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第三章:罪人の記し
罪人の記し 4
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八月二日。午後四時。談話室。
「……で、結局これはどういうことになるんだ?」
全員の部屋と荷物のチェック。それから昨日と同じように全ての部屋もくまなく調べ、更には建物の周辺まで探し回って。
得られた成果は、何も発見できなかったという疲労感のみ。
昼食も食べず、みんなこの時間までマスターキーや犯人に繋がりそうなヒントを必死に見つけようとしていたけれど、悔しいくらいに何もなかった。
「鍵なんてどこにも見当たらないなじゃいか。探していない場所なんて他にあるのか?」
川辺さんが用意してくれた紅茶――毒のチェックは済ませてある――を一口飲みながら告げる伊藤さんの声が、談話室に広がる。
二日連続の内部探索が塵ほどの成果も出せないまま終わった事実に、みんな疲れ切った様子を隠せていない。
ただでさえ、死体が三つに増えたことであたしたち生存者の神経がすり潰されているのに、あまりにも慈悲のない結果になってしまった。
「世話人、オレたちが探し回った場所以外に、鍵を隠せそうな所はないのか?」
軽く腕を組み右手を顎に当てるポーズをしながらお兄ちゃんが問うと、川辺さんは口元を歪めて頭を振った。
「申し訳ありませんが、わたくしには見当がつきません。わたくし自身、この建物についてそれほど詳しいわけではありませんし……」
「そうか。因みにだが、お前は保管庫に入っていたマスターキーを、実際に見たりはしているのか?」
「はい。ロックのナンバーは知らされていましたから、中の確認はしています。これくらいの大きさの、黒い鍵でしたね」
言いながら、川辺さんは両手で鍵の大きさを表してみせる。
大体十五センチくらいの長さと考えれば良いか。一般的なボールペンより、少しだけ大きいくらい。
「小さくはないな。その鍵を犯人は持ち出し、どこかに隠した。その隠し場所がどこなのか……」
これで、実は今も犯人がポケットの中に入れてました、みたいな話になれば一気に解決だけど、残念ながらそれももう確認済み。
「こうなるともう、俺は絶対にその男が犯人だと思うんだがなぁ」
椅子に深く腰掛け、親の仇を見るような目で川辺さんを睨む笠島さん。
「文書か何か知らないが、鍵の場所も取り外し方も知っていたんだ。容疑者の筆頭だろうが」
「それに関しては既に話をしたはずだ。世話人が怪しい立場なのは事実だ。だが、これほど単純に自分が犯人だとわかる状況を作り出すのはあまりにお粗末。マスターキーだって、いちいち無くなったなどと騒がずに、そんなものはないと始めから隠し通した方が都合が良いはずだしな」
「それは……あれだろう。そう思わせて、逆に油断を誘おうとしているかもしれん」
またしてもお兄ちゃんに言い返されされ、しどろもどろになりながら反論しようとする笠島さんだったけれど、
「油断させるためにわざと自分を怪しく見せているのなら、それはそれで馬鹿だろう。自分を追い詰めるリスクを、無駄に増やすだけだ。やはり始めからマスターキーの存在を黙っている方が効率が良い」
尚もあっさりと論破され、すぐに黙り込んでしまった。
「あのう……」
その代りに口を開いてきたのは、川辺さん本人。
「もし、差支えが無いようでしたら、今夜からわたくしを三階の空き部屋へ泊まらせていただけないでしょうか?」
「……何?」
この突然の申し出に、さすがのお兄ちゃんも意表を突かれたような声を漏らした。
「もしわたくしが疑われているのであれば、無実を証明する他ありません。ですので、今日から迎えの船が来る六日までの間、一階ではなく三階の空き部屋に移動させてほしいのです。そうして、夜はわたくしが部屋に入った後に、ドアへつっかえ棒のようなもので中から開かないようにしていただければ、皆さまの意思なくしては廊下へ出ることもできなくなります」
「……なるほど。そいつは良いじゃないか。三階なら窓から外に逃げ出す心配もない。是非そうしてくれ。俺は賛成だ」
八月二日。午後四時。談話室。
「……で、結局これはどういうことになるんだ?」
全員の部屋と荷物のチェック。それから昨日と同じように全ての部屋もくまなく調べ、更には建物の周辺まで探し回って。
得られた成果は、何も発見できなかったという疲労感のみ。
昼食も食べず、みんなこの時間までマスターキーや犯人に繋がりそうなヒントを必死に見つけようとしていたけれど、悔しいくらいに何もなかった。
「鍵なんてどこにも見当たらないなじゃいか。探していない場所なんて他にあるのか?」
川辺さんが用意してくれた紅茶――毒のチェックは済ませてある――を一口飲みながら告げる伊藤さんの声が、談話室に広がる。
二日連続の内部探索が塵ほどの成果も出せないまま終わった事実に、みんな疲れ切った様子を隠せていない。
ただでさえ、死体が三つに増えたことであたしたち生存者の神経がすり潰されているのに、あまりにも慈悲のない結果になってしまった。
「世話人、オレたちが探し回った場所以外に、鍵を隠せそうな所はないのか?」
軽く腕を組み右手を顎に当てるポーズをしながらお兄ちゃんが問うと、川辺さんは口元を歪めて頭を振った。
「申し訳ありませんが、わたくしには見当がつきません。わたくし自身、この建物についてそれほど詳しいわけではありませんし……」
「そうか。因みにだが、お前は保管庫に入っていたマスターキーを、実際に見たりはしているのか?」
「はい。ロックのナンバーは知らされていましたから、中の確認はしています。これくらいの大きさの、黒い鍵でしたね」
言いながら、川辺さんは両手で鍵の大きさを表してみせる。
大体十五センチくらいの長さと考えれば良いか。一般的なボールペンより、少しだけ大きいくらい。
「小さくはないな。その鍵を犯人は持ち出し、どこかに隠した。その隠し場所がどこなのか……」
これで、実は今も犯人がポケットの中に入れてました、みたいな話になれば一気に解決だけど、残念ながらそれももう確認済み。
「こうなるともう、俺は絶対にその男が犯人だと思うんだがなぁ」
椅子に深く腰掛け、親の仇を見るような目で川辺さんを睨む笠島さん。
「文書か何か知らないが、鍵の場所も取り外し方も知っていたんだ。容疑者の筆頭だろうが」
「それに関しては既に話をしたはずだ。世話人が怪しい立場なのは事実だ。だが、これほど単純に自分が犯人だとわかる状況を作り出すのはあまりにお粗末。マスターキーだって、いちいち無くなったなどと騒がずに、そんなものはないと始めから隠し通した方が都合が良いはずだしな」
「それは……あれだろう。そう思わせて、逆に油断を誘おうとしているかもしれん」
またしてもお兄ちゃんに言い返されされ、しどろもどろになりながら反論しようとする笠島さんだったけれど、
「油断させるためにわざと自分を怪しく見せているのなら、それはそれで馬鹿だろう。自分を追い詰めるリスクを、無駄に増やすだけだ。やはり始めからマスターキーの存在を黙っている方が効率が良い」
尚もあっさりと論破され、すぐに黙り込んでしまった。
「あのう……」
その代りに口を開いてきたのは、川辺さん本人。
「もし、差支えが無いようでしたら、今夜からわたくしを三階の空き部屋へ泊まらせていただけないでしょうか?」
「……何?」
この突然の申し出に、さすがのお兄ちゃんも意表を突かれたような声を漏らした。
「もしわたくしが疑われているのであれば、無実を証明する他ありません。ですので、今日から迎えの船が来る六日までの間、一階ではなく三階の空き部屋に移動させてほしいのです。そうして、夜はわたくしが部屋に入った後に、ドアへつっかえ棒のようなもので中から開かないようにしていただければ、皆さまの意思なくしては廊下へ出ることもできなくなります」
「……なるほど。そいつは良いじゃないか。三階なら窓から外に逃げ出す心配もない。是非そうしてくれ。俺は賛成だ」
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