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プロローグ
プロローグ 2
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先天性白皮症。通称、アルビノ。
遺伝子の問題で生まれつきメラニンが欠乏し肌や髪の毛の色素が足りずに白くなるという、二万人に一人の割合で存在する特異体質。
あたし、白沼 マリネのお兄ちゃん、白沼 恭一はこのアルビノに当て嵌まる珍しい存在。
二十四歳、独身。身長は百七十八センチで、体重は五十八キロの痩せ形。
アイドル顔負けの容姿で、道を歩いているだけで男女問わずに注目の的になること日常茶飯事。
常に澄ました顔と冷静沈着に思われるその性格も相まって、周囲にはすごくクールな印象を与えがち。
でも、その実態は単に面倒くさがりで他人に振り回されるのが嫌いという自己中なだけだったり。
今だって、そう。
あたしに部屋の中の掃除を促されて機嫌を損ね、ごちゃごちゃした机の上に両足を乗せながらぶすっとしながら窓の外を眺めている。
何となく、の思いつきで突然始めた便利屋の仕事。
元々手先は器用な方だし、大抵のことはどうにかなるだろうと高を括って起業したらしいけれど、ここ二ヵ月の間に事務所へかかってきた電話は四回。その内の二回は間違い電話。
そして、直接事務所へ訪れたお客さんはたった一人だけ。
つまり、二ヵ月で対応したお客さんの合計は僅か三人。
これ即ち、大赤字というわけで。
生活自体は少し貯金があるのと、宮城県で自営業をしている両親からの仕送り――正直二十四歳でこれは情けないと思うけど――でどうにか成り立っているので、とりあえず心配はないみたい。
でも、こんな暮らしをしているのを毎日目の当たりにしていると、不安になってしまうのが普通なわけで。
せめてもう少し、何かしらの方法で収入を増やさなければ、遅かれ早かれ破産してしまうのは確実なんじゃなかろうか。
「…………ねぇ、お兄ちゃん」
ピッタリ十分。
最後に会話を交わしてからピッタリ十分経ったのを側にあるデジタル時計で確認して、あたしは努めて何気ない調子で口をひらいた。
気だるげな視線が、ゆっくりとあたしを捉える。
「何だ?」
二十四歳。ここにいる白沼 恭一は間違いなく二十四歳なのだ。
しかし、その整った口から発せられる声はどう聞いても実年齢より上。
何と言うか、声の質がすごく渋い。
あたしはもう小さい頃から慣れているせいでどうってことはないけれど、初対面の人なら間違いなく戸惑うはずだ。
特に電話でやり取りをしたお客さんが実際に顔を合わせときなんかは、そのギャップに言葉通り目を丸くした。
それくらいに、渋い。
「今思いついたんだけどさ、あたし何か適当にバイトでもしよっか?」
「バイト? 金を貯めたいのか?」
眉一つ動かすことなく、お兄ちゃんは見当外れなことを言ってくる。
「違うよ。確かにお金は欲しいけど、そういうんじゃなくてね、お兄ちゃんのためにあたしも何か収入を得るためのお仕事をしようかって言ってるの」
ピシッと指を突きつけ、あたしはきっぱりとした口調でそう告げる。
「オレのため? ……言っている意味がわからない。何故マリネが、オレのためにバイトをする必要がある。誕生日なら二ヵ月も前に過ぎたし、プレゼントの類も一切いらないと常に言っているはずだ」
そこまで喋って、お兄ちゃんはデスクに乗せていた足を下ろし、もたれかかっていた椅子から背中を離した。
そして、デスクの上に置きっぱなしになっていたブドウジュースへ手を伸ばして一気に飲み干す。
カタリという、空になったガラスコップがデスクとぶつかる音が響く。
「うん、それも違うから。プレゼントとかじゃなくて、生活のためにバイトしようかって話。ここ、全っ然お客さん来ないでしょ? 家賃だって払わなくちゃいけないし、このままだとそのうち潰れちゃうよ」
「そのときはそのときだ。別に死ぬわけでもない。深刻に考える必要がないだろう」
開けていた窓から、涼しい風が迷い込んでくる。
平然とした様子で椅子に座るお兄ちゃんの白髪をフワリと揺らしたそれは、あたしの顔を撫でて背後へと吹き抜けていく。
先天性白皮症。通称、アルビノ。
遺伝子の問題で生まれつきメラニンが欠乏し肌や髪の毛の色素が足りずに白くなるという、二万人に一人の割合で存在する特異体質。
あたし、白沼 マリネのお兄ちゃん、白沼 恭一はこのアルビノに当て嵌まる珍しい存在。
二十四歳、独身。身長は百七十八センチで、体重は五十八キロの痩せ形。
アイドル顔負けの容姿で、道を歩いているだけで男女問わずに注目の的になること日常茶飯事。
常に澄ました顔と冷静沈着に思われるその性格も相まって、周囲にはすごくクールな印象を与えがち。
でも、その実態は単に面倒くさがりで他人に振り回されるのが嫌いという自己中なだけだったり。
今だって、そう。
あたしに部屋の中の掃除を促されて機嫌を損ね、ごちゃごちゃした机の上に両足を乗せながらぶすっとしながら窓の外を眺めている。
何となく、の思いつきで突然始めた便利屋の仕事。
元々手先は器用な方だし、大抵のことはどうにかなるだろうと高を括って起業したらしいけれど、ここ二ヵ月の間に事務所へかかってきた電話は四回。その内の二回は間違い電話。
そして、直接事務所へ訪れたお客さんはたった一人だけ。
つまり、二ヵ月で対応したお客さんの合計は僅か三人。
これ即ち、大赤字というわけで。
生活自体は少し貯金があるのと、宮城県で自営業をしている両親からの仕送り――正直二十四歳でこれは情けないと思うけど――でどうにか成り立っているので、とりあえず心配はないみたい。
でも、こんな暮らしをしているのを毎日目の当たりにしていると、不安になってしまうのが普通なわけで。
せめてもう少し、何かしらの方法で収入を増やさなければ、遅かれ早かれ破産してしまうのは確実なんじゃなかろうか。
「…………ねぇ、お兄ちゃん」
ピッタリ十分。
最後に会話を交わしてからピッタリ十分経ったのを側にあるデジタル時計で確認して、あたしは努めて何気ない調子で口をひらいた。
気だるげな視線が、ゆっくりとあたしを捉える。
「何だ?」
二十四歳。ここにいる白沼 恭一は間違いなく二十四歳なのだ。
しかし、その整った口から発せられる声はどう聞いても実年齢より上。
何と言うか、声の質がすごく渋い。
あたしはもう小さい頃から慣れているせいでどうってことはないけれど、初対面の人なら間違いなく戸惑うはずだ。
特に電話でやり取りをしたお客さんが実際に顔を合わせときなんかは、そのギャップに言葉通り目を丸くした。
それくらいに、渋い。
「今思いついたんだけどさ、あたし何か適当にバイトでもしよっか?」
「バイト? 金を貯めたいのか?」
眉一つ動かすことなく、お兄ちゃんは見当外れなことを言ってくる。
「違うよ。確かにお金は欲しいけど、そういうんじゃなくてね、お兄ちゃんのためにあたしも何か収入を得るためのお仕事をしようかって言ってるの」
ピシッと指を突きつけ、あたしはきっぱりとした口調でそう告げる。
「オレのため? ……言っている意味がわからない。何故マリネが、オレのためにバイトをする必要がある。誕生日なら二ヵ月も前に過ぎたし、プレゼントの類も一切いらないと常に言っているはずだ」
そこまで喋って、お兄ちゃんはデスクに乗せていた足を下ろし、もたれかかっていた椅子から背中を離した。
そして、デスクの上に置きっぱなしになっていたブドウジュースへ手を伸ばして一気に飲み干す。
カタリという、空になったガラスコップがデスクとぶつかる音が響く。
「うん、それも違うから。プレゼントとかじゃなくて、生活のためにバイトしようかって話。ここ、全っ然お客さん来ないでしょ? 家賃だって払わなくちゃいけないし、このままだとそのうち潰れちゃうよ」
「そのときはそのときだ。別に死ぬわけでもない。深刻に考える必要がないだろう」
開けていた窓から、涼しい風が迷い込んでくる。
平然とした様子で椅子に座るお兄ちゃんの白髪をフワリと揺らしたそれは、あたしの顔を撫でて背後へと吹き抜けていく。
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