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第四章:決壊する絆
決壊する絆 16
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「ちょっと待ってください。それじゃ九条先輩が小説家を目指したきっかけは、お父さんに憧れてってことだったんですか?」
驚きを隠すことなく守草が問うと、九条先輩は「ええ」と頷き、見えない過去を見ようとするかのような目で、何も書かれていない黒板に視線を移した。
「私が小さい頃にはもうお父さんは小説家として仕事をしていたから、自分にとって作家という職業はすごく身近なもののように感じていたわ。お父さんの本を初めて読んで面白いと思ってからは、私も頑張れば作家になれるはず、なってみたいって憧れを抱くようになって、今日までずっと頑張ってきたのだけれど……どうしてなのかしら、お父さんは私が作家を志すことを喜んではくれていなかったみたい」
独白のように、前を向いたまま語る九条先輩の横顔へ、俺は遠慮がちに声をかける。
「反対されてたってことですか?」
「いいえ、反対も応援もされてなかった。やりたいと思ったのなら、勝手にやってみればいい。ただし、高校を卒業するまでに何一つ結果に繋がる成果を出せなければ、潔く諦めて真っ当な進路を選べ。……ずっと、そう言われてた。だから、焦りがあったのよ。私が高校生活を続けるうちに応募できる賞が、今回落選したので最後だったから、正真正銘のラストチャンスになってたわけだし、せめて最終選考まででも行ければ、お父さんの言う結果に繋がる最低限の成果にはなるだろうって考えていたんだけれど」
そこで九条先輩は項垂れるように顎を下げ、重いため息を一つこぼした。
「駄目だったわね、何もかも。本当に、ここまで自分は何を頑張ってきたんだろうって、馬鹿馬鹿しくなるくらい」
「そんな……」
あまりにも自虐が過ぎる言葉に、泉が切なそうに首を横へと振るが、慰めになるような言葉を吐くには至らず。
「――才樹の言葉じゃないですけど、やめなくたって良いじゃないですか」
そんな泉の想いを引き受けるようなタイミングで、唐突に声を発したのは妃夏だった。
「確かに、お父さんの言うことも一理あるとは思いますけど、でもそれを全て鵜呑みにする必要はないんじゃないですか?」
強い口調ではなく、非難するような口調でもない。
純粋に提案を口にするようなニュアンスで告げる妃夏へ、九条先輩はまるで蛇のようにスルリと視線だけを向けてきた。
「今は、受験を優先で正解だと思います。夢を追いかけることとはまた別に、ちゃんとした生活の基盤みたいなものを整えることも、すごく大切だって思うので。でも、例え一時的に優先順位が入れ替わったとしても、また新しい生活が落ち着いた頃に創作を再開するのは、全然難しいことじゃないですよね? 仮に難しかったとしても、本当に自分が望むことなら絶対に再開できるはずですよ。大学にも、この活字愛好倶楽部みたいなサークルがあるかもしれないですし」
しんとなる部室に、夢を諦めかけている九条先輩を優しく説得しようとする妃夏の声だけが、朗々と響く。
「だから、九条先輩。色々忙しいのは仕方がないですし、もうここに顔を出せなくなるっていうのも、悲しいですけどわかります。でも、創作をやめるなんて、そんなことは言わないでください」
驚きを隠すことなく守草が問うと、九条先輩は「ええ」と頷き、見えない過去を見ようとするかのような目で、何も書かれていない黒板に視線を移した。
「私が小さい頃にはもうお父さんは小説家として仕事をしていたから、自分にとって作家という職業はすごく身近なもののように感じていたわ。お父さんの本を初めて読んで面白いと思ってからは、私も頑張れば作家になれるはず、なってみたいって憧れを抱くようになって、今日までずっと頑張ってきたのだけれど……どうしてなのかしら、お父さんは私が作家を志すことを喜んではくれていなかったみたい」
独白のように、前を向いたまま語る九条先輩の横顔へ、俺は遠慮がちに声をかける。
「反対されてたってことですか?」
「いいえ、反対も応援もされてなかった。やりたいと思ったのなら、勝手にやってみればいい。ただし、高校を卒業するまでに何一つ結果に繋がる成果を出せなければ、潔く諦めて真っ当な進路を選べ。……ずっと、そう言われてた。だから、焦りがあったのよ。私が高校生活を続けるうちに応募できる賞が、今回落選したので最後だったから、正真正銘のラストチャンスになってたわけだし、せめて最終選考まででも行ければ、お父さんの言う結果に繋がる最低限の成果にはなるだろうって考えていたんだけれど」
そこで九条先輩は項垂れるように顎を下げ、重いため息を一つこぼした。
「駄目だったわね、何もかも。本当に、ここまで自分は何を頑張ってきたんだろうって、馬鹿馬鹿しくなるくらい」
「そんな……」
あまりにも自虐が過ぎる言葉に、泉が切なそうに首を横へと振るが、慰めになるような言葉を吐くには至らず。
「――才樹の言葉じゃないですけど、やめなくたって良いじゃないですか」
そんな泉の想いを引き受けるようなタイミングで、唐突に声を発したのは妃夏だった。
「確かに、お父さんの言うことも一理あるとは思いますけど、でもそれを全て鵜呑みにする必要はないんじゃないですか?」
強い口調ではなく、非難するような口調でもない。
純粋に提案を口にするようなニュアンスで告げる妃夏へ、九条先輩はまるで蛇のようにスルリと視線だけを向けてきた。
「今は、受験を優先で正解だと思います。夢を追いかけることとはまた別に、ちゃんとした生活の基盤みたいなものを整えることも、すごく大切だって思うので。でも、例え一時的に優先順位が入れ替わったとしても、また新しい生活が落ち着いた頃に創作を再開するのは、全然難しいことじゃないですよね? 仮に難しかったとしても、本当に自分が望むことなら絶対に再開できるはずですよ。大学にも、この活字愛好倶楽部みたいなサークルがあるかもしれないですし」
しんとなる部室に、夢を諦めかけている九条先輩を優しく説得しようとする妃夏の声だけが、朗々と響く。
「だから、九条先輩。色々忙しいのは仕方がないですし、もうここに顔を出せなくなるっていうのも、悲しいですけどわかります。でも、創作をやめるなんて、そんなことは言わないでください」
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