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第四章:<CONVICT>
<CONVICT> 7
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当の葵さんは、誰が見ても明らかなくらいに顔面を蒼白にし、テーブルに置かれた鍵を見つめたままワナワナと身体を震わせていた。
気持ち悪さを覚えるような静寂が、二分ほども続いただろうか。
やがて、痺れを切らしたような口調でお兄ちゃんは葵さんに問いかけた。
「一応訊いておこう。お前、何故絵馬を、あの五人を殺した?」
全員、これは疑問だろう。
誰も嘘をついていないなら、ここに集められた人たちは初対面。過去に接点のない人たち同士の集まりだ。
それでどうして、こんな残虐で救いようのない惨劇に巻き込まれなければいけなかったのか。
「CONVICT。断罪。お前は、ここに集まった人間を何の目的で裁いていたんだ?」
貴道さんの死体を発見し、木ノ江さんの部屋へ行く途中だったか。
あのときも、お兄ちゃんは犯人の動機について悩んでいるようなことを仄めかしていた。
絵馬さんが人に恨みを買うとは思えない。
そう言って目を伏せていたのは印象に残っているけど、この犯人の動機だけが最後まで解けなかった唯一の謎か。
お兄ちゃんの問いかけにも、暫く口を開かず沈黙を決め込んでいた葵さんだったけれど。
だけど、さすがにもう言い逃れの余地が残っていないと観念したのか、諦めたように苦笑を漏らしゆっくりとテーブルに向けていた視線をあたしたちへ向けてきた。
「……どうして、か。それがわからないのは仕方がないことかもしれませんね。あなたたち人間は、自分たちの犯す罪を全く理解しようとしない生き物だから」
「……?」
話しだす葵さんの言葉を理解できず、あたしはほんの少しだけ眉を寄せる。
「これは、自分勝手な振る舞いばかり繰り返す人間たちへの罰なんです。それを世間へ知らしめるための第一歩」
「言っている意味がわからない。もう少し理解しやすく言えないのか?」
イラついてると言うよりも、純粋に言い方の改善を求めるようにお兄ちゃんは指摘する。
すると、葵さんは突然顔に浮かべていた苦笑を消し去り真顔になると、
「人類への罰」
そう短く口にした。
「人類への罰? 何のことだよ? 怪しい宗教みたいな文句言いだしやがって」
気味悪そうに伊藤さんは言って、あからさまに口元を歪める。
「宗教? そんなものと一緒にしないでもらえます? あたしのやろうとしていることは、もっと現実的なことです。……人間は、自分たちの存在を優先に考え、自然や他に生きる動植物たちの生態系を日々壊して生きている。しかも、そのほとんどが自覚もなしに」
忌々し気に言って、あたしたちを睨みつける葵さん。
「自分たちの利益のために自然を削り取り、自分たちの利便性のために自然を汚し、自分たちの都合だけで自然を壊す。そのくせ自然を大事に、自然と共存、限りある命だなんだって綺麗事を口にして偽善者気取り。人間の本質なんてそんなもの。それをわからせるために、あたしは人柱を用意しようと思ったんですよ」
「人柱? それがここに集めたメンバーたちだとでも言うつもりか?」
問うお兄ちゃんへ軽く頷き、葵さんは更に話を続ける。
「そう。都合の良さそうな人間やそれなりに知名度のある人間をランダムに選出して、それっぽい理由を付けここに呼び出したんです。前準備はかなり慎重にやりました。祖父の遺産と自分の貯金を使ってこの舞台や計画に使う道具を購入したり、信憑性を持たせるためホームページを作成したり。本当に、手間がかかりましたよ」
「ランダムって……そんな意味のわからねぇ殺人計画をただやりたいためだけに、俺たちは運悪く集められたってのか? 俺たち個人に恨みがあるわけでも何でもなく?」
「そうですね。確かに、あなたたち個人に恨みはないですよ。あたしが憎んでるのは、人類そのものですから。今も言ったように、人間の身勝手さにあたしは辟易しているんです。それを伝えることが、そして少しでも目を覚まさせることこそが最大の目的なんです」
戸惑う伊藤さんへ視線を移し、葵さんは淡々と言葉を紡いでいく。
「人間は、一度身の程を知った方が良い。自分たちがしていることの過ちを自覚して、悔い改めなければ」
イカれてやがる……。
静かに首を振りながら、ボソリと伊藤さんが呟くのが聞こえた。
「全くもってお前の思考を把握することができないが、そこまで人間を毛嫌いするようになったのには何か理由があるんだろう。ボランティア活動をしているらしいが、そのことと何か関係があるのか?」
葵さんの話を聞く全員が、既に置いてけぼりみたいな状況になっている。
彼女の話す内容は、本当にどこかの教団の教祖が言いだしそうな、一般的な場で通用するものではない。
でも、そんな葵さんを前にして、お兄ちゃんだけは戸惑うこともなく、あくまでマイペースに対応を進めていっている。
「そう、ですね。それは正解です。人を助けて、自然を守りたい。そう思って飛び込んだ世界で、あたしは人間という生き物の醜さを嫌と言うほど見てきましたから。…………本当に、絶望させられるくらい」
「……何があった? その活動の中でどんなことを体験して、ここまでのことをするに至ったのか。それを説明してほしい」
「……赤の他人である貴方たちにとっては、たぶんつまらない話ですよ?」
