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第四章:<CONVICT>
<CONVICT> 5
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「私も同じです。どう見てもこれは黒にしか……」
川辺さんに同意しながら頷く美九佐さんの声を聞きながら、あたしも付箋に塗られた色を観察する。
みんなの言う通り、黒にしか見えようがない。これを錯覚と言うのは、果たしてどういうことなのか。
不思議に思って見つめていると、不意にお兄ちゃんが付箋の束から一枚を剥がしてテーブルの上に置いた。
「良いか? よく見ていろ」
そう言うと、おもむろに三色ペンの“青色”のインクで、置いたばかりの付箋の表面を乱雑に塗りつぶしはじめる。
「おいおい、いきなりんなこと始めて何を――って……あ? な、何だこりゃ? 青で塗ってんのに、付箋が黒く染まってるぞ!」
もどかしそうにお兄ちゃんの動作を見ていた伊藤さんが、まるで奇術師のマジックでも見せつけられたようなリアクションで驚いた声をあげた。
「ほ、本当だ。これは一体、どうなって……?」
美九佐さんも訳がわからないようで、目を見張りながらお兄ちゃんの手元を見つめている。
「これは、補色と呼ばれる現象だ」
「ほしょく?」
聞き慣れない言葉を発するお兄ちゃんへ、あたしは首を傾げる。
「そう。付箋の黄色とペンの青色がお互いの色を吸収し合い、反射する光をなくしてしまう現象。要は、色と色が相殺されてしまうと考えれば良い。……おそらく、笠島はこの補色の原理を知っていて、わざとこういったかたちのメッセージを残していたんだろう。伝えたかったのは、塗りつぶす行為ではなく、そこに塗った青の色。生き残っているメンバーの中で、青から即座に連想される人物は一人、月見坂 葵、お前の名前だ。これはまともにヒントを残す余裕もなかったであろう笠島にできた、苦肉の策だったのかもしれないな」
きっと、葵さんもこの補色とか言う現象は認識していなかったんだろう。
ポカンとなりながらお兄ちゃんの話を聞いていたけれど、すぐ我に返ったように表情を引き締めると即座に口元に笑みを浮かべてみせた。
「何ですそれ? 補色だか何だか知りませんが、笠島さんが青ペンで付箋を塗りつぶして、あたしの名前が葵だから犯人? 馬鹿みたい。そんなことで証拠になるんなら警察いりませんよ。その付箋を残した人が死んでる今、白沼さんが言った今の推理も、絶対に正解してる確証がありませんしね。本当は別の理由かもしれませんよ? 黄色と青が好きな人とか、憶測なんていくらでもできます」
無理矢理冷静さを装うような雰囲気で、葵さんは声を飛ばす。
「大体、あたしが犯人だとしても、どうやって鍵をかけた皆さんの部屋へ入ったりしたんです? 白沼さんの提案で無くなったマスターキーを探しましたけど、あたしが所持していないのは証明済みですよね? それどころか、誰も持っていなかったし、全部の部屋や建物の周りまで調べても発見できなかった。鍵もないのに、あたしはどうやって犯行を重ねたって言うんですか」
そこまで聞いて、あたしは反射的に顔をしかめた。
隠された鍵の在り処。それはついさっきお兄ちゃんがつきとめ発見したばかり。
当然、その隠し場所まで付いていってしまったあたしも、既に答えを知っている。
知っているが故に、顔をしかめてしまう。
お兄ちゃんの右腕がズボンのお尻にあるポケットへ向かい、そこから回収してきたマスターキーを取り出すと投げるようにしてテーブルの上へ放った。
金属が固い物とぶつかる音が室内に響く。
「お前が言うマスターキーとは、これのことだろう。なかなか上手い場所に隠していたな。あれなら、普通の感覚をした人間に見つけることは難しいだろう」
お兄ちゃんが放った鍵を見下ろし、まるで幽霊でも目撃したように呆気に取られる葵さん。
「あ、これは……間違いありません。わたくしが保管庫で確認したマスターキーと、瓜二つでございます」
お兄ちゃんの推測を裏付けるように、川辺さんが鍵を見ながらそう告げる。
