達に死んでほしいのだ。口減らしの意味もあるが、複雑な政治の結果でもある。
隣接する大国との長い戦争の歴史の中で、自分達軍部は1回も敗れる事は無かった。
だが繰り返される戦乱による疲弊……最終的に、祖国は遂に降伏の道を選んだ。
それにより生じた軍部の政治の間に生じた深い溝。この遠征を機会に、それを軍人の死体で埋めてしまおうというわけだ。
――賛同するかはともかく……考えは理解できるな。
世の中が見えすぎる。同時に自分自身を客観視しすぎている。普段から注意されてはいるが、この性分はどうにもならない。
「相変わらず、あんまり使命感は無さそうね。一応、領域攻略戦に参加するのは名誉な事よ。人類一丸となって魔王を倒し、魔族を滅ぼす。それが我々人間の悲願であるーでしょう?」
「人類の使命とかには興味は無いよ。僕の頭はいつも祖国の事でいっぱいさ。そう言うメリオはどうなんだい?」
メリオと呼ばれた少女は少し考える仕草をするが、すぐにハッキリと――
「私も興味なし。目的のためにも、早く生きて帰りたいわね」
ニッコリと微笑みながら返答する。前向きで明るい娘だ。
それなりに諦めてはいるが、彼女が生きて帰ると言うのであれば、善処する価値は十分にあるだろう。
「ティランド連合王国と言えば、あちらの駐屯地にカルターやオルコスがいたよ。声をかけようかとも思ったけど、忙しそうだったからね。お互い生きていたらまた会えるだろう」
「うげー、私は嫌だな。あんまり会いたくない」
先ほどとは逆に、毛虫でも見たかの様の露骨に嫌な顔をされる。
「酷いな、昔馴染みじゃないか。メリオも子供の頃はよく遊んでもらっていただろう?」
「その期間よりも戦ってた方が長いんですけど。世間的には宿敵とか仇敵って言うのよ。そういう事は考えないの?」
「僕の事はメリオが一番よく知っているだろう? 宿敵なんて言ったら、いつかまた戦うみたいじゃないか。僕としては、彼等とまた戦う事になるのは御免こうむるよ」
「じゃあもし……彼等が私達の前に立ちふさがったらどうするの? ティランド連合王国の人間よ?」
「潰すさ……それだけだよ。でも最初から宿敵だの仇敵だのなんて考える事は無いさ。利用出来るなら利用する。それが我ら商人というものだろう」
だがそんな彼の言葉は、今一つ方眼鏡の少女には受け入れられない様だ。少しむくれたような表情で、ぼそりと一言呟く。
「あの大国との戦争で、2千万人以上死んだのよ……」
ならその数倍も殺した僕は、彼らにとっては宿敵どころじゃない。何度殺しても足りない仇だろう……そう思うが、それは口には出さなかった。
そんな彼のもとに、緊急の伝令を携え兵士が飛び込んでくる。
ここ魔族領では緊急事態など珍しい事ではない。人間の土地ではない、常識の通じない世界なのだから。だが、今回の連絡は彼ら人類にとって、何よりも重要な内容だった。
「委員長殿、緊急伝達です! 魔王の印を発見、場所は炎と石獣の領域。各国軍は直ちに集結し討伐せよとの事です」
――そうか、発見したか……。
魔族領に侵攻を開始してから、今回が八回目の大遠征となる。
悪夢が体現したかのような魔族との戦いで、これまでに数千万人の命が失われた。だがそれでも、人類は少しずつ魔族領を攻略。そしてようやく、魔族の王、世界の災いの元凶たる魔王の発見に成功したのだ。
――まさか本当に存在しているとはね。伝説も、たまには正しいらしい……。
今まで生を感じさせなかった緋色の瞳に、ようやく強い意志の光が宿る。
魔王――その名を知らぬ者はいない。人類の敵、災いの元凶、この世界の人間なら小さな子供でも知っている常識だ。
だがその存在を知る者はいない。伝説に残る姿や力は多種多様。もし叶うのならば、一度は見てみたい。そして言葉を発するのであれば、なぜこれほどに人類を苦しめるのかを聞いてみたい。
戦いに明け暮れ、命の価値を失いかけた男でも、この誘惑には惹かれるものがあったのだ。
「朝令暮改も甚だしいが、のんびりもしていられないようだね。それで、移動手段は? まさか歩いて行けとは言わないよね」