お兄ちゃんの質問に、葵さんは肩を竦めるようにしてため息をつく。
それから面倒そうな表情を浮かべると、仕方がないと言う風に言葉を再開してきた。
気持ち悪さを覚えるような静寂が、二分ほども続いただろうか。
やがて、痺れを切らしたような口調でお兄ちゃんは葵さんに問いかけた。
「一応訊いておこう。お前、何故絵馬を、あの五人を殺した?」
全員、これは疑問だろう。
誰も嘘をついていないなら、ここに集められた人たちは初対面。過去に接点のない人たち同士の集まりだ。
それでどうして、こんな残虐で救いようのない惨劇に巻き込まれなければいけなかったのか。
「CONVICT。断罪。お前は、ここに集まった人間を何の目的で裁いていたんだ?」
貴道さんの死体を発見し、木ノ江さんの部屋へ行く途中だったか。
あのときも、お兄ちゃんは犯人の動機について悩んでいるようなことを仄めかしていた。
絵馬さんが人に恨みを買うとは思えない。
そう言って目を伏せていたのは印象に残っているけど、この犯人の動機だけが最後まで解けなかった唯一の謎か。
お兄ちゃんの問いかけにも、暫く口を開かず沈黙を決め込んでいた葵さんだったけれど。
だけど、さすがにもう言い逃れの余地が残っていないと観念したのか、諦めたように苦笑を漏らしゆっくりとテーブルに向けていた視線をあたしたちへ向けてきた。
「……どうして、か。それがわからないのは仕方がないことかもしれませんね。あなたたち人間は、自分たちの犯す罪を全く理解しようとしない生き物だから」
「……?」
話しだす葵さんの言葉を理解できず、あたしはほんの少しだけ眉を寄せる。
「これは、自分勝手な振る舞いばかり繰り返す人間たちへの罰なんです。それを世間へ知らしめるための第一歩」
「言っている意味がわからない。もう少し理解しやすく言えないのか?」
イラついてると言うよりも、純粋に言い方の改善を求めるようにお兄ちゃんは指摘する。
すると、葵さんは突然顔に浮かべていた苦笑を消し去り真顔になると、
「人類への罰」
そう短く口にした。
「人類への罰? 何のことだよ? 怪しい宗教みたいな文句言いだしやがって」
気味悪そうに伊藤さんは言って、あからさまに口元を歪める。
「宗教? そんなものと一緒にしないでもらえます? あたしのやろうとしていることは、もっと現実的なことです。……人間は、自分たちの存在を優先に考え、自然や他に生きる動植物たちの生態系を日々壊して生きている。しかも、そのほとんどが自覚もなしに」
忌々し気に言って、あたしたちを睨みつける葵さん。
「自分たちの利益のために自然を削り取り、自分たちの利便性のために自然を汚し、自分たちの都合だけで自然を壊す。そのくせ自然を大事に、自然と共存、限りある命だなんだって綺麗事を口にして偽善者気取り。人間の本質なんてそんなもの。それをわからせるために、あたしは人柱を用意しようと思ったんですよ」
「人柱? それがここに集めたメンバーたちだとでも言うつもりか?」
問うお兄ちゃんへ軽く頷き、葵さんは更に話を続ける。
「そう。都合の良さそうな人間やそれなりに知名度のある人間をランダムに選出して、それっぽい理由を付けここに呼び出したんです。前準備はかなり慎重にやりました。祖父の遺産と自分の貯金を使ってこの舞台や計画に使う道具を購入したり、信憑性を持たせるためホームページを作成したり。本当に、手間がかかりましたよ」
「ランダムって……そんな意味のわからねぇ殺人計画をただやりたいためだけに、俺たちは運悪く集められたってのか? 俺たち個人に恨みがあるわけでも何でもなく?」
「そうですね。確かに、あなたたち個人に恨みはないですよ。あたしが憎んでるのは、人類そのものですから。今も言ったように、人間の身勝手さにあたしは辟易しているんです。それを伝えることが、そして少しでも目を覚まさせることこそが最大の目的なんです」
戸惑う伊藤さんへ視線を移し、葵さんは淡々と言葉を紡いでいく。
「人間は、一度身の程を知った方が良い。自分たちがしていることの過ちを自覚して、悔い改めなければ」
イカれてやがる……。
静かに首を振りながら、ボソリと伊藤さんが呟くのが聞こえた。
「全くもってお前の思考を把握することができないが、そこまで人間を毛嫌いするようになったのには何か理由があるんだろう。ボランティア活動をしているらしいが、そのことと何か関係があるのか?」
葵さんの話を聞く全員が、既に置いてけぼりみたいな状況になっている。
彼女の話す内容は、本当にどこかの教団の教祖が言いだしそうな、一般的な場で通用するものではない。
でも、そんな葵さんを前にして、お兄ちゃんだけは戸惑うこともなく、あくまでマイペースに対応を進めていっている。
「そう、ですね。それは正解です。人を助けて、自然を守りたい。そう思って飛び込んだ世界で、あたしは人間という生き物の醜さを嫌と言うほど見てきましたから。…………本当に、絶望させられるくらい」
「……何があった? その活動の中でどんなことを体験して、ここまでのことをするに至ったのか。それを説明してほしい」
「……赤の他人である貴方たちにとっては、たぶんつまらない話ですよ?」
お兄ちゃんの質問に、葵さんは肩を竦めるようにしてため息をつく。
それから面倒そうな表情を浮かべると、仕方がないと言う風に言葉を再開してきた。
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