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第一章:偽りの招待状
偽りの招待所 9
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暫くして。
「……さて、それではひとまず移動しましょうか。既に皆さまのお部屋等のご準備もさせていただいておりますので」
水平線へと向けていた視線をあたしたちに戻し、川辺さんが告げてきた。
「九十九邸、でしたよね? 広いお屋敷みたいな感じなのかしら」
足元に置いていた荷物を肩へかけながら、絵馬さんが場の空気を解すような陽気な声を上げた。
「テーマパークもそうだけど、泊まる建物も気になってはいたのよね」
「……九十九邸、ではなく九十九研究所の間違いではございませんか?」
だけど、そんな絵馬さんの陽気な声も、川辺さんの漏らした奇妙な言葉に飲み込まれて消えてしまう。
「九十九……研究所?」
「はい。この島には主様が管理されている九十九研究所以外、特に目立った建築物はないようですが。もっとも、今は改装されたようで、研究所としての面影はほとんど感じられないようになっておりますが」
この言葉に、また全員が困惑したように視線を交わし合った。
「ちょっと待ってください。あたしは確かに九十九邸という場所へ招待されてここに来たんですけれど……」
葵さんが、招待状を取り出し文面を開き川辺さんへ突き付ける。
それを覗き込むようにして目を通した川辺さんは、不思議そうに眉根を寄せ首を傾げてみせた。
「はて、おかしいですね。わたくしが皆さまをご案内するよう指示されているのは間違いなく九十九研究所となっているのですが。それに、シンポジウム、ですか? そのような行事を開催するとは聞かされておりませんね……」
「え?」
「わたくしの元へは、ご友人たちを集めての親睦会を開くとしか。……皆さまは主様のご友人ではないのですか?」
「いえ、少なくともあたしは違います。ここにいる人たちとも初対面ですよ。船に乗っている間に一通り声をかけさせてもらいましたけど、みんなもあたしのことは知らないみたいですし……。です、よね?」
言ってから、自信なさそうに確認を取る葵さんへ、全員が曖昧な態度で頷きを返す。
「確かに。月見坂さんの言う通り、私も皆さんのことは誰一人存知あげていない。間違いなく、初対面ですね。演奏会があるからと招待を受けたのに、見知った人が誰もいないので少しおかしいとは思っていたのですが……」
老紳士の人が、白い顎髭を撫でながら眉根を寄せる。
「は? 演奏会? おいおい、ちょっと待ってくれないか。みんな言ってることがおかしいぜ」
ぎこちない笑みを浮かべ、胸の前で両手を開いて見せるのは短髪の男性。
「おれは今年の冬にオープンする予定の高級ホテルへモニターとして泊まれるっていうから、わざわざ職場に嘘ついてまで有給取って来たんだぜ。それなのに、さっきからみんな話がバラバラじゃないか。演奏会だのボランティアなんて、一切聞かされてないぞ」
「失礼ですが、貴方様は?」
「伊藤 和義。神奈川で車の部品製造をしてる。おれの名前、あんたを雇った主さんとやらから聞いてたりはしないのか?」
誰何する川辺さんへ皮肉気な視線を向けて、伊藤さんと名乗った短髪男性は逆に問う。
「あぁ……、いえ、そのお名前は伺っておりますね。そちらの、月美坂さんと御呼ばれになった方。貴女様のお名前は月見坂 葵様で合ってらっしゃいますか?」
「あ、はい。そうです。ボランティア活動をしてます」
訊ねられ、慌てて頷く葵さん。
「それでしたら、説明を受けている通りではありますね。ご友人が八名、宿泊に来られるという話になっておりましたので」
「ん? 八人? ここにいるのは十人だろ。二人多いじゃないか」
「ああ、違うんです」
怪しむような伊藤さんの指摘に、絵馬さんがあたしとお兄ちゃんについての説明をしてくれる。
「……付き添い? まぁ、それはそれで良いだろうけど。おれたちがどうこう判断する問題じゃあねぇし」