言いながらもテントを出ると、既に各部隊は忙しく準備を始めている最中だった。
「後方及び領域隣接国から浮遊式輸送板を徴用、それにより運搬するとの事です」
――成る程……中央も乱暴な手を打ったものだ。だが確かに、短期間で兵を集中させるにはそれしかないだろう。しかし、それ程までに急ぐ必要があるのかどうか……。
「いよいよ出陣ですね、委員長殿。哨戒飛行ばかりで鈍っていたところです。派手に暴れさせてもらいますよ」
彼より高い長身を軍服で包んだ筋肉質の男。薄い栗色の髪を短く切り揃え、露出した肌には幾筋もの傷跡が見える。いかにも軍人といった風体だ。
「残念だが、場所は炎と石獣の領域だそうだ。カザラットの出番は万に一つもないよ。それにしても、指揮官より先に情報を得ているってのはどうなんだい?」
「俺達も商人ですからね、その辺りは舐めちゃいけません。ご武運をお祈りしています」
そう言って左手で帽子の鍔を触る仕草……彼の国の敬礼を行う。
武運か……だが、実際に生死を分けるのは運なのだとも思う。炎と石獣の領域、そこは人間の知恵や力など及ばない地。生きては抜けられない死地の一つとして知られていた。
「各部隊長に連絡、我々は炎と石獣の領域へ進軍する。足が到着次第すぐに出るぞ。それまでに支度を整えておけ」
見上げる天には、一面に広がる油絵の具の空。この空の向こうにはどんな景色が広がっているのだろうか。リッツェルネールはそんなことを考えていた。
先ほどから目を通している編成表も、ある意味生者のリストではない。これから死ぬ者のリストだ。その中に自分達も入っている事は、今更考えなくても分かる。
本国は自分達に死んでほしいのだ。口減らしの意味もあるが、複雑な政治の結果でもある。
隣接する大国との長い戦争の歴史の中で、自分達軍部は1回も敗れる事は無かった。
だが繰り返される戦乱による疲弊……最終的に、祖国は遂に降伏の道を選んだ。
それにより生じた軍部の政治の間に生じた深い溝。この遠征を機会に、それを軍人の死体で埋めてしまおうというわけだ。
――賛同するかはともかく……考えは理解できるな。
世の中が見えすぎる。同時に自分自身を客観視しすぎている。普段から注意されてはいるが、この性分はどうにもならない。
「相変わらず、あんまり使命感は無さそうね。一応、領域攻略戦に参加するのは名誉な事よ。人類一丸となって魔王を倒し、魔族を滅ぼす。それが我々人間の悲願であるーでしょう?」
「人類の使命とかには興味は無いよ。僕の頭はいつも祖国の事でいっぱいさ。そう言うメリオはどうなんだい?」
メリオと呼ばれた少女は少し考える仕草をするが、すぐにハッキリと――
「私も興味なし。目的のためにも、早く生きて帰りたいわね」
ニッコリと微笑みながら返答する。前向きで明るい娘だ。
それなりに諦めてはいるが、彼女が生きて帰ると言うのであれば、善処する価値は十分にあるだろう。
「ティランド連合王国と言えば、あちらの駐屯地にカルターやオルコスがいたよ。声をかけようかとも思ったけど、忙しそうだったからね。お互い生きていたらまた会えるだろう」
「うげー、私は嫌だな。あんまり会いたくない」
先ほどとは逆に、毛虫でも見たかの様の露骨に嫌な顔をされる。
「酷いな、昔馴染みじゃないか。メリオも子供の頃はよく遊んでもらっていただろう?」
「その期間よりも戦ってた方が長いんですけど。世間的には宿敵とか仇敵って言うのよ。そういう事は考えないの?」
「僕の事はメリオが一番よく知っているだろう? 宿敵なんて言ったら、いつかまた戦うみたいじゃないか。僕としては、彼等とまた戦う事になるのは御免こうむるよ」
「じゃあもし……彼等が私達の前に立ちふさがったらどうするの? ティランド連合王国の人間よ?」
「潰すさ……それだけだよ。でも最初から宿敵だの仇敵だのなんて考える事は無いさ。利用出来るなら利用する。それが我ら商人というものだろう」
だがそんな彼の言葉は、今一つ方眼鏡の少女には受け入れられない様だ。少しむくれたような表情で、ぼそりと一言呟く。
「あの大国との戦争で、2千万人以上死んだのよ……」
