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雪鳴月彦

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第一章:偽りの招待状

偽りの招待状 14

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 他の人たちも連鎖するかのように席を立つ中、絵馬さんがそっとお兄ちゃんに近づき遠慮がちに声をかけてきた。

「悪いんだけど、私お昼までちょっと休ませてもらうわ。何だか具合が良くなくて……」

 絵馬さんの顔色は、確かに血の気が引いたように青白くなっていた。

 船を降りたときは元気そうだったのに、いったいどうしたんだろう。

「体調不良か? 無理はしない方が良い。最悪、食事は後から個別に食べさせてもらえば済む話だしな。あの世話人にはオレから伝えておこう」

 横目で絵馬さんを見たお兄ちゃんも、嘘や冗談を言われているわけではないと把握したのだろう。

 普段は腹が立つこともあるくらい無愛想なくせに、こういうときには案外気遣いを見せてくれたりするところがあるから憎めない。

「ありがとう。ごめんなさいね、何だか変なことに巻き込んじゃった上に、気まで遣わせちゃって」

「構わない。こっちは仕事で来ているんだ。依頼主に倒れられても困るからな」

 申し訳ないと眉を歪める絵馬さんから視線を逸らし、無感情に告げるお兄ちゃん。

「仕事でも、一緒に来てもらって助かったわ。こんな所に一人きりだったら、絶対に不安になってたもの。マリネちゃんも、付いてきてくれてありがとう。迷惑かけてごめんなさい」

「あ、いえそんな。あたしはおまけでくっ付いてきたようなものですし。むしろ船に乗れてラッキーとか、お気楽なこと考えてるくらいです」

 あたしにも頭を下げてくる絵馬さんへ、慌てて顔の前で両手を振る。

「食事に参加できそうにないときはメールを入れ……あら? ここ圏外だわ」

 苦しそうな表情のままスマホを取り出す絵馬さんにつられて、あたしも自分のスマホを確認した。

「あ、本当ですね」

 言われた通り、画面には電波が届いていないことを示す表示が浮かんでいる。

「本州からかなり離れている上に、ずっと無人島だった場所だ。当然と言えば当然だろう」

 唯一、お兄ちゃんだけは動じることなくアイスコーヒーの残りを口に運び、的確な台詞を吐いてきた。

「あの、川辺さんが順番に部屋を案内してくれるみたいですから、一緒に行きましょう。……って、絵馬さん顔色真っ青ですけど、どうされました?」

 荷物を肩にかけた葵さんが寄ってきて笑顔で話しかけてくるも、絵馬さんの状態に気づくなり心配そうに顔を近づけてきた。

「いえ、ちょっと気分が悪くなっちゃって。最近寝不足が続いたりもしてたから、疲れがでちゃったのかもしれません」

「大変。あの、あたし吐き気止めの薬とかありますよ? あと、栄養剤も。良かったら使いますか?」

 テーブルへバッグを置いて中身を漁りだす葵さんへ、絵馬さんが遠慮するように手で制止する。

「ああ、大丈夫。平気です。たぶん、少し横になれば良くなると思いますから」

「そうですか? でも、どうしても駄目な場合はいつでも言って下さいね。遠慮とかしなくても、全然オッケーですので」

「はい、ありがとうございます」

 さすがにボランティア活動をしているだけあり、葵さんの気遣いには関心させられた。

「それでは皆さん、お部屋の方へ参りますがよろしいですか?」

 談話室の入口で、川辺さんが全員を見回す。

「それじゃあ、また後で」

 あたしとお兄ちゃんに軽く手を挙げ、絵馬さんが離れていく。

「それじゃあ、あたしもひとまず失礼します。何だかよくわからないことになっちゃいましたけど、せめて楽しい時間になると良いですね」

 出しかけた荷物をしまい直した葵さんも、バッグを肩にかけると絵馬さんを追うように入口へと向かってしまう。

 他の人たちも、ブツブツと文句を言ったり不服そうな表情をしながらも、素直に廊下へと姿を消していった。

 やがて、みんなの足音も遠くなり耳に届かなくなった頃、あたしはお兄ちゃんへと呟きかける。

「結局、これ何の集まりなんだろうね。本当にただの悪戯だったのかなぁ?」

「さぁな、知ったことじゃない。悪戯ならばこのまま無駄に六日間が過ぎるだけだろうし、そうでなければ何かしらのアクションがあるだろう」

 腕組みし、居眠りでもしているように瞼を閉じたお兄ちゃんは、心底どうでも良さそうにそれだけを答えて黙り込んでしまう。

 たぶん、本気で居眠りをするつもりかもしれない。

「それはそうだけどさ……」

 仕方なく、あたしはお兄ちゃんから意識を逸らし、テーブルへ両肘を置くかたちで頬杖をつく。

 そのまま、静かな時間が流れ始める。

 ――見た感じ、遊べそうな場所も無さそうだし。これはつまらなくなるかもなぁ……。

 一人ぼんやりとそんなことを思いつつ、壁に掛けられた質素な時計を眺めため息をつく。

 でも、これから起こる全てが終わった後から思い返せば、つまんないかもなんて考えられていられたこの瞬間がまさに一番平和で幸せな時間だったのかもしれない。

 これから待ち受ける、おぞまし過ぎる地獄のような時間に比べればぼんやりと六日間を過ごせる方がマシだった。

 このとき既に、あたしたちの中に紛れ込んでいた殺人鬼の手にかかり、一人目の生贄が出てしまっているなんて、想像することもできなかったし。
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