「どちらでこれを? わたくしたちが全員で探したときには、全く見つかりませんでしたのに……」
川辺さんに同意しながら頷く美九佐さんの声を聞きながら、あたしも付箋に塗られた色を観察する。
みんなの言う通り、黒にしか見えようがない。これを錯覚と言うのは、果たしてどういうことなのか。
不思議に思って見つめていると、不意にお兄ちゃんが付箋の束から一枚を剥がしてテーブルの上に置いた。
「良いか? よく見ていろ」
そう言うと、おもむろに三色ペンの“青色”のインクで、置いたばかりの付箋の表面を乱雑に塗りつぶしはじめる。
「おいおい、いきなりんなこと始めて何を――って……あ? な、何だこりゃ? 青で塗ってんのに、付箋が黒く染まってるぞ!」
もどかしそうにお兄ちゃんの動作を見ていた伊藤さんが、まるで奇術師のマジックでも見せつけられたようなリアクションで驚いた声をあげた。
「ほ、本当だ。これは一体、どうなって……?」
美九佐さんも訳がわからないようで、目を見張りながらお兄ちゃんの手元を見つめている。
「これは、補色と呼ばれる現象だ」
「ほしょく?」
聞き慣れない言葉を発するお兄ちゃんへ、あたしは首を傾げる。
「そう。付箋の黄色とペンの青色がお互いの色を吸収し合い、反射する光をなくしてしまう現象。要は、色と色が相殺されてしまうと考えれば良い。……おそらく、笠島はこの補色の原理を知っていて、わざとこういったかたちのメッセージを残していたんだろう。伝えたかったのは、塗りつぶす行為ではなく、そこに塗った青の色。生き残っているメンバーの中で、青から即座に連想される人物は一人、月見坂 葵、お前の名前だ。これはまともにヒントを残す余裕もなかったであろう笠島にできた、苦肉の策だったのかもしれないな」
きっと、葵さんもこの補色とか言う現象は認識していなかったんだろう。
ポカンとなりながらお兄ちゃんの話を聞いていたけれど、すぐ我に返ったように表情を引き締めると即座に口元に笑みを浮かべてみせた。
「何ですそれ? 補色だか何だか知りませんが、笠島さんが青ペンで付箋を塗りつぶして、あたしの名前が葵だから犯人? 馬鹿みたい。そんなことで証拠になるんなら警察いりませんよ。その付箋を残した人が死んでる今、白沼さんが言った今の推理も、絶対に正解してる確証がありませんしね。本当は別の理由かもしれませんよ? 黄色と青が好きな人とか、憶測なんていくらでもできます」
無理矢理冷静さを装うような雰囲気で、葵さんは声を飛ばす。
「大体、あたしが犯人だとしても、どうやって鍵をかけた皆さんの部屋へ入ったりしたんです? 白沼さんの提案で無くなったマスターキーを探しましたけど、あたしが所持していないのは証明済みですよね? それどころか、誰も持っていなかったし、全部の部屋や建物の周りまで調べても発見できなかった。鍵もないのに、あたしはどうやって犯行を重ねたって言うんですか」
そこまで聞いて、あたしは反射的に顔をしかめた。
隠された鍵の在り処。それはついさっきお兄ちゃんがつきとめ発見したばかり。
当然、その隠し場所まで付いていってしまったあたしも、既に答えを知っている。
知っているが故に、顔をしかめてしまう。
お兄ちゃんの右腕がズボンのお尻にあるポケットへ向かい、そこから回収してきたマスターキーを取り出すと投げるようにしてテーブルの上へ放った。
金属が固い物とぶつかる音が室内に響く。
「お前が言うマスターキーとは、これのことだろう。なかなか上手い場所に隠していたな。あれなら、普通の感覚をした人間に見つけることは難しいだろう」
お兄ちゃんが放った鍵を見下ろし、まるで幽霊でも目撃したように呆気に取られる葵さん。
「あ、これは……間違いありません。わたくしが保管庫で確認したマスターキーと、瓜二つでございます」
お兄ちゃんの推測を裏付けるように、川辺さんが鍵を見ながらそう告げる。
「どちらでこれを? わたくしたちが全員で探したときには、全く見つかりませんでしたのに……」
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