ならその数倍も殺した僕は、彼らにとっては宿敵どころじゃない。何度殺しても足りない仇だろう……そう思うが、それは口には出さなかった。
そんな彼のもとに、緊急の伝令を携え兵士が飛び込んでくる。
ここ魔族領では緊急事態など珍しい事ではない。人間の土地ではない、常識の通じない世界なのだから。だが、今回の連絡は彼ら人類にとって、何よりも重要な内容だった。
「委員長殿、緊急伝達です! 魔王の印を発見、場所は炎と石獣の領域。各国軍は直ちに集結し討伐せよとの事です」
――そうか、発見したか……。
魔族領に侵攻を開始してから、今回が八回目の大遠征となる。
悪夢が体現したかのような魔族との戦いで、これまでに数千万人の命が失われた。だがそれでも、人類は少しずつ魔族領を攻略。そしてようやく、魔族の王、世界の災いの元凶たる魔王の発見に成功したのだ。
――まさか本当に存在しているとはね。伝説も、たまには正しいらしい……。
今まで生を感じさせなかった緋色の瞳に、ようやく強い意志の光が宿る。
魔王――その名を知らぬ者はいない。人類の敵、災いの元凶、この世界の人間なら小さな子供でも知っている常識だ。
だがその存在を知る者はいない。伝説に残る姿や力は多種多様。もし叶うのならば、一度は見てみたい。そして言葉を発するのであれば、なぜこれほどに人類を苦しめるのかを聞いてみたい。
戦いに明け暮れ、命の価値を失いかけた男でも、この誘惑には惹かれるものがあったのだ。
「朝令暮改も甚だしいが、のんびりもしていられないようだね。それで、移動手段は? まさか歩いて行けとは言わないよね」
言いながらもテントを出ると、既に各部隊は忙しく準備を始めている最中だった。
「後方及び領域隣接国から浮遊式輸送板を徴用、それにより運搬するとの事です」
――成る程……中央も乱暴な手を打ったものだ。だが確かに、短期間で兵を集中させるにはそれしかないだろう。しかし、それ程までに急ぐ必要があるのかどうか……。
「いよいよ出陣ですね、委員長殿。哨戒飛行ばかりで鈍っていたところです。派手に暴れさせてもらいますよ」
彼より高い長身を軍服で包んだ筋肉質の男。薄い栗色の髪を短く切り揃え、露出した肌には幾筋もの傷跡が見える。いかにも軍人といった風体だ。
「残念だが、場所は炎と石獣の領域だそうだ。カザラットの出番は万に一つもないよ。それにしても、指揮官より先に情報を得ているってのはどうなんだい?」
「俺達も商人ですからね、その辺りは舐めちゃいけません。ご武運をお祈りしています」
そう言って左手で帽子の鍔を触る仕草……彼の国の敬礼を行う。
武運か……だが、実際に生死を分けるのは運なのだとも思う。炎と石獣の領域、そこは人間の知恵や力など及ばない地。生きては抜けられない死地の一つとして知られていた。
「各部隊長に連絡、我々は炎と石獣の領域へ進軍する。足が到着次第すぐに出るぞ。それまでに支度を整えておけ」
見上げる天には、一面に広がる油絵の具の空。この空の向こうにはどんな景色が広がっているのだろうか。リッツェルネールはそんなことを考えていた。
11
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ
Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_
【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】
後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。
目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。
そして若返った自分の身体。
美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。
これでワクワクしない方が嘘である。
そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる