Lv.

雪鳴月彦

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第三章:罪人の記し

罪人の記し 9

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「お兄ちゃんさ、もう少し周りのこと考えて言葉選ぼうよ。そんなんだからお店にお客さんも来ないんだよ」

 部屋に入りドアを閉めて早々に、あたしは愚痴と説教を混ぜ合わせたような台詞を口にする。

 だけど、まともに聞いていないらしい本人は頷くこともしないままベッドへ腰掛け、ジッと黙り込んでしまうのみ。

 やれやれという気持ちでため息をつき、あたしもその隣へ座った。

 次から次へと不安が広がり、心身ともに弱っていくもまだ二日目が経過するだけ。

 残り約四日間。

 耐えられるのだろうか、あたしたちは。

 犯人は不明。動機も不明。絵馬さんを殺害した方法も曖昧なまま。

 そして、無くなったマスターキーの行方もつきとめていない。

 みんなの協調性もバラバラで、この先どうすれば良いのか。

 悪夢だ。これはもう、本当に。

 こうして自分が置かれている状況を冷静に考えてしまうと、一気に心がざわついてくる。

「……」

 膝の上へ置いた手に、ギュッと力を込める。

 静かな空間で黙り込んでいると、今日見た死体の光景をフラッシュバックしそうになるからどうにか違うことに意識を向けねばと思い、あたしはお兄ちゃんへ視線を送る。

 研究所内で唯一平然としている、アルビノの青年。

 あんなおぞましい死体を間近で眺めても、結局眉一つ顰めなかった。

 ひょっとして、何か感情に欠陥でも抱えてるんじゃないかと猜疑心に駆られそうになるあたしを、そのほんのりと赤い瞳が捉えた。

「犯人はどうして、死体をカードに見立てているんだろうな」

「……え?」

 小さく開かれた口から漏れる疑問に、あたしは無意識に首を傾げて聞き返す。

「死体が増える度、Lv.1から数字を付けてカードに見立てていく理由。何かあるんじゃないのかと、実は疑っている」

「そんなの……犯人が異常なだけとかじゃないの? 何かこう、ゲーム感覚で殺人をしてるとか」

 思いついたあたしの回答に、お兄ちゃんは微かに笑った。

「それはないだろう。と言うより、そう見せかけようとはしているのかもしれないが。笠島にも言ったが、こんな舞台を用意し、招待状やカードまで作成してターゲットを集めるほどに計画性のある人間が狂っているわけがない。詩織が以前言っていたな。招待状に書いてあったテーマパークをネットで調べたら、公式サイトがあったと。それだって、犯人が作成し用意したものだろう。たぶん、他のメンバーたちも騙せるようシンポジウムや演奏会など偽の情報も公開していたはずだ。こちらが思う以上に、犯人の頭は良い」

「それじゃあ、本当にあのカードに何か意味があるってこと?」

「だろうな。今マリネが言ったように、異常者の仕業だとか見立て殺人というインパクトでオレたちの目をごまかし、何かを見えないようにしているはずだ」

 そこで一拍置いて、お兄ちゃんは右手を顎に当てる。

「見立てる必要性……あそこまで手の込んだ作業をしてまでそれを重視する理由とは、何だろうな」

 手の込んだ作業。貴道さんと木ノ江さんの死に方か。

 確かに、冷静に考えてみれば意味も無くあれほど手の込んだ犯行を犯す必要性があったのかと、疑問は湧いてくる。

 そこにもし理由があるとしたら、それはどんな……。

「詩織を殺害した方法も、はっきりさせないとな。あの隙のない状況でどうすれば詩織に問題のコップを取らせることが、または毒を入れることができたのか。どう推測しても方法が浮かばない」

「ああ……それが一番の謎だよね。あたしもさっぱりわかんないや」

 談話室でのやり取りが終わる頃には、絵馬さんの容態はおかしかった。

 あのとき既に飲まされた毒の症状が出始めていたのだろうけど、それにすぐ気がついていれば何かが変わっていただろうか。

 解毒剤とかがあるわけではないから助けられたかはかなり微妙ではあるものの、せめて吐かせるなどして少しは命を繋ぎ止められる可能性を試すことくらいはできたかもしれないのに。

「絶対に、オレは何かを見逃しているはずだ。犯人に迫る、重要な何かを……」

「警察が来てくれたら、すぐにでも解決するのかもしれないのにね」

「そうさせないための舞台だろう。でなければ、あんな無造作に凶器や手袋を放置なんてしない」

 ここはまさに、犯人が用意した処刑場だ。

 ゾッとするような一言を付け加えて目を閉じるお兄ちゃんに批難の目を向けてから、あたしはポスンと身体を倒してベッドに横になる。

「……眠いのなら寝て良いぞ」

「ん……大丈夫」

 身体は疲れ切っているし眠りたいけれど、何だか簡単には寝つけそうにない。

 仕方なく瞼を閉じて息を整えながら、高ぶっているであろう神経が落ちつくのを待つことにする。

 僅かにずらした右足がお兄ちゃんの足と触れ、微かな熱が伝わってきた。
 
 側に誰かがいる安堵感。

 ――これがあるだけでも、あたしはまだ恵まれてるのかな。

 どんなことを考えているのか、完全に黙り込んでしまったお兄ちゃんの気配を足で感じながら、あたしは暫くそのまま動くことを止め何も思い浮かべることなくベッドに身を沈めることにした。
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