遠い空のデネブ

雪鳴月彦

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第五章:未来への兆し

未来への兆し 16

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「ごちそうさま」

「あら、今日は残さず全部食べたのね」

「ええ。悩みが解決したら、食事も普通に喉を通るようになったのよ。人間の身体って不思議なものね」

「えぇ……? 何をおかしなこと言ってるの、この子は」

 味噌汁が入っていた椀を置き、両手を合わせてから立ち上がる娘の姿を視界の端で追いながら、私はゆっくりと白米を口へと運ぶ。

 自分と同じ職業を目指す愛娘のことを、これまでずっと心配しながら見守ってきたが、どうやら全ては老婆心で終えるのかもしれない。

「それじゃあ私は部屋に戻るから。勉強しなくちゃいけないし」

「そう。無理はしちゃ駄目よ」

 自分の使った食器を洗い終えた娘が、妻と簡素なやり取りを交わしてダイニングを出ていく。

「良かったわね」

「ん?」

「あの子、機嫌が良くなったみたいじゃない。ここ最近までずっとピリピリしてた感じだったのに。小説のこと、話し合ったんでしょ?」

「……聞いたのか?」

「いいえ。聞かなくても、あなたたちのことくらいわかります。何年連れ添ってると思ってるのよ」

「……ふん」

 全てお見通しと言わんばかりの得意気な顔をこちらに向けてくる妻から、視線を手にした椀へと戻してまた白米を口へ運び咀嚼する。

 娘――詩季が小説を書いているということは、早い段階から気がついていた。

 最初は、私の真似事をして遊んでいるだけだろうと深く考えることもせず、すぐに飽きて終わりになると思っていた。

 それが、高校に入りどこぞの新人賞へ作品を応募したという話を聞かされ、そこまで執筆にのめり込んでいるのかと、ようやく詩季の小説家に対する熱意の強さを意識するようになった。

 口にこそ出したことはないが、実の娘が自分の背中を追いかけるように創作を好きになってくれた事実は、正直嬉しいと感じた。

 そしてそれと同時に、詩季の将来に対しての不安も大きく膨らんだ。

 小説家という職業上、余程の才能や世渡りの術を身につけぬ限り、安定した収入と暮らしは至難の業と言っても過言でないくらいに難しい。

 専業で食っていこうなどと考えているのであればあまりにも楽観的であり、悪いとは思いつつ本人には内緒で読ませてもらった練習作の出来からして、悪くはないものの特別秀でていると言えたレベルでもないというのが本音であったため、小説一本で生きていくという選択肢だけは選ばせるべきではないと、私の中で判断を下した。

 小説家を志すのは構わない。しかし、それと並行してこなせる仕事も確保しておかなくては人生が厳しくなるし、別の仕事を確保さえしておければ、志が叶わなかった場合でもこの上なく便利な逃げ道としても機能してくれる。

 むしろ、その逃げ道の確保こそが最優先すべき課題だろう。

 金を稼げなくては、野垂れ死ぬのみ。

 それでは執筆などできる環境ではないし、夢を追うなど本末転倒。

 だからこそ、詩季には一定の期間から先は勉強と小説家以外の仕事へ就けるよう努力すること集中するようにと、強く言い聞かせてきたのだが。

 それが、裏目に出てしまった。
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