事情を把握したみんなが、あたしたち兄妹を値踏みするような目線でジロジロと眺めてくる。
「……さて、それではひとまず移動しましょうか。既に皆さまのお部屋等のご準備もさせていただいておりますので」
水平線へと向けていた視線をあたしたちに戻し、川辺さんが告げてきた。
「九十九邸、でしたよね? 広いお屋敷みたいな感じなのかしら」
足元に置いていた荷物を肩へかけながら、絵馬さんが場の空気を解すような陽気な声を上げた。
「テーマパークもそうだけど、泊まる建物も気になってはいたのよね」
「……九十九邸、ではなく九十九研究所の間違いではございませんか?」
だけど、そんな絵馬さんの陽気な声も、川辺さんの漏らした奇妙な言葉に飲み込まれて消えてしまう。
「九十九……研究所?」
「はい。この島には主様が管理されている九十九研究所以外、特に目立った建築物はないようですが。もっとも、今は改装されたようで、研究所としての面影はほとんど感じられないようになっておりますが」
この言葉に、また全員が困惑したように視線を交わし合った。
「ちょっと待ってください。あたしは確かに九十九邸という場所へ招待されてここに来たんですけれど……」
葵さんが、招待状を取り出し文面を開き川辺さんへ突き付ける。
それを覗き込むようにして目を通した川辺さんは、不思議そうに眉根を寄せ首を傾げてみせた。
「はて、おかしいですね。わたくしが皆さまをご案内するよう指示されているのは間違いなく九十九研究所となっているのですが。それに、シンポジウム、ですか? そのような行事を開催するとは聞かされておりませんね……」
「え?」
「わたくしの元へは、ご友人たちを集めての親睦会を開くとしか。……皆さまは主様のご友人ではないのですか?」
「いえ、少なくともあたしは違います。ここにいる人たちとも初対面ですよ。船に乗っている間に一通り声をかけさせてもらいましたけど、みんなもあたしのことは知らないみたいですし……。です、よね?」
言ってから、自信なさそうに確認を取る葵さんへ、全員が曖昧な態度で頷きを返す。
「確かに。月見坂さんの言う通り、私も皆さんのことは誰一人存知あげていない。間違いなく、初対面ですね。演奏会があるからと招待を受けたのに、見知った人が誰もいないので少しおかしいとは思っていたのですが……」
老紳士の人が、白い顎髭を撫でながら眉根を寄せる。
「は? 演奏会? おいおい、ちょっと待ってくれないか。みんな言ってることがおかしいぜ」
ぎこちない笑みを浮かべ、胸の前で両手を開いて見せるのは短髪の男性。
「おれは今年の冬にオープンする予定の高級ホテルへモニターとして泊まれるっていうから、わざわざ職場に嘘ついてまで有給取って来たんだぜ。それなのに、さっきからみんな話がバラバラじゃないか。演奏会だのボランティアなんて、一切聞かされてないぞ」
「失礼ですが、貴方様は?」
「伊藤 和義。神奈川で車の部品製造をしてる。おれの名前、あんたを雇った主さんとやらから聞いてたりはしないのか?」
誰何する川辺さんへ皮肉気な視線を向けて、伊藤さんと名乗った短髪男性は逆に問う。
「あぁ……、いえ、そのお名前は伺っておりますね。そちらの、月美坂さんと御呼ばれになった方。貴女様のお名前は月見坂 葵様で合ってらっしゃいますか?」
「あ、はい。そうです。ボランティア活動をしてます」
訊ねられ、慌てて頷く葵さん。
「それでしたら、説明を受けている通りではありますね。ご友人が八名、宿泊に来られるという話になっておりましたので」
「ん? 八人? ここにいるのは十人だろ。二人多いじゃないか」
「ああ、違うんです」
怪しむような伊藤さんの指摘に、絵馬さんがあたしとお兄ちゃんについての説明をしてくれる。
「……付き添い? まぁ、それはそれで良いだろうけど。おれたちがどうこう判断する問題じゃあねぇし」
事情を把握したみんなが、あたしたち兄妹を値踏みするような目線でジロジロと眺めてくる。
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