40 / 76
第四章:決壊する絆
決壊する絆 11
しおりを挟む
6
「有野先生」
突然降ってきた明るい声に、私はパソコンに向けていた顔を上げ、声の主へと向けた。
「あら、星咲さん。ああ、パソコンを取りに来たのね」
今朝にパソコンを預けられたことを思い出し、星咲さんが自分の元を訊ねてきた理由を察する。
「はい。お願いします」
「ちょっと待ってて」
席を立ち、生徒から預かった私物を保管している金庫へと向かうと、設定されたダイアルを回して中にあるパソコンを取り出し、すぐに星咲さんの元へと戻った。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
差し出したノートパソコンを両手で大事そうに受け取り、星咲さんはペコリと頭を下げる。
「そう言えば、星咲さん。以前最終選考に残ったって言ってた小説、今日最終結果が出るんだったわよね? もう確認はしたの?」
数日前から、部室へ顔を出す度にそんな話題で盛り上がっていたため、私も結果は気になっていた。
「あ、はい。ここに来る前に、みんなで結果を見ました」
「あら。それで、どうだったの?」
落ち込んでいる様子がない星咲さんの振る舞いを見るに、ひょっとしたら良い結果を掴み取れたのかという期待を持ったが、そんな私の予感とは裏腹に、星咲さんは困ったように笑い静かに首を横へと振ってみせてきた。
「駄目でした。佳作すら無理で、完敗です」
「あぁ……それは、残念だったわね」
話す内容とは対照的な、悲壮感の欠片もない声音に戸惑い、私は当たり障りのない慰めの言葉をかけることしかできなかったけれど、星咲さんは全く気にする風でもなく
「大丈夫ですよ。まだ来年も再来年もチャンスはありますし、良い経験になったことは間違いないですから。自分には勝負ができる最低限の実力はあるんだって、自信もつきましたし」
明瞭な口調でそう告げると、今度は迷いのない満面の笑みを浮かべてみせた。
「……しっかりしているのね、星咲さんは。でも、自信がついたからといって、無理はし過ぎないようにしてね。身体を壊しちゃったりしたら、夢も追えなくなっちゃうから」
「はい。ありがとうございます。それじゃ、あたしは部活に戻ります」
大きく一礼をして、星咲さんは踵を返し職員室を出ていく。
その背中を見送ってから、私はほぅっと息をつき仕事を中断した状態のパソコン画面へ、ぼんやりとした視線を送る。
「……夢を追う子を見守るのは、やっぱり辛いものがあるなぁ」
誰にも聞こえないくらいに小さな呟きが、虚しく宙を舞い消えていく。
九条さんも、星咲さんも、もちろん他の子たちだって、叶えたい夢があるのなら是非ともその夢を掴んでほしい。
嘘偽りなく、そう思う。
だけど、夢を追うことは、一歩間違えれば悲劇を生むこともある。
「貴一……」
頭に浮かぶ、遠い昔の思い出。
それを無理矢理追い払うように、ギュッと目を瞑り平常心を保つよう気持ちを静めてから、私は仕事の続きを再開するためキーボードに指を滑らせ始めた。
「有野先生」
突然降ってきた明るい声に、私はパソコンに向けていた顔を上げ、声の主へと向けた。
「あら、星咲さん。ああ、パソコンを取りに来たのね」
今朝にパソコンを預けられたことを思い出し、星咲さんが自分の元を訊ねてきた理由を察する。
「はい。お願いします」
「ちょっと待ってて」
席を立ち、生徒から預かった私物を保管している金庫へと向かうと、設定されたダイアルを回して中にあるパソコンを取り出し、すぐに星咲さんの元へと戻った。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
差し出したノートパソコンを両手で大事そうに受け取り、星咲さんはペコリと頭を下げる。
「そう言えば、星咲さん。以前最終選考に残ったって言ってた小説、今日最終結果が出るんだったわよね? もう確認はしたの?」
数日前から、部室へ顔を出す度にそんな話題で盛り上がっていたため、私も結果は気になっていた。
「あ、はい。ここに来る前に、みんなで結果を見ました」
「あら。それで、どうだったの?」
落ち込んでいる様子がない星咲さんの振る舞いを見るに、ひょっとしたら良い結果を掴み取れたのかという期待を持ったが、そんな私の予感とは裏腹に、星咲さんは困ったように笑い静かに首を横へと振ってみせてきた。
「駄目でした。佳作すら無理で、完敗です」
「あぁ……それは、残念だったわね」
話す内容とは対照的な、悲壮感の欠片もない声音に戸惑い、私は当たり障りのない慰めの言葉をかけることしかできなかったけれど、星咲さんは全く気にする風でもなく
「大丈夫ですよ。まだ来年も再来年もチャンスはありますし、良い経験になったことは間違いないですから。自分には勝負ができる最低限の実力はあるんだって、自信もつきましたし」
明瞭な口調でそう告げると、今度は迷いのない満面の笑みを浮かべてみせた。
「……しっかりしているのね、星咲さんは。でも、自信がついたからといって、無理はし過ぎないようにしてね。身体を壊しちゃったりしたら、夢も追えなくなっちゃうから」
