遠い空のデネブ

雪鳴月彦

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第五章:未来への兆し

未来への兆し 11

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 二人でまた笑い合い、会話はそこで一区切りという空気になりかけたとき、遠慮がちなスピードで部室のドアが静かに開かれたのを俺は見逃さなかった。

 有野先生が来たのかと思いながら、ほとんど反射的に入口へ視線を定めると

「――あ」

 そこからばつの悪そうな顔を覗かせたのは、九条先輩だった。

 刹那、部室内が真空にでもなったかのように、静かになる。

 俺以外の三人も九条先輩に気がつき、意表を突かれたような顔で開かれた入口を凝視している。

「……お疲れ様。中、入らせてもらっても良いかしら?」

 全員の視線を受け止める九条先輩は、心なしか硬い表情を無理矢理抑え込むような様子で、いつも通りのゆっくりとした口調で誰にともなく声をかけてくる。

「……もちろんですよ! ここは、九条先輩の所属する活字愛好倶楽部の部室なんですから!」

 その九条先輩の言葉をスイッチにして、妃夏の表情がパッと嬉しそうに綻び、どうぞどうぞといつも先輩が座る席を勧める仕草をしてみせた。

「ありがとう」

 妃夏の対応に優しく微笑み、九条先輩はゆっくりとした足取りで部室へ足を踏み入れると、自分の席の前で立ち止まり座ることなく、ジッと俺たちを見渡すように頭を動かした。

 そうして、どうしたのだろうと訝しむ俺たちに対し、突然深々と頭を下げると

「先日は、ごめんなさい」

 そう、謝罪の言葉を口にした。

「え? あの、九条先輩?」

 唐突に何をし始めたのかと戸惑うメンバーの中で、代表するかたちになりながら俺は声をかける。

「みんなの気持ちも考えないで、あんな一方的な終わり方をしちゃったから、どうしても謝りたくて。先輩としても、見苦しい姿を見せたと反省してる。本当に、困らせるようなことをしてごめんなさい」

「い、いやぁ……そんなこと、俺たち誰も気にしてませんよ。九条先輩も色々大変なんだろうなって、ちょっと心配してたくらいですから」

 答えながら、俺は同意を求めようと他のメンバーたちへ顔を向ける。

「そうですよ。わたしたち、九条先輩のこと全く悪いようには思ったりしていませんから、そんな風に謝らないでください。むしろ、そっちの方が反応に困っちゃいます」

「泉さんの言う通りです。謝ることなんて何もありませんよ」

 即座に泉と守草がフォローに入ってくれたが、それに対して九条先輩は申し訳なさそうな目線を二人に向けただけで、納得してくれた気配は伝わってはこなかった。

「……星咲さん」

 そのまま、二人へ向けた瞳を妃夏へと移動させた九条先輩は、様々な感情が複雑に混ざり合ったような今までに見せたことがない表情を浮かべ、妙に穏やかな声を吐き出した。

「星咲さんには、感謝するわ」

「え? 感謝、ですか? あたしに?」

 ポカンとした顔で自分を指差す妃夏へ、九条先輩は静かに頷く。

「一昨日、帰ろうとする私へ色々と言葉をかけてくれたでしょう。あのときは生意気なことを言うなって、そんな風に貴女の言葉を受け流してしまっていたけれど、家に帰って冷静に言われたことを一つ一つ振り返っていたら、何だか全て貴女の言ったことが正しいのかもしれないって思えてきて」
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