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雪鳴月彦

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第三章:罪人の記し

罪人の記し 16

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 伊藤さんの声へ同調するように呟いて、お兄ちゃんが階段へ向かい歩きだす。

「急いだ方が良いんじゃねぇのか?」

 悠長に歩くお兄ちゃんの背に焦れったそうに言葉をぶつけつつ、伊藤さんと美九佐さんも歩きだした。

 あたしも最後尾についていきながら、ふと怖いことを思い浮かべてしまう。

 考えてみれば、もう生き残っているのはあたしたち兄妹以外では五人だけ。

 この中に犯人がいるとなれば、今目の前を歩く二人のどちらかという可能性も、かなり高いのではないだろうか。

 こうして歩いている間にも、素知らぬふりをしながら次に殺すターゲットを頭に浮かべていたりして……。

 ――やめよう。

 無駄に自分を怖がらせ、自爆する一歩手前で妄想を自重する。

 こんなことを考えてしまったら、全員が怪しく思えて思考が袋小路に入ってしまう。

「……ん?」

 二階へ到着し葵さんの部屋である二〇二号室へ進む途中で、いきなりお兄ちゃんは立ち止まった。

 通路の奥、あたしたちが今上がってきたのとは逆の階段から、慌てたような足音が響いてきて三階から川辺さんが下りてくるのが目視できた。

「おい、川辺さん! どうしたんだ?」

 こちらに気づかず、そのまま一階まで下りてしまいそうになる川辺さんを、伊藤さんが呼び止める。

「……ああ、皆さま! 大変です、今度は笠島様が!」

「……?」

 上を指差し捲し立てる川辺さんへ、あたしたちは不審なものを見るような視線を送る。

「あのおっさんがどうしたんだよ?」

 歩みを再開し、お互いの距離を詰めながら伊藤さんが言葉の先を促すと、川辺さんは一度唾を飲み下すように口を閉じてから、震えを押さえるような掠れた声で続きを口にしてきた。

「笠島様が、自室で亡くなっています……」

 ユラリと、視界が揺れたような気がした。

 また、一度に二人なのか。

 死んでいる、亡くなっている。

 その言葉を耳に入れる度に訪れる、この嫌な感覚。

 気分がドン底へ向け沈む中、

「やれやれだな」

 面倒だと言うかのような呟きを残し、まずお兄ちゃんが川辺さんとすれ違い階段を上りだす。

 その姿を眺めて逡巡する他の人たちも、渋々といった様子で足を前に進め。

 三階、三〇一号室へと到着した。

 部屋のドアは開いていて、その側には蹲った葵さんが蒼白な表情で震えていた。

「鍵は開いていたのか?」

 葵さんを一瞥してから、お兄ちゃんは川辺さんへと訊ねる。

「はい。月見坂様と一緒にここへ来たのですが、声をかけても全く返答がないためドアノブを捻ってみると、簡単に開いてしまいまして。中を覗いたら笠島様が……」

 その説明を聞いて、お兄ちゃんは開いたドアへと近づいていきそのまま中へと入っていった。

 あたしは、そっとドアの正面に移動するように動き、恐る恐る中を覗き込む。

「う……」

 床に、大の字になって倒れている笠島さんの姿が見えた。

 胸元には包丁のような物が突き刺してあり、床には小さく血溜まりができている。

 天井を見つめる笠島さんの顔は既に生きている人間のものではなく、吐血でもしたのか、口元は赤黒い血で塗りつぶされていた。

 そんな死体の側へ寄り、お兄ちゃんはその凶器の刺さる胸元から別の何かを拾い上げる。

 小さなカードに見えたそれは、もう考えなくても何だかわかる。

 手にしたカードに視線を落としていたお兄ちゃんが、こちらへ向けてそれを掲げてみせた。

「案の定、と言ったところか。Lv.5、沈黙のカードだ」

 言いながら、お兄ちゃんはチラリと笠島さんの顔を見下ろす。

 そして、

「死体の舌が切断されている。これが死因かはわからないがな」

 そう言葉を付け加えた。
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