「はい。ありがとうございます。それじゃ、あたしは部活に戻ります」
大きく一礼をして、星咲さんは踵を返し職員室を出ていく。
その背中を見送ってから、私はほぅっと息をつき仕事を中断した状態のパソコン画面へ、ぼんやりとした視線を送る。
「……夢を追う子を見守るのは、やっぱり辛いものがあるなぁ」
誰にも聞こえないくらいに小さな呟きが、虚しく宙を舞い消えていく。
九条さんも、星咲さんも、もちろん他の子たちだって、叶えたい夢があるのなら是非ともその夢を掴んでほしい。
嘘偽りなく、そう思う。
だけど、夢を追うことは、一歩間違えれば悲劇を生むこともある。
「貴一……」
頭に浮かぶ、遠い昔の思い出。
それを無理矢理追い払うように、ギュッと目を瞑り平常心を保つよう気持ちを静めてから、私は仕事の続きを再開するためキーボードに指を滑らせ始めた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ジキタリスの花
華周夏
BL
物心ついた時から、いじめられてきた庇ってくれる人なんて誰もいない。誰にも──言えない。そんな僕を見つけてくれたのは、欲しかった言葉をくれたのは、光宏先輩、あなたでした。相模明彦、彼の淡く切ない初恋……。
ゾンビだらけの世界で俺はゾンビのふりをし続ける
気ままに
ホラー
家で寝て起きたらまさかの世界がゾンビパンデミックとなってしまっていた!
しかもセーラー服の可愛い女子高生のゾンビに噛まれてしまう!
もう終わりかと思ったら俺はゾンビになる事はなかった。しかもゾンビに狙われない体質へとなってしまう……これは映画で見た展開と同じじゃないか!
てことで俺は人間に利用されるのは御免被るのでゾンビのフリをして人間の安息の地が完成するまでのんびりと生活させて頂きます。
ネタバレ注意!↓↓
黒藤冬夜は自分を噛んだ知性ある女子高生のゾンビ、特殊体を探すためまず総合病院に向かう。
そこでゾンビとは思えない程の、異常なまでの力を持つ別の特殊体に出会う。
そこの総合病院の地下ではある研究が行われていた……
"P-tB"
人を救う研究のはずがそれは大きな厄災をもたらす事になる……
何故ゾンビが生まれたか……
何故知性あるゾンビが居るのか……
そして何故自分はゾンビにならず、ゾンビに狙われない孤独な存在となってしまったのか……
双子の妹の保護者として、今年から共学になった女子高へ通う兄の話
東岡忠良
青春
二卵性双生児の兄妹、新屋敷竜馬(しんやしきりょうま)と和葉(かずは)は、元女子高の如月(きさらぎ)学園高校へ通うことになった。
今年から共学となったのである。
そこは竜馬が想像していた以上に男子が少なかった。
妹の和葉は学年一位の成績のGカップ美少女だが、思春期のせいか、女性のおっぱいの大きさが気になって仕方がなく、兄竜馬の『おちんちん』も気になって仕方がない。
スポーツ科には新屋敷兄弟と幼稚園からの幼馴染で、長身スポーツ万能Fカップのボーイッシュ少女の三上小夏(みかみこなつ)。
同級生には学年二位でHカップを隠したグラビアアイドル級美人の相生優子(あいおいゆうこ)。
中学からの知り合いの小柄なIカップロリ巨乳の瀬川薫(せがわかおる)。
そして小柄な美少年男子の園田春樹(そのだはるき)。
竜馬の学園生活は、彼らによって刺激的な毎日が待っていた。
新屋敷兄妹中心に繰り広げられる学園コメディーです。
それと『お気に入り』を押して頂けたら、とても励みになります。
よろしくお願い致します。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
アルファポリスであなたの良作を1000人に読んでもらうための10の技
MJ
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスは書いた小説を簡単に投稿でき、世間に公開できる素晴らしいサイトです。しかしながら、アルファポリスに小説を公開すれば必ずしも沢山の人に読んでいただけるとは限りません。
私はアルファポリスで公開されている小説を読んでいて気づいたのが、面白いのに埋もれている小説が沢山あるということです。
すごく丁寧に真面目にいい文章で、面白い作品を書かれているのに評価が低くて心折れてしまっている方が沢山いらっしゃいます。
そんな方に言いたいです。
アルファポリスで評価低いからと言って心折れちゃいけません。
あなたが良い作品をちゃんと書き続けていればきっとこの世界を潤す良いものが出来上がるでしょう。
アルファポリスは本とは違う媒体ですから、みんなに読んでもらうためには普通の本とは違った戦略があります。
書いたまま放ったらかしではいけません。
自分が良いものを書いている自信のある方はぜひここに書いてあることを試してみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる